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望む霊峰

翌朝。

変更したサマダスノームへの道程を地図で確認して、いよいよ出発だ。

クロの鞍にはロゼと私が乗って、ミドリの鞍にはリューが、子猫たちはマントで作った簡易のバッグに詰め込んでリューが胸から下げている。

モコはいつも通り私の肩の上。

今日はなんだかずっと機嫌よく囀っている。


「モコ、ご機嫌だね」

「うん、ぼくね、とんでたよ」

「いつ?」

「ゆめでとんでた」


だから機嫌がいいのか。

小鳥の姿でも飛ぶのに慣れたようだし、よっぽど嬉しいんだね。

少しずつ、誰もが知るラタミルの姿に近付いているのか。

大神殿に着く前に人の姿にもなれるかもしれない。そうしたら、保護してもらう必要もなくなるのかな。


「きれいだったよ」

「なにが?」

「あかかった、きらきら、きれいなあかだった」


後ろでロゼがフンと鼻を鳴らす。

モコが肩からぴょこっと覗いて、私の髪の中へ潜り込む。


「赤は血液の色だ」

「そうだね」

「醜さの象徴さ」


どうして?

感染症の媒介になることもあるから、汚い、なら分かる気がするけど、醜いってどういうことだろう。

モコがまたぴょこっと顔を覗かせる。


「みにくくないよ」

「お前に何が分かる」

「ちは、だれにでもながれてる、みにくくないよ」


私もそう思う。

ロゼは無言で溜息を吐いた。

モコもまた私の髪に潜り込んで羽を膨らませる。

見解の違いってやつか、二人にはもっと仲良くなって欲しいよ。


前に、ノイクスからベティアスの海へ向かう方面は比較的移動しやすい、なだらかな地形が続くって聞いた。

だけどサマダスノーム方面は結構起伏があって、周囲の緑も少しずつ濃くなっていく。

複雑な地形と生い茂る樹木のせいか、追剥ぎや野盗より魔物に襲われることの方が多くなってきた。


「ハル、そっちへ行ったぞ!」

「ヴェンティ、切り裂いてッ」


オーダーで来てくれた風の精霊ヴェンティの起こすつむじ風が魔物を切り裂く。

手負いになったところへリューが切りつけて、倒れた魔物は動かなくなった。


「だいぶ連携が取れるようになってきたな」

「うん」


剣を払って納刀しながら傍に来たリューに褒められる。

嬉しいけど、やっぱり複雑だ。

戦うことに慣れたくないよ。

きれいごとだって言われても、傷ついたり、傷つけたり、そんなことはしたくない。

リューは私の気持ちを見抜いたように頭を軽くポンポンと叩いて、それからクロの鞍に跨っているロゼに声を掛ける。


「ロゼ!」

「はいはい、こいつらも僕も無事だよ」

「どっちの無事も心配していない」

「つれないな、子守していた僕に、酷い言い草だ」


ロゼはリューが抱えていたマント入りの子猫たちを戦闘になるといつも預かっている。

リューが言うには「まともに戦おうとしないからちょうどいいんだ、子守でもしていろ」ってことらしい。

いつも手伝ってくれるけどな、それに、傍にいてくれるだけで安心できるよ。


「ぼくもだいじょぶだよ!」


クロの頭に乗っていたモコがピョンピョン跳ねる。

よかった、今回も全員無事だね。


「そろそろ野営の準備をしようと思う」

「今日も野宿か、この辺りにヒトの集落は無いからなあ、致し方ない」


最後に村に立ち寄ってからどれくらい経っただろう。

サマダスノームに近付くほど人の姿を見かけなくなっていく。

以前は登山者や観光客でにぎわっていたらしいけど、ここ最近はめっきり数が減ってしまったって、宿の主人が話していた。

魔物が増えたんだって。

もしかして、それも噂に聞く新興宗教団体が原因なのかな。

高い木々の向こうに真っ白な峰がのぞいている。

ここからでもあんなに大きいなんて、近付いたらどれくらいあるんだろう。

数字だけ聞いても想像つかないって言ったら、リューが今まで見た他の山の大きさと比較して説明してくれた。

大陸一の大きさなんだって。


「休める場所を探そう」

「分かった」


子猫たちをバッグごと受け取ったリューがミドリの鞍に跨って、私はロゼと一緒にクロの鞍に跨る。

暫く移動して夜を超すのに良さそうな岩場を見つけた。

今夜はここで野宿だ。

辺りに結界を張ったロゼは森の奥へ獲物を捕りに行く。

リューは火を起こして調理の準備、私はクロとミドリと一緒に焚火の見える場所で野草や山菜を探す。

子猫たちはリューの傍でコロコロ転がって遊んでいた。


「はる、このきのこたべられる?」

