決戦 1
私を抱えたモコは、戦う皆から少し離れた場所へ降りる。
気付いてこっちへ向かって来たミゼデュースのヘビの頭を、魔力を凝縮させた一撃で吹き飛ばした!
でも頭はすぐ再生して、しかも二つに分かれて牙を剥く!
「鬱陶しいね」
傍に私を降ろすと、また周りに魔力の防壁を張ってくれて、モコは手元に現した弓矢を引き絞る。
ヘビに連続して何発も矢を撃ち込みながら「はる」って話しかけてきた。
「大丈夫だよ、妖精に助けてもらおう」
「妖精?」
「友達、呼んでごらん、きっと力になってくれる」
どうして妖精なんだろう。
でも、モコが言うなら。
どうやって助けてもらえばいい?
呼べばいいのかな。
―――そういえば、ニャモニャの里でもらったあの石。
信頼の証って言っていた、大切な宝物だから今も持っている。
小物入れから取り出した石を両手で強く握る。
助けて。
皆、力を貸して。
石が、なんだか温かい?
トクン、トクンって、鼓動みたいな振動が伝わってくる。
あっ、声が聞こえた!
『ハル』
サフィーニャの声だ!
『ハル様』
この声はヴァニレーク!
『恩人様!』
これはワフリス。
よかった、砂漠が虚に呑まれたって聞いて心配していたんだ。
無事に逃げたんだね。
『ハルルーフェ様~ッ』
モルモフたち。
パヌウラやルルと一緒に避難中かな、気をつけて。
『姫』
ネモネと、『姫ぇッ』って小さくフィラの声も聞こえた。
ふふッ。
『ハルルーフェ』
これは―――妖精の女王。
緑の君、モーシェルの声。
目の前にふっと光が現れる。
精霊だ!
どんどん集まってくる!
「モコ!」
呼ぶとモコは振り返ってニッコリ笑う。
本当に妖精の皆が助けてくれたよ、有難う!
おかげでまだ戦える!
「力を貸して! ディクチャー・ヴェンティ・レガート・ストウム! ディクチャー・ガラシエ・コンペトラ・ストウム!」
精霊の加護の守りを!
「セレス! ヴェンティ・デリュース・コンペトラ!」
セレスの剣に、風の精霊ヴェンティの力を!
「カイ! ガラシエ・ヴェーレ・コンペトラ!」
カイには氷の精霊ガラシエの力を!
「モコ! メル! ディクチャー・ヴェンティ・デリュース・コンペトラ!」
モコとメルには風の精霊ヴェンティの力を、そして。
「ラーヴァ! イグニ・レーヴァ・コンペトラ! エレ! トートス・レーケパー・スウィグ!」
ラーヴァには火の精霊イグニ、エレには雷の精霊トートスの力を!
『うおおおおおおおおッ! 漲るううううううッ!』
『これは有難い』
『ハルルーフェ! 主と共に在らば我らは何ものにも負けん!』
ラーヴァが激しく炎を吐き、エレは雷を幾つも落とす。
その間を掻い潜ってセレスがミゼデュースを切り裂く! カイは氷の槍で貫いて、メルは風の加護が宿った弾丸を撃ち出す!
モコも翼を広げて力強く羽ばたいた!
「ケレア・シクド」
衝撃波がミゼデュースを切り裂く!
戦況は攻勢に向いたけれど、それでもまだ押され気味だ。
「はる!」
急に視界をモコの翼で覆われた。
何かさく裂して、また吹き飛ばされそうッ!
「うッ、ヴェンティ・レガート・ストウムッ!」
今度は風の防護壁が間に合う。
ふらついて転んだけれど、モコが張ってくれた防壁の中からは出ていない。
さっきから何が―――成り損ないがこっちへ向けていたヒレを降ろす。
そうか、狙われていたんだ。
皆を守るだけじゃなく、私自身も何か手を打たないと。
小物入れから別の香炉を取り出す。
受け皿に垂らすのはエノア様の香り。
底部の熱石に魔力を通して、鎖で垂らした香炉を揺らす。
「ヴィーラセルクブレ、応えよ、我が助けとなれ!」
大きいのを呼ぼう。
私と―――リュー兄さんだけが呼べる精霊の源。その純粋な力と意志を。
足元がポウッと光って、緑に輝くツルがスルスルと伸びる。
そのツル同士が絡まり合い、何かの形をとっていく。
獣だ。
頭から背にかけて生え揃うフサフサした濃茶のたてがみ。
真夏の青葉のような深緑色の瞳。
リュー兄さん?
なんだか似ている。
思わず獣と見詰め合って、ハッと我に返った。
そうだ、今は他に気を取られている場合じゃない。
「お願い、私を守って」
獣は頷いて、一声吼えるといきなり飛び掛かってきた!
でもその姿は目の前でふっと消えて、全身が淡い緑の光に包まれる。
あったかい。
なんだか兄さんに抱きしめられているみたい。
これできっと大丈夫。
香炉を小物入れにしまう。
「フルースレーオー、花よ咲け、温もりよ届け!」
腕を前へ伸ばして唱える。
「―――ヴァティー!」
フワッと咲いたバラに似た赤い花が辺りを埋め尽くしていく。
花に触れたミゼデュースの動きが途端に鈍くなる。
「パナーシア!」
皆に治癒を!
