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反転湖 4

大蛇はネイヴィの傍へ来られない。

おかげでこうして作戦を立てる時間が取れる。

今頃、兄さん達はどうしているだろう、いなくなった私達を探しているかな。

だとしたらなるべく早くここを出たい。

今度も不可抗力だけど、二人を心配させたくないよ。


「ところでハル」

「なに? カイ」

「さっきそいつがお前に種子を渡すとか言ってただろ、もしかして何か受け取ったのか?」

「多分」


あの『呪文』がそうだろうけど、今のままでは花が咲かない。

どうしてなのかは私にも分からない、だけど感覚的に咲かないって分かる。

だからまだ、完全に受け取ったとは言えない。


「なら用は済んでるってわけか、それでもあの蛇をどうにかしないとここから出られねえ、そういうことなんだな?」

「うん」

「ったく、めんどくせえ、迷惑な話だぜ」

「ごめんね」

「なんでお前が謝る、そこの竜ならともかく」


カイはガシガシと頭を掻く。

それを見てセレスが溜息を吐いた。


「文句を言っても仕方ないだろ、今はあの大蛇をどうにかすることだけ考えろよ」

「言われなくても分かってるんだよ、おい、まずは情報の洗い出しだ、奴に関して今知ってることを挙げてくぞ」


大蛇について分かっていること。

まず外見、人の顔をした大きな蛇で、長い髪を触覚みたいに操り襲ってくる。口の中には牙がたくさん生えていたから、噛まれたら怪我どころじゃすまないだろう。

不気味な姿だけど、核となっているのは黒髪の綺麗な人、あの大蛇は作られた怪物なんだよね。


「誰があんな胸糞悪い真似しやがったんだろうな、下手人は正真正銘のクズだぜ」

「だが、そんなことが出来るのか?」

「出来てるんだから出来るんだろ、その辺俺は詳しくないから何とも言えない、ただ」

「なんだ?」

「ハーヴィーや、まあ、多分ラタミル共も、あんな趣味の悪い真似はしねえ、人がやらかすにしちゃちょっとばかり度が過ぎている」


つまり、どういうことだろう?

カイは腕組みしながら唸って「魔人かもしれねえ」とこぼす。


「魔人?」


セレスがあからさまに顔を顰めた。

魔物の中でも、獣寄りの魔物は魔獣、ヒト寄りの魔物は魔人って呼ばれるけれど、その魔人はおおむね強い魔力を持ち、力に比例して知性も高くなる傾向があるらしい。

こんな恐ろしいことができる魔人って、本でも人伝に聞く話でも知らない。

もし今の推察が事実だったら、どれほどの力を持つ魔人なんだろう。


「それは、仮の話でも恐ろしいな」

「ああ」


頷き合うセレスとカイに、私も不安になって少し震える。

モコが心配そうに体を摺り寄せてきた。

フワフワしてあったかい、大丈夫だよ、有難うモコ。


「もしそんな奴が出てきちまったら完全に詰みだが、目下の脅威はあの蛇だけだ」

「そうだな」

「ハル、お前は何か気付いたことはないのか?」

「ええっと」


さっき気になった、ネイヴィの『数多の人と同じように、彼女も水面へ想いを託し』って言葉。

それと『願いを得られず、代わりを欲して手当たり次第に命を食い散らかしている』も、これって今起きているネイドア湖の被害のことだよね。

不気味な黒い渦、あれもきっと大蛇と関係している。

被害を起こしたのが大蛇なら、ここから出られないのにどうやって魚を襲って、船底に穴を開けたんだろう。


「ネイヴィ」

『どうした、ハルルーフェ』

「大蛇はここから出るために、あの黒い渦を起こしているの?」

「はあ? 何言ってるんだお前、奴はここを出られないってさっき」


言いかけたカイがハッとした表情を浮かべる。

多分、私と同じことを考えたんだ。

ネイヴィは大蛇が『出られない』とは言っていない。

だから完全に出ることは叶わなくても、少しの間ならここを出てしまえるんじゃないかな。

その時にあの渦を起こす。こう考えると現実に起こっていることと辻褄が合う。


『そうだ』

「でも、ネイヴィはさっき、あの大蛇が外へ出てしまうことがいけないって言ったよね?」

『今はまだ完全に外へ出てはいけない、彼女が障壁に開けた穴はすぐ閉じている、そうすれば彼女はここを出られない、それに、彼女は君に渡した種子の香りに惹かれている』

「種子の香り?」

『執着が無くならない限りここを出ていくことはない、しかし、私は君に種を渡した、だから君がここを出るならば、彼女は君を追うだろう』


ネイヴィの目的は私に『あの子』から預かっていた『種子』を渡すこと。

その『種子』の香りに大蛇は惹かれていて、だから『種子』を持つ私を追ってこの空間から外へ出てしまう。

大蛇が外へ出たら、ネイドア湖は汚染されて、周囲の命も奪われる。つまりネヴィアに住む人たちが危険にさらされるんだ。

このままじゃ『花』も咲かない。

やっぱり、大蛇をどうにかするしかない。


さっき受け取った時、ネイヴィは『愛の種子』ってこれを呼んでいたよね。

その種子の香りってことは、つまり愛の香り?

