街道にて 2
「ハルちゃん! ティーネ!」
「無事かッ」
セレスとカイが戻ってきた。
二人とも少し怪我をしている。
こっちは、動いている野盗も魔獣もいない。
たくさんの小鳥たちがフワッと光に変わって消えた。
「おい何だこりゃ、酷ぇな」
「これは」
血の臭い、呻き声。
穴だらけの死体と、バラバラに千切られたたくさんの欠片。
見ていられなくて目を逸らす。
―――そうだ、皆の怪我を治さないと。
「ハルちゃんッ、君、血が!」
いきなりセレスが叫んだ。
あ、そうか、頭から顔の方へ垂れていたんだ。
「平気、傷はもう治したから、これは痕だけだよ」
服の袖で適当にごしごし擦る。
「それより皆も怪我しているよね、治すよ」
「あのな、俺も治癒魔法くらい唱えられるって言っただろ」
カイはちょっとぶっきらぼうに、セレスとティーネ、クロの怪我を、リール・エレクサを唱えて治す。
最後に自分の怪我も治して「ほらよ、もう何ともねえ」ってミドリの鞍に跨っている私を見上げた。
「それじゃ、他の人達を」
「いい、いい、余計な真似すんな、それよりさっさとずらかるぞ」
「でも」
「このまま居ても事情聴取だ何だって時間を取られるだけだ、俺達は急いでんだろ?」
「うん」
「だったら行くぞ、お前はそっちの鞍に移れ」
少し申し訳ないけれど、カイの言うとおりだ。
もうすぐ見回りの兵が駆けつけてくるだろうし、後は任せて先へ進もう。
ティーネが乗っているクロの鞍に移って手綱を取る。
セレスとカイもミドリの鞍に跨った。
「行こう」
辺りはまだ混乱している。
その中を後ろめたい気持ちで通り過ぎて、襲撃を受けた場所から遠ざかる。
「ハル」
ティーネにギュッとしがみつかれた。
「どうかした?」
「ううん、何でもないの」
まだ怖いのかな。
そうだよね、さっきは流石に酷い状況だった。
ティーネは私よりずっとしっかりしているけど、普通の女の子なんだ。
それでも一緒に来てくれた。
有難う。
君を必ず守るよ。
薄暗い雨の景色がもっと暗くなって、気付くと夜になっていた。
寒くて静かだ。
でも、あれ以来野盗も魔物も現れなくなった。まだ油断できないけれど順調だ。
それにしても今夜は空に星が見えなくて残念だな。
「ハルちゃん」
セレスがミドリを寄せてくる。
「少し休憩を取ろう、ティーネが限界だ」
「え」
「平気よ、気にしないで」
振り返ると辛そうなティーネと目が合う。
ごめん! 気付けなかった。
「うん、すぐ休もう」
「いいの、ハル、大丈夫だから」
「私達もついでに休む、おい、カイ」
「ちょっと待ってろ」
セレスの後ろからカイが飛び降りて、街道の脇に陣を描き始めた。
雨が降っているし、人通りも殆どないから、今なら誰も気にしないだろう。
「おいハル、お前も手伝え」
「分かった!」
ティーネにクロの手綱を預けて、セレスにティーネを頼んでから、カイの傍に駆け寄る。
陣を描いて、昨日と同じように水の膜を張ったカイが「この辺りに霧を起こして隠せるか?」って訊いた。
「たぶん出来るよ、やってみる」
香炉を取り出してオーダーを唱える。
雨の精霊アイルーヴ、それから、霧の精霊ベヌーラも来てくれた!
