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北へ 2

こうして空を飛んでいると、いつも不思議な心地がする。


「ッくしゅ!」

「寒い?」


フッと暖かくなった。

セレスが「凄いなモコちゃん」って感心する。


「さっきはこの高度まで一気に浮上したが、体に何の不調も発生していない、それにこれだけ高い場所にいるのに息苦しくも寒くもない、それどころか今少し暖かくなった、全部君がやっているんだろう?」

「そうだよ」

「神の眷属というのは、改めて人知を超えた存在なんだな」


そう言えばそうだ。

本で読んだことがある、高山病とか、低体温症とか、地上よりずっと高い場所では気温も空気の濃度も違うから、人体には色々と不調が起こるんだ。

でも、ロゼと空を飛んだ時も、こうしてモコに運んでもらっている最中も、特に何もない。

飛行船はここまで高い場所を飛ばなかったし、今って改めて凄い状態なんだ。


「なあモコちゃん」

「なに?」

「今は昼前だが、ファルモベルへはどれくらいで着くんだ?」

「すぐだよ」

「え?」


戸惑うセレスと顔を見合わせる。

モコが「ほら」って言うから向かう先へ視線を移すと、遠くの空に厚い雲が浮かんで見えた。


「あの辺りがファルモベル、見えているからすぐ着くよ」

「おお、あ、あれが」


空から見るとこんなに分かりやすいんだ。

一年中雪が降っている国、確かにあの辺りの空だけが雲に覆われている。


「あ、見ろよハルちゃん! あの辺りはきっとメギスレーブルムだぞ!」


思いがけずセレスに言われて、見下ろした地上に巨大な街が広がっている。

確か、中央エルグラート北方にある学術都市だよね?


「馬車で五日は掛かる距離だ、飛び始めてまだ大して経っていないのに」

「すごいね」


驚く私達に、モコがクスクス笑う。


「飛ぶことができる優位性というのは、想像以上にとてつもないんだな」

「うん」

「あ、だけど、商業連合以外の空にはラタミルや魔物が」

「大丈夫」


ニコッと笑ったモコは高度を下げて、メギスレーブルムの上空を遊覧するように飛んでくれる。


「威圧してるから、寄ってこないよ」

「君も威圧ができるのか?」

「うん」

「それは、師匠もなさっていたことだよな?」

「そうだよ」

「君は本当に成長したんだな」


エヘヘって嬉しそうに笑うモコは、見た目が大きくなっただけで、雰囲気は変わらないのに。

―――それだけの年月をエウス・カルメルで過ごしたんだ。

モコ、頑張ったんだね。


上空から眺めるメギスレーブルムは想像していた以上に大きい。

それに屋敷のような建物があちこちにたくさん建っている。

セレスが「あれは学舎で、こっちは関連施設、それに向こうは資料館、博物館、あっちは美術館」って指して教えてくれる。


「学術的活動を支援している貴族の別邸なんかもある、あれがメギスレーブルムの領主の館だ」

「学校より小さい?」

「ハハッ、当り前さ、学舎には大勢が集う、それに学ぶ分野によって棟も違う、ここでは学問が何より尊いとされているからな」

「なるほど」

「向こうに川が見えるだろ? あの川沿い辺りが工場域だ」


商業連合とエルグラートの国境を流れていた運河ほどじゃないけれど、大きな川だ。

その川沿いにたくさん建物が並んでいる。


「あれが印刷工場、製紙工場、あっちは浄水場、向こうはインク工場だ、そして配送業の倉庫群はあの辺り」

「一か所に集まってるんだね」

「その方が利便性が高いからな、後はやはり魔物や属の類を懸念してだ、まとまっていると警備もしやすい、この辺りは国家事業として区画整理が行われた」

「国が?」

「ああ、流通の向上はいいことばかりじゃないが、それでも差し引いて余りあるほどの利益が見込めるからな、それにいついかなる時でも情報っていうのは重要なものさ」


学術分野の発展だけじゃなく、国益も考慮して、この学術都市は造られたってことなのかな。

いつかちゃんと来てみたい。

できれば学校にも通ってみたい。

母さんの功績も見たいし、何より王立魔術研究所のオーダー部門がすごく気になるよ。


「空から見ているだけじゃ勿体ないね」


呟くと、セレスが「いつか来よう」って言ってくれる。

モコも「ぼくが連れてきてあげる」と微笑んでくれた。


「うん」


こうして空から見渡すと、世界は広い。

エルグラートの外にも国がある。アキツや、それ以外の国も。


だけど―――私が虚を眠らせないと、全部消えてしまうんだ。


メギスレーブルムの上空を過ぎると、モコはまたゆっくり高度を上げる。

暫くすると山脈が現れて、越えた向こうは常緑の針葉樹の森が広がっていた。

空を覆う雲の厚みも増してくる。


不意に、視界で何かちらついた。

雪?


