増えた弟子
「むう」
不意に声がして、見たらモコがむくれてる。
「どうしたの、モコ」
「ぼく、ろぜすきだ、きれいだからすき、そんけーしてる」
尊敬って、ちょっと驚いた。
確かにあの光景を見たらロゼのこと改めてすごいって思わずにいられないけれど、モコにはそこまで衝撃的だったんだ。
「ちょっといじわるだけどすき、でも、はる、さふぃーにゃ」
「何、モコ?」
「どうされました、モコ様」
「ぼくもらたみるだよっ」
前脚で床をコツコツと叩く。
あ、そうか、私達がロゼのことばかり褒めるから拗ねたのか。
ふふッ、モコにはモコにしかないイイところが沢山あるのに。
屈んで首に腕を回してギューッと抱き締めたらフワフワのモコモコだ。温かくて柔らかい。
「モコも綺麗だし、可愛いよ!」
「ほんと?」
「勿論、それにモコはモコでしょ、ロゼも綺麗だけど、モコも綺麗だよ」
「ハル様の仰るとおりですニャ、モコ様もお美しいですニャ」
「えへへ」
機嫌直ったみたい。
やきもち妬くなんて可愛いな、フフ。
ふと鼻先を美味しそうな匂いがかすめる。
思わずモコと顔を見合わせて、一緒にフラフラと匂いを辿った。
サフィーニャもクスクス笑いながらついてくる。
「ハル様は不思議な方ですニャ」
「え?」
「貴女のお言葉には力がありますニャ、そんなハル様だから、ラタミル様も御心を開かれるのでしょうかニャ」
「よく分からないけど、でも、私、サフィーニャさんのことも好きだよ」
「まあ」
サフィーニャは嬉しそうに笑ってくれる。私も嬉しくなる。
もっと色々な話をしたいな。
例えば、里長の仕事のこととか、ニャレクとニャードルとの昔話とか。
そういえばニャレクとニャードルは双子の兄弟だけど、サフィーニャとどういう関係なんだろう。雰囲気的に幼馴染なのかな?
匂いの元はやっぱり台所だ。
こっそり覗き込んだら、リューがエメラニャと一緒に料理している。
「リュー様は随分手際がよろしくていらっしゃいますニャ」
「家では俺が主に家事を担当していたんです、それにロゼのヤツがうるさくて」
「まあ、ロゼ様がですかニャ?」
「しょっちゅう美味いものを食わせろって騒ぐんだ、自分では作らないくせに、それで已む無くこうなりました」
「フフ、頼りにされていらっしゃるのですニャ、素晴らしいことですニャ」
なんだか楽しそう。
私のお腹の虫もつられたようにグウグウ騒ぎ出す。
「ハル?」
気付いて振り返ったリューに笑いかけられた。
「もう少しだけ待ってろ、すぐに出来るからな」
「うん」
「今のうちにロゼを探してきてくれないか、多分近くにいるはずだから」
「分かった」
「俺達だけで食べたらあいつは確実に拗ねる、頼んだぞ」
「―――僕ならここにいる」
背後からヌッと現れた姿を見上げたら、ロゼだ。
エメラニャが慌てて料理の手を止めて頭を下げる。
「よせと言っている、お前たちに頭を下げられるようなことをした覚えはない」
「は、はい」
「こらロゼ」
縮こまるエメラニャの隣で、リューが片手に持ったお玉を軽く振った。
「その言い方はよくない、来たなら手伝え、皿を出してくれ」
「君は相変わらず僕の扱いが雑だな」
「そ、そのようなことをラタミル様にしていただくわけには!」
慌てるエメラニャにリューはニコッと笑いかけて「いいんですよ、あれは、うちの一番上の兄なので」なんて答える。
文句を言ったロゼもちょっと嬉しそうだ。
そうだよね、これがいつもの兄さん達で、見慣れたいつもの光景だよ。
「ハル、呼ぶ手間が省けたからお前も手伝ってくれ」
「はーい」
「ぼくは?」
「モコはハルを手伝ってくれ、さあ、ご厚意で食事にありつけるんだ、しっかり働けよ!」
手を打つリューに促されて、ロゼと一緒に食事の支度を手伝った。
でも、サフィーニャはうわの空でロゼを見詰めてばかりいて、話しかけるたびに驚かれるし、エメラニャもソワソワと落ち着かない。
うーん、なんだかなあ。
そのうち卓に美味しそうな料理が並んで、食事の用意が整ったところでニャルディッドが部屋に入ってきた。
「ニャア、これはこれはご馳走だ、祝勝会の更に前祝ですかニャ?」
「祝勝会?」
「そうですニャ、里を上げて祝いますぞ、二夜連続パーリナイですニャッ!」
ぱーりないって何だろう。
よく分からないけれど、今夜もまた祭りをするの?
