㉝
涼はなおも道元に攻撃を加えている。
体勢を崩し四つん這い状態になった道元の顔を蹴り上げる。
「あーあ、社長。言っちゃったか。せっかく逢夢が私の事、猫娘だって思い込んでくれてたのに」
涼も興奮しているのか、いつもより険しい表情で、そして激しい攻撃だ。
「私はね。妖怪たちが好きなんだよ。そんな妖怪を苦しめる奴なんて許さない!」
体勢を戻せない道元に対し、容赦なく涼は攻撃を与え続ける。
袋叩きというやつだ。
劾は道元に加勢しようと構えているが、廉次郎さんが警戒して阻止しているため、身動きが取れない。
「涼から聞いておるか? 幼い頃にゆがみに巻き込まれたときの話は?」
社長が俺に問う。
「はい。聞きました」
涼が小さい頃、ゆがみに巻き込まれて猫の妖怪に助けられたという話だ。
「よく考えてみるんじゃ。幼い頃に巻き込まれたという意味を」
そう言うことか。社長の言わんとすることが分かった。
小さい頃にゆがみに巻き込まれてあっち側に行ったということは、小さい頃はこっち側にいたということ。つまり人間だったということだ。
選ばれし者の子供だとしてもこっち側では生活できないと、桐子姐さんも言っていた。
冷静に考えてみるとすぐにわかる話だ。
そうだとわかると、よくよく考えてみれば、涼が人間だということを示すことがいくつか思い浮かんできた。
初めてあっち側に言った時、涼に「猫娘か?」と聞いたら否定も肯定もせずにただただ照れるだけだった。それは俺が猫娘と勘違いしたことが嬉しかったということなのだろう。
それに涼はリポのつかないビタンはDしか飲まない。仕事終わりもそうだし、リポのつかないビタンの妖を飲んでいるところは見たことがない。それはやはり人間だからなのだろう。
妖気機関車で転移石の交換を提案したときもそうだ。転移石に愛着があるからと言っていたけれど、もしかしたら交換を拒否したのは同じ人間だから“行き”と“帰り”が一緒で交換をしても意味がないと思ったのと、それを調べられたときに人間だとということが露見することを懸念したのかもしれない。
「でも、猫耳と尻尾は……?」
涼には猫娘の特徴のその二つがある。
「あれは、涼にねだられてわしが一般人には見えないように妖力をかけたただのおもちゃみたいなものじゃ」
「そうだったのですね」
一般人には“幽玄会社”が“有限会社”と見えるように妖術がかけられている。俺の今の服装も、一般人には緑色のつなぎに見えるはずだ。
その原理があるなら、俺のように妖力のある人間にしか見えない妖術で猫耳と尻尾をつけることくらい簡単なことだ。
「わしを含めほかの社員たちも、逢夢が猫娘と勘違いしてくれていると涼が嬉しそうにするもんじゃから、今まで黙っておったんじゃ」
そうだったのか。涼は人間だったのか。
そんな涼が妖怪を守るために戦っている。
隙を見た道元は這いつくばって涼の攻撃から逃れた。
さっき涼にやられ伸びていた鬼の妖怪の元に道元が行き着く。
「道元様……」
鬼の妖怪がそう言った直後道元は首元を掴んだ。
「ど、道元……さ、ま……」
どんどん力がなくなる鬼の妖怪と反比例して、みるみる道元の傷が癒えていく。
「仲間だったんじゃないの……」
涼がつぶやいた。
敵とは言え、自分のために相手の命を平気でぞんざいに扱う行為は俺も看過できない。
涼も追いかけて攻撃を繰り出す。
しかし涼がパンチを加えたとき、事態が変わった。
今までやられっぱなしだった道元が振り返るとにやりと笑い、涼の腕を掴んだ。
「ふはは。よくやった方じゃないか? それになりに効いたぞ」
道元が涼の腕を掴んだまま立ち上がる。
涼は振りほどこうとするがまったく抜け出せない。
「人間とは言え若い女の妖力も悪くないな」
そう言うと道元は涼の首を両手で掴んだ。
涼の足が宙を浮く。
道元が首を掴んだまま涼を持ち上げている。
「ぐっ……」
涼の顔がゆがむ。
妖力が奪われているのだろう。
「涼ッ!」
俺は叫んだ。
廉次郎さんは道元の動向を見つつも劾の動きを制するため何もできない。
道元の一番の狙いである社長もどう動いていいのか考えている様子だ。
涼は妖力を奪われたとしても、人間だから死ぬわけではない。
しかし首を閉められれば、話は別だ。このままでは死んでしまう。
それに今まで涼は妖怪を愛する気持ちと、この世界を守りたいという一心で、道元に立ち向かっていた。
こんなにもまっとうな涼が、道元にやられて良いわけがない。
そもそも道元のような平気で他人を蹴落とせる自分勝手な悪党が許されるてたまるものか。
そんな道元に、妖怪を愛する涼の妖力を奪われるなんて、涼からのこの世界を失わさせるなんてことは絶対にあってはならない。
俺は俺なりに覚悟を決めていたはずだ。
いざという時は俺が行くと。
道元も劾も俺のことは知らない。
こんな世界があることを知ったのは最近の話だ。だから俺すらも俺のことを知らない。
もしかしたら何かしらできることがあるかもしれない。
いや、きっとあるはずだ。
刀を握る俺の手に力が入る。
俺は道元に向かって走りだしていた。




