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モコの話 1

「あの日は、きみの誕生日だったね」


モコは話し始める。

―――そうだよ。


十六歳の誕生日。

私が世間に大人として認められるようになった日。


承認の儀で起きた出来事。

その後のことも、今もはっきり覚えている。

だからこそ思い出したくない。


でも諦めないって決めたんだ。

それにモコは戻ってきてくれた。

兄さん達がくれた誕生日の贈り物のおかげだ。

だからもう一つの願いが叶うまで、私は絶対に立ち止まったりしない。


「ぼくは視えてしまった」

「何が?」

「師匠と同じものを視た、だから師匠は、ぼくに役目を果たせと言った」


師匠って、ロゼのことだよね。

だけどロゼの天眼は失われたって聞いたよ?


「師匠の呪いはとっくに解けていたんだ」


モコは微笑む。


「でも、君とりゅーのために、解けていないフリをしていた」

「えっ」

「呪われていることが君とりゅーの兄さんでいる条件だからだよ、前に翼を隠していたように、師匠はかつての姿と力を取り戻していたことを秘密にしていた」


そんな。

関係ない! 条件なんていらない!

どんなロゼだって、ロゼなら、私とリューの兄さんなのに!

どうして。

両手を膝の上で握り締める。

―――会って伝えたいよ、ロゼ兄さん。


「お前は気付いていたのか、チビ」


そう訊ねたカイは、急に「あ、いや」って言葉を濁す。

モコは「チビでいいよ」って笑う。


「うん、でも、ぼくも知ったのはあの時だ、師匠は秘密を明かして、ぼくを信頼してくれた」

「それで君に役目を果たせと?」


セレスに訊かれてモコは頷く。

役目って、まさか。


「あの時ぼくは、魔人が割いた空間へ飛び込むと同時に全ての魔力を解き放って、強引に裂け目を塞いだ」


それで穴は消えたんだ。

もの凄い衝撃だった、でも虚に飛び込むなんて、本当に命懸けだ。

想像するのも怖いけど、どうしてモコは消えずに済んだのかな。


「同時にぼくは時間を飛び越えた」

「えっ」

「何故そうなったかは分からない、ただそれは起こり、そしてぼくはえのあと出会った」


力を使い果たして、そのうえ時間まで飛び越えたモコは、衰弱しきって消えかけていた。

そこへ―――通りがかったエノア様が、パナーシアを唱えて自分の生命力を分けてくれたらしい。


「その時えのあはもう旅をしていた、幼馴染と一緒だったよ、その子の名前はれぐねす」

「レグネス?」


訊き返してセレスが唖然とする。

ティーネも驚いた表情だ。


「どうしたの?」

「まあハル、貴方、歴史の授業の最中、一体何を聞いていたの?」

「ハルちゃん、レグネスは初代国王であらせられるエノア様の伴侶の名だ」


そうだっけ。

ええと、カイまで呆れた顔をしてるよ?


「ハル、お前なあ」

「あはは」

「笑って誤魔化すな、仮にも次期国王がそんな体たらくってのはどういう了見だ? 流石に擁護できねえぜ」

「ごめんなさい」

「またしっかり学び直しましょうね、ハル」

「はい」


思いがけず叱られた。

モコだけ「はる、大丈夫?」って心配してくれる。

有難う。

でも身から出た錆だから、反省するしかないよ。


「あの、だけどさ」


でも今の話と、母さんやラーヴァが言っていたこと。

それが私の中で上手く嚙み合わない。


「エノア様は大地神ヤクサ様と、その、恋仲だったんでしょう?」

「そのようだな、確か前にオルムの赤竜が口にしていた」

「俺も聞いたぜ、だからエノアの生まれ変わりだっていうハルの母親がヤクサと結ばれんのも納得できるとか何とか」

「ええ、伺いましたわね」

「でも結局そのレグネスと結婚して、エルグラート王家を立ち上げて、子孫まで残したんでしょう?」

「ああ、言わんとしていることは分かる」


そう言ってカイは手で頭をガリガリ掻く。


「けど何もかもを感情に任せらんねえだろ、割り切らなきゃなんねえことだってあるさ」

「だったら、エノア様は好きな方と結ばれなかったの?」

「それはちがうよ、はる」


モコが微笑んで語る。


「えのあはれぐねすのことも好きだった、でも、それはやくさを好きな気持ちとちょっとだけ違った」

「どう違うの?」

「ぼくにも分からない、そういう気持ちは難しい、だけどえのあは王家のために、好きでもない相手と子供をつくったりしてないよ」

「うん」


好きの気持ちは色々だよね。

私も―――まだよく分からない。

今も左手の薬指に嵌めている指輪。

これに込められたセレスの想い、私がそれをどう感じているかも、まだはっきり言葉に出来ずにいる。


「えのあは、やくさとの約束を果たすために、えるぐらーとを建国して、最初の王になったんだ」

「その約束って何?」

「君達はもう知っている、約束は、虚を永遠に眠らせること」


眠らせる?

封印じゃなくて?

