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決戦前夜 1

母さんの提案で、今夜は皆で晩餐をすることになった。

いったん解散になって広間を出る。


「ハルちゃん、私は明日の準備をするから、部屋に戻らせてもらう」

「私も御前を失礼いたします、殿下」


セレスとシフォノは自室に戻っていった。

見送って、ティーネとモコ、サクヤ、キョウと一緒に私の部屋へ向かう。


「それにしても、とんでもないことになっちゃったね」

「ええ」


部屋に着いて、お茶の用意をしながらティーネがサクヤに答える。

キョウもティーネを手伝って長椅子の前の卓にカップを並べていく。


「ハルもさ、思いもよらないって感じでしょ?」

「うん」

「エルグラート連合王国の長い歴史が、実はハルさんを生み出すために紡がれてきたなんて、途方もない話です」

「しかも世界の消滅を防ぐためでしょ? 流石に規模が大き過ぎるよ」


私に辿り着くため、エノア様が始めた王家とエルグラートの長い歴史。

これまでに会ったたくさんの出来事。

歴史書に書かれている、セレスみたいに不本意な生まれのせいで苦しんで死んでしまった方がたくさんいる。


全部が私に繋がっているんだ。

そう思うと上手く息ができなくなる。

モコもエウス・カルメルでずっと私を待っていた。

エノア様が種子を託した竜だって同じ、でもネイヴィとリューラは消されてしまった。


私のせいなのかな。

何もかも背負わないといけないのかな。


私はあの森の村で生まれて育った。

母さんと、ロゼ兄さん、リュー兄さんの三人家族。

幼馴染のティーネも一緒に、毎日楽しく暮らしていただけなのに。


これまでの何もかもが私のためで、全部を引き受けないといけないなら。

その対価からは―――やっぱり逃げられないよね。

諦めたくないけれど。


でも、生まれたんだ。

私はただ生まれた、そんなことは知らない、引き受けてもいない。

母さんはエノア様の生まれ変わりなら、最初からそのつもりで私を生んだの?

父さん、ヤクサ様も?

仕方ないって思っているのかな、でもそんなの知らない。


怖いよ。

私って何?

今もまだ答えが見つからない。


「はる」


気付くと小さな姿になっていたモコがペタッとくっついてくる。


「ぼくね、あのひ、はるにたすけられてよかったよ」

「うん」

「はる、ぼくをきれいにして、ぱなーしあをとなえて、きずをいやしてくれたよね」

「そうだね」

「それから、あったかなすーぷをたべさせてくれて、ぼくにおなまえをくれた」


うん。

一年前の出来事でも憶えているよ。


「あの時のモコ、凄く汚れていたけど、ラタミルって汚れないんだよね?」

「ぼく、きえかけてた」

「えっ」

「はるはいのちのおんじん、おなまえまでくれた、だからぼく、はるのになった」


そうだったのか。

空から堕ちて、きっと色々あったんだ。

あの時扉を開いてよかった、モコを受け入れて本当によかった。


「はるはぼくにたくさんくれた、たいせつをいっぱい、とくべつをいっぱい」

「うん」

「だからぼく、はるがだいじ」

「有難う」

「ぼくもありがと、はる、だいすき」


私を見上げる空色の瞳、キラキラ輝いて本当の空みたいだ。

綺麗だな。

あの日から―――気付けば私にとってもモコは特別で大切な存在になっていた。

もう手放せない。

ずっと傍にいて欲しい、私も君が大好きだよ。


「本当に色々なことがあったわね」


ティーネが私の前にお茶を淹れたカップを置いてくれる。

いい匂いだ。


「私も、今はあの村で貴方と過ごしていた日々が懐かしいわ」

「あ、そっか、二人は幼馴染なんだよね?」


サクヤに訊かれてティーネが頷く。

キョウが「幼少の頃のエピソードなど伺うことはできますか?」って私とティーネに尋ねる。


「えぴそーど?」

「あ、はい、こんなことがあったとか、そういうお二人の出来事です」

「いいね、聞きたい!」

「特別なことなんて何もないわよ、ねえハル?」

「うん、普通だと思う」

「それでもいいの! あ、じゃあ私とキョウの話もするよ、それでどう?」


聞きたい!

