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狂信 1

※今回少し長めなので、お時間のある時にでもお楽しみください

ぐんぐん伸びるミゼデュースの表面をセレスとカイは足場を見つけながら登っていく。

手助けしたいけれど、カイは飛ぶと消耗するし、セレスもそんな必要はない雰囲気だ。


「ねえ、モコ」

「なに、はる」


少し迷うけど、話すなら今しかない。


「こんな時に何だけど、私ね、結構楽しかったよ」

「うん」

「色々なことがあったね」

「そうだね」

「モコも、旅は楽しかった?」

「うん!」


よかった。

君や、皆と出会えて本当に嬉しかったよ。

思い出をたくさん有難う。


「はる、見えてきたよ」


絡まり合って太い柱のようになったミゼデュースの動きが止まる。

頂上に辿り着くと、広い。

森がそのまま縦に伸びたような感じだ。でも、隙間が詰まって地面みたいになっている。

待っているとセレスとカイも到着した。

私はモコに降ろしてもらう。


「何なんだ、ここは」


セレスが辺りを警戒する。

こんな高い場所まで来て二人が普通にしていられるのは、セレスにはロゼが、カイにはオルト様が、それぞれ加護を与えているからだろう。

私にはモコがついている。

だから特に不調もない。そうでなければ今頃確実に高山病や低体温症を発症しているよ。


「―――やあ」


不意に声がした。

全身の毛がゾワッと逆立つ。

セレスとカイが武器を構える。


「やはり、君達が来たね」


少し離れた場所に、何の前触れもなく姿が現れた。

くすんだ金の髪と昏い色の瞳。

―――魔人レパトーラ!


「待っていた、というのは妥当な表現ではないか、私は君達がここへ辿り着かないことを願っていたのだから」

「貴様ぁッ!」


セレスが怒鳴ると、レパトーラは薄く微笑む。


「薄幸なるかな末の王子、最早永久に得られぬ愛を求め、哀れな兄の躯を追って来たか」

「見くびるなよ、そんなものはとうに克服した!」

「ふふ、なるほど、既に見限っていたか」

「見限るも何も兄上は兄上、俺は俺だ! 俺はもう自分の価値を知っている、過去にはこだわらない!」


セレス。

胸がギュッとなる。

そうだね、君は君だよ。

ここまで一緒に来たのも、私を何度も助けてくれたのも、全部君なんだ、セレス。


「魔人」


レパトーラを見据えて、セレスは唸るように言う。


「兄上のご遺体を返せ」

「フフ、今の君を見たなら兄君方も多少は認識を改めるかな? 不出来な弟がよくやっていると」


近くで聞いていたカイが「てめぇ何様のつもりだ」と声を上げる。


「好き勝手に抜かしてんじゃねえよ、そもそも煽ってこいつが乗るとでも思ったか」

「ほう?」

「この王子はな、やたら図太くて厚かましいんだ、折れてもすぐ立ち直りやがる、ろくに知りもしねえお前如きがゴチャゴチャ言ったところで屁とも思わねえよ」

「なんだと!」


セレスがカイに怒鳴る。

振り返ったカイはフンって鼻を鳴らす。

―――有難うカイ。

二人は本当に仲がいいね。


「ンなことよりこのゴミ溜めのゴミ野郎、また俺達をゴミ山なんぞに呼び付けやがって、一体どういう了見だ」

「いいや違う」

「あ?」

「我々がいるこの場所は、いわば生命の神座だ」


生命の神座?

この、ミゼデュースだらけの場所が?

一体どういう意味?