ニャルディッドは機嫌よく皿から料理をつまもうとして、エメラニャに尻尾をギュッと握られる。
「ニャッ!」
「あなた」
「ご、ごめんニャ、美味しそうだったからつい」
「そちらはリュー様がお作りになられた料理ですニャ」
「なんと」
目をまん丸くしたニャルディッドは、リューをしげしげと見て「ほう、美丈夫な上に料理上手とは」なんて唸ってる。
「やりますなリュー様、私もたまにですが料理をしますニャ」
「そうなんですか」
「結婚記念日と、妻の誕生日は私が腕を振るいますニャ、ムフフ、最愛の妻に手料理を食べて貰える喜び、何にも勝る幸せですニャァ」
「あ、あなたッ」
恥ずかしがるエメラニャにニャルディッドはハッハ! と大らかに笑い返す。
ぎこちなかった雰囲気がなんだか急に和んだ。
サフィーニャもニコニコしているし、よかった、ニャルディッドのおかげだね。
「さあ、食事にしよう」
私は勧められて椅子に、リューとロゼ、ニャルディッドが卓の傍に敷いた大きな毛織物の上へ腰を下ろす。
モコは私の足元で後ろ足だけ折って座っている。
近くで立ったままのサフィーニャにエメラニャが座るよう言って、そのエメラニャにもニャルディッドが座りなさいって呼び掛ける。
「私たちまでご相伴に預かってよろしいのでしょうかニャ」
「台所をお借りした上に食材まで分けていただいて、お礼と言えるほどのものでもありませんが、よければ是非召し上がってください」
「有難うございますニャ」
「感謝いたしますニャ」
「君もエメラニャも堅苦しいニャ、ロゼ様が再三仰っていただろう、気遣いは無用だと」
「ですが」
「我らはロゼ様に二度もお救いいただいた、そのロゼ様のお言葉ニャ、お気持ちを汲んで差し上げるのが礼儀だニャ」
「ふむ」とロゼが頷く。
「お前はそれなりに見どころがあるようだ」
「おお、なんとッ、光栄ですニャ」
卓に乗せていた料理の皿を敷物の上へおろして、さあご飯だ。
お腹すいたよーッ!
「ふむ、根菜入りのスープか、ダシが効いていて旨い」
「うんっ」
「こちらの炒め物も美味い、タレの甘辛の塩梅が絶妙だ」
「おいしー!」
「肉がたっぷり入っておりますニャ、やはり何においても肉ですニャ」
「そうだな、リューが作る料理はなんでも美味いが、やはり肉だ」
「分かりますニャ、この腕前、神掛かっておいでですニャ、しかしやはり肉ですニャ、肉に勝るものはありませんニャ」
「話が合うな、お前は見所がある」
「ニャはは! 光栄ですニャァ!」
「ぼくもおにくすきーっ」
「おお、モコ様もお分かりになっておられる、流石ですニャァ、ところでロゼ様、モコ様、肉と言えば―――」
肉談議に花を咲かせる三人を見ながらリューが呆れ顔で溜息を吐く。
そんなロゼをサフィーニャはまた目をキラキラ輝かせて見詰めているし、エメラニャはずっとニコニコしている。
なんだかいいな。
私も嬉しい。
ご飯も美味しくて、お腹の虫も鳴き止んだし、満足満足。
「とさか鳥の肉を香草で巻いて熟成させたものはそんなに美味いのか」
「ですニャ、炙って食べると舌の上で蕩けますニャ、極上の食感とうま味ですニャ」
とさか鳥っていうのは鶏に似た魔獣で、くちばしに小さな牙がびっしり生えている。
目が合っただけで襲ってくるくらい狂暴だけどそんなに強くない。何故か鶏だけは襲わないから、獣除けに鶏舎でよく飼われているらしい。
肉は食用になるって本に書いてあったっけ、でも実際に食べたことはないな。
「ふーむ、なあリュー」
「はいはいもういいか? そろそろ腹も膨れただろう、片付けるぞ」
立ち上がって片付けを始めるリューとエメラニャを全員で手伝った。
食事の力って偉大だ、すっかり前の雰囲気に戻ってくれた。
エメラニャはまだ少しだけロゼに恐縮しているし、サフィーニャもすっかり様子が変わったけど、これくらいなら気にならない。
気を遣われると、気を遣うよね。
もちろんその場や相手との関係に応じた振る舞いは大切だけど、変に意識されて今までの関係が壊れるのは嫌だよ。
「お茶を淹れましたニャ」
片付けが済んだらエメラニャがお茶を淹れてくれた。
綺麗な青いお茶だ。
「摘みたてのサルフィスで淹れたお茶ですニャ、さっき子供たちが届けてくれましたニャ」
