家路 2
※今回からずっと長めのお話になります、お時間のある時にでもどうぞ。
そしてあと三話でこの物語は一応の幕引きとなります。
よければ最後までお付き合いください。
「やあ、久しぶりだね」
ティーネに手を引かれて案内された広間に、レブナント様もいらっしゃった。
旅の始まりからお世話になった母さんの親友だ。
「ここ暫くティーネがソワソワしてばかりいてね、いつ迎えに行くと言い出すか気掛かりで仕方なかったんだ」
「まあ、お父様!」
「何はともあれ久々の来訪を歓迎しよう、セレス王子と供の方々もゆっくり過ごしてくれたまえ」
ご厚意に甘えて、何日か滞在させていただくことにした。
シャルークから森の手前にある町シェフルまでは数日で辿り着く、急ぐ理由もないからね。
用意していただいた部屋に入ると、早速カイが長椅子にどっかりと腰掛ける。
「俺とこいつを供の方々とは恐れ入る」
君とモコのこと?
ティーネがため息交じりに「お父様なりの気遣いよ」って答えた。
「私やお父様は貴方がたの素性を知っているけれど、周りに知られては困るでしょう?」
「へいへい」
そうだよね。
カイはハーヴィー、モコは私の眷属で『護国の翼』だった。
屋敷の皆に知られたら大騒ぎになるかも。
「いちいち拗ねるなよ」なんてセレスが突っつくから、カイも「あぁ?」って噛みつき返してまた喧嘩が始まった。
呆れて眺めるティーネは、だけどちょっと楽しそうだ。
「ねえ、ティーネはレブナント様の跡を継ぐの?」
「そのつもりだったけれど、貴方が目を覚ましたのなら、また女官に戻ろうかしら」
え、ダメだよ。
ティーネは私をじっと見つめて、クスクス笑って「半分冗談よ」なんて言う。
「でも半分は本気よ、ハル」
「ティーネ」
「ずっと貴方を想っていたわ、私のところへ帰ってきてくれるって約束してくれたから」
「うん」
「信じていた、ハル、貴方の綺麗な若草色の瞳をまた見ることができて、本当に嬉しいの」
赤い瞳に涙が滲む。
ティーネの手を取って強く握りながら「私もだよ」って笑い返した。
三年経って、ティーネはぐっと大人っぽい雰囲気になった。
でもこうして見詰め合って触れ合うと、何も変わらないと思う。
君との友情は永遠だよ。
これまでも、これからも、ティーネは私の一番の親友だ。
夜は豪勢な晩餐で持て成して頂いた。
次の日も朝からご馳走続き、屋敷の皆で私達を歓迎してくれる。
厩舎へも行って、久々にアグリロを撫でさせてもらった。
変わらず大人しくて賢い子ばかりだね。
「なあハルちゃん、獣臭いから嫌だなんて言うカイの奴は論外だが、どうしてモコちゃんまで厩舎に入ってこないんだ?」
「怖がらせるんだって」
「え?」
モコは、今は小さい姿で外からニコニコとこっちを眺めている。
撫でていたアグリロがそっちを向いて、途端に耳を伏せると慌てて顔まで逸らした。
何がそんなに怖いんだろう、雛の時は平気だったのに。
「獣の本能なんだろうか」
「うーん」
私にとっては、どんな姿でもモコはモコなんだけどな。
―――レブナント邸に滞在して数日、街を散策したり、騎獣で遠乗りしたり、楽しかった!
