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ニャモニャのためにできること

ひと通り里の中を案内してもらって、サフィーニャの家まで戻ってきた。

小さなニャモニャたちとは玄関でバイバイしてお別れ。用があると言って立ち去るニャードルがついでに連れていってくれる。

私とモコ、兄さん達は、家の奥の部屋へ通された。

普段は集会場所として使われているんだって。だから他の部屋と比べてこんなに広いのか。

床に厚手の大きな敷布を敷いて、たくさんのクッションと毛布を用意してくれた。敷布と毛布は柔らかくてフワフワ、クッションもフカフカでお日さまの匂いがする。


「ベッドをご用意できずすみませんニャ」

「いえ、充分です」

「後で軽食をお持ちいたしますニャ、今夜は里をあげて皆さまを歓迎させていただきますニャ」

「恐縮です」

「お気になさらず、皆さまは里の恩人ですニャ、おもてなしさせてくださいニャ、それでは、後ほど」


サフィーニャはお辞儀して部屋を出ていく。

戸が閉まると、ロゼは大あくびして敷布の上に早速ゴロンと横になった。リューも傍に腰を下ろす。

私はクッションを幾つか重ねて寄り掛かりながら一つを膝の上に抱える。その上にモコが乗ってご機嫌で羽を膨らませた。


「やれやれ、ようやく一息吐ける」

「行儀が悪いぞロゼ」

「寝床に用意された部屋だ、この上なく理に適った使い方をしているじゃないか」

「屁理屈を言うな」

「では君も横になったらどうだ、ちょうど僕の隣が空いているよ」

「断る」

「それじゃ、ハル、おいで」


呼ばれたけど、リューが私を見ながら首を横に振るから、ロゼには笑っておいた。

ロゼはつまらなそうに鼻を鳴らす。


「それにしても君たち、どうするつもりだい?」

「何がだ?」

「あいつらの悲惨な状況を聞いて、義憤にかられ、お節介でも焼きたくなっていやしないかと思ってね」


リューが表情を曇らせる。

私も、助けてあげたいけど、自分に何ができるのか分からない。

そもそも頼まれてもいないのに首を突っ込んでいいものか、お節介になったらかえって迷惑だよね。


「僕はあまりお勧めしない」

「分かっている」

「だが件の新興宗教団体だったか? 気持ち悪いからね、軽く叩いておこう」

「ロゼ」


目を丸くしたリューと同じくらい私も驚いてロゼを見る。

こういう時いつもなら『放っておけばいい』って関わるのを避けるのに。


「いいのか?」

「面倒だが寝覚めが悪いのは余計に鬱陶しい」

「そうか」

「しかしあの若い里長はなかなかのヤリ手だぞ、君は呑気に鼻の下を伸ばしていたがね」

「の、伸ばしてないだろ!」


リュー兄さん、分かるよ。

サフィーニャもそうだけど、ニャモニャたちって皆フワフワで可愛くて、つい見詰めちゃうよね。

私も、さっき小さなニャモニャたちを抱えていたとき幸せ過ぎてどうしようって思ったよ。

柔らかくて温かくて、可愛い声でミャアミャア鳴いて、擦り寄って喉をグルグル鳴らして最高だった。

思い出すとあの感覚も一緒によみがえってくる。

妖精ってみんなこんな感じなのかな。


「そうだな、大人しくなる程度に数を減らすとしよう」


―――えッ?

ロゼは寝転がったまま、私が結ってあげた三つ編みの毛先を弄っている。

『数を減らす』ってまさか―――そういう意味で言っているの?