「わあ、嬉しいな」
小さなニャモニャたちが世話しているハーブ園に咲いていたサルフィスだ。
清涼感があって、飲むと喉がスッと通る。仄かに甘みもあって美味しい。
「あの子たちもですが、我々も、本当に感謝しておりますニャ」
ニャルディッドがお茶を啜ってしみじみと呟く。
「これでようやく以前の暮らしに戻れますニャ、狩りにも行けますし、安心して眠れますニャア」
「里と近辺へ新たな加護を授けておいた」
「ニャッ?」
何でもないことみたいに口にしたロゼを、サフィーニャ達が驚いて振り返った。
私も驚いている。
ロゼ、いつの間にそんなことしていたんだろう。
「以前のものと質が違う加護だ、今度はラタミルだろうと容易く踏み込むことは叶わない、まあ精々達者に暮らせ」
「なんとッ」
「あ、有難うございますニャ!」
感謝されてもロゼは気にせずお茶を啜っている。
すごいなぁ、加護だなんて、本当にラタミルなんだ。
ロゼって何をどこまで出来るんだろう、リューが言っていたとおり最強なのかな。
だとしたら、これまで以上に頼もしく感じる。
「件の輩の侵入は、恐らくは僕の本質の変化が原因だろう」
「と、おっしゃいますと?」
「お前たちに語ることではない」
お茶を飲み干して立ち上がったロゼは、そのままくるりと背を向ける。
「僕は少し出てくる、リュー、ハル、何かあったら呼びなさい、すぐに駆け付けよう」
「分かった」
「兄さん、どこに行くの?」
ロゼは答えず、ただ手をひらっと振って歩いて行ってしまう。
後をモコが追いかけた。
「モコ?」
「まって、ししょお~っ」
えっ。
師匠?
思いがけず振り返ってリューを見ると、リューもこっちを向いて同じことを考えたような顔をしている。
増えた。
―――そういえばセレスは今頃どうしているだろう、元気にしてるかな。
「僕に弟子を取った覚えはない」
「ろぜししょう、とびかたおしえてください」
「お前はもう飛べるだろう、鬱陶しいから懐くんじゃない」
「もっとじょうずにとべるようになりたい!」
「ええいうるさい、ついてくるな!」
サフィーニャまでそっと立ち上がって、二人にコソコソとついていく。
ニャルディッドとエメラニャは苦笑いだ。
「すみませんニャ、娘は幼い頃からラタミル様にとても焦がれておりまして」
「ニャア、戻ってきた時も興奮のあまりまともに話が出来ず、詳細はニャレクとニャードルから聞きましたニャ」
「そうだったんですか」
「まだ長になったばかりの若輩者ゆえ、致し方なくはありますがニャ」
「いえ、俯いていた時より目が輝いています、元気になったならよかった」
「これからは戻ったニャレクもニャードルと共にあの子を支えてくれるでしょうニャ、皆さまは本当に里の恩人ですニャ」
少しむず痒い。
エメラニャがお茶を淹れなおしに席を立った。
「ニャルディッドさん」
「何ですかニャ?」
リューが話を切り出す。
「少し、話をお聞かせ願いたい」
「私に答えられることでしたら何なりと」
「この里に伝わる伝承の詳細、それから、俺と妹が眠っている間のこと、教えて貰えますか?」
「勿論ですニャ」
とはいえ、とニャルディッドは手でヒゲを撫でつける。
「里の伝承に関しては以前娘がお話しした通りですニャ、口伝としての内容をお聞かせいたしますかニャ?」
「お願いします」
「分かりましたニャ」
エメラニャが淹れたてのお茶を持ってきてくれた。
うん、やっぱり美味しい。
青くて綺麗なサルフィスの花。
この花から抽出した香りを中心に調香したオイルで、滅多に呼べない月明かりの精霊レニュクスが来てくれたんだよね。
「サルフィスは、かつて里を救ってくださったラタミル様、ロゼ様がもたらしてくださったものと伝わっておりますニャ」
「えッ」
「サルフィスの花のごとく青く美しい目をしたラタミル、伝承にはそう伝わっておりますニャ」
リューが何故か俯く。
どうしたの兄さん。
小さい頃から知っているロゼの目の色は紫。魔力や感情が昂った時や、陽が落ちて夜になると赤く色が変わる。
でもラタミルは赤を嫌うんだよね?
―――もしかして、ロゼの目って元は青かったのかな。
翼の、羽の先だけ赤く染まっていることも関係あるのかもしれない。