「数多の命が抱く生への渇望、それを無為に奪われた嘆き、悲しみ、怒り、後悔、そして憎悪」


静かに語るレパトーラから真っ黒い気配を感じる。

冷たくて、暗い。

一筋の光さえも差さない闇の雰囲気だ。


「かくして数多の死を内包するに至ったこの地は、まさしく我らが神の羽化を待つ繭だ」


カイも「なに言ってんだてめえ」って困惑している。

セレスも同じ様子だ。

あの魔人が何を言いたいのか、今の言葉の意味も、全然見当がつかない。


「理解に至らないのは当然だよ」


レパトーラは不意に微笑む。


「何故なら我々と君達の間には明らかな断絶がある」

「それは当たり前だ」


セレスが返すと、レパトーラは「ああ、無論」と頷く。


「ヒトは数多く、神の眷属は己を驕る、しかし時として我らは君達を遥かに凌駕する」


急にカイが「はッ!」と声を上げた。


「ヒトはともかく、神の眷属を見下すなんざ、魔物如きがいい度胸じゃねえか!」


レパトーラはカイを見詰めて、溜息を吐きながら首を横に振る。


「いいや? 事実、私はこの神座を生み出すため、千の眷属を海で狩った」

「は?」

「そして空では愚かしくも向かってきた万の眷属を取り込んだ」

「んだとぉッ!」


昨日見たハーヴィーたちの総攻撃。

それに、さっきまで戦ってきたミゼデュースの中にはハーヴィーの面影を残す姿もあった。

カイは水の槍を握り締めてレパトーラを睨む。

その手が、全身が、小刻みに震えている。


「図に乗ってんじゃねえぞ」

「事実だ、たとえ眷属であろうとも、我々の足元にも及ばない」

「ッてめえ!」

「だが、世にはびこる認識は現実と大いに乖離している」


レパトーラの足元にミゼデュースが湧き出す!

脚のある魚だ、背中には小さな羽を生やしている。

どれも一メートルにも満たない大きさで、レパトーラの周りをピョンピョン跳ね回る。


「魔物とは卑しくおぞましい存在、君達が我々に抱く感情は嫌悪であり、眷属を畏れる感情とは根本が異なる」

「バカもここまで来ると哀れだな」


カイが吐き捨てる。


「お前らは所詮魔物だ、敬う主を持たず、てめえのことしか見えてねえ、そもそも必要のねえ存在だ」


レパトーラの周りで跳ねていたミゼデュースが急にキイキイと騒ぎ出す。

今のカイの言葉を非難しているみたいだ。

カイは「うるせえ!」と怒鳴って持っていた槍を投げつけた!

多分レパトーラを狙ったんだろう、でもミゼデュースがその手前に重なり合い壁を作って、槍はその壁に突き刺さった。

ミゼデュースの壁はドロドロと崩れて黒い液体に変わっていく。


「無意味、無価値、それこそが自惚れたお前達の浅ましい思い上がりだ」


レパトーラがサッと手を振る。

周りでドロドロに溶けたミゼデュースが勢いよく燃え上がる!


「主たる神が在り、そして創造神に望まれて生み出されたる命、どちらも等しく神を頂く」


炎の向こうに佇むレパトーラの姿は赤い。

知らないうちに体が震えていた。

―――怖い。


「であれば、存在の意義が神ありきであるならば」


一呼吸置いて、レパトーラの昏い瞳が怪しく光る。


「我らも神を頂けばいい」


え?


神を頂く?

―――それは、一体。


「魔物の神だ?」


カイが呟く。

私と同じように皆も呆気に取られているみたいだ。


「そいつはどういう了見だ、いよいよ頭が、いや、元からイカれてんのか」

「先ほど君も言っただろう、我々には神などいないと」

「ああ」

「いいや違う、我らにも神と呼べる存在は有る」


そんなの聞いたことない。

魔物の神?

