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エウス・カルメルでのひと時

また神官宮を出て、街へ。

今度は私達だけで自由に色々な場所を覗いて回る。


「まあハル、見て頂戴、とても美しいわ」

「本当だ、これって何?」

「宝石だよ、ハルちゃんはあまり馴染みがないかな」


セレスが宝石の名前をそれぞれ教えてくれる。

図鑑では知っていても、こうして実物を見る機会って前はなかったからな。

ネックレス、ブローチ、イヤリングに指輪。

どれもキラキラして綺麗だ。


「そう言えば、ハル」


ティーネが眺めていた指輪から私へ視線を移す。


「貴方の左手の薬指、私の知らない宝飾具があるようだけれど」

「あ、これ?」

「素敵ね、贈り物かしら?」

「誕生日にセレスがくれたんだ」


そう、って頷いて、ティーネはセレスを見る。

セレスはギクッとなって視線を逸らした。

どうしたの?


「婚約者からの贈り物ですものね、何も問題ありませんわ」

「あ、うん、まあ」

「左の薬指、婚姻の証ですわね?」

「まっ、魔よけみたいなものさ」

「魔除け」

「ふーん」


向こうで退屈そうにしていたカイも傍に来て、セレスをじろじろと見る。


「さっきは殊勝なことを言ってやがったが、なあ王子様、こりゃ一体どういう了見だ?」

「だ、だから、これは魔除けで、それにその、単なる贈り物だ! 十六の誕生日なんだし、何か思い出に残るものがいいと思って」

「ほー、思い出ねえ」

「いっ、いいだろ! ハルちゃんにも特に意図はないってちゃんと伝えてある!」


そうだね。

君はあの時言ってくれた。

兄さん達に認められない限り、私と婚姻は結べないって。


「そうだよ、この指輪はね、約束なんだ」


私が兄さん達と会うための。

セレスがくれたお守りだ。


「まあ」


ティーネが目をまん丸くして口元に手をあてる。

カイまでポカンとして、セレスは顔が真っ赤だ。


「はる、やくそくって、なーに?」

「それは内緒」


不思議そうに首を傾げたモコは、改めて指輪を見て「うつくし!」ってニコニコする。


「ここに、せれすのきもち、ぎゅーってつまってる!」

「うん」

「ぼくもこれすき、はる、にあってるよ」

「有難う、モコ」

「―――おい、なんだよそれ」

「想定外ですわ」


ティーネもカイも何だか様子がおかしい?

さっきから皆どうしたんだろう。


「ハル」


不意にセレスに手を取られた。


「必ず君を幸せにすると誓うよ」

「う、うん」


直後に周りにいた人達が手を叩いて「おめでとうございます!」なんて言い出した。

ええと?

ティーネとカイは落ち込んでいるみたいだし、訳が分からない。


店を出てもティーネとカイは暫くしょんぼりして、あまり話もしなかった。

逆にセレスはウキウキして、モコと一緒にはしゃいでる。

何だったんだろう。

セレスがくれた指輪が原因、だったのかな。これ、普通に綺麗な指輪なんだけど。


宗教特区のエウス・カルメルには、天空神ルーミルやラタミル由来って謳われているものが色々あって、見どころ盛りだくさんだ。

でも、そういうのをモコに「そうなの?」って訊くと、ニコニコ笑って「わかんない」って答えが返ってきたから、本当かどうかはちょっと怪しい。

カイも「大抵そういうもんだぜ、オルト様由来だってのもほぼこじつけだ」なんて言うし、セレスの説明だと宗教は箔付けが大事らしいから、正当性と権威を謳うためのものかもしれない。

