㉑
廉次郎さんの過激な発言で一同言葉を失った。
「なんで廉次郎さまが殺されなきゃいけないの?」
涼が明らかに動揺している。
俺も動揺を隠しきれない。
「そ、そうですよ……。な、なぜ、そんな、ひ、ひどいことを……」
その通りだ。涼とばなりんさんの言う通りだ。
「おそらく、拙者を殺せば次に自分が選ばれし者になれると思っているのでござろう」
それは理由として理解できるけれど、納得はいかない。
選ばれし者の選出は運の要素もあると言っていた。
その理論だと、自分が選ばれるまで一族を殺して回ることになりかねない。
「そんなの許されねーだろ!」
「うむ。これは止めねばならんな」
椚田社長が桐子姐さんに同意する。
「兄上が迷惑をかけて申し訳ないでござる」
「兄は兄、廉次郎は廉次郎じゃ。そんなに気にすることはないじゃろ」
「ですが……」
廉次郎さんは罪悪感を持っている様子だ。
しかし俺としても、廉次郎さんは何も悪くないと思っている。それは俺以外の社員も同じだろうと予想できる。
「うむ。それじゃあ廉次郎。清太郎の阻止をお前に任せよう」
「そんな! それじゃあ廉次郎さまが殺されちゃうかもしれない!」
取り乱す涼を廉次郎さんが「いや、いいのでござる」と言って制した。
「涼殿、お気持ち感謝する。しかしこれでいいのでござる。一族の問題は一族で解決する……。拙者にやらさせてほしいでござる」
「もちろん、会社全体で取り組むことじゃが、決着は廉次郎につけてもらう」
社長が全員を見渡して言った。
「かたじけない。みな、力を貸してほしいでござる」
深々とお辞儀をする廉次郎さん。
「廉ちゃん……。お前の男気、受け取ったぜ!」
「私も廉次郎さまの役に立てるように頑張ります!」
「で、できる限りのことは、さ、させてください……」
みんなが力を合わせると言っている。
もちろん俺もそのつもりだ。
「廉次郎さん。入ったばかりで使えないかもしれませんが、何かできることがあったら遠慮なく――」
「へくしゅん!」
「うわあ!」
いや、どんなタイミングだよ。
俺が廉次郎さんにコメントしてたじゃん。
「逢夢殿も感謝するでござる」
最後まで言えなかったけれど、伝わっていたようだ。
「それじゃあ早速、清太郎とやらを探すとすっか」
桐子姐さんがそう言うと、会議は終わった。
□◇■◆
手分けをすることにした。
廉次郎さんは会議室に残って刀を磨きながら神経を集中させている。
涼とばなりんさんは、何があってもいいように、備品のチェックや準備をすることになった。
俺は桐子姐さんに「逢夢、手伝ってくれ」と言われ、なぜか会社の外に出て行く桐子姐さんについていく。
「桐子姐さん、どこかに行くんですか?」
やって来たのは駐車場だった。
「いや、どこにも行かない。でもいいから、乗ってくれ」
そう言われ、デコトラ気味のトラックの荷台に乗る。
暗い部屋だったが桐子姐さんが乗り込むと、電気をつけてくれた。
「うわ、すごいですね」
荷台の中はコンピューターで埋め尽くされていた。
真ん中にあるゲーミングチェアに桐子姐さんが座った。
俺は立てかけられていたパイプ椅子を広げ腰を掛ける。基本的には一人で作業をする場所なのだろう。
「逢夢たちを探すときもここで捜したんだぜ」
ゆがみに巻き込まれて、あっち側をさまよっている時のことを言っているのだろう。
「なんなんですかこれ?」
「蜘蛛の糸だ」
自慢げに親指で弾きながら桐子姐さんは教えてくれた。
桐子姐さんは女郎蜘蛛らしい。
自分で言いながら何を言っているんだろうか、とは思うけれど仕方がない。本人がそういうのだからそうなのだろう。
ただ知っている女郎蜘蛛とはなんか違う。別に男の人を襲ったりはしないらしい。
とにかくその蜘蛛の中でもなかなか偉いらしくて、舎弟の蜘蛛たちのネットワークがここに集約されているとのこと。
よくわからんけど、そこら辺にいる蜘蛛の大体が桐子姐さんの舎弟だからあっち側もこっち側も関東圏内は丸見えらしい。
コンピューターが立ち上がった。
八個並んだモニターが一つ一つ映し出される。
キーボードもたくさんあるけれど、こんなにあっても意味があるのだろうか、と思ったがそんな疑問は杞憂に終わった。
姐さんの背中から左右に二本ずつ腕が伸びてきた。そして合計六本になった腕でマウスやらキーボードやらタッチパネルやら、とにかくせわしくコンピューターをいじり始めた。
なるほど、蜘蛛か。足の二本を入れたら八本だ。
「逢夢、手伝え!」
「何をです?」
できることなんてあるのだろうか。
こんなコンピューターなんていじれない。
「肩を揉め」
俺も舎弟になったのだろうかと思ったけれど、役に立てるならと思い、桐子姐さんの後ろに立つ。
「って肩どこですか!?」
腕がたくさんあって、肩がどこなのか全然わからなかった。
「いいから適当に揉め!」
「は、はい……」
それから適当にもみもみしておいた。
桐子姐さんが「きもちぃぜ」と言っていたので、まあ何とかなったようだ。
「あたしはなあ、子どもがたくさんいるんだけど……」
コンピューターをせわしく動かしながらも身の上話をし始める姐さん。
選ばれし者の子であっても、こちらに来てはいけないので、桐子姐さんはあっち側で子育てをしながらこっち側に出勤しているらしい。
だからこっち側にいる妖怪は、独り身か子供のいないカップルになるとのこと。
そしてどうやら妖怪と人間の恋愛は御法度らしい。姐さん曰く「してもいいけど、結ばれないから寂しいだけだぜ」とのこと。
そっか。御法度なのか。
なぜか不意に涼の顔が浮かんだ。
「それなりに情報が集まってきたな……」
急に寂しい気持ちになっていたところ、姐さんのネットワークに何か情報があったらしい。
「逢夢! みんなに連絡、四露死苦!」
「はい!」
新しくしたスマホで涼に電話をかけた。




