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「拙者が殺人事件の犯人だと? 何かの間違いでござろう」
廉次郎さんは身に覚えがないと否定する。
俺も信じられない。廉次郎さんのような人が意味のない殺人をするわけがない。
幽玄会社不思議では妖怪退治も業務の一つだ。でもそれは害虫駆除のようなもの。
妖怪と言っても意思のあるものとそうでないものがある。俺らは意思のないものの退治を生業としている。それは殺人に当てはまらない。
それにゆがみを強引に抜けてきた妖怪を、切り捨て御免した場合は必要な処置だったと判断され、それも罪には問われない。
だからカワちゃんの発言に驚いたのは俺だけじゃない。ここにいる全員が驚いている。
桐子姐さんなんかは「何かの間違いだろう!」とカワちゃんに掴みかかる勢いだ。
「みな落ち着け。もう少し詳しく聞こう」
社長がそう言うと、カワちゃんに発言を促させた。
「ありがとうございます。では状況からお伝えします。まずここ最近、ゆがみの発生が増加しているのはご存じですか?」
「うむ。そうらしいのう」
「はい。ところで、ここのところゆがみの対応の依頼をお受けされておりませんが、理由でもおありなのですか?」
カワちゃんが思い出したように聞いてきた。
「ああ、新人が入ってのう。まずは便利屋の仕事から覚えてもらっておるんじゃ」
椚田社長がそれらしい返答をすると、カワちゃんは「そういうことですか」と言ってそれ以上聞いてこなかった。
「そういえば、うちの会社がゆがみの対応をやらなかったらどうするんだ?」
カワちゃんの説明を聞きながら、小声で隣の涼に聞いてみた。
「他の幽玄会社が対応してんじゃん?」
「他にもあるのか?」
「うん、あるよ」
たしかにこの生業をしているのが、うちの会社一社という訳ではないか。今度、他の会社も調べてみよう。
再びカワちゃんの話に集中する。
「そんな中、妖怪を狙った殺人事件が発生したのです」
「つまり、ゆがみに人員を取られている隙を突かれたということじゃな。それでゆがみの頻出と殺人事件を結び付けて考えておるんじゃな」
「その通りです」
俺がこの間、涼とゆがみに巻き込まれた時に見たトカゲの妖怪のことを思い出したけれど、あの話は外部にはできない。だから言いたかったけれど、ぐっと飲みこんだ。
「流れはわかった。それじゃ詳しく事件のことを話してくれんかのう」
社長の言う通り、流れは理解できた。ある意味俺のせいなのかもしれないと思わなくもない内容だった。
俺がゆがみに巻き込まれなければ、ゆがみの対応の依頼を幽玄会社不思議も受けられたので、隙が生まれなかったのかもしれない。
「はい。被害者はみなこちら側に住んでいる、皆さまのような妖怪の方たちです。その方たちが鋭利なもので切られ殺されています」
俺の後ろめたさをよそに、カワちゃんは事件のあらましを話し出した。
「そんな刀や剣を使うやつなんて廉次郎さま以外にもいるじゃん!」
隣の涼が立ち上がり廉次郎さんの無実を主張する。
すかさず俺は「落ち着け」と言って涼をなだめ、席につかせる。
涼は座るとき「はくしゅん!」と爆弾くしゃみを暴発させた。
俺だけではなく、カワちゃんとひらっちも同時に「うわあ!」と驚いた。
「話の続きを」
変な空気を社長が元に戻す。
「はい。たしかに狭霧さんの言う通り、刀などを使う方はいらっしゃいます。しかし現場で、刀を持った下がグレーで上が黒の袴を着る侍が多くの人に目撃されています」
ここで言う目撃証言をした人というのは、いわゆる俺みたいに見える人、そしてこちら側に住む妖怪のことだろう。
たしかに廉次郎さんはその色の袴しか着てこない。それが衣装というか、本人の中での決まりのようで、それ以外の恰好は見たことがない。その目撃証言だと廉次郎さんが疑われてしまうのも無理はない。だがそれでもやはり信じられない。
桐子姐さんも隣の涼もカワちゃんを睨むよな目つきでこぶしを握っている。今にも飛びかかりそうな勢いだ。
「そ、そんな……」
ばなりんさんが言葉を失っている。
「断じて拙者ではない!」
廉次郎さんは否定する。
「ちょっと待ってください、河原課長」
今までカワちゃんの隣で黙っていたひらっちが口を開いた。
「大平、どうした?」
「課長、逆です。証言の多くは下が黒で上がグレーの袴の侍を見たというものです」
「そうだったか?」
「ええ、そうです。私ので間違いないです」
「でもそれでもあまり変わりはないだろう」
どうやら証言の聞き取りにおいて、二人の間で食い違いがあったようだ。
「ま、まさか……」
そんなカワちゃんとひらっちのやり取りを聞いた廉次郎さんがつぶやいた。目をやると口に手を当て、驚いたような表情をしている。
そして「いや、あり得ぬ」だとか「考えられぬ」だとか言っている。
「どうしたんじゃ?」
椚田社長が聞くと、廉次郎さんは何やら覚悟を決めたように話し出した。
「その上がねずみ色で下が黒という恰好……。おそらくそれは、拙者の兄上、清太郎でござる」




