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北の夜 2

湯を使ってさっぱりして、部屋へ戻ってきた。

ネモネが用意してくれた着替えも丁度いい大きさだ、肌触りもよくて過ごしやすい。

部屋のベッドの上には夜着も用意されていた。

私とセレスとモコの分。

何から何まで、お世話されっぱなしだな。


長椅子に座って寛いでいたら、またネモネが来て、今度はホットミルクを持ってきてくれた。

仄かに甘い。


「ハチミツ入りミィ、夜は冷えますミィ、よく温まってお休みになられてくださいミィ」

「有難う」

「ミィ、では、また明日」


「おやすみなさいミィ」って部屋を出て行くネモネを見送る。

セレスがホットミルクを一口飲んでふうっと息を吐いた。

モコも美味しそうにゴクゴク飲んでる。


「明日、いよいよ精霊の女王と会うのか」

「『緑の君』だよね」

「ああ」


どんな方なんだろう。

翠の髪と翠の瞳、チョウの翅を持つ、すごく綺麗な方らしいけれど。


「やっぱり、師匠との関係が気になる」

「え?」

「なあモコちゃん、君は本当に何も知らないのか?」


セレスに訊かれて、モコは「うーん」って首を傾げる。

そういう個人的な話を、本人がいないところであまりしない方がいいと思うよ。


「もしや、師匠から口止めされているんじゃ」

「ちがう、ぼく、ずっとししょーにあってない」

「え?」

「ししょーね、のぞきみ、させてくれないの、すごいよ」


どういうこと?

モコはホットミルク入りのカップを長椅子の手前にある卓に置いて、フッと大きな姿に変わる。


「師匠は特別って、前に話したよね」

「あ、ああ」

「あの方は本当に凄いんだ、ぼくはこの目で大抵のものを見通せる、それこそ、大陸の端から端だって見ようと思えば視える」


それは、凄いね。

ラタミルってそんなに目がいいの?