でも、そろそろ村に向かおう。
出発を伝えた日の夜、ティーネに久しぶりに一緒のベッドで寝ようって誘われて、部屋にお邪魔することになった。
「ねえ、ハル」
同じベッドに潜り込んで、隣り合って横になったティーネが話しかけてくる。
モコは小鳥の姿で枕元にうずくまっている。
「これから、貴方はどうするの?」
「うーん、まだ考えている最中なんだよね」
「そう」
白い手がそっと私の髪を撫でる。
「また離れ離れになるのね」
「ティーネ」
「だけど、前と違って心置きなく貴方を送り出せるの、だって貴方はいつだってこうして会いに来てくれるから、そうでしょう?」
「勿論」
「大好きよ、ハル―――愛しているわ」
「そんな、照れるよ」
「ふふ」
額にキスされた。
ギュッと抱きしめられて、ティーネの温もりを感じる。
あったかい。
きっとまた会いに来るからね。
私も君が大好きだよ。
―――翌朝、ティーネとレブナント様に見送られて屋敷を出発した。
街道を辿ってシェフルまでは大体三日かかる。
あの時と同じで宿には寄らない、馬車があるからね。
懐かしいな。
ずっと前に兄さん達とこの街道を辿った。
色々な思い出が蘇ってくる。
シェフルに着いたら宿を取って、オーダーで沸かしている湯にものんびり浸かった。
これ、初めて見た時は驚いたよね。
オーダーの研究もずっとしていないな。
母さんはもういないし、エノア様の香りの再現もできたけれど、私なりにまた研究を始めてみようかな。
魔力が少ない人でも精霊の恩恵を受けられるようにするのが目的の一つだったからね。
なんだか、やっとやりたいことが見えてきた気がする。
宿で荷台を預かってもらって、グレンだけ連れて森へ入る。
観光地になっている手前側から奥へは川を渡るけれど、移動手段の船は小さ過ぎて荷台どころかグレンも乗り切らない。
だから、グレンはモコが運んでくれることになった。
ピオスは泳げるけれど、川幅が結構あって流れも速いから、そっちの方が安全ってことでお願いした。
「よーいしょ」
川に浸かって泳ぎ始めるグレンを、けん引するようにモコが背中を掴んで羽ばたきながら進んでいく。
今のモコは大きい方の姿だ。
グレンはなんだか必死で水を掻いてる。
ちょっと怖がっているようにも見えるけど、ちゃんと泳げて偉い。
私とセレスは船に乗り込んで、川に飛び込んだカイが「行くぞーッ」って船を押してくれる。
早い早い!
水の中のハーヴィーって本当に凄いね!
舳先が水しぶきを上げて、ぐんぐん対岸が近づくよ!
「カイ、早いね!」
「おう!」
「こういう時はお前が海神の眷属だったことを思い出すな!」
「んだとぉッ! いつも覚えておけ! もっと俺を崇めろ!」
「そんな要素が普段のお前のどこにあるんだよ!」
「あぁッ?」
セレスとケンカしながら泳いでる。
器用だなあ。
あっという間に対岸に辿り着いて、船を降りる。
川から上がってきたカイの、腰から下はまだ魚の脚のままだ。
「ねえカイ、その脚、よく見せてもらってもいい?」
「あ? ンだよ、またか」
「私も興味がある、触っていいか?」
「お、おい、やめろ! 野郎の下半身に触りたがるなんて正気の沙汰じゃねえぞ、お前ら恥を知れ!」
お構いなしにセレスが触るから、私もこっそり触らせてもらう。
わ、サラサラして柔らかい。
見た目はツルッとしているのに意外だ。
それに仄かに温かくて、魚っていうよりヘビやトカゲの方が感触的に近いかもしれない。
「やめろ」
小さく聞こえて、カイを見たら片手で顔を覆っている。
髪の隙間から覗く耳が真っ赤だ。
「この、変態どもめ」
「なんだ、恥ずかしかったのか?」
「あぁッ?」
バッと手を外してセレスを見上げたカイの顔も真っ赤だ。
やっぱり恥ずかしかったんだね、ちょっと悪いことをした、ごめん。
「そこまで恥じらうようなことだったのか」
「あ、当たり前だ、ちくしょう!」
「それはすまなかったな、流石に謝ろう」
「だったら最初っから触るんじゃねえよッ」
「ねえカイ、あの、ごめんね?」
「あーもうッ、いい! 二度とこんな真似させねえからな!」
カイの魚の脚はキラキラ光って、人の脚に変わる。
すぐ立ち上がって一人でどんどん森の奥へ進んでいく。
「あっ、待ってよカイ、村がどっちか分かるの?」
「問題ない、前も来たからな」
そうか、そうだったね。
少し遅れて辿り着いたグレンが、岸に上がってブルブルッと体の水を飛ばしてる。
外して船に積んでおいた鞍を取りつけて、私とセレスで騎乗して、モコは小鳥の姿になって私の肩にとまった。
鬱蒼と木々が生い茂る中を進んでいく。
旅の間に色々な場所の森を通ったけれど、やっぱりここは特別だ。
居心地が良くて、不思議と落ち着く。
帰ってきたんだなあって感じるよ、草や土の匂いまでなんだか懐かしい。
「ねー、かい」
「なんだ」
「かいはせれすとぐれんにのるといいよ、ぐれんのほうがはやいよ」
「あ?」
「はるはぼくがはこぶ」
不意にひょいっと持ち上げられた。
モコ、いつの間にか大きな姿に変わってる。
私を抱えて飛び始めると、木々が避けて道を作ってくれる。
君ってこんなことまで出来るようになったの? すごいね!
