北へ 1
夜が明けた。
ベッドの上でぼうっと天蓋の天井を眺めていると、ティーネが覗き込んでくる。
「ハル」
「おはよう、ティーネ」
「朝よ」
「うん」
とうとう来た。
―――北へ向かう朝だ。
起きて、支度を済ませて待っていると、先にセレスが部屋に来た。
少ししてカイも来る。
「取り敢えず外に飯食いに行こうぜ」
「そうだな」
「はーい」
今朝のモコは小鳥の姿で私の肩にとまって、ご機嫌で囀っている。
神官宮の玄関に向かう途中で何度か神官に会ったけれど、気付くとその場に膝をついて深く頭を下げていた。
多分、五彩から連絡が来て、モコのことを知っているんだ。
だけど外でも同じようにされたらどうしよう。
「モコ、認識阻害できる?」
「いーよ」
モコはポンッと人の姿になって、どこからか取り出した眼鏡をかける。
それ、ロゼが作った眼鏡?
「これでだいじょぶ」
「まだ持っていたんだ、ロゼ兄さんの眼鏡」
「うん、ぼくのたからもの、だいじにしてるよ」
「そっか」
嬉しそうなモコに笑い返す。
ロゼ兄さん、会いたい。今頃どうしているだろう。
リュー兄さんも大丈夫だよね。
きっと―――元気になっているよね。
神官宮を出て、大神殿前の大通りへ向かう。
昨日もあちこち散策した場所だ。
朝から開いている店に入って朝食を頂いた。
「昨日も言ったが、俺は一緒に行けねえ、先に城へ戻らせてもらう」
スープに浸したパンを食べながらカイが言う。
「まあ、仕方ないよな」
「おう」
「それじゃ、クロとミドリをお願いしてもいい?」
「こっちから貸してくれって頼むつもりだった、いいぜ、あいつらにも言い聞かせておいてくれ」
「分かった」
カイはハーヴィーで、空と相性が悪い。
少し飛ぶだけでも体調を崩すから、モコに乗って空からファルモベルへは行けない。
だけど陸路だと到着まで何日もかかってしまう。
今はなるべく急ぎたいから、ついてきてもらうのは諦めるしかないよね。
それにカイは強い。
クロとミドリも一緒だし、きっと城まで無事に辿り着ける。
「あの」
ティーネが持っていたスプーンを下ろして、カイに声を掛ける。
「その事ですけれど、私もご一緒させていただきますわ」
「えっ」
ティーネも?
振り返ったティーネは「ごめんなさいね、ハル」って困ったように笑う。
「だけどこの先、私はきっと貴方の足手まといになってしまう」
「そんなことないよ!」
「いいえ、自分のことですもの、分かるわ」
ティーネ。
どうして、でも―――そうだね。
ここに辿り着くまで、ティーネには沢山不安な思いをさせて、何度も怖い目に遭わせた。
ティーネも分かっていただろうけれど、想像と現実は違っただろうし、無理はさせられない。
それにここ中央エルグラートならともかく、次に向かうのは別の国だ。
どんな危険があるか分からない、そこへティーネを連れていくのは正直怖い。
「おいハル、ンな顔するな」
カイが声を掛けてくる。
「お嬢のことは任せとけ、しっかり面倒見てやるよ」
「まあカイ、その呼び方はおよしになってと申し上げましたのに、それに面倒など見ていただかなくて結構です」
「はいはい」
カイもティーネも私を気遣ってくれる。
有難う。
―――ごめん。
「分かった」
頷くとティーネに見つめられる。
「王都で待っているわ、ハル」
「うん」
「頑張って、貴方が不在の間、オリーネ様と陛下を必ずお守りするから」
「有難う、だけど君自身のことも守ってよ、ティーネに何かあったら嫌だ」
「ええ、貴方に哀しい顔なんて、もうさせないわ」
お願いだよ。
カイも、どうか無事でいて。
こんな思いが増えて欲しくない、もう誰もいなくならないで。
「セレス様、モコ、ハルをよろしくお願いします」
「ああ、任せておけ」
「だいじょぶ、ぼく、はるもせれすもまもる!」
私も約束するよ。
必ず君のところへ帰るって。
食事を済ませて神官宮へ戻った。
ここを発つ準備が出来たら私達の部屋に集まることにして、それぞれ支度に取り掛かる。
「ティーネは決めていたんだね」
「ええ、いきなり切り出してごめんなさい」
謝らなくていいよ。
君の気持ちは分かっているつもりだから。
「昨日、言ったわよね、貴方の帰る場所でありたいって」
「覚えているよ」
「待っているわ、ハル、だから無事に戻って、私はいつまでも貴方を待つから」
モコがティーネをじっと見つめる。
今度は王都でティーネを待たせるのか。
大丈夫。
約束は守るよ。
必ず無事に、君のところへ戻ってくる。
「ハル」
私の手を取って、そのままティーネに抱きつかれる。
抱き返すと温もりが伝わる。
胸の奥の方が熱い。
「いってらっしゃい」
「うん、行ってくる」
それから―――支度をして、荷物を持った。
あ、そうだ!
