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終わりの始まり

胸が苦しい。

押さえてうずくまる。


「どうしたんだハルちゃんッ」

「ハル!」

「ねえハル、大丈夫?」

「ハルさんッ」

「殿下!」


う、うう、何がっ、起きたの?

分からない、けれど。


「と、じて」


ギュッと目を瞑る。

同時に苦しさが薄れた。


「ハルちゃん、一体何がッ」

「わ、分からない、でも」


ネイヴィ、それにリューラ。

おかしい。

今、何か、叫び声みたいなものが聞こえて―――


立ち上がって窓の方へ向かう。

ふらつく私をセレスとティーネが支えてくれる。

窓を開くと―――数えきれないほどの白い小鳥が羽ばたいて、集まって大きな鳥になる。


『はる』


モコの声がした。


「モコ?」

『ごめん、間に合わなかった、ねいヴぃとりゅーらが消された』


消された?

どういうこと?


「何が起きてるの?」

『魔人が柱を破壊している、虚の封印を強引に解くためだ』


横から「それは本当かモコちゃん!」ってセレスが体を乗り出した。


『うん、でもはるが閉じてくれたから、ぜるどともーしぇるは間に合ったよ』

「閉じた? 何を?」

『領域を閉じた、でもかかる負荷が大きくなって、封印の均整が取れなくなってる』


さっき咄嗟に呟いたのは、そういうことだったんだ。

無意識に何かが働いたんだろう。

だけどネイヴィとリューラは間に合わなかった。

また会う約束をしたのに。

エノア様から託された種子を守って、ずっと待っていてくれたのに。

―――あんまりだ。


「ねえ、君は大丈夫?」

『うん、もうそっちへ着くよ』


不意に大きな鳥が光ってフワッと消える。

入れ替わりでモコが舞い降りた。

大きな方の姿だ。


「はる」

「モコ!」


後ろから「えッ」と声が重なった。

サクヤとキョウ、シフォノまで驚いてる。

そうか、二人はこの姿のモコを見るのは初めてだよね。それにシフォノはそもそもモコを知らないのか。


「あの時とまた少々異なるようですね?」

「前にも大きくなってたよね、あの時の姿はハルの一番上のお兄さんに似ていた気がしたけど」

「お、おおッ、ラタミル様!」


―――承認の儀の時か。

確かにあの時は髪が長かった。

今は短くて、色は変わらず白い雲の色。空色の目をした背の高い男の人の姿をしてる。

モコの別な姿を見たらもっと驚くかもしれない。


「さくや、きょう、久しぶりだね」

「うん」

「お久しぶりです、話し方も少々異なっておられるような?」

「しふぉのは初めまして、ぼくははるの眷属、もこだよ」

「眷属?」

「そう、だけどはるは友達って言ってくれる、よろしく」

「は、はい、恐れ多く」


モコを迎えるために窓辺から少し離れる。

部屋へ入ってきたモコは翼を畳んで見えなくした。


「ねえモコ、詳しく聞かせて」

「分かった」


皆で話を聞くために長椅子に座りなおす。

卓を挟んだ私の向かい側に掛けたモコは、早速話し始めた。


「はる、みんなも、今の状況は把握してるかな?」

「一応は」

「分かった」


頷く皆を確認して、モコは話を続ける。


「ビスタナ砂漠が虚に呑まれて、浸食は商業連合とドニッシスへも及ぼうとしている、やがてはこのレヴァナーフ大陸全土を消し去って、いずれ世界そのものが消えてしまう」


もし、そんなことになったら―――


兄さん達や母さん、ティーネ、皆と一緒に暮らしたあの村。

これまで旅した色々な場所、出会った人や獣人。

たくさん見た植物、動物、妖精、ハーヴィーも、綺麗な森や海も何もかも全部。


私の知る世界が失われるんだ。


「商業連合にはぜるどがいる、暫くは竜たちと協力して虚の浸食を防げると思う」

「ドニッシスはどうなんだ?」


セレスに訊かれて、モコは表情を曇らせる。


「りゅーらを柱ごと消された、間に合わなかった」


あの赤くて大きな竜。

燃え盛る炎みたいで綺麗だった、だけどもういないんだ。


「でもドニッシスにはおるとの神殿がある、だからおるとが暫く防ぐと思う、でもおるとは創造神の一部だから抗い続けるのは難しい」


そうだ、虚と創造神は表裏一体の存在。

だからその創造神から分かれた神々も世界の消失を止められないんだ。


「つまり、時間が無いんだな」


セレスの言葉が重く響く。

皆それぞれ何かを想っている。


不意にモコがハッと上を向いた。


「来る」


立ち上がって窓辺へ向かう。

どうしたの?

ついて行くと窓を開いて外へ出て行こうとするから、手を伸ばしたら振り返って引き寄せられた!

そのまま窓から外へ!

モコの背中で白い大きな翼がフワッと広がる。


空の高いところまで昇っていく。

―――遠くの方に何かが見える。


「あれ、何?」


大きな塊だ、飛行船?

