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「劾、てめぇ! 許さねぇぞ、ゴルァ!」
トラックから出てきたのは桐子だった。
車は身体を通り抜ける、そう思い込んでいた。というより、そう設定していたはずだった。
しかし桐子はその逆に妖力を使い、裏をかいたようだった。
桐子のことなので狙ったのかまぐれなのかはわからない。しかし不意打ちには変わりはなかった。
劾もこの攻撃には相当油断していたのだろう。
私だって同じ立場だったらなすすべはない。
身体能力の高い劾だったが、今の一撃は相当なダメージを負ったようだった。
口から血を流していた。
「後で詳しく話をきかねぇとな」
そう言いって桐子は、ぴくぴく痙攣している劾に蜘蛛の糸を巻き付け木に吊るす。
桐子はネットワークでこちらの状況、劾の裏切りを見ていて、駆けつけてくれたのだろう。
「桐子殿、感謝する」
廉次郎が頭を下げる。
「いいってことよ」
「桐子、興正たちは無事なのか?」
「ぎりぎりだ。今すぐ向かわねぇと……」
ボンネットの凹んだトラックに三人で乗り込む。
桐子は猛スピードで本陣に向かってトラックを走らせた。
□◇■◆
本陣に着くとそこは悲惨な状況だった。
建物は壊され、仲間たちの多くは息絶えていた。
大きな杖を構える興正の後ろには負傷した仲間たち。そこに凛もいる。
そして対峙するのは道元だった。
「遅かったな。輪」
「もうやめて!」
私はトラックから降りると興正の元へ向かった。
興正は立っているのがやっとのようで、少しふらついていた。
「力の差がわかっただろう? 俺の元に来いよ」
手を広げて道元が言った。
「興正、大丈夫?」
私は道元を無視して、目がうつろな興正に聞いた。
「め、輪か? いるのか?」
「え……?」
私が見えていない?
「人間にしては吸収しがいのある妖力だったよ」
道元が「ぐはは」と笑っている。
「わ、私たちを、ま、守って、く、くださいました」
そう言って凛が状況を説明してくれた。
私たちが劾と戦っている間、興正が道元の相手をし、何とか本部を守っていたらしい。
しかし一瞬の隙を突かれ、首を掴まれた興正は、道元に妖力を吸収されてしまったらしい。
今私たちは一般人には見えないように妖力を使っている。妖力を奪われた興正は、一般人のように私達の姿も声も確認できない。
「さあて、そろそろいいかな?」
余裕の道元は私たちが話をしていても特に手を出してこなかった。
というより、彼の狙いは私だ。
妖力の多い私を配下に入れること、それができなければ私の妖力を吸収することが目的だと考えられる。
「め、輪、聞こえるか?」
興正が焦点の定まらない目で捜すように私に話しかけている。
「聞こえるわ」
私の声が届かないとしても答えないことはできない。
「いいか、作戦通り進めろ。余計なことは考えるな」
「でも……」
「お前のことだ。契約のことを考えているのだろう。それは忘れろ。俺のことはいいから道元を送れ」
契約とは、その人間の死後、あっち側の住人として迎え入れる約束のことだ。
それには多くの妖力を使う。私にはそれができる。
普通は妖力のある人間と契約を結び、その者の妖力を高め、死後もあっち側の住人として強い妖力を持って生まれ変わるものだ。
しかし例外として、妖力を持たないものと契約を結ぶと、死後の生まれ変わりの約束の他に、強くはないが妖力を持たせることが出来る。
妖力を失った興正に妖力を戻すには契約を結ぶしかない。
だけどそれをすると、道元対策として考えていた作戦は全て無と帰す。
私達打倒道元軍が、難なく道元を討伐できればそれが一番良い結果だったが、万が一のことも考え秘策も用意していた。
それは私の妖力のすべてを使い、道元を強制転移させる、ということ。未だ誰も成功させたことのないこの方法が今回の最終作戦だった。
強制転移させると、大量の妖力を消費する。
逆に言えば、それはつまり興正との契約は結べなくなるということ。
この二択で興正は契約ではなく強制転移をしろと言っている。
考えられることはたくさんある。
強制転移をさせた後、私の妖力を充分に回復させた後、興正と改めて契約を結ぶという方法だ。
しかしそれが出来るようになる妖力の回復に、どれくらいの年月が必要かわからない。
私たちに比べて人間の命はあまりにも短すぎる。
当初はそれなりに健闘できると思っていたけれど、劾の裏切りによってすべてが崩れてしまった。
このまま戦い続けることは得策ではない。
勝負が終われば、今こうして一般人から姿を消しているこの妖術を解ける。
そうすれば妖力のなくなった興正とまた顔を合わすことも話すこともできる。
そうしたら今まで通りとはいかないとしても、今後はゆっくり過ごそう。
私は決意した。
すべての妖力を一点に集中させる。
強制転移の話は興正とでしかしていない。
これは万が一のことを考えての最終手段として用意していたものだから。
本来だったら甲州街道の戦いで決着がついていたはずだった。
劾の裏切りさえなければ……。
廉次郎も桐子も凛も、何かを悟ったのか、あるいは興正の意思を受け取ったのか、私を守るように構えている。
「何人束になろうが関係ないがな」
道元がにやりと笑う。
成功するかわからない。
一世一代の賭けと言っていい。
この技が成功したら常識が覆ることにもなりかねない。
しかしやるしかない。
私は一点に集中させた妖力をさらに絞り込み、目の前で余裕をかましている道元に向けて全ての妖力を放った。
レーザービームの如く発射された妖波は、すさまじい勢いで道元の元へ一直線で向かう。
避けることも防ぐこともできない道元。むしろ何が起きているのか理解すらできていない様子だ。
そして光包まれる。いや闇に飲み込まれているのか。
突如現れた時空のゆがみに道元は、宙に浮き、足から体が飲み込まれていき、そして最後に頭が吸い込まれていった。
「覚えていろ」
そんな捨て台詞を残して道元は消えた。
前代未聞の技が決まった瞬間でもあった。
しかしそんなことを喜ぶ余裕はなかった。
私はその場に倒れ込んだ。
結局私は三日ほど寝込んだらしく、その間のことは全く記憶にない。




