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暁に 3

「しッ、師匠ぉッ、ししょぉーッ!」


凄い勢いでこっちへ走ってくるのは、セレスだ。

傍まで来て、息を切らしながら目をキラキラさせてロゼを見上げる。


「お戻りにッ、なられたのですねッ」

「うるさい」

「申し訳ございません!」


勢いよく下げた頭をまた勢いよく上げて、やっぱり目がキラキラだ。

見ているだけで気持ちが伝わってくる。

でも、私も同じだよ。

今は本当に嬉しくて胸がいっぱいだ。


「師匠が戻られたということは、リュゲルさんもご無事なのですね!」

「騒がしいと言っている」

「申し訳ございません!」

「お前ときたら、僕がくれてやった羽根を貸与するとはどういう了見だ」

「え? あっ、す、すみませんッ」

「ハルにも随分と色目を使っていたな?」

「それは、誠に、申し訳なく」

「その言葉に謝罪の意志と誠意はあるのか」

「うぅッ、すみません!」


兄さん、それくらいにしてあげて。

セレスがすっかり縮こまってるよ。


ロゼはふう、と息を吐く。


「まあいい、それよりお前は為すべきことを理解しているのか」

「はい!」


セレスは改めて「無論です」とロゼに頷く。


「私は、この想いと血に懸けて、ハルちゃんと共に彼の地へ赴き、諸悪の根源を断ってまいります」

「ふん、結構」

「セレス、城の方はいいの?」

「問題ない、後は信頼の置ける者に任せてきた、襲撃も収まりつつあるようだが、もしや師匠がお力を貸してくださったのか?」

「そうだよ」

「流石だ、やはり師匠は至高の存在、無比なる尊き御方」


何かを噛みしめるセレスに、ロゼが呆れたような目を向ける。


「さて、くだらない時間を費やす暇はない」


私の方を向いて「ハル」と呼ぶロゼを、まっすぐ見上げた。

うん。

さっきより気持ちが楽になったよ。

ずっと押し潰されるような心地がしていたんだ、怖くてたまらなかった。

今もまだ怖いけど、でももう大丈夫。

今の私は、きっと迷わず選ぶことができるはず。


「行こうか」


セレスに肩をポンと叩かれた。

その時。


「おいコラ、待て」


声のした方を振り返る。

フラフラした足取りで歩いてくるのは―――


「カイ!」

「俺を置いてくんじゃねえ」


まだ顔色が悪い。

休んでいた方がよさそうな状態なのに、ここへ来るなんて。


「ついて行くッて言っただろ」

「バカを言うな!」

「あぁ?」


セレスが駆け寄って手を貸そうとする。

だけどカイはその手を払い除けた。


「いらねえ」

「お前、そんな状態で何ができる、来ても足手まといになるだけだ!」

「言ってくれるじゃねえか、たかがヒトの分際で」

「何だとッ」


ギロッと睨むカイを、セレスも睨み返す。

二人ともやめてよ。

でも、今のカイが戦うのは私も無理だと思う。

気持ちは嬉しいけれど、連れてはいけない。


「カイ、有難う」

「ハル」

「その気持ちだけで十分だよ、だから」

「お前も俺が足手まといになると思ってんのか」

「違うよ、でも」


「―――はっきり言っちゃって構わないわよ、ワガママ言うんじゃないって」


空からフワッと黒い姿が舞い降りた。

メルだ!


「ハルちゃん、皆、お久しぶりね」

「メル!」

「御方様におかれましてもお久しく、火急の件にてお力を拝借いたしました、無礼をお許しください」


ロゼは黙ってる。

下げた頭を上げて、メルはセレスを振り替えると、胸の間からスルッと羽根を抜き出した。


「有難う、ご威光は想像以上だったわ、おかげで難なく用が果たせた」

「そ、それは何より」

「でも貴方達、こんな時まで喧嘩だなんて、本当に仲がいいのねえ」


『誰がッ』ってセレスとカイの声が重なった。

メルはクスクス笑う。


「はい、カイ、代表を送りがてらディシメアーの海へ寄ってきたわ、サロキンからのお届け物よ」

「あいつが?」


手渡された小瓶を見て、カイは「マジか」って呟く。


「ハーヴィーの気付け薬、それで完全とまではいかなくても、問題なく立ち回れるようになるでしょう?」

「お前、なんで」

「事情を話していただいてきたの、貴方にまた迷惑を掛けるわけにはいかないから」

「バカ、そんなつもりねえよ」


少し気まずそうな顔をして、カイは小瓶の蓋を開けて中身を一気に飲み干す。

すぐ血色がよくなってきた。

それに気力も充実したように見える。


「うん、よし」

「行けそうかしら?」

「問題ねえ、充分だ」


よかった、って笑うメルに、カイは微笑み返す。


「ありがとな」

「いいえ、こちらこそ」


二人も、ずっと一緒に旅をして、二人の間だけの信頼感があるって分かる。

きっと私と同じだ。

見ているこっちまで胸が温かくなるよ。


「んじゃ、改めて、俺も協力するぜ、ハル」

「うん!」

「お前なんかいてもいなくても変わらないだろうけどな」

「ンだとぉ?」

「ふん、事実だろ、病み上がりが」

「てめぇこそ俺やハルに迷惑かけやがったら承知しねえぞ!」

「ハハッ、あり得ないね!」

「言ってろ、この色ボケ王子」


私が注意する前に、メルが「こら喧嘩しなーい!」って止めてくれる。


「だが、現実問題として空に浮かぶあの場所へ、どうやってついてくるつもりだ」


セレスが上空の歪な塊を見上げながらカイに尋ねた。

確かに。

また空を飛んだら、向こうに着いた地点でカイは動けなくなるよね?


