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ドライアの大森林にて 1

木蛇。

思い出した、図鑑で見たことがある。そこまで強い魔物じゃないって書いてあった。

だけど今、目の前の実物は想像より大きくて―――怖い。

切り口から血が沢山流れ出ている。

さっき丸呑みされたウサギはお腹の中にいるのかな。

ウサギくらいの大きさならあっという間に食べられちゃうんだ。

それなら、襲われたのが人だったら?


「ハル」


肩にそっと触れる手に、振り返るとリューが顔を覗き込んでくる。


「大丈夫か?」

「うん」

「そうか」


ポンポンと頭を叩かれた。

そうだよ、怖がっていられない。

まだ森の中を進むんだ、きっとまた魔物が現れるし、こういうこともある。覚悟しておかないと。

旅する以上は絶対に起こることなんだから。

自分の身は自分で守るくらいのつもりでいなくちゃダメだ。


「兄さん達は凄いね」


改めてそう思う。


「え?」

「いつもこんな風に魔物を倒して町まで行っていたんでしょ?」

「ああ」


迷いも躊躇いも無かった。

リューは確実に木蛇の頭を狙って落とした。

旅に浮かれる私の相手をしながら、周囲への警戒を怠っていなかったんだ。


「格好いい、尊敬するよ」

「そ、そうか」


あれ?

リューの顔、ちょっと赤い?