「はる、違うよ」


私の心を読んだ様にモコがクスッと笑う。


「えっ」

「大抵のラタミルにこの能力は備わっていない、ぼくだからさ、視たいものを視ることができる、天眼の力だ、でも師匠は視えない、見せてくれない」

「どうして?」

「隠すんだ、あの方の魔力も才も圧倒的だ、『護国の翼』でも遠く及ばない、殆ど神の領域に踏み込んでいると言っていい」

「す、凄いな、流石師匠だ」

「うん、ぼくもそう思う、改めて驚いたよ、そんな方から色々なことを教わったんだって、誇らしくもなった」


ロゼ兄さん―――楽しくて、面白くて、だけどたまにリュー兄さんから叱られたり、叩かれたりしていたよね。

私も沢山甘えた。家族思いの優しくて頼りになる兄さん。

でも本当は、今のモコが絶賛するくらい凄かったんだ。


「師匠はそもそもラタミルに興味がなかったし、あのことがあって以来は毛嫌いしていたから、ぼくがいるエウス・カルメルへは近付こうとしなかった」

「元から興味がなかったのか?」

「うん、ええと、少し違うかな、特定の物事に強く関心を向けることが少なかったんだ、同胞を守るのは力持つ者の務めで、以前は自分の価値をそう定めていた」


それで、サマダスノームで赤竜と戦って、竜の血に呪われて空から堕ちた。


「でも、翼が赤く染まってからは、色々なものを見失って」

「翼が赤く?」


セレスはロゼがどうして私達の兄さんになったか詳しく知らない。

だけどモコが黙ると、すぐ「いや、すまない」って質問を引っ込めてくれる。


「詳しい経緯は聞かないでおくよ、つまり、君と師匠が接点を持つことはなかったというわけか」

「そう、加えて師匠はぼくの目を眩ます、だからぼくは何も隠していない、本当に何も知らないんだ」

「失礼した、君を疑ったわけじゃないが、さっきの発言はよくなかったな、謝るよ」

「ううん、いいよ」


モコはシュルルッと小さな姿に戻って、ホットミルクを飲む。

また少しだけロゼのことが知れた。

会いたいな、兄さん。


何となく立ち上がって窓辺へ向かう。

鍵を外して二重窓を開くと、冷たい風と一緒に雪が舞い込んできた。


「本当にずっと降ってるんだな」

「そうだね」


セレスとモコが傍に来る。

今度は背中にモコを背負って、一緒に外を眺めてる。


桟のところに積もっている雪を少しだけ掴んでみた。

冷たい。


「ふふッ」

「ん?」

「前にね、リュー兄さんから、ファルモベルへ行っても雪を食べるんじゃないぞって言われたんだ」


今、ここに居てくれるはずだった。

一緒に雪を眺めたかったよ、兄さん。


「冷たいからな、腹を壊すかもしれない」

「ぼく、たべる」


不意にモコがセレスの背中からひょいッと体を乗り出して、桟の雪を掴んで口に放り込む。

あ、ダメだって言われたのに。


「つめたい、とけちゃった」

「それはそうだろ」


セレスと一緒に笑う。

モコも楽しそうに笑ってる。


「あじ、ないね」

「雪だからな、ああでも、シロップを掛けたら美味いかもしれないぞ、ディシメアーでもそういう甘味を見かけただろ?」

「うん、果物も乗ってたよね」

「おいしかった」

「それだ!」


だけどダメ、兄さんに食べるなって言われたから。

二人にもダメだからねって言い聞かせて窓を閉じた。


「二人とも、そろそろ休もうか」

「そうだね」

「はーい」


明日、いよいよ最後の種子を授かりに行く。

『緑の君』と、エノア様から種子を託された竜。

そういえば、その竜は『緑の君』の妹だってモコが言っていたけど、妖精と竜が姉妹なこともあるのか。

とにかくしっかり休んでおかないと。

明日は何が起こるか分からない、備えておこう。


照明を消してベッドに潜り込む。

やっぱり三人でも十分休めるくらいの広さがある。


「静かだね」

「ああ」


ファルモベルの夜は、想像していたよりずっと穏やかだ。


「明日で、最後の種子が集まるのか」

「多分」

「君が成さなければならないことなんだな」

「そうだね」

「だったら私は、君についていく」


セレスの手が上掛けの中で私の手をギュッと握る。


「ハルちゃん、必ず守るよ」

「うん」

「ぼくもいっしょ」


モコは体を摺り寄せてきた。

フワフワの髪が少しくすぐったい。


「はる、きっとだいじょぶ」

「ああ、『護国の翼』もついているんだ、それにきっと師匠やリュゲルさんも見守ってくださる」

「うん」


でもね。

―――本音を言えば怖いよ。

多分、セレスもモコも私の気持ちに気付いている。

だけど背中を押してくれるんだ。

一緒に向き合ってくれようとしている。


本当に有難う。


もし、私がどうなっても、虚は必ず眠らせる。

大切な皆がいるこの世界を絶対に消させたりしない。

それをエノア様も願っていたから、私に大切な役目を任せたんだ。


大丈夫だよ。

だけど。


ねえ兄さん。

―――兄さん、どこにいるの。


傍に来て。

挫けないように見守っていて、お願いだよ。


――――――――――

―――――

―――


「こら、ハル」


あれ、リュー兄さん。


「どうしたの?」

「お前、また一人で抱え込もうとしているだろ」


そんなことないよ。

だって私が頑張らないと、世界は虚に呑まれて消えてしまうんだ。

もう何度も同じことが起きたって聞いたよ。

だから今度こそ、エノア様の願いを引き継いで果たさなくちゃ。


花は私しか咲かせられない。

今日までの全部が私に繋がっているなら、何を犠牲にしてでも。


「こら」


わっ、痛くないけど頭をぺしっと叩かれた。

どうして?

だって私にしか出来ないことなのに。


「お前は責任感が強くて優しい、俺の自慢の妹だ」

「エヘヘ」

「でも、だからこそいつも一人で無理をしようとする、そういうのはやめろ」

「どうして?」

「心配だからにきまってる、俺は、お前に何かあったら辛い」


酷いよ。

そんなことを言うなら、兄さんはどうなの?


