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星降る夜に

「れもねーど、おいしー!」

「お口に合ってよかったわ」


湯に浸かって温まった体の熱がスーッと引いていく。

グラスの中で氷がカランと音を立てた。


「まだ眠るには少し早そうね」

「うん」


風が窓辺でカーテンを揺らす。

私とモコはベッドに腰掛けて、ティーネは椅子に座って。

甘酸っぱいレモネードが美味しい。

なんだか、こういう時間を過ごすのは久しぶりだ。


「私、エウス・カルメルへ来るまでの間に色々な体験をしたわ」

「そうだね」

「魔物や野党に襲われて、初めて実戦経験も積んだ」

「うん」


ティーネは手元でグラスを揺らす。

思い出しているんだろう、きっと怖かったよね。


「騎獣に乗って夜通し移動したのも、野宿をしたのも初めて」

「そういえば体調はもう平気?」

「ええ、ベッドでよく眠ったし、食事も取って、今は何ともないわ」

「よかった」


赤い目を細くしてティーネは微笑む。


「ハル、色々と有難う」

「ううん、こちらこそだよ、でも、君にたくさん無理をさせたね」

「いいのよ、私が貴方について行くって決めたのだから」

「それは本当に感謝してる、君がいてくれてよかった」

「ハル」


本当に有難う。

君はいつでも私の支えだ。


「私ね、本当は悔しかったの」

「え?」

「貴方が村を出て行った日、一緒に行きたかった、私も貴方と、リューやロゼと、旅をしてみたかった」

「ごめん」

「謝らないで、私には役目があったから、どのみちついては行けなかったの」


それは、私が母さんの工房を任せたこと?