「アイルーヴ、辺りの雨を弱くして、ベヌーラはこの結界を霧で隠して」
雨脚が弱まって、辺りに霧が立ち込めていく。
カイはセレスとティーネを呼びに行って、皆で結界の中に入った。
「やっとひと心地着けるな、とにかく火を起こそう」
「ティーネは座って、はい、毛布」
「有難う、ハル」
結界で地面まで覆っているから、座れる程度にはぬかるんでいない。
毛布を被ったティーネを抱きしめて「イグニ・パレクスム」と唱えた。
火の精霊イグニの熱で濡れた体を乾かす。
「これも食っとけ」
セレスは荷から乾いた枝を取り出して火を起こしてくれる。
その間にカイはティーネに何かを渡した。
丸薬? みたい。
「長時間雨に打たれて、その上あんな目にまで遭ったからな、これは水の毒を消す薬みたいなもんだ、齧って飲め」
「ええ」
「お前らは水が多過ぎても体を壊す、それで多少はマシになるだろうぜ」
「有難う」
ティーネは薬を恐る恐る齧って「不思議な味ね」って笑う。
口に含んで呑み込むと、段々顔色がよくなってきた。
焚火のおかげで体温も戻ってきたんだろう。私も知らないうちに指先まで冷たくなっていたよ。
「燃料が足りない、もっと薪を買い込んでおくべきだった」
「大丈夫だよ」
セレスに言って、香炉を取り出してオーダーを唱える。
今度は緑の精霊ラーバが来てくれた。
「ラーバ、ツタを多めに出してもらえるかな」
ラーバは湿った地面の上でチカチカ瞬いて、丈夫そうなツタを生やしてくれる。
一抱えはありそうな量だ。
これを抜いて、エレメントで火の精霊イグニの力を借りて乾燥させれば、燃料に使えるよね。
「凄いな、これだけあれば十分だ」
「うん」
「おいお前、なんだそりゃ―――とんでもねえぞ」
カイが驚いてる。
「前から気にはなっていたが、お前、本当にヤクサの血を引いてるんだな」
「どうして?」
「そこまで精霊を自在に操れねえんだよ、俺だって無理だ、今お前がやってのけたことは殆ど奇跡みたいなもんだぜ」
そうなのかな。
でも、確かにオーダーでこんなことはできない。
少ない魔力でも唱えられる代わりに、呼びたい精霊を選んで呼ぶことのできない術だ。
村ではその辺りを改良できないか、ずっと母さんと研究していた。
―――今の私は、私と母さんが理想にしていた状態になっているけれど、こんなの何の意味もないよ。
「そうだね、私、何なんだろうね」
呟いて自分で驚く。
皆も何だか唖然としている。
「あ、ええと」
「ハルちゃん、君」
「おいハル、大丈夫か」
「うん」
不意に手を取られた。
「貴方はハルよ」
「ティーネ」
「私の幼馴染で親友、そうでしょう?」
―――そうだね。
エノア様から『虚』の封印を託されたり、父さんは大地神だなんて言われたりしたけど、私は私だ。
リューも私だから助けてくれた。
モコだって私を待っている。
「有難う」
平気だ。
皆が一緒なら、きっと大丈夫。
「取り敢えず何か食べておこう」
セレスが荷から携帯食を取り出して配ってくれる。
「お腹も空いているだろう、食べて少しでも元気になろう」
「そうだな」
「私、お茶淹れるよ」
「ああ、よろしくハルちゃん」
ティーネも手伝うって言うけど、君は休まないとダメだよ。
私達は旅に慣れているからね。
こういう状況も経験済みだ。
水膜の向こうから微かに雨音が聞こえる。
暖かなお茶と、パサパサして少し硬い携帯食。
でも、一息つくには十分だ。
火を囲んで暖を取りながら、疲れた体を休ませる。
「エウス・カルメルに着いたら」
不意にカイが言う。
「特区の中まではついて行くが、神殿には入らねえ」
「何故だ?」
「察しろよ、ハーヴィーの俺がルーミルを奉った聖地なんかに入れるか、怖気が走るぜ」
「ああ、なるほど」
「随分と確執が深いのね」
「別にこっちはどうでもいいんだ、そもそも空と海は交わらねえだろ」
そう聞いてセレスとティーネが納得する。
だけどラタミルとハーヴィーはお互いに嫌い合っているよね?
「ラタミルどもが俺達を目の敵にしていやがるんだ、そもそもルーミルがオルト様を嫌ってんだとよ」
「どういうことだ?」
「知らねーよ、だから俺は神殿には入らねえって話だ、どんな目に遭うか分からねえからな」
ルーミル様もオルト様も、元はヤクサ様から別れた神々なのに、色々あるんだな。
カイに無理を言うつもりもないから気にしなくていいよ。
「分かった、神殿にはセレスとティーネと行くね」
「悪いな」
「ううん、なるべく早く戻るから、近くで待っていて」
「おう」
君もこうしてついてきてくれるだけで十分だ。
本当に有難う。
私一人だったら今頃どうなっていたか、想像もつかないよ。
お茶をもう一杯飲んだら、さあ行こう。
カイが焚火を消す。
雨具を着こんで、陣を壊すと、雨と一緒に冷たい風が吹いた。
私とティーネはクロに、セレスとカイはミドリに、それぞれ鞍に跨って手綱を揺らす。
真っ暗な街道を進んでいく
この雨、夜明けまで降り続けるのかな。
「ハル」
ティーネがまたギュッと抱きついてくる。
ごめん、無理させて。
もう少しだけ一緒に頑張ろう。
遠くに影のような街並みが見え始めた。
街道の四つ目の街だ。
あの街を抜けたら、その先にあるのは宗教特区エウス・カルメル。
もうすぐだ。
この旅の目的地。
―――モコを、見つけられるかもしれない。




