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おなまえ

ふっと風を感じて目を開く。

起きて、ベッドから抜け出して、窓辺に立った。


優しい風だ。

誰かに呼ばれているような気がする。


「ハル、おはよう」

「おはようティーネ」


ティーネも起きて傍に来た。

銀の髪が風にサラサラ揺れる。白く長い耳はスッと立って前を向いている。

時折ピンピンって動くのは、何かを聴いているのかな。


「景色を眺めていたの?」

「うん」

「壮観ね、これからあの大神殿に向かうのね」

「そうだね」


ルーミル教の大神殿。

地上に現れた天上の景色みたいだ。渦巻く雲の中央にそびえる塔。

あの塔、降臨閣に『護国の翼』が降臨する。

『護国の翼』は天眼を持っているそうだから、頼んでモコの居場所を探してもらえるかもしれない。


五彩に謁見したら、アドスにも会えないか訊こう。


「さあ、顔を洗って、服も着替えましょう、支度を始めなければね」

「うん」


ティーネと一緒に身支度に取り掛かる。

荷の一番奥の方に神殿を尋ねるための服を防水加工の袋に入れて詰めておいた。

少し皺になってるけど仕方ないか。

その服に着替えて、ティーネに髪を梳かしてもらう。

化粧も少しだけ。

これはしなくてもいいんだけどな。


「貴方も少しはお化粧を覚えるべきよ」

「うーん、苦手なんだよなあ」

「それならせめて口紅だけでもひいた方がいいわ、身だしなみの内なのだから、馴染んでいかないとね」

「うう、前向きに検討するよ」

「仕方ないわねえ」


二人とも支度が済んで、手荷物だけを小さなバッグに移し替える。

一段落ついたところでセレスとカイが迎えに来てくれた。


「起きてるかお前ら、支度はもう済んだか」

「カイ、女性に何て言い草だ、もっと気を遣え」

「へいへい」

「お二人ともごきげんよう、私もハルも用意は済んでいてよ」

「うん、大丈夫、行けるよ」

「それじゃ大神殿へ向かおう」


皆で部屋を出て、建物の外へ向かう。

廊下を辿る途中で神殿の神官だって方が現れて、大神殿へ案内してくれる。

これがルーミル教の神官か。

全体的に白っぽい衣服の所々に青があしらわれて、エウス・カルメルの雰囲気に馴染む格好だな。


「既に五彩様は謁見の間にてお待ちです、まいりましょう」


神官宮を出ると外はすっかり真昼の明るさだ。

空の青が眩しい。

朝方まで降っていた雨なんて無かったように晴れている。


辺りも朝と違って人や獣人が大勢行き交ってる。

賑やかだな。

こうなると独特の雰囲気を持つこの街にも生活感が溢れてくるね。


「結構いるな、こいつら全員参拝客か?」

「ここの住民も混ざっているだろう、それに今日は比較的人出が少ない方だ」

「マジかよ」

「祭事がある時なんかはもっと大勢でごった返すぞ、身動きも取れないくらいだ」

「その時だけはぜってえ近寄りたくねえ」


セレスの話にカイは渋い顔だ。

その気持ち分かるよ。

私も人混みはいまだに慣れない、だけど祭事は見てみたいな。

両立が難しい問題だ。


広げた翼を模した門の手前で、カイが「それじゃ、俺はここで」と言って立ち止まる。

辺りで適当に時間を潰すらしい。

「それじゃまた後で」って別れて、門をくぐったところで待ち合わせ場所を決めてないことに気付いた。


「まあ、それほど時間はかからないだろう、あいつも合流できなければ、適当に見切りをつけて神官宮に戻るさ」

「そうですわね」


結局、謁見が済んで大神殿を出た後で、カイが見つからなかったら私達も神官宮へ戻ることになった。

貸していただいた部屋に荷物を置いたままだし、クロとミドリも預けたままだから、丁度いいね。


それにしても―――間近に来て見る大神殿はやっぱり圧巻だ。

手前は広場になっていて、大神殿の正面にだけ敷かれた石畳の上で、大勢が祈りを捧げている。

広場には空から降ってきたような柱が何本も立っているけれど、樹木の類は一つも見えない。

ここも真っ白だ。

柱の間を通り抜けて、大神殿の傍にある四角い建物へ案内される。


「こちらより拝殿の奥にございます、本殿へと向かいます」


建物は途中から通路になっていて、採光用の窓から差し込む真昼の光に照らされた道のりをどこまでも進み続ける。

長い。

本当に長いな、どこまで続くのかな。


時折どこかから鐘の音が聞こえる。

風に乗って届く不思議な香り、厳かな雰囲気が、ここを特別な空間にしている。

なんだろう、この感じ。

落ち着かない、心がざわつくような。


とうとう廊下を抜けた。

辿り着いたのは広い部屋だ。

色ガラスの嵌った大きな窓が左右にあって、鮮やかな光が床を彩っている。

正面の扉も色ガラスだ。

これはラタミルかな?

