宴と期待
「ハル、来たか」
広場に着いて目を見張る。
私に気付いたリューが声を掛けてきて、隣にいたロゼも「こっちへおいで、ハル」と手招きした。
二人のところへ向かうと一緒にニャルディッドと小さなニャモニャたちもついてくる。
「皆様、お待たせいたしましたニャ」
「いえ、それにしてもすごいですね」
「お気に召していただいて何よりですニャ」
ニャルディッドは嬉しそうに笑う。
広場のあちこちに柱が立てられて、その柱の間を緩く結ぶツタに仄かな光を放つ鈴のような形の花が幾つも吊り下がっている。
尋ねたら、光の精霊ルミナを宿した祭りのときに使う照明だと教えてくれた。
「ルミナが好む魔性植物で作られておりますニャ、ネーレと言って、夜に森の中で仄かに白く輝く樹木ですニャ」
知ってる。
夏の初め頃に大きな白い花を咲かせる樹で、魔力を溜め込む性質があるんだ。その花の蜜は精霊を酔わせると本に書かれていた。
それじゃあの鈴みたいな形をしている花がネーレの花なのかな。
「ネーレの花は一夜限りのものですニャ、あれは木から削り出したもので、花の蜜の結晶を中に入れておりますニャ、そこにルミナが宿っておりますニャ」
「蜜から結晶が作れるんですか?」
「作れますニャ、一つ差し上げますかニャ?」
やった、オーダーの素材に使えるかもしれない。
ニャルディッドはニコニコして「後でご用意いたしますニャ」って言ってくれる。嬉しい、有難う!
「お嬢さんは研究熱心ですニャ、お若いのに感心なことですニャ、貴女のようにオーダーを使いこなせるヒトはそうおりませんニャ」
「そんなことないですよ」
「いえ、精霊は何ものにも囚われない自由な存在ですニャ、呼べば来るというものではありませんニャ、お嬢さんには才能がありますニャ」
「そうですか、エヘヘ」
照れくさいなあ。
ふと、鼻をスンスンさせたニャルディッドが「ふむ、やはりいい香りがしますニャ、貴女とお兄さん、特に茶髪の」と言いかけたところでロゼが「おい」と声を上げる、
「僕の弟と妹に妙な真似はよしてもらおうか」
「おっと、これは失礼いたしましたニャ、私にも愛しい妻と娘がおりますニャ、紛らわしい真似をして申し訳ありませんニャ」
「ふん」
「さて、それでは早速始めますかニャ!」
そう言ってニャルディッドは向こうへ駆けていった。
湯気を立てる美味しそうな料理が並べられたテーブルの傍にエメルニャの姿も見える。
ニャルディッドが行ってすぐにサフィーニャとニャードルも来て、広場の顔ぶれを確認したニャルディッドはゴホンと咳払いした。
「えー、皆様、本日のこの喜ばしい日に、我らが里の宝を取り戻してくださった恩人様のため、里をあげて盛大に宴を開きますニャ!」
あちこちから拍手と、ニャアニャアと鳴き声が上がる。
小さなニャモニャたちもピョンピョン飛び跳ねて大はしゃぎだ。
「祭りですニャ、皆で恩人様を称えますニャ、そして我らが里を守護してくださるラタミル様へ祈りを捧げますニャ!」
「やはりラタミル様は我らを見捨ててなどいなかったニャ!」
「里の危機にまた駆けつけてくださいましたニャ!」
「感謝ですニャ!」
「有難うございますニャ!」
「ラタミル様バンザイ、恩人様バンザーイ!」
すごい騒ぎだ。
リューが苦笑している。
ロゼは少し嫌そう、うるさいって思っているのかな。
「さあ、今夜は久々に皆で大いに飲んで、食べて、この良き日を祝いましょうニャ!」
「ニャアーッ」
早速何人かのニャモニャが小皿に料理を取って持ってきてくれる。
受け取って、一口食べてみて―――美味しい!
