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本部突入

「行こう」


ロゼが歩きだす。

後に続くと、遅れてニャードルもついてきた。


「お、お待ちを、まさか正面から突入するつもりニャ?」

「無論だ」

「しかし里長が、サフィーニャも一緒に囚われておりますニャ、騒ぎになって彼女にもしものことがあったら」


不意に立ち止まったロゼは、振り返ってニャードルを見下ろす。

ニャードルは一瞬不思議そうにしたけれど、急にガタガタ震えだすと、耳を伏せて小さく縮こまった。

どうして? ロゼが怖いの?

覗いてみたけど、ロゼは無表情なだけで特に変わりない。

私に気付いてニコッと笑ってくれる。

途端に今度はモコが羽を膨らませて、そっと私の髪の影に隠れながら「こわい」と怯えた声を漏らす。


「怖くないよ、いつもの兄さんだよ」

「ううん、ろぜおこってる、こわいよはる」


それは、そうだろう。

私だって今不安な気持ちと同じくらい怒っている。

リューは強いけど、でも強くても怪我をするし、負けることもあるかもしれない。

無事でいて兄さん。サフィーニャも、どうか無事でいて。

心配で俯いていた私の頭を大きな手が撫でる。

見上げたら、ロゼは「問題ない」と頷いてくれた。


「リューは僕の弟で、君の兄さんだよ、滅多なことになりはしないさ」

「でも」

「不安は僕が貰おう、君はしっかり前だけ向いて進むといい」

「うん」


ロゼ兄さん、やっぱり頼もしいな。

兄さんと一緒に歩きだそうとして、ニャードルのことを思いだして振り返ると、ちょうど立ち上がったところだった。

私と目が合うとグッと何かを呑み込んで、黙ってついてくる。


「ニャードルさん、大丈夫ですか?」

「お気遣い痛み入りますニャ、自分は覚悟が足りておりませんでしたニャ、問題ありません、行きましょう」

「はい」


心配する余裕はあまりない。

先頭を進むロゼの向かう先に大きな二本の柱が見えてきた。

近くに門番らしき人も立っていて、それぞれ柱の脇に控えている。


「おい、お前たち」


ロゼがよく通る声で門番たちへ呼びかける。

気付いた門番たちは一瞬身構えようとして、急にぐたっと座り込んでしまった。

どうしたんだろう?

近付いても身動き一つしない、気を失ってはいないようだけど、ぼんやり地面を見たままだ。

声を掛けるのと同時にロゼは何かしたんだろうか。


柱の先には大きな扉があった。

この向こうに教団施設がある、きっとそうだ。

天然の洞窟の類を利用したって雰囲気じゃないから、多分山を掘削して建造したんだろう。

この規模は人力だけでは難しい、恐らく魔法や魔獣を利用して、それでもどれくらいの期間がかかったのか。

掘り出した大量の土砂や岩をどこへ運び、不要な建材はどうしたのか、里で聞いた話が脳裏によみがえってくる。


「開門」


ロゼが告げると、扉はあっけなく開かれた。

どうして?

またロゼが何かしたのかな、でも、何をしたのかまるで分らない。

扉の向こうにも、今の門番のような状態になっている人たちがあちこちに座り込んでいる。


「にゃ、ニャアア」


ニャードルも驚いている。

どんどん進んでいくロゼの後を追いかけながら、周りを警戒しつつ「兄さん」と呼び掛けた。


「なんだい、ハル」

「その、この人たちってやっぱり教団の信者なのかな」

「そうだろうね」

「どうして誰も動かないの?」

「さて、何故だろう、自分で考える頭を持たないからではないかな」


よく分からないけど、襲われるよりマシだと思うことにしよう。

オーダーの道具だけは持ってきた。

いざとなったら戦えるように、気持ちの準備をしておかないと。


「施設の中には入れたけど、これからどうしよう」

「少し待ちなさい」


ロゼはゆっくりと辺りを見渡す。

ここはまだ入り口で、広いけど奥の方にいくつか階段が見えるから、リューとサフィーニャは多分上の階にいるんだろう。

周りの壁には巨大なラタミルの彫像が幾つも彫り込まれている。

綺麗だけど、どれもなんだか不気味だ。

よく見ると構図が気持ち悪い、ラタミルが人に血を分け与えたり、体の一部を食べさせたりしている。

これって、本当にラタミルを信仰しているのかな?

神の眷属を食べるなんて発想、まともな人には思いつかない気がするけど。


「ふむ、あの先か」

「え?」

「行こうハル、リューを見つけた」


見つけたって

まるで見えたような言い方だけど、どうして居場所が分かったの?

歩き出すロゼを追いかけながら「どこにいるの?」と尋ねる。


「里長を連れて上へ向かっている」

「連れて? 二人で一緒に?」

「ああ」

「連れていかれているってこと?」

「違う、リューならばとっくに拘束を抜け出しているさ、ここにいる脆弱な奴らにいつまでも囚われている訳がない」


そうか、兄さんならそうかもしれない。

でもここへは攫われてきているし、油断したのかな?

やっぱり心配だよ。


「それじゃ自分の意志で上へ向かっているの?」

「そのようだね」

「サフィーニャも一緒なんだよね?」

「ああ」


ニャードルを振り返る。

私と兄さんの少し後を歩きながら、両手をぐっと握りしめて喜んでいるように見えた。

よかったね、ニャードル。

急いで二人を追いかけないと。


「ハル、止まりなさい」


急にロゼが立ち止まるから、慌てて足を止めた。

―――ここは広間から伸びる階段の一つを上った先、恐らくは二階部分。

一階ほどではないけれど、それなりに広くて、三方の壁にそれぞれ穴が開いて奥に階段が見える。

何かあるのかと思って身構えた。

部屋の真ん中あたりに、不意に人影が現れる。


「こんばんは」


女の、人?