「私も、ずっと寂しいよ」


リューが困った顔をした。

その時不意に辺りに笑い声が響く。


「言われてしまったね、リュゲル」

「ロゼ!」


ロゼ兄さんが舞い降りてきた。

背中に広げた羽根をしまって、私の頭を撫でてくれる。


「しかし僕も君に何も言えない、僕らは揃ってハルを悲しませた」

「だが、それは」

「事実だよ、リュゲル」

「そう、だったな、すまない、ハル」


リューは私を腕に優しく包み込む。

そのままギュッと強く抱き締められた。

暖かくて優しい、兄さんの匂いだ。


「ねえ、兄さん達はどこにいるの」

「父さんのところだ」

「帰ってきて」

「まだ戻れない、だが、必ずお前を迎えに行く」

「迎え?」

「ああ、だから信じて、もう少しだけ頑張るんだ」

「本当に来てくれる?」

「お前に嘘なんか吐いたことないだろ」

「ロゼ兄さんは?」

「僕はもうすぐ会えるよ、けれど、その時は君に覚悟を強いることになる」


覚悟?

これ以上何も覚悟なんてできないよ。


「無理だよ」

「ハルルーフェ」

「だって私、虚を眠らせるためにエノア様の花を咲かせて、死ぬかもしれないんだ」


怖くて考えないようにしている。

私の何かを犠牲にして咲く花、それを全部一度に咲かせたら?

体も意識も持つのかな、今度こそ命まで捧げることになるかもしれない。


「大丈夫だ」

「兄さん」

「大丈夫、俺達がついている」


リュー兄さん。

ロゼ兄さん。

怖いよ、寂しい―――会いたい。


「いつだって俺達はお前の傍にいる」

「ああ、そうとも」

「だから泣くな、ハル」

「リュー兄さん」

「ハル」

「ロゼ兄さん」


うん。

信じるよ。

兄さん達の言葉を信じる。

それで、もう少しだけ頑張ってみる。


「ねえ、本当に傍にいてくれるの?」

「当たり前だろ」

「勿論だとも、僕の可愛いハルルーフェ」


優しい手が涙を拭ってくれる。

髪を撫でてくれる。


だけど会いたいよ。

ねえ兄さん、私頑張るから、だから。


帰ってきて。


――――――――――

―――――

―――


「兄さん」


呟くと同時に涙が零れた。

覗き込んだモコが額を擦りつけてくる。


「んん、モコ?」

「おはようはる、だいじょぶ?」

「大丈夫だよ、おはよう」


くすぐったくて笑いながら、手で涙を拭う。

そういえばセレスは―――まだ寝てる。

珍しいね、いつも私より早起きなのに。


「はる、まだあさになってないよ」


そういうことか。

私が早くに目が覚めたんだ。


「もうちょっとねよ?」

「うん」

「ししょーとりゅーのゆめ、みた?」

「うん」

「だいじょぶ」


ポンッと小鳥に姿になったモコが、フワフワの羽を摺り寄せてくる。

そのまま喉を優しくクルクル鳴らして、慰めてくれるの?


「ふふ、有難う」


また目を瞑る。

夜が明けるまであとどれくらいだろう。

明日が来たら、『緑の君』と会って、竜から最後の種子を受け取ったら。


怖いよ。

だけど―――ああ、不思議だな。

モコの鳴き声、なんだか傍でロゼが歌っているみたいだ。

気持ちが落ち着いて、段々眠たくなって、く、る。


フッと意識が途切れる。


気付いたら、部屋が明るい。


「あ、起きたかハルちゃん、おはよう」


セレスだ。

朝になったんだ。


「おはよう、セレス」

「昨日は眠れたか?」

「うん」

「そうか」


起き上がると、小鳥の姿のモコがパタパタッと羽ばたいて肩にとまった。


「おはよーはる!」

「おはよう、モコ」


カーテンが開いてる。

窓の外は相変わらず昨日と同じような天気だ。

いつまでも雪が降って、どこまでも白い。

ここは北国ファルモベル。


さあ―――支度をしよう。

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