左右の窓と扉、全部にラタミルの姿が描かれている。


「五彩様、この先の謁見の間にてお待ちでございます」


神官が深々と頭を下げて脇に下がった。

セレスが扉へ手を伸ばすと、触れる前に扉は真ん中から別れて勝手に開いてく。


中は、ここよりもっと広い部屋だ。

天井も凄く高い。

中へ入るとまた勝手に扉が閉じた。


正面の壁の高い位置に席が五つ。

壁の内側に掘る形で設えられていて、その五つの席に、五人の布で顔を隠した方々が掛けている。

どうやってあの場所まで登るんだろう。

五メートル、それ以上? もしかして何か術を使うのかな。


『よくぞ参られた』


声が辺りに響く。

どの方が話したか分からない、歳も不明な男の人の声だ。


『お待ちしておりました、エルグラートの希望』

『ハルルーフェ殿下』

『我ら五彩、貴殿のお越しを歓迎いたします』

『大いなる翼より神託がございましたので』


やっぱり誰が話しているか分からない。

でも男の人が三人、女の人が二人だ。多分。


「五彩よ、貴殿らに拝謁を乞うた理由は、既に王家より打診があっただろう」


セレスが一歩前へ出て五彩に告げる。


「始祖エノアが殿下へと託された種子、それを賜ろうか」

『それは我らではない、故に返答は否』

『アドスに謁見なさいませ、彼の方が存じておられる』

『謁見は殿下お一人で参られよ』


えっ。

隣でティーネも驚いたように私を振り返った。


『他の者は控えよ、この場より立ち去れ』

『殿下は奥へ』


声がそう告げると、正面の壁の下の方に長方形の入り口が現れた。

隠し扉?

あの先にアドスがいるのか。


『さあ、参られよ、殿下』


セレスが下がって隣に来た。

ティーネも戸惑って私を見ている。


「いいえ」


二人の手をギュッと掴んだ。

驚く顔をそれぞれ見てから、正面の五彩を改めて見上げる。


「アドスには三人で伺います」

『なりませぬ』


どうして?