ただ、中にはいくつか本物も混ざっているらしいけれどね。


あちこち見て回って、気付くと陽が沈みかけている。

ここに着いたのが早朝だったよね。

神官宮で少し休んで、昼頃大神殿に伺って、思いがけずエウス・カルメルを一日かけて満喫したような感じになった。

ここは不思議な場所だ。

始めはそっけない雰囲気だったのに、今は馴染みかけている。

モコにまた会えたから、オルト様の大神殿と同じくらいエウス・カルメルも好きになれそうだ。


辺りが大分薄暗くなって、街灯が灯り始める。

そろそろお腹も減ってきたから、適当な店で食事を頂くことにした。

エウス・カルメルはパンを使った料理が有名らしい。

エルグラートで一番美味しいパンを食べられるのはここなんだって。


特に食べたいものがないから、ティーネに任せて頼んでもらう。

運ばれてきた料理を一口―――うん、味がする。

あの時だけじゃない、今もちゃんと美味しい。


「それにしてもティーネ、頼み過ぎだよ」

「あら、そうかしら」

「ぼくたべる!」

「ふふ、問題なさそうよ?」

「おいしー!」


本当にモコはよく食べるね。

だけどこうして君と一緒に食事を取るのは久しぶりだ、嬉しいな。


「ハルちゃん、これ美味しいぞ、ほら、一口」

「うん」

「おい、こっちも食ってみろ、お前こういうの好きじゃねえか?」

「本当だ、美味しいね」


さっきから皆がしきりに食べ物を勧めてくれる。

気を遣っているのかな。

―――虚の封印、その事で私を心配しているのかもしれない。


まだ私も受け止めきれていないよ。

とにかくファルモベルへ行って、最後の種子を受け取って、それから改めて考える。

今は、まだいい。


「セレスもこれ食べてみてよ、はい」

「うん、あーん」


食べさせてあげようとすると、先にティーネがフォークで刺した一口をセレスの口に入れた。


「んむ!」

「カイも、はい、どうぞ」

「いや、俺は自分で食える」

「そう、ハルにこんな手間を掛けさせないでくださいましね?」

「お、おう」


別に手間じゃないよ。

隣に座るモコが「ぼくは?」って訊くから、モコにもアーンってしてあげる。


「おいし!」


セレスがティーネに食べさせてもらった料理を呑み込んで「いいなあ」って呟いた。

こっちも食べたいのかな。

分けようか訊いたら、またティーネが「では、私が」ってセレスにニッコリ笑いかける。


「い、いや、気持ちだけで十分」


セレスは慌てて言って、小さく溜息を吐く。

隣でカイまで溜息だ。

よく分からないけれど、皆で食べるとやっぱり美味しいね。


食事が済んで、神官宮へ戻る途中、翼の形をした門の前を通りがかった。

奥にある大神殿は下から光を受けて白く浮かび上がって見える。やっぱり雲みたいだ。

その中に聳え立つ降臨閣もなんだか神々しい。


「まだ中にヒトがいるのか」

「ああ、だがそろそろ閉門だ、夜間は参拝できない」


警備上の理由だってセレスが教えてくれる。

閉門後、信者はこの翼の門の前で祈りを捧げるそうだ。


「オルト様ならいつでも誰でも受け入れるぜ、やっぱり空の奴らは狭量だな」

「それはそれ、これはこれだろ」

「おるとのきょうかい、うみとつながっててすき」

「おっチビ、分かってるじゃねえか」

「えへへ」


カイがモコの頭をグリグリ撫でる。

この二人がハーヴィーと元ラタミルだって知ったら、きっと皆驚くだろうな。


神官宮に戻ってきた。

もうすっかり夜だ。


「ハル、部屋はどうしようかしら?」

「えっ」

「流石にあのベッドで三人は無理だわ」

「だいじょぶだよ、てぃーね」


そう言ってモコはポンッと小鳥の姿に変わる。

わっ、小さくてフワフワのモコだ!

肩にとまって体を摺り寄せてくる、本当に可愛い。これなら三人一緒の部屋でも問題ないね。


「やれやれ、それじゃ、私とカイは今夜も独りで眠るよ」

「そうなさってくださいませ、子守唄はもう卒業なさっているでしょう?」

「君は相変わらず辛辣だな」


セレスとカイはそれぞれ「おやすみ」って部屋に入っていく。

私はティーネとモコと一緒の部屋だ。


「今夜は三人でお湯を借りましょうか」

「わーい!」

「あ、いいえ、ちょっと待って頂戴」


急にティーネが戸惑ったようにモコを見る。

どうしたの?


