里に伝わる加護の話
振り返るとさっきいた広場で大勢のニャモニャたちがせわしなく走り回っていた。
祭りの用意をしているのかな。
妖精の里に泊まれるだけじゃなく、歓迎会まで開いてくれるなんて、楽しみでさっきからワクワクが治まらないよ。
暫く歩くと向かう先に他より大きなお屋敷が見えてきた。
その戸口へまっすぐ進んだサフィーニャは、フワフワの手で扉を示しながら「我が家ですニャ」と教えてくれる。
「先代の長である父と、母と一緒に暮らしておりますニャ、さあどうぞ、お入りになってくださいニャ」
「ああ、有難う、失礼する」
先頭で開いた扉をくぐろうとしたリューが、振り返って「頭に気をつけろよ」ってロゼに言う。
ロゼは苦笑して「分かっている」って頷いた。
私の背丈でギリギリだから、リューも屈まないと戸口をくぐれない。
この調子で中も天井が低かったら、ロゼだけじゃなくリューも外で毛布にくるまることになりそう。
「わぁ!」
だけど心配いらなかった。
中は結構天井が高い、リューも普通に立っていられる。
ロゼはちょっと窮屈そうだけど、少なくとも窓や戸口から腕や足が飛び出すようなことにはならずに済みそう。
よかった、だけど家具は全部小さいな。
奥から出てきたエプロン姿のニャモニャが「あらあら、まあまあ」って言いながらクスクス笑う。
「皆様よくいらっしゃいましたニャ、狭いところで申し訳ないですニャ」
「いえ、俺達こそかさばって申し訳ない」
「大きいことはいいことですニャ、私の主人もこの頃すっかりお腹が大きく、あらま、失礼いたしましたニャ」
この人、もしかしてサフィーニャの母親かな。
エプロンのニャモニャは「エメルニャですニャ、サフィーニャの母ですニャ」と丁寧に挨拶してくれる。
「生憎主人は先ほど祭りの指揮をとるために家を飛び出してしまいましたニャ、ご挨拶もせずすみませんニャ」
「お気遣いなく」
「代わりに皆様をよくおもてなしするよう言付かっておりますニャ、さあ、こちらの敷物の上へどうぞ、お嬢様は椅子をお使いくださいニャ」
二人には腰掛けられない大きさの椅子だ。
リューは苦笑して、促された暖炉の前の敷物にロゼと一緒に腰を下ろす。
私は椅子を使わせてもらった。座面がフカフカしてる、敷いてある毛織物はこの里で作ったものかな。
「今お茶を淹れてまいりますわね、サフィーニャ、あなたはお菓子を用意してもらえるかしら」
「はい、お母様」
「それでは失礼いたしますニャ」
そう言ってサフィーニャも行ってしまう。
何となくソワソワしながら家の中を見回していたら、リューに「あまり人の家を見るものじゃない」って注意された。
肩からモコがパタパタ羽ばたいて頭の上に乗る。
「ごめんなさい、でも兄さん、ここ、すごく可愛い」
「こら」
「家具が全部小さい、形も色も素敵だし、妖精ってこんな風に暮らしているんだね」
「ハル」
「えへへ、私ここ好きだよ、村の雰囲気に似ていて落ち着くんだ」
「そうだな、確かに似ているな」
少し懐かしい、皆元気にしているかな。
ティーネにだけは妖精の里に泊まったことを話してもいいよね?
私達とそんなに違わない暮らしをしているって知ったら意外だって驚くかも。
「お気に召して光栄ですニャ」
サフィーニャが盆に皿を乗せて戻ってきた。
皿の上には焼き菓子が乗っている。フルーツケーキだ、美味しそう。
「どうぞ、今朝焼いたフルーツケーキですニャ」
「美味しそう、ねえリュー兄さん」
「そうだな、リンゴの香りがするな、それにレーズンとくるみ、アンズも入っているのか?」
「まあ、分かりますニャ?」
リンゴはすぐ分かった、でも、他も当てるなんて流石リューだ。
早速一切れ摘んで口に運ぶロゼを見て、私もフルーツケーキをいただく。
ほんのりお酒の風味がして美味しい、中のドライフルーツも旨味と甘味がギュッと濃縮されていてたまらない。
「おいし~ッ」
モコもフルーツケーキを嘴で器用にパクパク食べている。
「恐れ多いですわ」とサフィーニャが頭を下げた。
「皆様のお口に合ってなによりですニャ」
「お茶も入りましたニャ、どうぞ」
このお茶も美味しい。
リューも一口飲んで「うん、美味い」って噛みしめるように呟く。
濃厚な味わいの中に仄かに花の香りがして、フルーツケーキとすごくよく合う。
「ご満足いただけたようで何よりですニャ」
「いえ、こちらこそ、持て成していただいて光栄です」
「皆様には本当に感謝しております―――子供達が連れ去らわれたのは、これで三度目でしたニャ」
そう言ったサフィーニャと、隣に座ったエメルニャが、目配せし合って哀しげに俯く。
三度目って、もう二度も子供が攫われているの?