「頭と件の建物だかを潰しておけば勝手に消滅するかもしれない、ああいう輩は拠り所を失えば脆いからね」

「いや待てロゼ、それは流石に」

「君たちは来なくていいよ、僕が片を付けてくる」

「ロゼ」

「たいした手間でもないさ」


ゴロンと仰向けになって、頭の下に手をやりながらロゼは小さく笑う。


「僕は君たちのお兄ちゃんだ、可愛い弟と妹の憂いは払わねば、だから僕に任せて君たちは妖精に持てなされてくるといい」

「でもロゼ兄さん」


呼ぶと、こっちを見たロゼは起き上がって「なんだいハル?」って訊き返してくる。


「その、教団の規模も分からないし、それにさっき言ってたよ、ラタミルがいるって」

「僕を心配してくれるのか」

「当たり前だよ!」

「そうか、ふふッ、君は本当に優しいね、可愛い僕のハル」


「だけど大丈夫だよ」って、私の気持ちは伝わらない。

もしかしたら気付いているのに知らないフリをしているのかも。

いつも自信たっぷりで揺るがないロゼを見ているから、今だって本当に大丈夫かもしれないって気持ちになりそうだよ。

でも、サフィーニャやニャードルが話していたとおり本当に教団にラタミルがいて、もし戦うことになったらきっと怪我程度じゃすまない。

相手は神の眷属だ。

どれだけ強くても人が敵う相手じゃない。

―――怖い。

ニャモニャたちを助けたいけれど、ロゼに何かあったら嫌だよ。


「僕は強いからね」

「で、でも、だけどッ」

「ロゼ、俺もハルと同じ意見だ」


よかった、リューが加勢してくれた。

私だけじゃロゼを止められない。


「流石に無茶が過ぎる」

「そんなことはないのだけれどね」

「大体、お前にだけ面倒を押し付けて俺達はここで呑気に過ごすなんて出来るわけないだろ」


ロゼはポカンとして、急に笑い出した。

どうして笑うの?

不意に傍に来ると私をひょいっと抱え上げる。そして、そのままリューのところへ向かう。


「ロゼ兄さん?」

「おい、何するつもりだ、よせッ、こらロゼ、ロゼッ」

「わぁ!」


リューと一緒に抱き締められた。

ちょっと苦しい。

だけど暖かくて落ち着く、いい匂い、大好きな二人の匂いだ。


「僕のリュー、僕のハル、愛しているよ、君たちは僕にとってかけがえのない存在だ」

「分かった、分かったから離せッ」

「えへへ、私も兄さん達が大好き!」


抜き出した両腕でギュッと抱きしめたら、急にリューも黙って、それからそっと抱き返してくれる。

目を逸らした横顔の頬がうっすらと赤い。

ロゼがクスクス笑った。


「いいな、ぼくもいれて!」


そう言いながら飛んできたモコが私の肩にとまる。

フワフワの羽が擦れてくすぐったいよ。フフ、四人でくっつくともっと暖かいね。


「おい混ざるな、僕の兄妹はリューとハルだけだ」

「ろぜのいじわる」

「黙れ半人前」

「むうーッ」


二人とも相変わらずだ、仕方ないなあ。

リューが腕を下ろしたら、ロゼも私とリューを抱く腕を解いた。

改めてリューと一緒に見詰めたロゼは「分かったよ」って肩をすくめて苦笑いする。


「僕も君たちと一緒に妖精のもてなしを受けようじゃないか」

「ああ、せっかくの好意だ、有難く受けさせてもらおう」

「楽しみだね、ご馳走出るかな?」

「妖精の里の料理か、少し興味あるな」


あ、そうだ、ひらめいた!