逸らした視線を泳がせながら「大したことじゃない」「俺よりロゼの方が凄い」なんて、動揺しているのがあからさま過ぎてつい笑っちゃった。ごめんね、リュー


「おい、ハルっ」

「アハハ、ごめん兄さん、だけどそんなに照れなくても」

「照れてるわけあるか、急にその、驚いただけだ」

「でも本当に格好良かったよ、皆に自慢したくなっちゃった」

「もういい、ほら、行くぞ」


やっぱり照れてる。

モコにまで「すごい」って褒められて、いいから足元に気を付けろなんて誤魔化すリューの顔はまだうっすら赤い。

シェフルでロゼに会ったら、このことこっそり教えちゃおう。


「ハル」

「何?」

「ロゼに余計なことを言うなよ」

あ、バレてた。


―――そんなこんなで、私とリュー、モコは、森の中を進んでいく。

シェフルへ向かう道はリューが話していたとおり殆ど獣道だった。だから時々獣が姿を見せるけど、魔物も現れる。どっちもリューが追い払ったり倒したりしてくれた。

私も、オーダーの香炉で魔物避けの香りを焚いて周囲に簡易結界を張りながら、モコと一緒にリューの後をついていく。

他の魔法と違ってこんな風に応用の利くところがオーダーの汎用性の高さというか、魅力なんだよね。使いこなせると本当に便利なんだ。


「はるぅ、いいにおいだね」

「そうだな、でも魔物はこの匂いを嫌うんだ」

「そうなの? どうして?」

「どうしてだろうなぁ」


リューとモコの会話を聞きながら改めて周りの景色を観察する。

肩越しに振り返ってもとっくに村は見えなくなっていて、緑が生い茂る風景はどことなく荒れているように感じるけど、気のせいかな。

いつも採取に行っていた場所と違って、ここまで踏み込むと手つかずの自然が、気を緩めれば足を取り、服の裾をひっかけ、髪を絡ませるから、慎重に進まないといけない。

でものんびりはしていられないから、歩くだけでも大変だ。

おまけに魔物も出るし、このうえ更に大型の獣に出くわさないことを祈ろう。


「ハル」


呼ばれてリューの方へ振り返る。


「そろそろ食事にしよう、腹が減っているんじゃないか?」

「平気だよ」

「ぼくつかれた」


そういって項垂れたモコの頭をリューが撫でる。

確かに、そうだよね、モコはきっと私より疲れているよね。


「慣れないことばかりで気付かないうちに緊張しているんだ、お前も疲れているはずだよ、少し休もう」

「分かった」

「ああ、暗くなる前に野宿できそうな場所を探さないとだしな、そのための体力を付けておくんだ、ほら」


そう言って提げていた袋から包みを取り出す。

いい匂い、中身はお弁当だ、用意してきたんだ。


「その辺で適当に食べよう、モコもおいで」

「うん!」


リューの後を浮かれて追いかけるモコと一緒に私もついていく

手頃な大きさの石に腰掛けて、リューから受け取った包みを開くとサンドイッチが入っていた。


「わぁ、美味しそう」

「ぼくも! ぼくもたべる!」

「フフッ、はいはい」


私とモコの近くにリューも座ってサンドイッチを食べ始めた。

ハムやチーズ、酢漬けの野菜を、少し硬めのパンでたっぷり挟んだサンドイッチ。

水筒の水を分けてもらって飲む、美味しい。

でも、魔物が気になって食事にだけ集中していられないかも。


「兄さん達もこんな風に途中でお弁当を食べるの?」

「ああ」

「そっか」

「気を張っていると空腹に気付かないことがあるんだ、だから食事できそうな時に食べておく」

「お腹が減ったら動けなくなるから?」

「そうだ、まあそんなことにはまずならないだろうが、踏ん張りがきかず怪我をする羽目になっても面白くないからな」

「ご飯は大事だもんね」

「お前は特にそうだろう、なにせよく食べるからな」

「いいでしょ、健康的なんだよ」


はいはい、なんて適当に相槌を打ってリューは笑う。

モコだってよく食べるよ。サンドイッチを四つもぺろりと平らげた。

私は三つ食べたけど、リューは二つだけ。お腹減らないのかな。


「さて、ハル、モコ、この先まだ歩く、無理はしなくていいから、何かあればすぐ俺に言うように、いいな?」

「うん、分かった」

「わかった!」

「よし、それじゃ行こう、傍を離れるなよ」


先頭に立って進むリューの背中は頼もしい。

いつだって頼りにしているけど、今は本当に心強く感じる。

リューが一緒ならきっと何が起きても大丈夫だ。


「ハル」

「何?」


私を呼んだリューは、だけど黙り込んで、間を置いてから「何でもない」って言う。

何を言いかけたんだろう。

そんなふうに話を止められると気になるんだけど。


―――不意に、ズ、ズズズズンッと地面が揺れた。


「わっ」


な、何?

地震かな。

大陸の南方に火山があって、その辺りで起きた地震がこっちまで伝わってくることがあるんだよね。

リューは足を止めて周囲を警戒するように見渡す。


「どうしたの?」

「いや」


首を軽く振って、私とモコに「行くぞ」と告げてからまた歩き出した。

やっぱり気になる

さっきといい、何かあるんじゃないかな?


「ねえ、リュー」

「大したことじゃない、一昨日の嵐のせいだろう、何となく森全体がざわついている気がするんだ」

「そうなの?」

「ああ、倒木も多いし、獣もあまり姿を見せない、魔物の数もいつもより少ない」


森の被害はともかく、魔物が出てこないのはいいことじゃないの?

分からないけれど、確かにずっと漂っているこのおかしな臭いは気になっている。

リューも感じているだろう、この臭い、土臭いっていうか、ゾワゾワして気持ち悪いんだよね。


「ハル」


振り返ったリューが私の頭を撫でて「そろそろ休めそうな場所を探そう」と空を見上げた。


「夕方にはまだ早いよ?」

「陽が沈み始めてからじゃ間に合わない、色々と用意がいるから早めに始めるんだ」

「そっか」

「場所は俺が探すから、その間ハルはなるべく湿気てない枝を拾い集めておいてくれ」

「はーい」


火を焚くのに使うんだろう。

屋外で夜明かしする時は獣避けに火を絶やしてはいけないって本に書いてあった。人生初の野宿、なんだか緊張する。

リューとロゼはこういうことにも慣れているんだろう。

考えてみれば、いつも大きな怪我もなく帰ってくるから、あまり気にしたこと無かったな。

二人がどうして村の皆に感謝されて信頼されていたか、自分で森を歩いてみてやっと本当に理解できたよ。

こうやって知識が経験を伴って少しずつ身になっていくのってちょっといい、楽しい。


「はるぅ」


モコはすっかりクタクタだ。歩く速度も落ちている。

だってまだ雛だもんね、しかも一昨日空から落ちてきたばかりで、歩くこと自体にあまり慣れていないのかも。

羽がないから飛べないし、そもそも、飛べたら落ちてこないだろうし、うーん。

あ、そうだ。


「ちょっと待ってね」


足を止めて香炉をもう一つ取り出す。

リューも傍で待っていてくれる。

香炉の底の熱石に魔力を込めて、上の受け皿にオーダーのオイルを数滴、フワンと漂い始めた香りに魔力を込めた言葉を重ねて唱えた。

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