でも商業連合で見たものと形が全然違う。

それに商業連合以外の空を飛ぶものはラタミルに墜とされるから、大型の浮遊物なんて飛ばせないんだよね?


不意にゾクリと寒気がした。

―――怖い。

あれは、よくないものだ。


不意に空から大きな塊へ光が差す。

その光の中に何かが見える、あれはラタミル?

白い翼を生やしたたくさんのラタミルが塊へ向かっていく。

何をするつもりだろう。


「ダメだ」


不意に呟いたモコが顔を顰めた。


「るーみるの御座を汚すものを排除するつもりだろう、だけど」


塊の一部が爆発した。

ラタミル達が攻撃しているんだ!

雷が落ち、炎が上がり、何度も爆発して、これだけ離れていても凄まじい様子が伝わってくる。


塊はあちこち崩れて黒い何かをパラパラと落とすけれど、大きさはあまり変わらない。

そのうち黒くて細い枝みたいなものがたくさん生えてきて、ラタミル達の方へ伸びる。


「手だ」


手?

よく見えないけれど、そうなの?

枝の一つが触れたラタミルを捕えて塊の方へ引き寄せた。


「あっ」


ラタミルは塊の影に見えなくなる。


「食べた」


え?

―――食べた?

また枝はラタミルを捕まえて塊へ引き寄せる。

捕えて、また捕らえて、何度も何度も。


「どうしよう」


あれは捕食しているの?

それじゃ、まさかあの塊は生き物?


「ッツ!」


ゾッとなって、胃からすっぱいものが込み上げてくる。


「はる、大丈夫?」


私を覗き込んだモコが、ゆっくり降り始めた。

飛び出した窓辺から部屋へ戻って、そのまま抱えて運ぼうとする。


「モコ、隣の部屋っ」

「分かった」


どうにか堪えて、隣の部屋にある手洗いまで―――持ちこたえた。

吐いていると背中を誰かさすってくれる。


「何があった、今度はどうしたんだ、ハルちゃん」


セレス。

やっと落ち着いて振り返ると、ティーネがハンカチを手渡してくれる。


「あり、がと」

「何があったの?」

「うん」


思い出したくないけれど、説明しないと。

立ち上がろうとしてふらつく。

セレスが「おっと」と支えてくれる。


「私が椅子まで運ぶよ」


そのまま抱えられて長椅子へ運ばれた。


「ハル、水よ、飲んで」


ティーネから受け取ったグラスの水を飲む。

少し落ち着いたかな。


「はる、ぼくが話すね」


モコも気を遣ってくれる。

有難う、ごめん。

話を聞くうちに皆の顔色がどんどん青ざめていった。


「そんな、食べるだなんて、一体何故」

「力を取り込んでいる、神の眷属、特にラタミルは純粋な力の塊みたいなものだから」

「何のために?」

「多分、動力にしてる」

「動力?」

「あれはね、たくさんミゼデュースだよ」


訊ねたセレス、それとサクヤとキョウが、ギョッとしてモコを見る。


「まさか、ミゼデュースの塊が空を飛んでいるのか?」

「そう」

「一体どうやって!」

「魔人が操っている」

「なッ、バカな!」


空を飛ぶミゼデュースの塊。

それが燃料にするために、ラタミルを捕まえて食べているの?

―――想像もしたくない。

今もあの場所でどれだけ惨い光景が繰り広げられているか。


「何故ミゼデュースを、それも虚の封印を解くためなのか」

「多分」


モコが頷くと、三人は深刻な表情で黙り込む。

様子を見ていたティーネとシフォノも事情を察したように無言になった。


「行かないと」


放ってはおけない。


「待つんだハルちゃん」


セレスが肩を掴む。


「気持ちは分かるが、今動くのは早計だ」

「でも」

「もう少し状況を探るべきだ、情報が足りな過ぎる」

「だけど間に合わなくなったら」


「はる」ってモコも私を見詰める。


「ぼくが見てくるよ」

「モコ」

「心配しないで、ぼくは『護国の翼』、師匠の次くらいには強いよ」


それは、そうかもしれない。

でも。


「とにかくこのことを陛下や姉上にお伝えしよう、既にご存じかも知れないが」

「分かりました」


ティーネが立ち上がって部屋を出て行く。

後をシフォノも追いかけて行った。


「ハルちゃん、私達はさっき事情を説明したあの広間へ行こう」

「うん」

「私とキョウもついて行くよ!」

「ああ、一緒に来てくれ」


モコが「それじゃ、ぼくは視てくる」って窓辺へ向かう。

気を付けて。

また会えた君が、いなくなるのはもう嫌だよ。


「行こう」


窓から飛びたつモコを見送って、セレスに連れられて部屋を出る。

さっきからずっと胸が苦しい、動悸が収まらない。

―――兄さん。


お願い、来て。

怖いよ兄さん。

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