「ねえモコ」

「なーに?」

「一応窺っておくけれど、貴方、男の方なの?」

「ううん、らたみるはせいべつないよ、おおきいすがたはべんりだからだよ」

「そう、確かに恰幅もよかったし、背も高くて、あれなら色々と便利でしょうね」

「うん」

「では構わないわ、改めて三人でお湯をお借りしましょう」


一緒に湯に浸かるのも久々だね、モコ。

ここは地下から温泉を汲み上げているから、きっと気に入るよ。


湯を借りられるか神官に訊きに行くと、丁度誰も使っていなかったから、早速借りることにした。

浴槽でモコはポンッと小さいほうの人の姿になる。

モチモチ、プニプニしていて可愛い。

皆で体を洗って、髪も洗って、湯をなみなみに張った浴槽に一緒に浸かる。


「ふぁあぁぁ~」


気持ちいい。

モコも気持ちよさそうだ。


「ぼく、ゆにつかるの、ひさしぶりだ」

「まあ、いつ以来なの?」

「はるのたんじょうびのまえ、いっしょにゆにつかって、それいらいだよ」


と、言うことは。

思わずティーネと顔を見合わせる。


「それは、随分と久々ね」

「そうだね、ええと」

「んん~っ、きもちいーっ、ねえ、ちょっとだけはねだしていい?」


いいよって言うと、モコは背中から小さな翼を生やして、湯に沈めてうっとりする。

そうか、ラタミルは汚れないから、こうして湯を使う必要もないんだ。


食べる必要も、眠る必要もない。

生き物が生きていくために必要な全てが不要で、モコはただここに居たんだ。

エノア様が生きていた頃から、ずっと。

私を待ち続けていた。


「モコ」


ティーネと二人でモコを抱きしめる。


「わあ、どうしたの?」

「何でもないよ」

「ええ、お帰りなさい、モコ」

「うん! ただいま!」


もしかしたらモコにとっては、私達が思うほど辛くなかったかもしれない。

でも、独りの君を想うと辛いよ。

またこうして一緒に居られて、本当にすごく嬉しいよ。


浴室から部屋に戻る途中でセレスに会った。

丁度これから湯を使わせてもらおうと思って来たらしい。


「入れ替わりなんて都合いいな、それじゃ今は空いてるのか」

「ええ」

「あの、もし羽根が落ちてたら、拾っておいて」

「え? ああ!」


セレスは笑って「分かった」って頷いた。

そのまま別れて私達は部屋へ戻る。


「きもちよかったね、はる、てぃーね」

「そうだね」

「二人とも、湯上りに何か飲むでしょう? 用意してくるから少し待っていて」


ティーネが部屋を出て行く。

私は窓辺に行って、窓を開いて空を見上げた。

モコも隣に立って同じようにする。


「星が綺麗だね」

「うん」


モコは、この星空を降臨閣からずっと見ていたんだろう。


「ねえモコ」

「ん?」

「寂しかった?」


モコは空色の目をパチパチと瞬かせる。


「ちょっとだけ、ときどき、でもへーきだった」

「どうして?」

「はるがあいにきてくれるって、しってたから」

「それも天眼で視えていたの?」

「んーん、しんじたの、はるは、やくそくまもってくれるって」


そうか。

ちゃんと約束を守れてよかったよ。

屈んでモコをギュッと抱きしめる。

そうしたら急にモコの体が大きくなって、逆にギューッと抱き返された。

なんだかロゼに抱きしめられているみたいだ。


「会いに来てくれて有難う、はる」

「うん」

「やっぱり君は約束を守ってくれたね」

「当たり前だよ」

「そうか、それなら、今度はぼくの番だ」


え?

見上げるとモコがニコッと笑う。

その時扉が開いて、ティーネが戻ってきた。


「まあモコ、今はその姿はよしてちょうだい、破廉恥だわ」

「え?」

「紳士は夜、招かれることなく乙女の部屋を訪れたりしないものよ」

「わかった」


モコの姿がシュルルッと縮む。

本当に便利だ。

ティーネはため息を吐いて「レモネードよ」って卓にグラスを三つ置いた。

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