腰に届くほど長くふんわりとした赤い髪、肌を大胆に露出させる服を着ていて、足元は踵の高い靴。

美人だ、大きな胸、腰はくびれて、つい目を奪われてしまうほど色っぽい。

でも何だろう、この感じ。

見ていると段々不安になってくる。

―――鼻先を熟れ過ぎた果実のような香りがフッとかすめた。


「まさか真正面から迫ってくるなんて、随分情熱的なのね、フフ、そういうの好きよ」

「さ、先に仕掛けてきたのは、そっちニャ!」


女の人はニャードルを見て「あらあら」と眉を顰める。


「猫ちゃんも一緒なの? いやだわ、私獣臭いのって苦手なのよね」

「よくも我らが里を、兄を、サフィーニャを!」

「うるさい猫ねえ、萎えるわ、ねえ、黙らせてくださらない?」


ニャードルはフウフウと毛を逆立てる。

怒りと同じくらい怖がっているんだ。

落ち着かせないと、オーダーを使おう。この気持ち悪い臭いと混ざらないようにしないと。

道具袋を探ろうとしたら肩を優しく抱き寄せられた。

どうしたの、ロゼ兄さん?

ビクッと震えたニャードルが恐々とこっちを見て、また耳を伏せながら体を縮こまらせる。

ロゼが軽く鼻を鳴らして、私の耳元で囁いた。


「ハル、あれは魔人だよ」

「えッ」


魔人?

改めて女の人を見る。

確かに気配は異様だけど、見た目に際立った特徴はない。あれが魔人なの?


「ほ、本当?」

「僕は君に嘘など吐かないさ」


どうしよう、魔人がいるなんて。

魔物の中でもヒト寄りの姿を持つ存在は『魔人』と呼ばれている。

数こそ極めて少ないけれど、一頭で街一つ破壊しつくせる魔獣が束になっても敵わない強さを持ち、中には竜をも凌ぐ力を持つ魔人もいるって本に書いてあった。

彼らの実力の程は、その容姿に現れる。

見た目が整っているほど強い力を持つ魔人らしい。

―――あの人、すごく美人だ。

サッと血の気が引いていく。


「兄さん」

「なんだい、ハル」


「ちょっと、無視しないでくれる?」


魔人がイラついた声を上げる。

震えた私を見て、ロゼは何でもないことみたいにニッコリ笑った。

さっきから全然気にしていないけれど、怖くはないの?

ロゼは平気なのかな。


「どうした、言ってごらん?」

「あ、えっと、その」


「ちょっと、そこのアナタよ、聞こえているんでしょ、とっても綺麗でオイシソウなオニーサン!」


今のってロゼのことだよね?

でもロゼは魔人を相手にしないどころか、視界にすら入れようとしない。

魔人の苛立ちがビリビリと伝わってくる。

まるで空気が帯電しているみたいだ。


「あ、あの人、魔人なんだよね?」

「そうだよ」

「なんで、こんなところにッ」

「さて、何故だろうね」

「どうしよう」

「ハルはどうして欲しい?」

「えッ」


どうして欲しいって、分からないよ。

なんだか混乱してきた。

怖がっている私の方がおかしいの? あの人、そんなに強くない魔人なのかな。

だけど美人だ。服装といい、宗教施設内にいることが何だか不自然に思えてくる。


「ちょっと」


ビシリと大きな音が響く。

目を向けた岩壁に大きな亀裂が走っていた。

実際に電気を孕んだ大気中で火花がパチパチ弾けて、やけに息苦しい。体が重い。

女の人の足元からも床の四方へ裂け目が走る。

腕組みしてこっちを見据えている、その目が怖くてまともに見られない。


「無視しないでくださる? 私、無視されるのって大嫌いなの」


それでも振り返らないロゼに、女の人は業を煮やした様子でスッと手を前に伸ばした。


「アマザナ・ミヤマ」


唱えた直後に音では聞こえない悲鳴が響き渡り、室内なのにザッと雨が降り出す。


「へえ」


女の人が笑う。

嬉しそうに。

だけどその笑顔さえ怖い。威嚇されているみたいだ。


「防がれた、貴方、やるじゃない」


私とロゼ、ニャードルも濡れていない。

私達の周囲の石床からは白い煙がのぼって、あちこちに腐食したような穴が開き始めている。

まさかこれ、酸の雨なの?


「兄さん、これって」

「魔人の唱えるカースは、精霊を強制的に拘束して使役する、まさしく邪法さ」

「さっき悲鳴が聞こえたよ」

「それはアクエのものだろう、使役された精霊は苦しみながら消滅するか、もしくは」


「呪いとなって大地を穢す」


女の人はウフフっと肩を竦めて微笑む。

粘つく眼差しをロゼに向けながら、舌で赤い唇をぺろりと舐めた。


「貴方に興味が湧いたわ、私の名前はラクス、ねえオニイサン、私たち、オトモダチになりましょう?」


ラクス。

名乗られたことで、また思い出してしまった。

―――容姿が整った魔人の中でも、名を持つ魔人は神の眷属であるラタミルやハーヴィーに匹敵する力を持つ、って。

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