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いかにも萬屋っぽい萬屋に入ると、いかにも萬屋の主人っぽい萬屋の主人が出てきた。
「いらっしゃい……って、椚田んとこの姉ちゃんか」
主人は涼を確認するなり接客態度を変えた。
「うっす。おっちゃん元気? いつものやつちょうだい」
「言われなくても用意しとるわい」
そう言うとおっちゃんはレジ後ろの棚を開けた。
主人というより、涼の言うように、おっちゃんのほうがしっくりくる。俺もおっちゃんと呼ばせてもらおう。
店は古い建物で、入り口から左右の壁は棚になっており、見たこともない雑貨や書物が並んでいた。
正面には小さな台にレジがあり、その後ろにも一部棚が設置されているが、店と住居スペースとをつなぐ出入口になっていた。畳の部屋に丸い卓袱台が置いてあるのが見える。
「ほらよっと」
おっちゃんが棚から何かを出している。
「さんきゅー」
この感じを見ると幽玄会社不思議御用達の店なのだろう。
手際よく売買をしている。
紙袋いっぱいの何かを涼は受け取ると、ポケットから和同開珎みたいなものを出して、木でできたキャッシュトレイに置いた。
「あ、そうだ。今から二三日ちょいと用事で店を閉めるから、よろしくな」
おっちゃんは「まいど」と付け加え、お金をレジに入れると、手をあげて挨拶をする。そして畳の部屋に帰っていこうとした。
「ちょ、ちょっと、おっちゃん、待って待って」
「ん? 追加で何かあるのか?」
眉間にしわを寄せるおっちゃん。でも目は一つしかないから、不思議な感じだ。
「いやいや、見てわかんない? ほら、うちの新人」
涼が俺を指さす。
「ど、どうも。幽玄会社不思議に就職しました、寒葉と申します」
足を揃え、自己紹介をした後、ぺこりとお辞儀をした。
「そんなかしこまらなくたって構わん。どうぞよろしくさん」
かっかとおっちゃんが笑う。豪快とはこのことだ。
「そんじゃ、また来る」
「おうよ」
涼とおっちゃんは挨拶をする。おっちゃんは畳の部屋へ、俺と涼は外へと移動した。
□◇■◆
日本家屋とは日本の建物のことを言うけれど、ここまでたくさん日本家屋が並んでいると、もはや日本とは思えない。
京都や川越で長屋の並ぶ町並みを見たことはある。しかしそれよりももっと本当っぽいがゆえに、嘘みたいなのだ。
さっきまでこんな世界を知らなかったのに、受け入れられている自分が信じられない。
昔からお化け屋敷は怖くなかった。うん、それが理由だろう。それ以外の理由が見当たらない。
「いったい何を買ったんだ?」
俺は意識を周りから両手に抱えた紙袋に向けた。
店を出ると涼が「こういうのは後輩が持つもんだよね」と言って渡してきた。
俺としては否定することもなかったので従った。
「そりゃヨウグだよ」
笑いながら涼は答えて、俺の肩をバシッと叩いた。
「そりゃ、じゃないよ。え? 全然わからないって」
「そかそか。妖怪の妖に道具の具で、妖具」
「うん。そう言われたところで理解が追い付かない」
「また説明かよ」
めんどくさそうにする涼。
「そういうのは先輩がするもんだよ」
「そか。私先輩だもんな。うん、説明する」
そう言うと涼は「じゃああそこで」と言って甘味処と書かれた店を指さした。
□◇■◆
涼が頼んだあんみつが二つ、俺らのテーブルに運ばれてきた。
メニューにあんみつと書かれていたので間違いないのだろうけれど、俺の知っているあんみつではないかもしれないと疑心暗鬼だった。
見た目も味も俺の知っているあんみつだけれど、やっぱり俺の知っているあんみつではない可能性は否定できなかった。
「つまり、幽玄会社不思議は表向きは便利屋をやりながら、裏で妖怪退治もしているってことか? そのアイテムが妖具ってことか」
俺は涼が数十分かけて一生懸命説明してくれたことをまとめた。
「そそ。さすが私の見込んだ後輩だ。ま、そうじゃない妖具もあるけどさ」
あんみつをかき込む涼。牛皮と白玉をよけて食べているところを見ると、涼は好物を最後まで残しておくタイプのようだ。
「まあなんにせよ、妖怪用のアイテムってことだろう?」
「そそ。そんな感じでおっけー」
なるほど。あっち側で悪さをする妖怪を取り締まっているのか。
となると目の前にいる涼も、いわゆる警察官みたいな立ち位置なのだろうか。
ゲゲゲの鬼太郎を思い出す。
「どんな妖怪を退治するんだ?」
「そりゃ悪い妖怪だよ」
涼はさくらんぼを食べながら答える。口からヘタが飛び出している。
「ごめん。質問が悪かった。どんな悪さをするんだ?」
「えっとね、例えば、快適にユーチューブを見ていたはずなのに急に画質が悪くなるあれとか、自動販売機に何度コインを入れても返却口から返されるあれとか……」
「え? あれ妖怪のせいなの?」
「そだよ」
そう言ってさくらんぼの種を飛ばし、涼がガッツポーズをした。隣の席のコップに見事入ったようだ。
「な、なるほど……」
ちっさ。悪さちっさ。そんな悪さを退治しているのか。
なんかこう、もっとなんていうか、スケールがね、大きいと思ったんだけれど、そんな感じなのね。
その規模じゃ、さくらんぼの種を隣の席のコップに入れるのも退治の対象になりそうだ。
「ま、それはさ、私と一緒に仕事していけばわかるよ」
「わかった。まあそこらへんは、実戦で教えてもらおう」
「おけ」
涼は説明が完了したとわかると、牛皮と白玉を口に運んで、幸せそうな顔をした。