「ねえ、リュー兄さん」

「ん?」

「なるべく色々な種類を食べてね、私も協力するから」

「おお、なるほど、流石僕のハルだ、その話僕も乗ろうじゃないか」


リューは「なんだと」って顔を顰める。

もしかしたら二度と来られない場所かもしれないし、だからこそ兄さんに期待だ。

この機を逃すわけにいかないよね。


「リュー、今後の僕の道楽のためにもぜひ励んでくれ、君のその黄金の舌と腕にかかっている」

「ぼくもたのしみ!」

「お前たち、人を何だと思っているんだ」

「勿論、僕の愛しい弟さ」

「有難う兄さん、私も兄さん大好きだよ!」

「ぼくもりゅーすき!」

「あのなあ」


呆れられて笑ったら、結局リューも一緒に笑ってくれた。

和んでいる最中に部屋の戸がトントンと叩かれて、サフィーニャがお茶と軽食を乗せた盆を持って入ってくる。


「ご歓談中失礼いたしますニャ、軽食をお持ちしましたニャ」

「ああ、有難う」

「まもなく日暮れですニャ、宴の支度は順調に整っておりますニャ」

「楽しみです」

「フフ、皆様をお迎えする用意が済みましたら改めてお伺いしますニャ、それまで今しばらくお寛ぎくださいニャ」

「分かった」

「有難う、サフィーニャさん」

「何かございましたらお声がけくださいニャ、それでは失礼いたしますニャ」


サフィーニャさんを見送ってから、窓の外へ視線を移す。

まだ明るいけど、今の季節ならすぐに日暮れだ。


「ねえ、リュー兄さん、ロゼ兄さん」

「なんだハル」

「どうかしたかい?」

「少し出掛けてもいいかな、里の外には出ないから」

「見物の続きか?」

「ううん、珍しい花や草を保管してないかなって、もしあったら分けてもらえないか頼んでみる」


ここは妖精の里。

他では手に入らない植物や、もしかしたら見たことのない植物もあるかもしれない。

そういうのを分けてもらってオーダーのオイルの素材にしたいんだ。

大気に満ちる魔力も濃いから、ここに生えている植物は他よりたくさん魔力を含んでいるだろう、きっといい素材になる。


「分かった、行ってこい」

「くれぐれも里から出てはいけないよ、分かったね?」

「はーい、それじゃ行ってきます!」


私の肩の上でモコも「いってきまーす」と翼を振る。

部屋を出てすぐ、通りかかったサフィーニャさんに「あら、どうなさいましたニャ?」って声を掛けられた。


「あ、えっと、ここって珍しかったり、質が良かったりする植物を保管していませんか、乾燥していない状態だと有り難いんですけど」

「大きな畑は里の外ですが、里の中で育てているハーブの菜園がありますニャ、そちらでよければご案内しますニャ」

「本当ですか?」

「はい、ラタミル様もご一緒ですし、長の私がご案内しなくては失礼ですニャ」

「そこはそんなに気を遣わなくても」


でも案内してくれるなら助かるよ。

早速サフィーニャさんと一緒に、そのハーブ菜園へ向かう。


「長!」


家を出て歩いていたらニャードルが駆け寄ってきた。

まだ甲冑を着たままだけど、重くないのかな。


「ニャードル」

「恩人様とラタミル様とご一緒にどちらへ?」

「ハーブ畑ですニャ、ハル様がご興味あるそうですニャ」

「ハーブ?」

「はい、できれば少しだけ分けてもらえると、オーダーのオイルを作りたいんです」

「なるほど、では私もご一緒いたしますニャ」


三人で歩き始めたら、今度はさっきの小さなニャモニャたちが気付いて走ってくる。

なんか大人数になっちゃったけど、まあいいか。


菜園に着いた。

随分種類がある、食用、薬用、この畑だけで大抵のハーブは賄えそうだ。

花も結構植えてあるな。

どれも瑞々しくて色つやがいい、流石妖精の里。


「立派な菜園ですね、これだけの種類を扱って、土も水もいいし、手入れもしっかりされている」

「お褒め頂き光栄ですニャ」

「この畑は里の年寄りと子供たちが面倒を見ておりますニャ、ただ、今は里の外は危険なので、普段畑仕事をしている者たちも手伝っておりますニャ」

「おねえニャン、ここね、ボクがうえたミャン!」

「このへんはボクがおせわしてるミャン!」

「ミャニャン!」


小さなニャモニャたちが自分の世話している場所を教えてくれる。

可愛いなあ。


「あの、少し分けてもらっていいですか?」

「構いません、お好きにどうぞニャ」

「おねえニャン、はっぱつむの?」

