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胎動の地 2

「それにしても嫌な感じだぜ」


カイが辺りを見渡して呟く。


「ここは当然最低最悪だが、それにもましてあの飛び回ってるだけの腰抜け共は何だ? 呑気に見物気取りかよ」

「え?」

「お前は気付かねえか」


頷くと、メルが「ラタミルよ」って教えてくれる。


「周辺を飛び回っているわね、手出しできないみたいだわ」

「昨日見た時はここを大勢で攻撃していたよ、だけど」


歯が立たないどころか、ラタミルは次々囚われて取り込まれていた。

この塊に食べられた、んだよね?


「ふーん、なるほど、てめえらじゃどうにもならなくて飛び回ることしかできないってわけか、はッ、無様だな」


だけどあの光景を見たら、今の状態の理由も分かる。

怖いよね。

さっきもメルが捕まりそうになったし。


「あれで、かなりの数のラタミルが取り込まれた」


モコが深刻な表情で皆に伝える。


「この塊に力を与えてしまった、出現時よりだいぶ強化されている」

「はぁ? マジかよ、なにやってんだ!」

「うん、引き際を弁えて欲しかったよ」

「そうだな、お前はラタミルなのに話の分かる奴だな」

「ぼくはもうラタミルじゃない、はるの眷属だよ」


セレスが「とにかく」って手を挙げる。


「それを踏まえて今後についてだが」

「その前にちょっといいか」


不意にカイが全員を見渡した。

どうしたの?


「あのな、認めたくねえが、言っておくべきだから伝えておく」

「勿体ぶるな、一体なんだ」

「俺はハーヴィーだ」

「それで?」

「ここは空の上で、多分そのせいだろう、さっきから微妙に調子が悪い、どうも息苦しいっつうか、体が重いんだ」


そうだったの?

セレスが「気付け薬だけじゃ足りなかったんだろ」って訊くと「それもある」って頷く。


「まあこんな状況は初めてだからな、俺も想定外だった、格好付かねえがお前らの足を引っ張ることになると癪だ、だから言った」

「しかし今更戻る手段も、そんな余裕もないぞ」

「おう」

「なに開き直ってる、だからお前の協力はいらないって言ったんだ!」

「ンだとぉ?」


こら、喧嘩しないで。

だけどどうしよう、何かいい方法は―――あ、そうだ!


小物入れの中からオーダーのオイルが入った小瓶を取り出す。

海底白樹をベースに使った、作っている最中から精霊たちが集まってきたオイルだ。


「ハル、どうした?」


香炉にオイルを垂らして、底部の熱石に魔力を込める。

温められて揮発したオイルがフワッと香った。

いい匂い。

あれから熟成されて、香りに奥深さが増している。


「ん、なんだこれは?」

「海底白樹を使った香りだよ」

「へえ」

「ディシメアーで、あのピンクのイルカがくれたんだ」

「アイツか」


カイはちょっと渋い顔をしたけれど、鼻をヒクヒクさせて「うん」と頷く。


「いい匂いだな、少し楽になる」

「うん!」

「ありがとな、ハル」

「どういたしまして」


笑い返すと、不意にメルが「あら、カイそれ」ってカイの荷物を指した。

小物入れから不思議な気配がする。

カイも気付いて中を覗く。


「なんだぁ?」


取り出したのは、バングル?

腕に着けるアクセサリーだ、綺麗な青い石が嵌ってる。


「これ、どういうことだ」

「お前の持ち物だろ」

「こんなの持ってねえよ、けど」


セレスに訊かれて答えたカイは、手に持ったバングルをじっと見つめる。

不思議な、なんだか覚えのある感じがする。

仄かに漂う潮の香り―――海の気配?


「それ、かいのだよ」


モコが言う。


「海底白樹の力で形状変化したみたいだ、元はるるを探した時に使った石だよ」

「はぁ?」

「着けるといいよ、おるとが眷属に力を貸してくれるって」

「お、オルト様が?」


カイは少し怪訝そうにしてバングルを腕に嵌める。

同時にカイの髪の毛先の方だけサアッと鮮やかな青色に染まった!


「まあカイ、貴方」

「あ?」

「髪が青いぞ」

「ンだよそれ、言われても俺には、ん? いや、おおっ!」


カイも摘んだ前髪を見て驚く。


「マジで青くなってるじゃねえか!」

「だからそう言っただろ」

「これ、オルト様から加護を授かったからか」

「ねえカイ、体調は?」

「ん? そういや、さっきより更に楽になったな」


カイはその場でピョンピョン跳ねる。

そして光の柱の周りに集まって蠢いているミゼデュースへ、水の槍を現わして勢いよく投げつけた!

複数体のミゼデュースをまとめて貫いた槍はそのまま弾けて、周りにいたミゼデュースまで巻き込んでバラバラにする!