「食べられるよ、クロ、ミドリ、ほら、食べていいよ」


私があげたキノコを食べて、クロとミドリは満足そうに鼻面を寄せてきた。

ふふ、口に合ってよかった。

それにしてもモコって凄く目がいい。

辺りは薄暗いのに、教えた野草や山菜、キノコをどんどん見つけてくれる。


「モコはどれくらい見えるの?」

「わかんない、でも、きのなかのむしはみえるよ」

「木の中の?」

「うん」


それって凄いことじゃないかな。

普通は物の内側までは見えないよ。やっぱりラタミルだから目がいいのかな。


「よし、これくらいでいいか、有難うモコ、おかげでたくさん採れたよ」

「わーい、はるにほめられた!」


撫でてあげると喜んでパタパタ飛び回る。ふふ、可愛い。

リューのところへ戻ると、ロゼも戻っていた。

食材の処理を手伝って、夕食の支度が整っていく。


「ミュンミュン」

「分かった分かった、もうすぐできるから、ハル、こいつらの相手をしてやってくれないか」

「はーい」

「ロゼは俺を手伝ってくれ」

「ああ、いいよ」


子猫たち、すっかり元気になったよね。

三匹ともやんちゃで、最近は主に面倒を見ているリューが大変そうにしている。一応私も手伝ってるよ。

だけど三匹はリューがお気に入りだから、すぐ傍に行きたがる。


「こら、兄さんは料理中だから邪魔しちゃだめだよ」

「ミュン!」

「こっちで遊ぼう、オーダーを使うよ、ほら、おいで」

「ミュミューン!」

「ミュウ、ミャアアッ」

「ミャア!」


こういう時も汎用性の高いオーダーは便利だ。

取り出した香炉にオイルを垂らし、熱石に魔力を込めて熱を発生させる。

花の香りを漂わせる香炉を揺らしながら「フルーベリーソ、咲いて広がれ、おいで、おいで」と精霊を招く。


「私の声にこたえておくれ」


現れたのは緑の精霊ラーバ、子猫たちが手を叩いて喜ぶ。

よし、花の雨を降らせてもらおう。


「ラーバ、花を降らせて」


ラーバはチカチカと瞬いて、子猫たちの上にたくさんの花びらを降らせてくれる。

その花びらを捕まえようとして子猫たちは飛んだり跳ねたりしながら大騒ぎだ。

可愛い。

ふわりと飛んできたラーバが私の鼻先に軽く触れて消える。

有難う、ラーバ。


「はる」

「ん、なに、モコ」


肩からモコが顔を覗き込んできた。


「おーだー、すごいね」

「有難う」

「いつもいいにおい、きれいだ、ぼくもうれしくなるよ」

「そっか」


改めて褒められると照れるよ。

エレメントだって前より使いこなせるようになったし、私も少しずつだけど成長している。


「はるにそようがあるから、せいれいがくるんだ」

「え?」

「はる、いつもいいにおい、ふしぎなにおい、りゅーもいいにおい、ふしぎ」

「モコ?」


急にどうしたんだろう。

気付くと、花びらで遊んでいた子猫たちが膝の上に集まっていた。

肩にとまっているモコをじっと見ている。


「た、たべられる!」


気付いたモコが慌てて私の頭の上へ飛び移った。

食べないよ、多分。


「ミャア」

「ミャモニャ」

「ミャアミャ、ミャモニャ、ミャン、ミャッ」

「ミャモ、ミャアミャン、ミャアーミャ、ミャンミャッ」

「ミャ!」


何か喋っているけど、全然分からない。

手を伸ばして触ったモコは羽を膨らませている。


「そうだよ、ぼく、らたみるだよ」

「ミャアミャ!」

「わかんない」

「ミャアー?」

「ぼくしらない、でも、ぼくらたみるだよ、もこっていうんだよ」

「ミャモ」


モコだけは子猫たちの言葉が分かるんだよね。

これもやっぱりラタミルだからなのかな。


「ねえモコ、何の話をしてるの?」

「あのね、かみさまだって」

「神様?」

「にゃもにゃのかみさま、ずっとずーっとむかしからにゃもにゃたちをまもってくれる、つばさのはえたかみさま」

「ラタミルのこと?」

「わかんない、ぼくちがうよ、でも、ぼくらたみるだよ」

「そうだね」


ニャモニャたちもルーミル教徒なのかな。

妖精にまで信仰されているんだ、すごい。

おーいと呼ばれて、視線を移すと、リューが食事の用意ができたぞってお玉を振った。

子猫たちはいっせいに駆け出していく。

私も行こう、お腹が空いたよ。

―――サマダスノームまであと少し。

あの綺麗な山のふもとに、ニャモニャたちの集落があるんだ。

妖精の集落ってどんな感じだろう、今から楽しみだな。

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