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街道にて 1

※今回は長いので、お時間のある時にでもどうぞ

まだ空で星が瞬いているけれど、野宿を切り上げて街道へ戻る。

クロの鞍の上で揺られながら何度かあくびをした。

次の街に着くのは夜明け頃、宿を取ったら少し休んで、また出発する予定だ。


「ティーネ、大丈夫?」

「ええ、貴方こそ平気なの、ハル」

「ん、一週間くらいなら野宿が続いても平気、ちょっと臭いが気になるけどね」

「そうね、貴方やカイのおかげで水には不自由しないけれど、やっぱり髪も体もきちんと洗いたいわ」


そうだよね。

でもそれって案外贅沢なことだって旅をして分かった。

普通だと思っていたことが全然普通じゃない。

例えば毎日洗濯した服を着るとか、お金のこととか、そういうものを全部母さんや兄さん達が私に与えてくれていたんだ。

私、幸せだったんだな。

もっと感謝すればよかった、気持ちは伝わっていたのかな。

―――訊いてみないと分からないよ。


空が白くなり始めた頃、街道の先に街が見え始めた。

三つ目の街だ。

入って、まず騎獣を預かってくれる店か、騎獣も泊まれる宿を探す。

早朝からやっている預り所を見つけて、クロとミドリをお願いしてから、次は宿へ向かった。

こっちも朝から受け入れてくれるところがあって助かったよ。

ただ部屋は一つしか空いてなくて、仕方なく四人一緒に泊まることになった。


「殿方は私達の支度が終わるまで外で待機なさって、よろしいですわね?」

「あの、私も女なんだが」

「セレス」

「はい、大人しく待ちます」


ティーネに睨まれて、セレスはしょんぼりしながら部屋の外に出て扉を閉める。

ちょっと可哀想かも。

長く待たせると悪いから急いで済ませよう。

宿で借りた水とタライ、タオルを使って体と髪を拭いて、寝る時用の楽な服に着替える。

外で待っていたセレスとカイを呼んで、私とティーネは一緒のベッドに潜り込んだ。


「では、先に休ませていただきますわね」

「二人ともおやすみ」

「ああ、ゆっくり休んでくれ」

「寝ている間におかしな真似などなさらないように」

「す、するわけないだろ!」

「安心しろ、俺が見張っておいてやる」

「貴方もですわよ、カイ」

「はぁ?」


三人のやり取りがおかしくてクスクス笑う。

ティーネの胸に寄り添って目を閉じた。

優しい手が背中をトントンと叩いてくれる。


「おやすみなさい、ハル」

「うん、おやすみ」


眠い。

やっぱりベッドだと、ゆっくり寝られる、よ。


――――――――――

―――――

―――


気付くと辺りは静かだ。

隣でティーネはまだ寝ている。

向こうのベッドでセレスとカイもそれぞれ寝息を立てている。


そっと上掛けから抜け出して、窓辺に立つ。

カーテンの隙間から覗いた外の景色は明るい。

日差しが眩しいな、太陽の位置的にそろそろ昼ぐらいか。

そう言えばお腹が空いた。

味のしないものを食べているのに空腹を感じるなんて、なんだか変だよね。


窓を隙間だけ開いて、外へ「ロゼ兄さん」って呼び掛けてみる。

返事はない。

いつもみたいに来てもくれない。

今度は「モコ」って呼んでみる。

やっぱり、答えはないし、現れもしない。


視界が濁って手で擦った。

泣かないんだ、心配させたくないから。

今日はこれからまたエウス・カルメルへ向けて出発する。

頑張るぞ。


「ハル?」


声がして振り返ると、ティーネがベッドの上で眠そうに目をシパシパさせてる。

あ、セレスとカイも起きたみたいだ。


「おはよう、いつもお寝坊なのに、早いわね」

「それは言わないでよ、おはようティーネ」

「ええ」

「セレスとカイもおはよう、と言っても昼だけど」

「ああ、おはようハルちゃん」

「おはよう、うう、まだ眠いぜ」


「だったらお前はこのままベッドとよろしくやってろ」ってセレスがカイに言って、カイも眉間に皺を寄せながら言い返す。

起きてすぐ喧嘩? 仕方ないな。

ティーネが手をパンパンと叩いた。


「二人とも煩いので外へ出ていらして、私達身支度をいたしますから、邪魔ですわ」

「邪魔って」

「ほらお早く」

「あのティーネ、私は」

「セレス様は男性でいらっしゃいましてよ、カイと外へ」

「うぐっ、はぁ、分かったよ」


セレスはまたしょんぼりしながら、カイと一緒に部屋を出て行く。

今更だけどアサフィロスって実は大変なのかもしれない。