「おおっ!」


すごい。

セレスもメルも驚いてる。

カイまで自分でやったのに「すげぇ」って目を丸くする。


「むしろ調子がいいくらいだぜ」

「よかったわね、カイ」

「ああ!」

「流石は海神オルトだな、神のご威光か」


呟いたセレスがハッと振り返って「そういえば、モコちゃん!」ってモコの手を取った。


「なに?」

「し、師匠の羽根だが、本来こうやって使うべきものだったのか?」

「そうだね、他もあるけど、せれすには一番合ってると思うよ」

「ああ! さっき戦っている最中、君の言っていた効果を実感したよ!」


何があったんだろう。

気になって訊いたら、セレスは興奮しながら教えてくれる。


「あのな! 少しだけ空を飛べるんだ!」

「えッ」

「いや、まあ飛ぶというより滑空するって言った方が正しいが、とにかく体が軽い」

「そうなの?」

「ああ、それに普段以上に力が漲っている、何と言うか、全身を肉体改造されたような感覚だ」

「凄いね」

「特に足回りだな、今なら水の上を走る要領で空を飛べる気がする!」

「お前水の上なんか走れるのかよ」


カイの反応は驚き半分、呆れ半分な感じだ。

まあセレスは、ちょっと色々と規格外だから。

そんなところはロゼに似てるよね。


「やはり師匠、唯一無二の絶対的存在」

「あーはいはい、お前がデタラメなだけだろ、マジでどうなってんだ」

「ふふっ、凄いじゃないセレス、よかったわね」

「ああ! ハルちゃん、この戦い負ける気がしないぞ!」

「うん、頼もしいよ」

「おいハル、俺はどうなんだ」

「カイも頼もしいよ」

「ぼくは?」

「勿論!」


「モテモテね」ってメルが笑う。

メルのことも頼もしく思ってるよ。

皆で協力すれが、きっとこの状況を打破できる。


「よし、それじゃ改めて作戦会議といくか」


セレスの言葉に皆も頷く。

―――結界の効果が少しずつ弱まっている。

多分あまり長くは持たない、急ごう。


「このままやみくもに戦っているだけでは不利だ、いずれ手数で押し負ける」

「そうだな、おいチビ」

「なに?」

「モコちゃん、君の目で突破口を見出せないか?」

「うん、多分、向こうに森がある」


モコの言葉に「森?」ってセレスが首を傾げる。


「そう、木がたくさん生えているけれど、それは木じゃない、全てミゼデュースだ」

「うげッ、マジか!」


カイが嫌そうに声を上げた。

私も同感、そんな場所見たくもない。

でも、モコがあえて挙げるんだから何かあるのかもしれない。


「その一角だけ他と様子が違う、中を視ようとすると目が痛くなるんだ」

「無理はしなくていいぞ」

「アホか、今は多少無理しなきゃなんねえ状況だろ」

「でも、目が暫く使えなくなるかも」


モコがしょぼんとすると、カイはグッと言葉に詰まって、そんなカイをセレスがジトッと見る。

いいよ、無理はしないで。

君は普段から頑張ってくれる子だから、これ以上負担を掛けたくない。


「ま、まあ、そういうことなら仕方ねえ」

「素直に謝れよ」

「あークソ、済まなかった! つまりそのミゼデュースで出来てるッつうクソみてぇな森へ行けばいいってことだな?」


モコはカイに「多分」って頷く。


「他に目当てになりそうなモンはあるか?」

「今はない」

「じゃ、決まりだな」


モコが言うその場所はここから右手奥。

でもその辺りは手前に小山が重なって、向こう側は見えない。


「状況的に風景で現在地の目星はつけられないな、こうしてミゼデュースが湧いてくる以上、地形の形状変化を考慮すべきだ」

「だな、どうする?」

「僕が時々矢を射るから、その方向へ向かって」

「よし」

「分かった、モコちゃん、距離は具体的にどの程度だ?」


説明だとエウス・カルメルへ向かった時に辿った街道の、街と街を繋ぐ距離のおよそ1/3程度らしい。

半日はかからないけれど、普通に移動しても数時間はかかる距離だ。


「そんなにあるのかよ」

「しかもこの凹凸まみれの悪路を移動するのか、戦いながら」

「あークソッ、けどやるしかねえ」

「そうだな、適宜こうして休憩を挟みつつ向かおう、ハルちゃん、頼めるか?」

「分かった」


そろそろ結界が消える。

皆も察した様子でそれぞれ手に武器を持つ。


「よし、行くぞ!」

「おうッ!」

「行きましょう!」

「はるはぼくの傍にいてね」

「うん!」


光の柱が消える。

周りに集まっていたミゼデュースが一斉に襲い掛かってくる!

その中へ道を切り開きながら、進め!

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