「その点に関しては解決済みだ」


カイは「ハル」って私に声を掛ける。


「前に、どこでも水を呼べる石をお前にやったよな?」

「うん」


叩きつけて割ると津波が起こせる青い石、だよね?

大切なものだから今も持ってるよ。


「そいつをここで叩き割ってくれ」

「今?」

「そうだ」


石を取り出していると、カイは「メル」って今度はメルに呼び掛ける。

メルは頷いて構えた。

何をするんだろう。


「ちょっと待て、使う前に訊くが、用意は済んでるのか?」

「うん」

「セレス、お前は?」

「とっくだ」

「モコ、は、訊くまでもないか」


モコはカイにガッツポーズしながら「大丈夫!」って答える。

カイは苦笑して頷いた。


それじゃ、石を割るよ?

勿体ないけれど、道具は使う時に使わないとね。

―――えい!

近くの手頃な石へ向けて、握った青い石を叩きつける。

ぶつかり合って青い石だけ粉々に砕けた!


ゴウ、と音が響く。

見上げると水の壁が、数十メートルくらいありそうな大津波が今にも崩れてきそうな勢いで迫ってくる!


「メル!」


カイが叫ぶと同時にメルが風を起こした!

その風に津波が巻き込まれて、空へ届くほど大きな水の竜巻へ姿を変える!


「カイ、いいわよ、これなら届くわ!」

「よしッ」


どうするの?

まさかこの水の竜巻を昇って、あの場所まで行くつもり?


「それじゃ、俺は先に行くぜ」


カイは躊躇いなく中へ飛び込む。

そのままぐんぐんと上へ、上へ、水の竜巻を泳いで昇っていく!


「あいつとんでもないな」


ぼやいたセレスが振り返って「私達も行こう」って言う。

うん。

行こう!


傍に来たモコに抱え上げられる。

セレスもモコに掴まって、三人で一緒に空へ舞い上がった!


「ハルちゃーんッ!」


下でメルが呼ぶ。


「私もカイを送り届けたら、すぐに向かうわ!」


メルも来てくれるんだ!

有難う!


「僕の可愛いハルルーフェ!」


ロゼがニッコリ笑いかけてくれる。


「後顧の憂いは僕が全て引き受けよう! 君は前だけ向いて進むといい!」

「はい!」

「行っておいで、僕はいつでも君と共に在る!」

「兄さんッ」

「なんだい?」


片腕を振って「大好き!」って叫ぶ。

ロゼは大きく頷き返してくれる。


行ってきます。

もう、これ以上―――残酷な意思に皆を蹂躙させないために。

そして、世界を虚に消させないために!


結局リューには会えなかったけど、きっとどこかで見守っていてくれる。

兄さん。

兄さんにも、大好きって胸の中で伝えるよ。


「ハルちゃん」


不意にセレスが顔を上に向けながら「見ろ」って言う。


あれ、は―――うそ。

近付くほど形がハッキリ見えてきた。

モコが言っていた通り、あの塊は圧縮された大量のミゼデュースだ。

酷い。

目を背けたくなる。


あれは、腕。

あれは、脚。

あれは、なんだろう、何かグチャグチャしたもの。

元は道具だったように見える何か、元は植物だったように見える何か、元は動物だったように見える何か。

元は人だった、元は獣人だった、元は魚、違う、あれはハーヴィー?

汚く汚れた羽根も数えきれないほどこびりついている。

昨日見た時、あの塊は腕のようなものを何本も伸ばして、捕えたラタミルを食べていた。


「見た目もそうだが、臭いも酷いな」

「うん」


鼻がおかしくなりそう。

モコが不意に鼻の辺りへふっと息を吹きかけてきた。

セレスにも同じようにする。


「んっ、あれ、あまり臭いを感じなくなった」

「臭いの嫌でしょ?」

「君、こんなこともできるようになったのか」

「えへん」


すごいなあモコは。

すっかり神の眷属だ、と言っても私の眷属だけど。

ヤクサ様の血が半分流れているから、もしかして私も半分は神だったりするのかな。


「もうすぐだよ」


モコは一度塊より上まで行って、そこからゆっくり降下を始めた

残酷なんて言葉じゃ例えようもない光景が広がっている。

―――あの中に魔人がいるんだ。

どうしてあんなものを作ったんだろう、身を守る為かな。


とにかく。

やることは、はっきり分かってる。


行こう。

花を咲かせる時が来たんだ。

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