私は気にならないし、兄さん達もセレスが女の子の時は私と一緒でも何も言わなかったから、そういうものだと思っていたよ。


なるべく手早く身支度を済ませて、セレスとカイを部屋に呼び戻す。

ティーネは二人の着替えも絶対に見ようとしない。

私は兄さん達で慣れているから男の人の裸も平気だ。

セレスは着替えの時だけ男の人の姿になって、服を着た後で女の子に戻る。

本当に便利な服だよね、改めてラスターの腕前に感心するよ。


「ん? 何だハル、じろじろ見て」

「あ、ごめん」

「もしかして俺の筋肉に見惚れていた? ほら、もっとよく見ていいよ」

「見惚れるかよ、気持ち悪い奴だな」

「あ?」

「ええとね、カイとセレスって筋肉の付き方が違うね」

「ん? ああ、そうだな」

「俺の方が格好良くついているだろう?」

「アホが」

「二人とも格好いいよ、兄さん達みたい」


でも、兄さん達の方がムキムキだったかな。

特にロゼ、すごいんだよね、でも触ると意外に柔らかくて、力を入れた時だけカチカチの岩みたいに固くなった。

女の子の体だとそうはなり辛いらしいけど、セレスは女の子の時もギュッて引き締まってるんだよね。

私はどこを触ってもムニムニだ。


「あー、ハルちゃん、その」


女の子の姿に戻ったセレスが傍に来る。

私の手を掴んで下ろしながら「それくらいにしておこう、な?」ってニッコリした。


「君のそういうところ、とっても可愛いけれど、たまに心配になるよ」

「え?」

「いや、何でもない」


向こうを向いたままのティーネが「私の苦労がお分かりになって?」なんて言う。

セレスも頷いて「分かるよ」って、何のこと?


全員の支度が済んで、セレスが食べるものを買いに行ってくれる。

私達は部屋で留守番だ。


「飯が済んだら宿を出て、エウス・カルメルまで一気に向かうぞ」

「うん」

「承知しましたわ」

「これまでの感じからして魔物の心配はそこまでじゃなさそうだが、賊の類が若干気掛かりだ」

「時折見回りの兵とすれ違いましたけれど、やはり気は抜けませんわね」

「なあティーネ、あんたヒトとやり合ったことはあるのか?」

「いいえ、ですが武勇で知られるレブナント家の娘として、覚悟は常に持っております」

「だったらな、襲ってくる奴らの見かけはどうあれ、全部魔物と思っておけ、だから殺していい、躊躇するな」

「ええ」


旅に出て、始めて野盗に襲われた時のことを思い出す。

あの時は兄さん達が殆ど片付けてくれたけれど、人や獣人の命を奪うのは覚悟のいることだ。

だけど旅の間にそういうこともいつの間にか慣れてしまった。

綺麗ごとだけじゃ済まない状況って、結構あるよね。


食料を買い込んでセレスが戻ってきた。

早速食べて、それから荷物をまとめて、クロとミドリを引き取りに向かう。

今から出発すると次の街には真夜中頃に到着する予定だ。

だけど街中をそのまま通り抜けて、まっすぐエウス・カルメルを目指す。


「この先、休憩はほぼ無しだ、体調は大丈夫か?」

「うん」

「問題ありませんわ」

「それじゃ、行こうぜ」


カイの言葉にセレスが頷いて、ミドリの手綱を揺らす。

私もクロの手綱を揺らして進み始める。

吹き抜ける風に、見上げた空は遠くの方に雲が湧き始めていた。


「雨が降りそうね」

「うん」


濡れながらの移動だと普段以上に体力を消耗する。

それでも行くしかない。

三つ目の街を出て、街道をまた辿っていく。


暫くすると頬に何かがぽつんと触れた。

雨だ。

やっぱり降ってきた。

クロとミドリを一旦止めて、荷物から雨具を引っぱりだして着込む。


「お前らはいちいち大変だな」


カイは雨具を着ないんだ。

髪も服も濡れているのに、なんだか気持ちよさそう。


「この水は空に吸い上げられたオルト様の領分だ、還ってくるのをこうして浴びるのは気分がいい」

「独特の感性だな、理解できない」

「フン、当たり前だろ、ヒト如きに分かってたまるか」

「濡れて元の姿に戻るなよ」

「へいへい」


カイはセレスの後ろで肩を竦める。

そういえばカイって、どこまで濡れるとハーヴィーの姿に戻るんだろう。

商業連合でルルを助けた時、びしょ濡れでも人の脚に変わっていたから、セレスの性別みたいに自分の意志で変えられるのかもしれない。


周りで荷を積んだ馬車や、騎獣に乗った人たちが雨に追い立てられて急ぐ中、急に先の方が騒がしくなる。

何だろう?

誰かの「野盗だ!」って叫び声が響いた!