「お、おい待て、こらっ」
「モコちゃん、待ってくれ!」
セレスとカイを乗せたグレンが追いかけてきた。
ピオスは体が大きいから、森の地形をものともせずに進めるんだ。
大きな木は避けて、丈の低い木や草、古木は押し通って、段差は飛び越え、モコからつかず離れずついてくる。
「これなら三日は掛からないかもしれないな」
「けどそろそろ陽が暮れるぜ」
「一晩はここで野宿か、まあ仕方ないさ、元よりその予定だったわけだし」
前にリューが森を抜けるのに三日掛かるって話していたことを皆にも伝えたけれど、本当に二日だって掛からないかもしれないね。
吹き抜ける風と濃い緑の香りが心地いい。
こんな形で帰ってくるなんて、出発した時は思いも寄らなかったよ。
長い旅だった。
たくさんお土産もできた、もうすぐ村に着く!
辺りが大分暗くなってきたから、適当な場所で野宿することにした。
モコが結界を張ってくれて、私は光の精霊ルミナを呼んで明かりを灯す。
セレスは夕食の材料を調達に、カイは辺りを調べに行ってくれた。
「大まかだが、明日の夜頃にはお前の村に辿り着けそうだぜ」
「そっか、本当に早いね」
「まあな」
「君が生まれ育った村だよな、どんな場所なのか、今から楽しみだ」
「けど、もう誰も住んでねえんだろ? 草伸び放題、家もなんもかもボロボロなんじゃねえか?」
「お前は気遣いってものがないのか、それでも楽しみだろうが」
「ま、そこに関しちゃ同感だな」
二人とも有難う。
モコが「いい所だよ」ってニッコリ笑う。
「そうか、君は知っているんだな、モコちゃん」
「うん、ぼく、ラタミルの領域から落ちて、嵐の中を彷徨って、はるに助けてもらったんだ」
「へえ」
そう言えば、その時の話をモコから詳しく聞いたことがないな。
「モコはどうしてラタミルの領域から落ちたの?」
「別に珍しくない、時々いるんだ、ラタミルの雛は好奇心旺盛で怖いもの知らずだから、勢い余って次元の壁を飛び越えてしまう」
「で、お前もそうだったと」
「うん、でもね」
モコは私をじっと見つめる。
「ぼくははるに逢いに行ったんだと思うよ」
「えっ」
「運命ってことか、素敵だな」
「そこまでじゃないけれど、でも、そうかもしれない、ぼくははるに逢いたかったんだ」
そっか、そうだね。
私も何だかそんな気がする。
君がいてくれたから、こうして帰ってくることができたんだ。
―――有難う、モコ。
夜が過ぎて、朝を迎えた。
辺りにまだ霞が煙っている頃から村を目指して進み始める。
昼頃に少し休憩を取ったら、また村へ。
陽が暮れ始めた。
ふっと懐かしい匂いを感じた気がして、目の前に広がる薄暗い森の景色に目を凝らす。
―――あれは。
不意に視界が開けた。
村だ。
母さんと、兄さん達と、皆と一緒に暮らしていた村。
帰ってきたんだ。
本当に、帰ってきたんだ!
「お、おい、なんだあれ」
カイが指した方向に明かりが見える。
「誰も住んでねえんじゃなかったのか?」
「そのはずだが」
セレスも警戒している。
あれって私の家だ。
誰かいるの?
「煙突から煙まで昇っている」
「はぁ? 中で煮炊きしてんのか、もしかしてどいつか勝手に住み着いてやがるのか」
「可能性はあるな」
村は想像していたよりずっと綺麗、というか、変わっていない。
家も、畑や牧場だってそのままだ。
でも誰もいない。
家畜の姿も見当たらない、気配さえしない。
だけど私の家に明かりが灯って、煙突から煙が昇っている。
急に胸がギュッと苦しくなって、モコに降ろしてもらう。
―――気付いたら走り出していた。
後ろから引き止める声が聞こえたけれど、止まれない。
走って、走って、走って!
家の扉の前に辿り着く。
取っ手に手をかけて勢いよく開いた!
「ただいま!」
奥からリューが顔を覗かせて「おかえり」って笑った。