大蛇は種子の匂いに惹かれて執着している。

愛の香り、愛への執着、愛する誰か、運命の人―――あッ!


「セレス!」


呼んだらセレスは目を丸くして「どうしたの?」って訊いてくる。


「占いだよ、ネイドア湖の占い!」

「占い?」

「星の出ている夜にネイドア湖の湖面を覗き込むと、運命の人の姿が映るって、セレスが教えてくれた」

「ああ、あれか!」


カイが「はぁ?」って呆れた声を出す。

きっとそうだ、大蛇の核にされた人は占いを試したんだ、そして―――あの姿へ変えられてしまった。

どうしてそんなことをしたんだろう。

推測は立っても理由までは分からないよ。

でも、やれそうなことは思いついた。危ないけれど試してみたい。


「ねえ、やってみたいことがあるんだ」


話を切り出すと、セレスとカイ、モコも、私の方へ身を乗り出してくる。


「なんだいハルちゃん、聞かせてくれ」

「ああ、言ってみろ」

「どうしたのはる?」

「あのね―――」


内容を告げると、思った通り皆の反応はあまりよくない。

でも大蛇は『ドウシテ』って繰り返していた。哀しそうな声を思い出す。

誰に、何を訊いているのか、私には分からないけれど、多分これがヒントなんだ。


「無駄だと思うぜ」

「試すだけでも、お願い」

「でもハルちゃんが危険じゃないか」

「うん、二人も危ないけど、だけど」

「わかった、いいよ!」


前脚を持ち上げてトンッと砂を踏んだモコに、「チビは何も出来ねえだろ」ってカイが半目になる。


「だいじょぶ、ぼく、もうすぐできるよ」

「は?」


訊き返すカイと一緒に、私も首を傾げた。

何ができるようになるの?


「ずっととりだったから、もうちょっとでわかりそうだよ、だからぼくもがんばる」

「モコ、何の話?」

「ぼくもいく、はる、ぼくのせなかにのって」

「えっ」


私が乗ったら重くて動けなくなるんじゃ―――べ、別にそこまでふっくらしていない、と、思うけど。

だってモコ、君って成獣の羊より二回りくらい小柄なんだよ?

大丈夫なのかな、脚こそつかないだろうけど、モコが潰されたりしない?


「確かにハルちゃんは羽根みたいに軽いが、モコちゃんも人を乗せられるほど大きくないだろ?」

「せ、セレス」

「おっとごめん、女性に体重の話は厳禁だったな」

「まあ確かにハルは軽いな、お前ちゃんと飯食ってんのか?」

「カイまでやめてよ」


急にセレスが「お前なんでハルちゃんが軽いって知ってるんだ」ってカイに詰め寄っていく。

だからやめてってば、その話はもういいよ。


「だいじょぶだよ、はる、のって!」

「う、うん、分かったよ」


もう断れる雰囲気じゃなくなった。

仕方なく、恐る恐る、モコの背中に乗ってみる。

安定感はあるけど、本当に大丈夫なのかな、フワフワのクッションに跨っているみたい。


「モコ、平気?」

「へいき!」


うわぁッ!

い、いきなり、走りださないで!

セレスとカイが慌てて追いかけてくる。


「おい待てチビ! 勝手に行くんじゃねえ!」

「モコちゃん待ってくれ、やっぱり危険だ、君はあの竜のところに残って」


早い早いッ。

呼ばれてもお構いなしに走り続けていたモコが、急にパッと方向転換した。

向かおうとしていた先から冷たい気配が押し寄せてくる。

―――大蛇だ。

長く黒い髪が私とモコめがけて物凄い速さで伸びる!


「ハルちゃん!」


セレスが間に飛び込んで、剣で髪を弾いてくれた。

その脇を更にすり抜けようとした髪はカイが三又の槍の穂先でフォークみたいにくるくるっと巻き取ってしまう。


「アクエ・ディフ・ルーフェム!」


無詠唱のエレメント!