ここへ来た理由は、エノア様の種子を受け取るためだよ。

そして『護国の翼』にモコを探す手伝いをして貰うため。


「何故ですか」

『アドスには、本来王族であろうと謁見は叶いません』

「それはどうして?」

『貴き御方ゆえに』


理屈が理解できない。

それなら、ここまでついてきてくれたセレスとティーネだって会う資格はあるはずだ。

私一人であの先へ向かったら、きっと二人は不安になる。

そんな思いをさせるわけにはいかない。


「私は始祖エノアの意志によりここを訪れました、それならば、私の意志が優先されるべきです」

『この地は天空神ルーミルのご加護の元にございますれば』

『殿下の道理は罷りなりませぬ』

「では伺いますが、貴方がたが仰っていることはアドスの意志なのですか?」


ベティアスや商業連合では私だけが竜に呼ばれたけれど、ネイドア湖では違った。

セレスとカイも一緒だった。

だから、種子を授かるために私一人で会わなければならないって前提は存在しないはず。

―――本当にエノア様の種子がここにあればの話だけど。


五彩は無言だ。

ということは、やっぱりアドスの意志じゃないんだ。


「行こう」

「は、ハルちゃん?」

「ハル、いいの?」


戸惑う二人の手を引いて歩き出す。

いいよ。

私も二人についてきて欲しい。


『お待ちなさい殿下、なりませぬ!』

『貴き御方の御前に預かる栄誉を汚すおつもりか』

『ならぬと申し上げている、その方らも即刻退去せよ!』


五彩が慌てているけど、放っておこう。

この方々に用はない。


『致し方あるまい、扉を閉めよ』

『むっ?』

『どうされた?』

『扉が、閉まらぬ』

『バカな』

『まことだ、何故閉まらない、何故っ』

『アドスが許された?』

『そのようなことはあり得ぬ』

『殿下よ、おやめなさい、止まりなさい、貴方が為さろうとしていることは不敬そのもの、許されざる行為ですよ!』


あんな高い場所にいるから騒ぐしかできないんだろうな。

引き止める割に降りてくる気配もない。


構わず通路に入った。

ここも長い通路が伸びている。

中はちょっと狭くて、掴んでいた二人の手を離した。


「なあハルちゃん、まだ外で騒いでいるぞ、いいのか?」

「貴方らしくないわ、どうしたの?」

「いいよ、あの方々、なんか変だったから」

「変?」

「顔を隠して、高い場所から話しかけてきて、何となく嫌だったんだ」


セレスが「まあ、確かに感じは悪かったな」ってぼやく。


「しかしいいのか、流石にこれは王家に苦情が」

「苦情で済めばいいけれど」

「だ、大丈夫、だって私、次の国王だし」

「まあハル、貴方」

「ふッ、ふふッ、君って時々大胆だよな」


殿下と母さんには悪いけど、今は立場を利用させてもらおう。

それに殿下ならきっと許してくださる、はず。


セレスは何か面白かったのかクスクス笑ってる。

ティーネは呆れてる?

だけど二人共、私のことを叱ったりしない。


「仕方ない、それなら私達も腹を括ろうか」

「そうですわね、どこまでもついていきますわ、殿下」


有難う。

それじゃ、改めて―――行こう!


そういえばこの通路、光源の類が見当たらないのに明るい。

何となく精霊の気配がするから、ニャモニャの里で見たような精霊の明かりを使っているのかも。

暫く歩き続けると、奥に長方形に切り取られた風景が見えてきた。


通路を抜けた先も広い空間だ。

それに、天井が無い?

高過ぎて見えないのかな、仄かに風を感じる。


「ここは、凄いぞハルちゃん!」


セレスが興奮してる。


「ここは、降臨閣の中だ!」

「あの塔の?」

「そうさ! 王族すら入ることを許されないエウス・カルメルの最奥だよ!」


なるほど、確かに位置的にはそうかもしれない。


「しかし中はこうなっていたのか! この光景を見るのは王家でも歴代初じゃないか? すごいぞ、上の方に窓があるんだろうか? 空気が澱んでいない」


そうだよね。

やっぱり、見えないけれど上の方にきっと窓があるんだ。


「恐れ多いわ」


ティーネは少し怖がっている。

大丈夫だよ。

この降臨閣の方が謁見の間より居心地がいい。

何だか歓迎されているような気がする。


「しかし、誰もいないのか?」


セレスが呟くと、不意に「いるよ」って声が響いた。


どこ?

どこなの?


「ここだよ」


―――不意に、誰か現れた。

背の高い真っ白な服を着た、サラサラした長い金の髪の男の人だ。

この人は目の辺りを仮面で隠している。


「やあ」


男の人は気さくに片手を上げて、ニッコリ笑う。


「よく来たね、待っていたよ」

「あ、貴方がアドスなのか?」


セレスが尋ねる。


「そう、僕がアドスだ」


優しい声だな。

それに仮面を被っていても分かる、この方、ものすごく綺麗だ。

もしかしたらロゼと同じくらい綺麗かもしれない。


「君」


アドスが私に話しかけてくる。


「名前を教えてもらおう、君は誰?」

「は、ハルルーフェ・フローナ・エルグラートです」

「そう」


なんだか胸が苦しい。

どうしてだろう、堪らないような気持ちが込み上げてくる。

そういえば声に聞き覚えがあるような? 不思議だ。

雰囲気も少しロゼに似ているかもしれない。


―――ロゼ兄さん。


「ハルルーフェは、僕に何の御用かな?」

「あの」


そうだ、言わないと。


「ラタミルに、『護国の翼』に会わせてください!」

「何故?」

「探している子がいるんです!」


ここへはエノア様の種子を授かるために来た。

でも、それよりモコに会いたい。

あの時自分を犠牲にしてでも私達を守ってくれたモコに。


「探している子」


アドスは首を傾げて「それは誰?」って訊ねる。

肩にかかった金の髪がサラサラと流れて落ちた。


「ラタミルです」

「名前はある?」

「あります」


出会った時、私がつけた名前。

ピョンピョン跳ねて喜んでくれた。

あの子の名前は―――


「モコ!」


うわッ!

きゅ、急に目の前が眩しい!

何ッ?

何も見えないよ!

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