だって魔物は発生からして不明で、共存しないし、社会形成だってしないのに。

何かを畏れ敬う心さえ持たない、それで信仰心なんて生まれようもない。

なのに神だなんて、どういうことだろう。


「お前達に神なんているわけねえだろ!」


カイがレパトーラに怒鳴り返す。


「何を勘違いしてやがる、それとも思い込みの類か? 上辺だけ真似ててめえの存在意義でも騙ろうってのか!」

「哀れだな」


セレスが剣を構え直した。


「寄る辺なき浮草、そう思えば多少同情も湧くが、お前達は殺戮を好む、そんなものを野放しにしておけるか」

「お前ら魔物はそもそも神に望まれてねえんだよ」

「ああ、この世から排除されるべき異物だ」

「今更情に訴えようったって無駄だぜ、これまでしてきたことを棚に上げて都合よく主張が通るかってんだ、てめえで溜め込んだツケの清算時だぜ!」

「対価はその命を持ってしても足りないが、償ってもらおう!」


ハハハ! と不意にレパトーラが笑う。


「やはり解さないか、つくづく不毛だ、我々は分かり合えない」

「そうだな」

「分かりたいとも思わねえよ」

「しかし間もなくだ」

「あ?」


訊き返すカイに、レパトーラはニヤリと口の端を歪める。


「お前達は、間もなく私の言葉を理解する」

「何のことだ、何を企んでやがる」

「我らの悲願さ」


レパトーラがまた腕を振ると、燃え盛っていた炎が一瞬で消えた。


「かつて、大いなる導きがあり、私はこの壮大な計画を実行に移した」


語る足元にまたミゼデュースが湧き出す。

今度は形も大きさもバラバラ、どれも不気味な動きでレパトーラの周りをうろつく。


「求めたのは器だ、力ある器、しかしそれは容易ではなかった」


どうしてだろう。

さっきからずっと動悸がする。

それはレパトーラと対峙して怖いだとか、緊張しているだとか、そういったのとは少し違うような気がする。

もっとおぞましくて恐ろしい何かの予感。

気を引き締めていないと足元がふらつきそうだ。


「私は器を求め、何度も試し、知見を深め、そして遂に真理を得た」


レパトーラが近くにいたミゼデュースの一体を踏み潰す。

黒い飛沫を上げて潰れたミゼデュースに他のミゼデュースが一斉に襲い掛かる!

更に砕いて、バラバラにして、見ていられないよ。

あんな惨いことを平気で出来る相手と分かり合えるとなんて思えない。

それは、魔物の側に歩み寄る意思が無いからだ。


「時は満ちた」


レパトーラの声が厳かに響く。

ふっと辺りが静かになった。

でもこの静けさは、嵐の前触れだ。


「遂に神座は成り、我らが神が降誕される」

「てめぇの言うその神ってのは一体なんだ!」


カイが焦れたように声を上げると、レパトーラはまた笑う。

こっちの反応を面白がっているみたいだ。


「神はきませり―――いずれ分かる」

「だったら話はもうお終いか?」


セレスが言うと、カイも水の槍を握った。

私の傍でモコも魔力で弓矢を造り、携える。


ゴゴ、と地鳴りがしてまた足元が揺れる。

さっきからこの揺れ、なんだろう。

上手く言えないけれど何かおかしい。

嫌な予感だけ湧いてくる、怖いよ―――兄さん。


「そうだね」


頷いたレパトーラの片手に剣、片手に槍が現れた。


「世に降臨なさる我らが神へ、君達を贄として捧ごうか」

「はッ! とうとう本性出しやがったな、贄なんぞ欲しがるのは所詮魔物だ」

「お前達が崇める邪な神など所詮は幻想に過ぎない、その犠牲となった幾万の命を償ってもらう」

「ああ、てめえはな、奪い過ぎたんだよ」

「もはやお前が何を語ろうとも、お前に価値など存在しない!」


セレスとカイが構える。

私達をレパトーラは静かに見据える。


「これで終いにするぜ!」

「貴様を討ち、数多の命と兄上方の仇を取る!」


張り詰めた空気が―――駆け出す二人の足音で途切れた!

剣と槍を構えたレパトーラの周りに大量のミゼデュースが湧き出す!


モコが言っていた、決着がつくって。

これがきっと最後の戦い。

―――行こう!

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