―――さっきみたいに眩暈がしない。
不思議だ。
体の奥から力が湧き上がってくる。
駆け出したセレスが勢いのまま飛んで巨人のミゼデュースに斬りつける!
滑空するように宙を飛んで着地すると、振り返りざま飛来した鳥のミゼデュースを斬って後ろへ飛び退く。
そこへもたげた鎌首を繰り出すヘビのミゼデュースめがけて、カイが氷の槍を投げつけた!
カイは手に新しい槍を次々と現して立て続けに投擲する。
頭上から襲い掛かる獣のミゼデュースに、喉の辺りを槍で貫いた!
落ちてくる体の下を滑り抜けると、今度は背中へ槍を突き刺す!
空からはメルが銃を撃って二人を援護する。
傍をラーヴァが羽ばたいて、炎を吐き、巨人のミゼデュースに鋭い爪を振り下ろす!
一撃を受けて崩れたミゼデュースに太い尾を叩きつけ、更に炎を吐いた。
エレは雷を落としながら、爪でミゼデュースを砕き、尾を強打する。
向かっていった鳥のミゼデュースが特大の雷を受けてバラバラに砕けた!
だけど、また別の場所から湧いたミゼデュースが同じように歪な翼で空へと羽ばたき、襲い掛かっていく。
『マジでキリが無いッ!』
ラーヴァが叫ぶ。
『いい加減、何とかならんのか!』
―――モコが振り返って「はる」って少し焦った様子で声を掛けてくる。
「えのあの花、同時に咲かせられる?」
「うん、今なら大丈夫」
「急いで、ぼくは障壁を張る」
どうしたんだろう。
とにかく花を咲かせよう。
「フルースレーオー、花よ咲け、声よ響け! トゥエア!」
掌から青色の花が零れる。
続けてもう一度!
「フルースレーオー、花よ咲け、眼差しよ伝われ! リトリス!」
黄色い花が溢れ出す。
二つの花は混ざり合って辺りを満たす。
モコが戦う皆を覆うくらい大きな規模の障壁を張った直後、今までにない激しい揺れが起こる!
「うわッ」
「なッ、なんだ!」
空ではメルと竜たちまで体勢を崩している。
これは地震じゃない。
大気も震わせるほどの膨張した魔力だ!
グオオオッと雄叫びが響く。
成り損ないが全身を震わせている。
空から、無数の魔力の柱が降り注ぐ!
モコの障壁を貫いて、皆を激しく打ち付ける!
―――う、ううッ。
す、すごい、勢い。
モコが殆ど防いでくれたけど、少し足を痛めた。
あっ、セレス、カイ!
向こうで這うようにしている、大分傷を負った様子だ!
メルと竜たちも!
モコは? ああ、酷い。
翼も体も傷だらけ、私の分まで引き受けてくれたんだ。
座ったままエノア様の花の中心で、両手を組み合わせる。
「パナーシア!」
皆、大丈夫だよ。
傷は私が全部癒すから。
だから立ち上がって。
あと少し、一緒に戦って!
セレスが立ちあがる。
剣を構えて駆け出していく。
カイも、氷の槍を握って成り損ないへ向かっていく。
有難う。
―――ごめん。
でも、私一人じゃ戦えない。
この世界を消滅させないために、どうか力を貸して!
さっき降り注いだ柱はたくさんいたミゼデュースも砕いて粉々にした。
だけどまた新しいミゼデュースが湧いてくる。
昆虫のようなミゼデュース、ドロドロと不定形のミゼデュース、触手のように管を生やしたミゼデュースもいる。
そして。
ズルリと這い出てくる、腰から下が魚の、黒一色で塗りつぶしたようなミゼデュース。
翼の生えた子供みたいな姿のミゼデュースも湧いて出る。
「クソが!」
カイが吐き捨てる。
空でメルも顔を顰めてそのミゼデュースを見下ろしている。
「あれ、ハーヴィーとラタミルのミゼデュース?」
「ううん、違う、形を似せているだけ、取り込んだ眷属を部分的に利用しているけれど、別のものだよ」
モコが答えてくれる。
それでも、あれはあんまりだ。
別の大きなミゼデュースも現れた。
『おおう』
ラーヴァが唸る。
まるで竜のような形のミゼデュース!
『最悪じゃのう』
『そうだな』
『紛い物をあてがわれるとは、舐められたもんじゃ』
「珍しく意見が合ったじゃねえか」ってカイが振り返ってラーヴァに声を掛ける。
ラーヴァはフンッと鼻を鳴らす。
『ンなもんちっとも嬉しゅうないわ、それより』
「あ?」
『主らハーヴィーは情深い眷属じゃ』
「だから何だよ」
『この有様に、我を忘れるでないぞ』
「はっ!」
カイはラーヴァに笑い返す。
「それこそ心配いらねえ、だが身内を辱められたとあっちゃ、ますます許せねえな、なあ、セレス!」
「ああ」
頷き返したセレスは、改めて剣を構える。
魔剣ナウブ・ファムラウ。
相手の魔力に応じて切れ味が増す、セレスにしか扱えない特別な剣。
「貴様だけは絶対に許さん、この手で必ず引導を渡すッ」