リューが「どういうことですか?」って少し身を乗り出した。
「里のものが連れ去らわれてしまうこと自体はかつても度々ありましたニャ、私ども妖精はヒトの間では希少で価値あるモノなのでしょう?」
「それは」
言葉に詰まるリューを見て、サフィーニャは気遣うように微笑みかける。
「攫われた先でどのような扱いを受けるかも皆知っておりますニャ」
「そう、か」
「ですから、私どもはこの里で慎ましく暮らしておりますニャ、ここには昔ラタミル様が授けてくださった加護がございますニャ」
「加護?」
「はるか昔の話ですニャ、私も里の伝承として存じておりますニャ」
どんな伝承だろう、知りたい。
サフィーニャはお茶を飲んで軽く口を湿らせる。
「その昔、霊峰サマダスノームの峰に巨大な竜が住み着いておりましたニャ」
「竜」
少し前にリューからその話を聞いた。
思わず呟いた私に「そうですニャ」とサフィーニャが頷く。
「その竜は度々山を下り、我らの里を襲ったそうです、多くの同胞が竜の餌食になりましたニャ」
そんなことがあったんだ。
―――少し前にネイドア湖で出会った竜、私が名付けたネイヴィは穏やかだったけど、人を襲う狂暴な竜もいるのか。
「のみならず、竜はラタミルをも襲って食らったそうです」
「ラタミルを?」
「ええ、恐るべき竜ですニャ」
天空神ルーミルの眷属を襲うなんてとんでもないよ。
大きな神殿が建立されるほど信仰されている存在だよ?
その竜は、どうしてサマダスノームからいなくなったのかな。
「竜の非道はついに遥か天空に御座すルーミル様まで届き、命を賜った一翼のラタミル様が竜の制圧へ赴かれましたニャ」
「そのラタミルが竜を追い払ったの?」
「いえ、三日三晩に渡る激しい戦いの末、竜を下されたそうですニャ」
「勝ったんだ、すごい」
竜は人知の及ばない存在だってロゼが言っていた。
その竜を倒すなんて、ラタミルは竜より強いのか。
フルーツケーキを食べていたロゼがフンと小さく鼻を鳴らす。
「その後、ラタミル様は被害に遭った我らを憐れみ、この里を含む一帯に加護を授けてくださいましたニャ」
「どういう加護ですか?」
「里を訪おうとする悪意ある存在を弾く加護ですニャ、加護のおかげで里の皆は長らく平和に過ごせておりますニャ」
「でも、何度か里の人が攫われたんですよね?」
「その者たちは加護の外へ出てしまい連れ去らわれましたニャ、理由は様々ですが、原因は分かっておりますニャ」
「それじゃ、最近の、その」
また表情を曇らせて俯くサフィーニャの肩を、エメルニャがそっと抱いて慰める。
「はい、皆さまが里へ来られる際に渡られた川、その川のこちら側は領域内ですが、子供たちが連れ去らわれたのも川のこちら側ですニャ」
そんな、どうして。
加護の力が長い時間を経た結果弱まっているのかな。
だけどそれなら子供を攫われる以上の被害が起きていそうだし、理由に見当がつかない。
「あいつらニャ」
急に聞こえた声に驚いて振り返った。
そこに、甲冑の兜だけ脱いだニャモニャが立っている。
「ニャードル!」
「あの山に湧いた穢れたヒト共と堕ちたラタミルのせいニャ、そうに違いないニャ!」
癖のある黒い毛を逆立てるニャードルに、サフィーニャは哀しそうに目を伏せる。