香りのいいハーブが沢山使われている、肉料理、蒸した野菜、スープ、パン、どれも味だけじゃなく風味も最高だ。
パンには砕いたナッツがたっぷり、少し硬めで食べ応えがある。
このスープのキノコ、何だろう、あまり見かけないけれど、訊いたら森でとれる美味しいキノコだって教えてくれた。
「そのまま食べるとトベますニャ」
「飛ぶ?」
「ハル、スープはあまり食べるな、悪いものじゃないが念のためだ」
何故かリューにそう言われた。
ロゼとリューは普通に食べているのに、変なの。
「お嬢さんにはこっちのスープはいかがかニャ?」
そう言ってふっくらしたエプロン姿のニャモニャが別のスープを渡してくれた。
とろみのあるスープで、根菜がたっぷり入っている。優しくてホッとする味だ、こっちも凄く美味しい。
「食べるとお腹の中から温まりますニャ」
「ありがとうございます」
「いえ、あの仔たちを取り戻してくださって、皆様には本当に感謝しておりますニャ」
エプロンのニャモニャはニッコリ笑って、そっと目の端を拭った。
毛が少し濡れている。
「今は親の元に戻って再会を喜び合っておりますニャ、一人が私の幼馴染ですニャ、子供が連れ去らわれて以来目も当てられない様子で、だから私も本当に嬉しいんですニャ」
「そうだったんですか」
「前に奪われた仔たちは戻りませんが、それでも、あの仔たちだけでも戻ってきて、本当に、本当に、ウニャァッ」
こんな風に泣いているニャモニャが他にもいるんだ。
皆大騒ぎして喜んでいるのは、それだけ悲しんでいたから、苦しみ続けていたからに違いない。
何か出来ることはないのかな。
このまま里を立ち去るなんてできないよ。
兄さん達はどう思っているんだろう。
ロゼはさっきあんなことを言っていたけれど、やっぱり私もニャモニャたちを助けたい。
後で二人と相談して、サフィーニャやニャルディッドにも話してみようかな。
「皆さん、楽しんでいただいておりますかニャ?」
ニャルディッドが戻ってきた。
隣にサフィーニャと、後ろにエメラニャ、ニャードルもいる。
「はい、料理も美味いし、音楽もいいですね」
リューが笑顔で答える。
向こうで楽隊がずっと音楽を奏でていて、明るい緩やかな曲が広場の雰囲気を一層心地よくしてくれている。
「それは何よりですニャ」
頷いて、ニャルディッドは姿勢を正すと、畏まって頭を下げた。
サフィーニャ達もニャルディッドに倣う。
「本当に感謝いたします、皆様とラタミル様は里の恩人ですニャ」
「ええ、私からも長として、改めてお礼申し上げますニャ」
「実を申しますと、ラタミル様は我らを見限られたと思っておりましたニャ」
どういうことだろう。
サフィーニャが俯き、ニャルディッドは寂しげに微笑む。
「里の伝承にありますニャ、ニャモニャ族が再び困難に陥った時、天よりラタミル様が舞い降りてお救いくださると、ですが」
「堕ちたラタミルが」
「ニャードル!」
まただ。
ニャードルがそのことを口にすると、サフィーニャが咎めて辛そうな顔をするんだ。
どうしてだろう。
堕ちたラタミルって、本当にそんなラタミルがあの教団にいるんだろうか。
「すみませんニャ、娘にとってラタミル様は特別な存在なのですニャ」
エメラニャがサフィーニャの肩にそっと触れながら話す。
「昔から信じて、とても憧れていて、だからあの教団がサマダスノームへやってきた時も」
「お母様ッ」
ニャア、と鳴いて黙り込むエメラニャと、同じように口をつぐんだサフィーニャを見て、ニャルディッドが小さく溜息を吐いた。
ニャードルは拳を握りしめている。
―――子供が攫われたり、里の人が襲われたりする以外に、サフィーニャ達の間に何かあったのかな。
「里の者がラタミル様らしきものに襲われたと聞いて、我らは絶望しておりましたニャ」
ニャルディッドが話を継ぐ。
「しかしラタミル様はやはり救いの手を差し伸べてくださいましたニャ、それが皆さまですニャ!」
私が持っている皿から肩へ飛び移ったモコは、ニャモニャたちに見詰められて慌てて私の髪の奥へ逃げ込んでくる。
そうだよね、戸惑うよね。
ニャモニャたちがモコに希望を見出したこと自体は悪いことじゃない。
ただ、彼らの想いに応えられるかはまだ分からない。
だから期待されても困る。でもそんなこと言えるような雰囲気じゃない。
「お頼み申し上げますニャ、どうか、どうか我らをお救いくださいニャ」
集まってきたニャモニャたちも全員が深く頭を下げた。
足元にいる小さなニャモニャたちはポカンとしていたり、真似て頭を下げたりしている子もいる。
どうしよう。
どうすればいいの、兄さん。
「その」
黙ったままのロゼを見てから、リューが躊躇いつつ口を開く。
私もリューを見詰める。
髪の奥からモコがそっと顔を覗かせた。
「約束できるわけじゃないが、極力善処する、今はそれで納得してもらえないだろうか」
「ニャア」
顔を上げたニャモニャたちは明らかに残念そうだ。
でも、サフィーニャが一歩前へ進み出て「分かりましたニャ」と頷いた。
「元よりこのような頼みごと、調子がいいと理解しておりますニャ、皆様の善意に付け込むような真似をして申し訳なく思いますニャ」
「サフィーニャさん」
「ですがそれだけ皆追い詰められているのです、分かってくれとは申しませんニャ、それでも、なにとぞ、少しで構いません、お力をお貸しくださいニャ」
「そう、だな」
「感謝いたしますニャ」
ロゼが溜息を吐く。
それから―――ニャモニャたちにあれこれと食べ物や飲み物をたくさん勧められたけど、単純に喜べないよ。
こんな風に期待をかけられたことは初めてだし、応えられるかどうかさえ分からない。
ニャモニャたちを助けてあげたいと思う。
でも、兄さん達に何かあるのは嫌だし、私だって不安で怖い。
どうすればいいんだろう。
こんな時、セレスやカイならどうするだろう。
兄さん達はどうするつもりなのかな。
美味しい料理も、甘い飲み物も、食べるほど気が重くなっていく。
頬にそっと摺り寄せられたモコの柔らかな羽だけが、今は少しだけ私の心を癒してくれた。