「わたちてつだうミャ?」


「いいの?」って聞くと、小さなニャモニャたちは自分も自分もって手を上げる。

よし、それじゃ手伝ってもらおう。

サフィーニャは大騒ぎの皆を眺めて楽しそうにクスクス笑っていた。

そんなサフィーニャをニャードルがじっと見つめている。


「よーし、それじゃ、これと、これ、それからこっち、たくさんは要らないよ、なるべく綺麗で艶のいい葉っぱを選んでね」

「ミャーッ」

「それと、この花と、こっちの花、この花に、この花も、蕾は取ったらダメだからね、傷つけないよう丁寧に摘んで欲しいな」

「ミャン、まかせるミャ!」

「やるミャン」

「ミャニャ」

「ミャミャン」


小さなニャモニャたちがハーブを摘んでくれる。

私も何種類か選んで摘ませてもらう。

モコは手伝いたそうにウズウズしていたけど、やっぱり小さなニャモニャたちが苦手なのか、私の頭の上で羽を膨らませている。


あ、これ、あまり咲いてない花だ。

それからこっちは―――あれ、知らない、見たことのない花が咲いてる。


「サフィーニャさん」

「はい」

「この花、なんて花ですか?」

「これはサルフィスですニャ、薬用ですが、食べることも出来ますニャ」


花弁が空より深い青色をしている。

すごく綺麗な花だ。香りは爽やかでほのかに甘い。


「初めて見ます」

「そうですかニャ、サマダスノームに近付けば沢山咲いてますニャ」

「もしかしてサマダスノームの麓にしか咲いてないんですか?」

「さあ、それは存じませんが、そうかもしれませんニャ」


ニャモニャたちは里から遠出しないだろうから、知らないのも当然か。

家にあった図鑑には載っていなかった花だ。やった、ハーブ畑に案内してもらってよかった!

早速全草をいくらか摘んで、小さなニャモニャたちが集めてくれたハーブも受け取ると、全部で結構な量になった。


「おねえニャン、このカゴつかっていいニャ、ボクのカゴミャン」

「ありがとう」

「おてつだいがんばったミャ!」

「そうだね、みんな有難う、すごく助かったよ!」


小さなニャモニャたちは嬉しそうにミャアミャアはしゃぐ。

ふふ、本当に可愛いなあ。

―――だけど、こんな無邪気なニャモニャを攫って売り飛ばす酷い人がいるんだ。

少し前に聞いた話を思い出して胸が苦しくなる。

流石にさっきのロゼの提案はやり過ぎだと思うけど、二度とニャモニャたちが襲われないように何かしておきたい。

どうすればいいんだろう。

私にできることってあるのかな。

いくら考えても良い方法が思い浮かばなくて小さく溜息を吐いたら、モコが肩に飛び移って「だいじょぶ?」って顔を覗き込んできた。


「平気だよ、それよりモコ、あとで一緒にオーダーのオイルを調香しようね」

「うん!」


嬉しそうに擦り寄ってくるモコを撫でて、ハーブ満載のカゴを持ち直すと、皆と一緒に畑を後にする。

やっぱり村を思い出すなあ。

よく迎えに来てくれたティーネと一緒に、こんな風に素材の入ったカゴを片手におしゃべりしながら家まで帰ったっけ。

村に小さな子はあまりいなかったけど、皆もこの小さなニャモニャたちみたいに喜んで手伝いをしてくれた。

懐かしいな。

旅に出てもうどれくらい経っただろう。

少しティーネに会いたくなった。

―――母さんにも会いたいよ。


サフィーニャの家の近くまで来た辺りで、道の向こうからニャルディッドが転がるように駆けてきた。


「やあ、お嬢さん、それにサフィーニャとニャードルも一緒か、おお、ちびっ子たちも勢ぞろいじゃないかニャ」

「先代様」

「パパでいいと言っているだろう、お嬢さん、宴の用意が整いましたニャ」


そういえば辺りはすっかり薄暗い。

影になった木々の向こうへ陽が沈もうとしている。

どこからか美味しそうな匂いと一緒に、軽快な音楽が風に乗って微かに届いた。


「さ、行きましょうニャ、お兄さん達もすでに会場に向かわれておりますニャ」

「はい!」


サフィーニャが「そちらのカゴ、私が家に運んでおきますニャ」ってカゴを引き受けてくれる。

有難うサフィーニャ。

ニャードルはサフィーニャに着いていく。

私は小さなニャモニャたちと一緒に、ニャルディッドに案内されて里の広場へ向かった。

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