水の刃が槍に絡まる髪を切り裂き、大蛇が絶叫する。

カイもエレメントが使えるのか、そうだよね、治癒魔法だって唱えられるし。

しかも無詠唱、すごい、得意なのは槍だけじゃないんだ。


「カイ、凄い!」

「まあな、ハーヴィーだからな!」


そのままカイは魚の脚で空中を泳ぐように動き回り、大蛇の髪を避けつつ攻撃を繰り出す。

セレスは私とモコの傍へ来て、私達を守ってくれる。


「二人とも大丈夫かッ」

「へいき、はる、すごくかるいね!」

「そうだろう?」

「もういいってば、ねえモコ、無理しないでね」

「だいじょぶ!」


いつの間にこんなに動けるようになっていたんだろう。

モコはまだ雛だって、そう聞いたから、ずっとそうだと思い込んでいた。

でも雛はいつか成鳥になる。

少しずつ大きくなっていたんだね、なんだか嬉しいよ、モコ。


―――私も、皆を頼りにしてばかりじゃいられない!


「こっ、氷の精霊よッ、我が希う声に応じて、き、来たれッ、汝の力をもって、我が、欲する望みをッ、叶えよ!」


攻撃を避けて動き回るモコの背中の上で、気を抜いたら舌を噛みそう!

なんとか詠唱できた、いくぞッ。


「ガラシエ・ラグレ・レーベロイ!」


冷気が大蛇の体のあちこちを凍り付かせる。

大蛇は絶叫しながらのたうち回り、その隙をついてカイが繰り出した穂先が鱗の隙間から肉を割いた。

セレスも剣で振り下ろされた尾を切りつける。

裂けた部分から飛び散った体液をまともに浴びたセレスが急に苦しげに呻く。ジュウジュウと焼け焦げるような臭いと音が伝わってくる。


「セレス!」

「ぐぅううううぅッ」


うずくまったセレスの顔も腕も酷い火傷だ。

苦しむセレスを大蛇は切られた尾で薙ぎ払って、吹き飛ばされたセレスは近くの岩に激突する。


「チッ、酸の体液か、お前まで被るなよハル、チビも気をつけろ!」


大蛇はセレスに狙いを定めて一気に近付き、咢を開くと頭から齧りついた―――ように見えた、違う、カイだ!

カイが槍で大蛇の攻撃を防いでくれている!

槍で顎を串刺しにしながら、魚の脚で頬を張って、大蛇の顔が向いた方と逆へセレスを抱えて距離を取る。


「カイ、セレス!」


香炉を掴んで取り出す。

早くセレスに治癒魔法をかけないと、そのために、大蛇の気を逸らさないと!


「ガラシエ・ラグレ・レーベロイッ」


私じゃ詠唱なしのエレメントは大した効果を発揮しない。

髪の一部が凍り付いて、大蛇はぐるんとこっちを向くと今度は私とモコに襲い掛かってきた。

蹄で砂地を蹴立ててモコは駆け回り、攻撃をギリギリで避け続けてくれる。


「はる、つかまってて、ぼくがんばる!」

「モコッ」


だけど息が上がり始めている。

それに細かい傷も、うッ、私も髪で腕を切られたッ。


「はるっ」

「平気、モコ、まっすぐ走って!」

「わかった!」


やるんだ、私なら、多少怪我をしても大丈夫。

―――多少で済めばいいけど。

怯んでいる暇はない、今はこれしかないんだ、私も皆を守る!


「ごめんね、モコ」


握りしめていたモコのフワフワの毛から手を離すと、慣性で体が後ろへ引っ張られる。

浮かび上がった先に、大きく開いた大蛇の口がある。


「はる!」


牙だ、たくさんの牙が生えている、怖い。

だけど―――無策でこんなことするもんかぁッ!


「ガラシエ・ラグレ・レーベロイ!」


口の中へ向かってエレメントを放つ。

詠唱なしのエレメントは弱いけど、大蛇の粘膜部分もやっぱり脆い、悲鳴を上げてのけぞる大蛇になんとか呑み込まれずに済んだ、でも、今度は髪の毛が全身に絡みついてくる!


「フルーベリーソ、お願い、来てぇッ!」


香炉を揺らして必死に呼ぶと、目が眩むほど強い輝きを放つ大きな光が現れた。

ガラシエ?

なにか違う気がする。

光からあふれ出す冷気に怯むように、髪の拘束が少し緩む。


「ハルッ」


飛び込んできたカイが私を縛る髪を切り裂いて解放してくれた。

だけど―――


「カイ!」


氷焼けしてドロドロと体液を垂れ流す大蛇の大きな口が、カイの脇腹に食らいつく。

赤黒い血が飛び散って、痛みに歪んだカイの口からも、血が。


「くそッ、がぁッ」


嫌だ、嫌だよカイ。

―――助けないと!

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