だとしたら後ろめたい。

でも訊いたら、ティーネは「いいえ、碧爵の娘としての務めよ」って微笑む。


「お父様は王家に、オリーネ様にお仕えすることを第一に考えていらっしゃる、それは私も同じ、でも、私の主は貴方だけれど」

「主だなんて」

「ふふ、気にしないで、だから私は行けなかった、いずれ城に戻る貴方のために、環境を整えておく必要があったのよ」

「ティーネ」

「これは私が望んだことでもある、私にとって貴方は特別で、かけがえのない存在だから」


気持ちが嬉しい。

私のためにいつも一生懸命頑張ってくれる、君を私も大切にしたい。


「だけどやっと願いが叶った、ほんの数日だけど、貴方とエウス・カルメルまで旅することができた」

「うん」

「でも、まさか降臨閣まで伺って、そのうえ五彩やアドス、『護国の翼』にまでお会いできるなんて思ってもみなかったけれど」


言いながらティーネはモコを見詰める。

モコは「えへへ」って笑って、床から浮いてる足をパタパタさせた。


「あの大きな鳥の姿、フワフワしてとても心地よかったわ」

「てぃーねならいつでものせるよ、そら、たのしかった?」

「迫力があったけれど、少し怖かったわ」

「そっか、ごめんね」

「慣れていないだけよ、あんな高い場所へは行ったことがないから」


ティーネは空のグラスを卓に置いて、私とモコの傍に来る。

私達の空いたグラスも受け取って卓に置くと、モコと反対側の私の隣に座った。


「貴方はいつも、私が知らない世界を見せてくれる」

「そうかな」

「有難うハル、私ね、貴方とこうしていられて、本当に幸せなの」

「私もだよ」

「ぼくも!」

「ええ、そうね、モコも一緒で、本当に嬉しい」


ニコッと笑ったティーネは「ここへ来られてよかった」って噛みしめるように言う。


「ねえハル」

「なに、ティーネ」

「私分かったの、離れていても、傍にいても、貴方は私のたった一人」

「うん」

「だからこそ、私は貴方にとって、いつでも帰る場所でありたい、どれだけ遠く離れても、心は貴方の傍にあるわ」

「そっか、有難う、ティーネ」

「ええ」

「私も、どこに居ても君を想うよ」

「嬉しい」

「ぼくもてぃーねすきだよ、はるのつぎにすき」

「ふふ、有難うモコ、私も好きよ、ハルの次にね」

「えへへ!」


ティーネが肩に凭れてくる。

モコも膝の上にコロンと寝転がった。

二人とも温かい。

今夜は―――なんだか優しくて、静かな夜だ。


「あ、そうだ、モコ」

「なーに、はる」

「君ってエノア様と旅をしたんだよね」

「うん」

「それなら旅の話を聞かせてよ」


ティーネも「まあ、是非伺いたいわ」って私の膝の上のモコを覗き込む。


「いいよ」


モコはピョコッと起き上がると、ベッドの真ん中辺りへ移動した。


「おはなし、どこからききたい?」

「君とエノア様が出会ってから、それと、幼馴染のことも」

「れぐねすだね、わかった」


私とティーネもモコの傍に行く。

ちょっとワクワクするな。


「それじゃ、おはなしはじめるよ、ぼくがえのあとあったのは―――」


モコが話し始める。

エノア様との出会い、そして、旅の始まり。

当時のエルグラートはまだ連合王国になっていなかったから、今より色々と大変な旅だったらしい。

それでもエノア様はモコ、そしてレグネス様と共に北以外の各国を巡り、虚を眠らせるために必要な協力者を募っていった。


「モコが出会った時、エノア様は旅の途中だったって言ったよね」

「うん」

「つまりその、父さん、というか、ヤクサ様からもう虚の封印を頼まれていたってこと?」

「そうだよ、れぐねすはえのあがしんぱいでついてきたんだよ」

「お優しい方でいらしたのね」

「うん、れぐねすはつよくて、やさしかったよ」


モコの話だと、レグネス様は当時の中央エルグラートに在った一国の王子で、その国は今のエルグラート王家の前身になったらしい。

今はもう名前も残っていない国だそうだ。


長い旅の果てに、遂に準備が整って、いよいよエノア様は虚を眠らせようとした。

でも、それは叶わなかった。


「えのあね、じぶんにはできないって、きづいたっていった、だからねむらせず、ふうじることにしたんだ」


そして四匹の竜とモコに、封印の要になって欲しいと頼んで、自分の力を五つに分けた種子を託した。

―――いつか会いに来る私へ授けるために。


「そう言えば、どうして種子なの?」


今更だけど気になる。

種子の形のエノア様の力を、どうして花として咲かせるんだろう。


「どうしてかな」


モコはクスクス笑う。


「きっとはるだからだよ」

「私?」

「うん、はながさいたら、どうなるとおもう?」


あれ、その質問、いつか誰かに訊かれた気がする。

誰だったかな、思い出せない。


「どうなるの?」

「はるはこたえをしってるよ」


私?

うーん、どうなるんだろう。

謎かけかな、モコは教える気がなさそうだから、自分で解かないとダメみたいだ。

花が咲くとどうなるか。

私が答えを知っているなら、私に関係することだよね。


「つづき、はなすね」


モコはその後のエノア様をまた語り始める。

虚を封じたエノア様は、レグネス様と共に中央エルグラートを興し、改めて周辺四国を束ねてエルグラート連合王国を建国した。

そして初代国王となられて、今に至るエルグラートの歴史が始まったそうだ。


「やくさは、えのあがおこしたえるぐらーとをみまもっている、かみはひとのりょういきにかんしょうしないから」

「でも、エノア様といつかまた会おうって約束したんでしょう?」

「そうだね、だけど、ぼくはそのことはよくしらない、さいかいはふたりがかわしたやくそくなんだ」


もしかしたら、ヤクサ様との間にあったことを、エノア様は誰とも共有したくなかったのかもしれない。

独り占めしたいくらい特別だったんだ。

それだけヤクサ様を強く想っていたんだろう。

ヤクサ様、父さんも同じくらいエノア様を想っていたから、生まれ変わりの母さんを見つけ出した。

―――二人の約束は果たされたんだ。


「ロマンティックね」


ティーネが呟く。

そうだね、今まで父さんのことはよく知らなかったけれど、なんだか嬉しいよ。

神だけど身近に感じる、私もリューも長い年月を経て結ばれた二人から生まれたんだ。


「えのあは、いつかはるにあえるの、たのしみにしてた」

「うん」

「このくにも、ちも、いつかきみにつなげるため、ずっとそんざいしつづけてきた」


ぼくも、とモコは言う。

そうだね。

でもそれを想うと、改めて重い。


私は託されたものを、受け止めきれるんだろうか。


「えのあのおもいが、やっときみにうけつがれる」


その代償として私は、もしかしたら私自身を失うかもしれないんだ。

怖いよ。

掛けられた期待を不安が越えそうだ。

エノア様が残酷だなんて思わないけれど、でも、心細くて足元が揺らぐ。


兄さん。

ここに居てくれたら、なんて声を掛けてくれるだろう。


「ハル」


ティーネが手をギュッと握る。


「大丈夫、私の想いはいつでも貴方の傍にあるわ」

「うん」

「ぼくもいるよ、はる」

「そうだね、二人とも有難う」


笑っても、それでも不安は消えない。

小さく息を吐いてベッドから降りる。


「そろそろ寝よう、モコ、話を聞かせてくれて有難う」

「うん」


窓を閉めに行く。

明日には最後の種子を受け取るために北のファルモベルへ出発するんだ。

もう寝ておかないと。


ベッドに戻ると、モコがポンッと小鳥の姿になった。

部屋の明かりを消して、ティーネと一緒に上掛けの中へ潜り込む。

モコは私とティーネの間に入って羽を膨らませた。

フワフワで温かいね。


「ねえ、ティーネ、モコ」

「何、ハル」

「なーに?」

「私、頑張るよ」


間があって、上掛けの中でティーネが私の手をギュッと握る。

モコも首の辺りに羽を摺り寄せてくる。


「傍にいるわ、ハル」

「ぼくも、きみのそばにいる」

「うん、有難う」


二人とも、また明日。

明日になったら―――いよいよ北だ。


――――――――――

―――――

―――


白い。


どこまでも白い風景。


空から何か降ってくる。

これは雪?

だけど仄かに暖かい。


全てが白く染まる。

何もかも。


誰か、向こうにいる。


女の人だ。

ドレスを着ている。

それに翅、あれは―――チョウの翅?


「ここへ」


雪の中で声が響く。


「きて」


誰?


「待っているわ、貴方を」

「来て、早く」


雪が段々強くなる。

風も吹いてきた。

前が見えない。


「そうしないと」


女の人の声だけがまだ聞こえる。


「もうすぐ、始まってしまう」


何が?


「終の刻限は、間近」


消えていく。

全て呑まれていく。

何もかも無くなってしまう、世界が消える。


だめ!

そんなことはさせない、私が―――


――――――――――

―――――

―――

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