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かっこなんてつけている余裕はなかった。
ただがむしゃらに刀を振り、拳を叩き込み、キックをお見舞いする。
ここには武士道の精神も、格闘家の流儀も何もない。
ただそれでも相手を倒せている。
それにブルートゥースイヤホンを通して桐子姐さんというセコンドからの指示もあり、多角的に相手を見ることが出来た。
「逢夢もなかなかやるね」
鬼の妖怪を撃破した涼が俺のところに来て言った
涼は拳を構えたまま、俺は刀を握り締めて背中合わせで敵を警戒する。
「涼の方が凄いよ」
俺は返り血でどろどろだし、息も上がっている。
涼は余裕の笑顔も見せるし、汗をかいているが爽やかと言えるくらいだ。
「雑魚は一通り倒したようじゃな」
道元軍の復活とはいえ、ゆがみで転移してきたものがほとんどだ。
数としてはそんなに多くないし、戦闘員としての質も高くなかったのだろう。
劾は「使えねー奴らだな」と言って肩を回しこちら側に近づいてきた。
「俺がでるしかねーか」
ぶつぶつ言いながら歩く劾は、やはりあのゆがみに巻き込まれたときに見た顔だった。
俺と涼の視線に気が付いたのか、劾がこちらを見ると歩きを止めた。
「思い出したぜ、お前ら……あの時ぶりだな、よく無事に戻れたじゃねーか。ったく、あの時から計画が崩れたのか」
劾が俺と涼を長い三本の爪で指しながら、ニヤリと笑って言った。
「劾ッ! 拙者が相手だ!」
刀を抜いた廉次郎さんが今まで雑魚たちに指示をしていた劾に声をかける。
戦闘経験の浅い俺たちに劾が向かないように廉次郎さんが気をきかせてくれているのだろう。
「勝てると思ってんのか? 廉次郎? お前の戦い方なんて丸見えなんだよ」
そう言って飛び跳ねた劾は、廉次郎さんに爪を振り下ろした。
刀でそれを弾く。
そしてもう一度二人は距離を取る。
「逢夢、涼聞こえるか」
桐子姐さんから連絡が入った。
「「聞こえます」」
俺と涼が答える。
「劾はな一度戦った相手、一緒に戦った仲間の戦闘方法、行動パターンをすべて数ミリ単位で記憶している」
「ってことは廉次郎さまは攻撃が読まれるということ?」
涼が質問する。
「そう言うことだ。だから劾にデータのない二人が隙を見て攻撃できるといいんだけれどよ」
それはつまり、廉次郎さんは劾の攻撃を防げても、劾に攻撃を与えるのは難しいから、未知数な俺たちが劾の相手になれば勝機があるかもしれないということか。
「しかし戦闘経験に差があり過ぎるじゃろ」
椚田社長が会話に加わる。
「そこなんだよな……」
桐子姐さんが悩むように言った。
それから会話はなくなった。
しかし廉次郎さんと劾の対峙は続いている。
劾が攻撃を仕掛けて、廉次郎さんが防いだり避けたり、する一方的な戦いだった。
「諦めろよ廉次郎」
爪を振り回しながら劾が言う。
その攻撃を廉次郎さんがはじき返し、隙を見て刀を振り上げた。
清太郎を切ったときの型だ。
しかし劾は爪でその刀を受け止める。
「だから廉次郎、お前の攻撃は完全に読めて……」
よく見ると、太ももに切先が刺さっていた。
劾も事態を理解できていない表情をしている。
廉次郎さんはすかさず刀を振り上げ今度は右から左へ勢いよく切り込んだ。
しかしこれも爪で防がれる。
だが、またも切先が劾の肩に食い込んでいる。
劾は飛び跳ねて、廉次郎さんから距離を取る。
「廉次郎、刀を変えやがったな!?」
劾が叫ぶように言った。
清廉だ。
清太郎から譲り受けた刀が、今まで劾のデータとして残っていた廉次郎さんの刀の長さと微妙に違っていて、わずかな差で攻撃が当たってしまっているということだろう。
攻守交替。
今度は廉次郎さんが積極的に攻撃をしていく。
劾は攻撃に反応していくも、完全には防ぎきれず傷が増えていく。
余裕だった劾の表情が、焦りに変わっていくのがわかる。
「何をやっている」
見かねた道元が言う。
「す、すみません……」
劾は廉次郎さんから大きく距離を取り、一度戦闘から退く。
「まったく、どいつもこいつも……」
道元がゆっくりと橋を渡り、こっちに向かってきた。
「道元様、申し訳ございません」
「まあよい。それよりも、新人のあの二人を見たと言っておったな」
「はい、それは……」
劾が俺と涼がゆがみに巻き込まれたときに偶然会ったことを道元に伝えた。
話を聞くなり「なるほど……」と言って道元がにやりと笑った。
「輪。強制転移させたのだな?」
道元が椚田社長に問う。
「……」
社長は答えない。
「ふん。答えないというのは答えたと同然。ということは、輪。妖力が戻りきっておらぬな」
「……」
またも社長は答えない。
「強制転移できない輪など怖くないわ」
ゆがみに巻き込まれた俺たちを救い出すために、社長は強制転移を使った。しかも二人分。
それによって今道元を強制転移させる妖力が残っていない。前回と同じ方法は取れないということだ。
道元がこちらに向かってくる。
「道元に捕まれるなよ!」
桐子姐さんから連絡が入る。
「あいつは直接触れない限り妖力は奪えない。だから距離を取れ!」
社長も向かってくる道元に波動を出しながら距離を取っている。
廉次郎さんも少し離れたところで刀を構えている。
俺と涼は並んで、道元の動向を見ている。
道元の狙いは椚田社長だ。攻撃をよけながらじわじわと近づいている。
廉次郎さんも涼も基本的には接近戦タイプだ。
遠距離で攻撃できるのは椚田社長だけしかいない。
俺はそもそも今日が初陣だ。何ができるかは自分自身全然わからない。
社長がやられたら、一気に不利になる。
どうしたらいいものかとあぐねいていると涼がつぶやいた。
「私、行ってくる」
言うが早し、駆け出していた。
涼は道元の手前でひょいとジャンプし、「こんにゃろー!」と言いながら勢いと重力と涼のパンチ力を最大限生かして拳を頭めがけて振り下ろした。
椚田社長しか見ていなかった道元は、死角からの攻撃をもろに受けた。
先がとがったメリケンサックが道元の後頭部に直撃した。
敵ながら、かわいそうだと思わなくもないほどの衝撃。
道元はぐらりと態勢を崩す。
そのまま涼はきれいにまっすぐと足を上げると、かかと落としを道元の背中にお見舞いした。
「ぐはっ……」
思わず道元も声を漏らす。
社長がこの隙に俺のところに移動してきた。
おそらく俺を一人にしておいたら危ないと判断したのだろう。
「社長! 涼が!」
「ああ」
焦っている俺とは対照的に落ち着いている社長。
「止めないんですか!? もし道元にやられたら……」
「大丈夫じゃ」
「いや、妖力を奪われたら、涼は……」
「涼は死なん」
椚田社長がよくわからないことを言う。
「え?」
妖力を奪われれば妖怪は死ぬと聞いている。
涼が死なないというのはどういうことだ?
「涼はじゃな……。逢夢と同じ、妖力を持つ人間なんじゃよ」