「雨に紛れてきやがったか、クソッタレどもめ」

「ハルちゃん、ミドリを頼めるか?」

「分かった」

「お前らはここに居ろ! 野盗程度速攻で蹴散らしてやるぜ、おい行くぞ!」

「言われるまでもない!」


ミドリの鞍から飛び降りて駆け出していくセレスとカイを見送る。

クロの手綱をティーネに預けて、私はミドリの鞍へ移った。

よしよし、どうどう。

一応こっちも守りを固めておこう。

騒ぎが落ち着いたら、怪我人がいないか様子を見に行かなくちゃ。


「ハルッ」


ティーネの声に振り返る。

えっ、こっちにも野盗だ!


「おーっと逃げられないぜ、持ち物と有り金全部置いてきなぁ!」

「ついでに命も置いてってもらおうか!」


二手に分かれていたんだ。

向こうは向こうで戦闘の真っ最中みたいだ。

こっちへ逃げてきた人たちが慌てる中へ野盗たちは容赦なく踏み込んで襲い始める。

ティーネがクロの馬上で弓をつがえた。


「おい射手がいるぞ! 早く潰せ!」

「ハル!」


分かってるよティーネ!

エレメントの詠唱を始めた直後にミドリが嘶いて体を揺らす。

うっ、危ない、舌を噛むところだった。

ミドリが射られたんだ、脚の辺りに矢が刺さってる!


「おい、あの嬢ちゃんたちかなりの上玉だぜ、殺すんじゃねえ、捕まえろ!」

「騎獣も高く売れそうだ」

「お前ら大人しくしな! でなきゃ痛い目見るぜ!」

「顔は傷つけるなよ、価値が下がる!」


ティーネが次々矢を射る!

私もエレメントを唱えて守りの強化、それから攻撃を!


「くそッ、術師の方が厄介だ、黙らせろ!」

「うぎゃぁッ!」


えっ何?

突然飛んできた何かが野盗の一人を捕えて舞い上がった。

あれは、魔獣!


「おいおいおいッ、なんで魔獣がッ!」

「げッ、げえッ! 冗談だろ、どうなってんだ!」

「知らねえよ、ひいぃッ!」

「くそッ、さっさと片付けてずらかるぞ!」

「その小娘どもを騎獣から引きずり下ろせ! そいつらだけでも貰ってくぞ、身なりからして金持ちだ、身代金が取れる!」


夜盗がこっちへ向かってくる!

だけど魔獣も、あれはウズァン、獅子頭の怪鳥だ!


ティーネは次々矢をつがえて射て、私もエレメントを唱える。

飛来するウズァンは地上で慌てる誰もお構いなしに捕まえて空中へさらうと、体をバラバラに引き千切って吼える。

怖い、何を狙えばいいか、どこを守ればいいか、分からないよ!


「キャアッ!」


ティーネ!

野盗にクロの手綱を奪われて、片足を掴まれている!


「ガラシエ・ペントラーレ・ハーサー!」


詠唱無しで呼んだ氷の精霊ガラシエの槍で、ティーネの足を掴む野党の腕を貫いた!


「ぐあッ!」

「喰らえッ」


ッぐ!

後ろから、何か、頭にあたっ、て。

痛い。

視界がぶれる。

う、う、誰か、脚を掴んでるッ。


「引きずり下ろせ!」

「ほら来な嬢ちゃん、オラッ!」

「やめなさい、ハルッ!」

「黙ってろ!」


痛い。

ミドリの首にしがみつく。


「う、ううッ」


お願い、誰か。

誰か―――


「ヴィーラセルクブレ、応えよ―――我が、助けとなれ」


唱えると、周りで魔力がブワッと沸き起こった。

光が降ってくる。

キラキラ、キラキラ。


あれ?

大きいのだ。


香炉を使っていないのに、どうして来てくれたんだろう。

助けてくれるの?


「お願い」


声を絞り出す。


「助けて」


大きいのが弾けて無数の小さな鳥に変わった。

真っ白―――モコみたい。

一斉に小鳥たちが飛び散ると、辺りから悲鳴や叫び声が聞こえてくる。


いつの間にか足から手が離れてる。

頭、血が出ているみたいだ。何かぶつけられたのかな。

とにかく治そう。

ミドリの怪我も治すよ、痛かったね。


「ティーネ」


どこだろう、あ、いた。

よかった、無事みたいだ。

クロの首にしがみついたまま「ハル」って声を震わせる。


「ねえ、何が起きているの」

「え?」

「周りを見て、ほら」


まわり?


―――穴だらけの、死体?

野盗も魔獣も、真っ白な小鳥たちに襲われて、叫びながら逃げるけど次々倒れて動かなくなる。

雨に紛れて、濃い血の臭いが漂ってきた。

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