俄然興味が湧いてきた。

ツクモノの二人がどんな風に知り合って、何をして過ごしていたか、教えて欲しい。


「それじゃまず私とキョウの話から」


湯気を吹いてお茶を一口飲んで、サクヤが話し始める。

二人の昔話、興味津々だよ。


私とティーネも昔のことを話して、楽しい時間が過ぎていく。

ずっとこうしていたい。

前は当たり前だった、でも今は違う。


不意に部屋の扉が叩かれた。

入ってきたメアリが、晩餐の用意ができたことを伝えてくれる。


「あの、殿下」


用件の後、メアリは私をじっと見つめる。


「何?」

「いえ、その―――どうかご武運を」


そう言って深く頭を下げると、急ぎ足で部屋を出て行った。

少し見えた目元が濡れていたような気がする。

皆なんとなく静かになって、ティーネが「さあ、参りましょう」って私の手を引く。


「今夜はきっと料理長が腕によりを掛けているわ、リンゴを使った料理も沢山あるわよ」

「そうかな、楽しみだな」

「ハルって本当にリンゴが好きだよね」

「それと、チョコレートでしたよね」

「覚えていてくれたんだ」

「もっちろん!」


そう言えば商業連合で行ったチョコレート専門店は最高だったな。

また行きたい。

土産を買ってサクヤ達に差し入れたんだよね、その後でアイドルになることが決まって、色々と大変だったけど楽しかった。


「モコちゃんの好物はお肉だよね」

「うん!」

「ラタミルはやはり猛禽なのでしょうか、鳥類でも猛禽類は食物連鎖の上位に君臨していますし」

「たべないよ」

「キョウ、小鳥になったモコちゃんはフワフワ真ん丸な白い小鳥だよ? 猛禽って感じじゃないでしょ」

「それは確かに」


だけどモコはその姿でも肉を食べる。

ラタミルは自認が美しければ容姿や形態にさえ拘りがないようだから、モコにとって好物以上の理由はないんじゃないかな。

まあ、ロゼも肉が好物だけど。


「とりはね、ちいさいほうがべんり、でもししょーはうつくし!」

「そうなんだ」

「だから今も子供の姿になっておられるのですか?」

「ううん、こっちははるがいいっていうから」

「そうなの?」


特にこだわりはないよ。

見慣れているってだけで、モコはその辺りを汲んでくれている。

小さくても大きくても、鳥でも羊でもモコには変わりない。


「小さい方が抱っこできるし、妹みたいで可愛いから」

「うん!」

「なるほど、じゃあ大きい姿は微妙?」

「大きなモコは格好いいよね」

「それは確かに」


キョウが頷く。

サクヤも「そうだね」ってニッコリ笑う。


「大人のモコちゃんか、ハルとティーネもそのうちもっと大人になるのかな」

「貴方がたはどうなの?」

「ツクモノの成長はとても穏やかです、しかし意識的に成長することも可能ですよ」

「そ! だからね、その気になればトキワ姉さんみたいに美人でナイスバディの大人の女にだってなれちゃうんだから!」

「ならないの?」


ティーネに訊かれて、サクヤは「だって私、アイドルだから!」って答える。


「やっぱりカワイ~方がアイドルはいいでしょ?」

「そういうものかしら」

「ええ、そういうものです」


ティーネは考え込んで、不意にこっちを向く。

そのまま暫く私を見詰めると、またサクヤとキョウの方を向いて頷いた。


「確かにそうね」

「でしょ?」

「ご理解いただけて何より」


一体何に気付いたんだろう。

よく分からないや。


四人で部屋を出て廊下を進む。

今はこうしてモコも一緒に歩けるのが嬉しい。

―――途中で待っていたセレスとシフォノと合流した。


「少し顔色がよくなったみたいだな」


セレスに顔を覗き込まれる。


「うん、皆で昔の話を色々したんだ」

「昔?」

「そう、私とティーネのこと、あと、サクヤとキョウの話も聞いたよ」

「なッ! 羨ましい!」


それなら今度はセレスとシフォノも一緒に話そう。

二人のことも知りたいよ。


「ねえ、シフォノはお城でのセレスを知ってるんでしょ?」


サクヤに訊かれたシフォノが「ああ、一応は」って答える。


「昔のセレスって」

「さ、サクヤちゃん!」

「あっそうか、モテモテだったんだっけ」

「うッ!」

「プレイボーイとして浮名を流しておられたんですよね」

「そのような悪し様に叔父上を語るな! 叔父上の真価とそれらは何ら関わりが無い、叔父上はな、誰よりも民と国を想い、才に溢れておられるが勤勉で、自らを高める努力を常に」

「もういい! その話はまた今度だシフォノ!」

「えっ、何故です叔父上?」

「なんでもだ!」


シフォノが驚いてるよ、落ち着いてセレス。


「大体私の話はいいだろ、お前の話をしろ」

「訊かれたのでつい」

「シフォノのことも知りたいな」

「とても興味があります」

「いや、私などは叔父上の足元にも」

「自分に自信の無い者に、意中の相手の心を射止めることなどできない」


セレスに言われてハッとなったシフォノがティーネを見る。

そのシフォノをサクヤとキョウがニコニコ眺めている。


「確かに、自分には魅力が無いって認めるようなものだからねえ」

「そうだねサクヤ、統計的にも自信のある男性の方が女性の気をより強く惹けるとあるよ」

「う、ううっ!」

「その点から行くとティーネは自分にしっかり自信を持ってるよね」

「何を言っているの、当然でしょう」


サクヤに訊かれて、ティーネは銀色の長い髪をサラッとかき上げる。


「そうでなければ殿下のお世話役など務まりません」

「うわーっ、格好いい!」

「麗しの銀の百合! 最高ですティーネさん!」

「あら、有難う」


やっぱりティーネは格好いい。

でも、実は凄く可愛かったりもするんだよね。

自慢の幼馴染だ。


「あれ~シフォノ、またティーネに見惚れてるの?」

「いいシチュエーションです」

「ちッ違う! お前たち何を言っている! わッ、私は! てぃてぃッ、ティーネ嬢に見惚れてなどいない!」


サクヤとキョウが笑って、シフォノは顔が真っ赤だ。

ティーネはちょっと呆れてる。

セレスもモコも楽しそう。


楽しいな。

このまま時間が止まればいいのに。

―――明日なんて来なければいいのに。

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