「ティーネ、これ」
香炉と、私が作ったオーダー用のオイル。
この香炉はロゼに作ってもらった中でも一番のお気に入りだ。
「まあ、私、オーダーは上手く扱えないわ」
「いいんだ、君に預かって欲しい」
「えっ」
「何かあった時、きっと君を守るよ、だから持っていて」
「ハル」
ティーネは受け取ってくれる。
香炉とオイルを握って「大切に預からせてもらうわね」って微笑んだ。
赤い目が少し潤んで見えるけど、それは黙っておこう。
部屋の扉を叩いて、セレスとカイが入ってくる。
「準備できたか、ハルちゃん、モコちゃん」
「うん」
「はーい」
「それじゃ、行こう」
皆で神官宮を出ると、玄関の前でクロとミドリを連れた神官が待っていて、深々と頭を下げた。
「ご出立なさると伺っております、お預かりしていた騎獣をお持ちいたしました」
「有難うございます」
神官から手綱を受け取って、二頭の前に立つ。
「クロ、ミドリ、城までティーネとカイを連れていって欲しいんだ」
じっと見つめ返してくる二頭をそれぞれ撫でて話しかける。
「二人の言うことをよく聞いて、必要があれば守って、お前達ならできるよね?」
ミドリは私の顔をペロッと舐めて、鼻をブルルッと鳴らす。
クロは前脚で地面を掻きながら嘶いた。
有難う、流石兄さんの騎獣だね。頼りにしているよ。
二頭の手綱をそれぞれティーネとカイに渡して、歩き出す。
今朝は少し曇り空だ。
だけどエウス・カルメルは昨日と変わらず大勢の人や獣人で賑わっている。
「今度はゆっくり観光しに来たいね」
「そうだな」
「是非そういたしましょう」
「俺は御免だぜ」
だけど昨日はカイも楽しそうだったよね。
兄さん達も一緒に来られたらよかったな。
そう思うと少し名残惜しい、この景色を兄さん達や、母さんとも一緒に見たかった。
とうとうエウス・カルメルの門をくぐって、外へ―――
「そとだ」
モコがぽつりと呟く。
「ぼく、そとにでたんだ」
「モコ?」
「えのあとやくそく、はるがむかえにくるまでここにいるって、でも、ぼく、そとにでたよ、はる」
嬉しそうな笑顔だ。
ぐっと胸が詰まる。
そうだね、約束、ちゃんと守ったよ。
「はる、ただいま!」
「うん、おかえり、モコ」
小さなモコの姿がググッと大きくなって、大人の姿で抱きしめられた。
やっぱりロゼみたいだ。
そのままモコは、急に背中で翼を広げる!
「えっ、モコ?」
「おいおいモコちゃん!」
「お前なにやってんだ、オイ!」
セレスとカイも慌ててる。
ここ、まだエウス・カルメルの門のすぐ近くで、人も獣人も大勢行き交ってるよ?
「大丈夫、皆には見えていないから」
モコがニッコリ笑う。
そうなの?
だけど確かに周りは誰も驚いていない。
寧ろ騒いだ私達の方が注目されている気がする。
「ええと」
「それじゃ、行こうか」
え、うわ!
いきなり抱え上げられた!
モコ、大きくなると力も強くなるのか。
「せれすも」
「えっ、わ、私もその状態で運ばれるのか?」
「そうだよ、どうして?」
「いや、その」
「早く来て、行こう」
躊躇いながら近づいてきたセレスのことも、モコはひょいっと抱えてしまう。
本当に力持ちだ。
こういうところもロゼみたい。
「てぃーね、かい、君達にはぼくの加護をあげる、敵意を持つものが寄ってこなくなる加護だよ」
「おいやめろ、俺はそういうのはいらねえ!」
「大丈夫、ぼくははるのだから、君が何者であっても関係ない」
カイは渋い顔して黙り込む。
もしかしてハーヴィーだから、ラタミルの加護を受け付けないとか、そういう理由だったのかな。
だけどモコは私の、属性的には多分大地神ヤクサ様の眷属になるから、加護を授かっても問題ない、とか?
さて、と呟いて、モコは空を見上げる。
「すぐ行こう、準備はいい?」
「う、うん」
「よろしく頼む」
「分かった」
モコに返事して、急いでティーネとカイに「行ってくるね!」って声を掛けた。
白い翼が力強く羽ばたくと―――あっという間に空高く舞い上がる!
「すごい、見ろよハルちゃん! エウス・カルメルがもうあんなに小さいぞ!」
「はる、せれす、落とさないけどしっかり掴まっていてね」
「わ、分かった」
「うん、よろしくね、モコ」
こうして空から地上を見下ろすのも久しぶりだ。
北へ向けて、モコは悠々と飛んでいく。
ティーネ、カイ。
クロとミドリも、何事もなく城まで辿り着いて。
兄さん達、どうか見守っていて。
私達も、エノア様が残した最後の種子を授かったら、必ず無事に城へ戻るよ。
いよいよ北の大地ファルモベル編です。
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