言葉の意味合いは似ているけど、微妙に違わないかな。


「でもえのあでは足りなかった、だから血を残して、いつか繋がる君に全てを託すことにしたんだ」

「途方もねえ話だな」

「モコちゃん、姉上も仰っていたが、そのエノア様に足りないものっていうのは一体何だったんだ?」

「多分、ぼくは時間と意志だと思っている」


時間と意志。

どういう意味だろう。


「長い積み重ねの果てにはるが現れるなら、ここへ至るまでの王家の血筋、そして代々封印を守り続けてきた王たちの意志、その二つがきっと必要だった」

「それだと、別にハルちゃんじゃなくてもエノア様の意志を継げたように思えるが」

「ううん、はるじゃないとダメだ」

「それは何故?」


訊ねたセレスに、モコは答える。


「ぼくが、はるのだから」

「えっ」

「ぼくははるに名前を貰った、だからぼくははるの眷属、だからはるでなければ駄目だ、それはえのあとの約束でもある」

「どういうことだ?」

「えのあが封じ込めた虚の、その封印の要として、ぼくはここで国と王家を守る誓いを立てた」

「おい待てチビ、まさかお前」


カイがモコに声を掛けると、セレスもハッとした表情を浮かべる。


「まさか、君」

「お前はもしかして『護国の翼』とも呼ばれてるんじゃねえか?」


「そうだよ」とモコは頷く。


えっ!

―――モコが、ロゼよりずっと前に現れてエルグラートを守護し続けている『護国の翼』?


「つまりアドスと『護国の翼』は同一の存在だったのか!」

「うん」

「マジかよ」

「ぼくは隠していない、知られても構わなかった、隠したのは五彩で、だけどその五彩も代替わりを続けるうちにあどすと護国の翼を別々だって思うようになった、そして今に至るよ」

「なんてことだ、それで王族ですらアドスへの謁見は叶わなかったのか」

「まあ、ラタミルじゃな、普通はヒトなんざに姿を見せねえよな」

「ぼくは別によかったんだ、この場所を離れられないのも約束が理由で、宗教的な何もかもは皆が好きに決めた後付けだ」


モコはため息交じりに呟く。

もしかすると、ルーミル教が国教のエノア教より普及した理由がこれかもしれない。

特区を立ち上げるまでに至った信仰の動機をモコに持たせたんだ。

だって本物のラタミルだ、翼を生やしたモコの姿を見たら、それだけで誰だって恐れ戦いて天空神ルーミルの存在をより現実的に感じる。

そして特区の象徴として、信仰対象として、モコは『護国の翼』と名付けられて大神殿に押し込められた。

だけどモコ自身はそのことを、どっちかというと多少困っていたように見える。


「えのあがえるぐらーとを興した理由は虚を封じるため、その話は聞いたよね」

「うん」

「東、南、西、そして北、今ぼくたちがいる中央は、ぼくが封印の要だ」


モコに「手を出して」って言われる。

差し出した掌に、ポトンと何か落とされた。

―――エノア様の種子!


同時に、この種子から咲く花の名前が頭に浮かぶ。


「リトリス」


花弁の多い、黄色い花だ。

ガーベラに似ている。

これが四つ目のエノア様から託された種子。


「ぼくは君から名前を貰っている、だから改めて名付けてもらう必要はない」

「ねえ、モコ」

「ん? なに、はる」

「これまで、他の種子を授けてくれた竜たちから名前を付けるよう頼まれたのって、もしかして」

「そう、君が名付けた竜たちは、ぼくと同じで君の眷属だ」


ネイドア湖のネイヴィ、シェーラの森の遺跡にいるリューラ、そして商業連合にある中央銀行の地下にいるゼルド。

あの竜たちが、私の眷属?


「君には半分神の血が流れている、だから君は眷属を従えることができる」


でも実感が湧かない。

名前を付けたのは種子を授かるためかと思っていたけれど、眷属にしたから種子を授かったのかな。

理由と目的が逆だったのかもしれない。


「あと一つだね」


北のファルモベルで待つ竜。

―――そうだ、大切なことをモコに訊かないと。


「ねえモコ」

「うん?」

「エノア様の種子を全部集めたら、私は何をどうすればいいの?」


モコは黙り込む。

そして「花を咲かせるんだよ」とだけ言う。


「どこで?」

「種子が全部集まったら分かるよ」

「どの花を咲かせたらいいの?」

「全部の花だよ」

「全部だって!」


急にセレスが大きな声を出した。


「そんなッ、一つ二つ咲かせるだけでも負担が大きいのに、全ての花を一度に咲かせるのか!」

「うん」

「ダメだ! そんな真似をしてみろ、恐らくハルちゃんの体が持たない! なあモコちゃん、それは虚を封じるため、いや、眠らせるために必要なことなのか?」

「そうだよ」

「馬鹿な」


セレスはグッと手を握って唇を噛む。

カイも黙り込んで、ティーネは顔色が青い。

皆を困ったように見まわしてから、モコは私を見た。


「はる」

「何?」

「君に、えのあは全てを託した」

「うん」

「だけどね、何を知り、何を考え、何を選ぶかは、任せるとも言っていた」

「えっ」


それは、私が決めていいってこと?

もしかして、このエノア様の種子から花を咲かせるか、咲かせないかまで?


「ぼくの天眼でもまだ先は視えない、不確定な要素が多過ぎるんだと思う、でも、だからこそまだ何も決まってはいないんだ」

「モコ」

「君が考えて、君が選んで」


そんなことって。

―――残酷だよ。


「ごめん」


目を伏せるモコの髪をそっと撫でる。

フワフワで柔らかくて、大きな姿になってもこの感触は変わらないんだね。


「分かった」

「はる」

「よく考えて選ぶよ、大丈夫、自分に嘘を吐いたり、無理はしないから」


あまり自信無いけどね。

でも、後悔だけはしたくない。


何を望むか、何を選ぶか、時間はあまりないけれどよく考えよう。

エノア様の種子はあと一つ。

ファルモベルでその最後の種子を授かった時が、きっと決断する時だ。


リューも言っていたな。

いざという時に決心がぶれて迷わないように、大切なものを決めておけって。

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