「降り始めたな、それじゃ、この辺りは」

「もうすぐファルモベルだよ」


地上を見渡すセレスに、モコが答える。

いよいよ到着するんだ。

北のファルモベル。

表向きは国王が統治なさっているけれど、実際は妖精の女王が治める国。

ここに最後の種子と、それを預かる竜が私を待っている。


「ハルちゃん」


不意にセレスに見つめられた。


「覚悟はいいか?」

「うん」

「そうか、私も、君のために何が出来るか分からないが、腹を括ろう」

「ぼくも一緒だよ、はる」

「二人とも、有難う」


降る雪の量が増えてきた。

辺りに霧も薄く立ち込めて、地上の景色は白く塗りつぶされていく。


そのうち、何もかも真っ白になった。

雪の大地だ。


「もう着くか?」

「あとちょっとだよ」


モコが高度を落とし始める。


「あっちだ、呼んでる」

「え?」


モコが言う方に何も見えないけれど、私も少し感じる。

誰か呼んでいる。

懐かしいような、不思議な心地だ。


雪に埋もれるようにあちこちに見える街や村。

そして不意に、長い壁に囲まれた大きな街が現れた。

中央に城壁を備えた城が聳え立っている。


「あれは」


セレスが呟く。


「ファルモベルの首都、ヴィコルネーナか?」

「うん」


モコはその城を目指してぐんぐん降りていく。

目を凝らすと、向かっているのは上の方にあるテラスみたいだ。

誰かいる?

こっちを見てはいないけど、手にランタンを下げて佇んでいる。

フカフカの外套を着込んだ女の人だ。


モコがフワッとテラスに立った。

同時に女の人はビクッと震えて身構える。


「誰だ!」

「着いたよ」


モコは全然気にしないで私とセレスを下す。

その間も女の人はランタンの明かりで私達を照らすようにして見ていたけれど、不意に「貴殿ら」と話しかけてきた。


「もしや、お告げのあった客人方か?」

「それが何のことかこちらには分からないが、私はセレス・エオーラ・エルグラートだ、そしてこちらにおわす御方は次期エルグラート王位継承者であられるハルルーフェ・フローナ・オル・エルグラート殿下であられる」

「おお!」


女の人は急いで傍まで来ると、畏まって頭を下げる。


「よくぞ参られた、私は国王直属の守備部隊長をしている、ウルスラと言う」


女の人の隊長!

黒い髪に赤い瞳、セレスより大きくて体格もいい。

髪の間からフカフカした黒い耳が覗いているけど、でも、この人って獣人?


「ウルスラ、君はここで私達を待っていたのか?」

「ああ、『緑の君』よりお触れがあったと陛下より告げられ、貴殿らを迎える役目を賜ったのだ」

「緑の君?」


ウルスラは頷いて「尊き御方だ」とだけ答える。


「さあ、まずは陛下の元へお連れしよう、ついてこい」

「あ、ああ」

「ところで」


不意にウルスラから視線を向けられたモコは、キョトンとして首を傾げた。


「なに?」

「今、伺わなかったが、この御仁は一体」

「ぼくはもこだ、はるの眷属だよ」

「眷属?」

「君達の主のことも知っている」

「なッ」

「もーしぇるは元気?」


モーシェル?

モコに言われた途端、ウルスラは目を大きく見開いて固まった。


「な、何故、あの方の御名を」

「ぼくは『護国の翼』だ、妖精の子よ」

「ッあ!」


今度はビクンっと跳ねるくらい体を震わせて、そのままウルスラはガタガタ震えだす。


「ご、ごごッ、『護国の翼』だと?」

「うん」

「し、しかし今、そちらのエルグラート次期王の眷属だと」

「そうだよ」

「そ、そもそもヒトが眷属? いや待て、貴方がたはひょっとして我らの恩人では!」


クンクンと鼻を動かすウルスラから後ろの方で、テラスのガラス扉が開いた。

何かがひょこっと顔を覗かせて、ちょこちょことこっちに向かってくる。

あれはもしかして―――ラッコ?


「ミィーッ! ウルスラッ、何してるミィ! こんな寒い場所にお方々をいつまでも居させるなんてミィ!」

「あッ、ね、ネモネ殿ッ」

「ほんっとうに気が利かないミィ! 風邪をひかれたらどうするミィ!」


うわぁ、可愛い。

ニャモニャともラヴィとも、ワウルフともモルモフとも違う可愛さだ。

図鑑でしか見たことなかったけれど、これが本物のラッコ―――ええと、多分妖精だよね?

あれ、ラッコの妖精?

確かカイがすごく凶暴だって話していたような。


「申し訳ございませんミィ、さ、ここは寒いミィ、お早く中へミィ」

「あ、有難うございます」

「愛らしい御方ミィ、話は伝わっておりますミィ、我らが姫様、お目にかかれて光栄ミィ」


それってもしかして、私がヤクサ様の娘って話かな。


「我らが姫?」

「ウルスラ、お前まさか聞いてないミィ?」

「あ、ああ」


ラッコに似た姿の妖精、さっきネモネって呼ばれていたから、名前はネモネだ。

溜息を吐いて、小さくて可愛い手で長いヒゲを擦る。


「こちらに居られるハルルーフェ様は、我らが王、ヤクサ様のご息女ミィ」

「んなッ!」

「くれぐれも粗相のないようにと念を押したミィ、なのにお前ときたら」

「あッすッ、すまない! いや、大変失礼をした、誠に申し訳ございません、姫!」


今度は勢いよく謝られる。

ええと、別にいいよ、気にしないで。


「だ、大丈ッくしゅ!」

「うわああああッ、ひ、姫ぇッ!」


わぁっ! いきなり抱え上げられた!

そのままウルスラはテラスの扉へ駆けだして、勢いよく扉を開くと中へ飛び込む。

ちょ、ちょっと待って!

どこに連れていくの、ねえ!

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