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城下の光景

西門を出て暫くは緑の景色が広がる。

セーラスムヌ城の周辺は公園みたいになっていて、その先が城下の商店街や居住区だ。

でも、この間の騒動の爪跡がまだあちこちに残ったまま。

崩れた建物、積み上げられた瓦礫、避難所らしいテントもたくさん見える。


「酷い有り様ね」

「うん」


ここでリューは復興の手伝いをしていたんだ。

大変だったろうな。


―――いきなり騎獣の前に小さな子達が飛び出してきた!


「うわッ、止まってミドリ!」


急いで手綱を引いて、ミドリもギリギリ足を止めてくれる。

あ、危なかった。

すぐ鞍から飛び降りて、尻もちをついたまま動けない子供の傍へ駆け寄る。


「大丈夫?」


泣き出したけど、驚いただけみたいだ。

血の臭いはしない。

でも転んでぶつけたかな、一応治癒しておこう。


「リール・エレクサ」


ほら、もう痛くないはずだよ。

ビックリしたみたいに目を丸くしたその子は、私をじっと見て「リュゲル様とおんなじ目」って指差した。


「え?」

「お姉ちゃんの目、リュゲル様とおんなじ!」

「本当だ、綺麗!」

「お姉ちゃん、誰?」


この子たち、兄さんを知っているんだ。

急に鼻の奥がツンとする。

泣くな。

今だけは絶対に泣いたらダメだ。

この子たちを不安にするから、絶対に泣くな。

―――リュー兄さんならきっとそう言う。


「ねえ、リュゲル様ね、今は大変だけど、もうちょっとだけ頑張ろうって言ったんだ」

「美味しいスープ作ってくれたよ、僕、リュゲル様のスープ大好き!」

「私は抱っこしてもらったの、リュゲル様ってすっごく優しいんだよ」

「また来てくれるかな」

「ねえお姉ちゃん、リュゲル様、また会いに来てくれる?」


「勿論」


頑張って笑う。

ちゃんと笑えているかな。


「会いにくるよ、だからもう暫くだけ待っていて、ね?」


近くにいる子の頭を撫でた。

いつも兄さんが私にしてくれたみたいに。


「おうちもすぐ元通りだよ、今は大変かもしれないけれど、皆で一緒に頑張れば絶対に大丈夫だから」

「本当?」

「そのために今、お城で王様が頑張っているんだ、兵隊さん達も君達のために毎日一生懸命頑張っているでしょ?」

「うん!」

「だから大丈夫、皆にも大丈夫だよって伝えて、王様が絶対助けてくれるからって」

「分かった!」


これでいいんだよね、兄さん。

王族としてちゃんと対応できているよね。


「ねえお姉ちゃん、リュゲル様にね、頑張るって伝えておいて」

「王様にも!」

「分かった、伝えておく」

「有難う、お姉ちゃん!」


あれ、向こうでこっちを見ている人たちがいる。

この子たちの親かな。

視線が合った気がしたら、深々と頭を下げてきた。

―――兄さんが守ろうとしたものを、今度は私が守る。

そのために必ずエノア様が残された種子を授かって、『虚』を封じないと。


ミドリの鞍に跨って手綱を軽く揺らした。

小さな子達は少しだけついてきたけれど、立ち止まって「バイバーイ!」って手を振ってくれる。

これが期待を掛けられる重さなんだね。

兄さんが背負っていたものだ。

そして今は私が背負っているもの。


今になってようやく分かったよ。

私は、私自身の足で歩いて進まなくちゃならないんだ。

それがこれまで私にたくさんの贈り物をくれた兄さん達への恩返しになる。きっとそうだ。


市街地や商店街を抜けるといよいよ外壁と門が見えてくる。

その近くで王庭近衛兵団の方々が私達を待っていた。


「殿下、団長より申し付かりました、街道の最初の宿場まで我らがお供させていただきます」

「よろしくお願いするよ」

「はッ」


守備の兵達が門を開く。

外は、生い茂る木々の連なる森だ。

最初にここへ来た時、馬車の中からも遠目に見たけれど、セーラスムヌ城とその城下の周辺一帯は広大な森になっている。

門の先は適当に均された道が伸びていて、この先が街道へ繋がっているんだろう。


「殿下、西側周辺は比較的被害が少なく済んだと報告を受けております」

「他は?」

「南の被害が特に酷く、東は門だけ破壊されたそうですが、どちらも応急処置を済ませて、兵達が外敵の侵入を防いでおりますわ」

「そうか」


教えてくれて有難うティーネ。

やっぱり時間はあまりない、急がないと。


「―――ハルちゃん、ティーネ嬢」

「おい、ハル」


門を出て暫く進んだ辺りで、手綱を持つセレスがクロを寄せてくる。

カイも周囲を警戒している。


「どうやら早速現れたらしい」

「そのようですわね」


後ろでティーネも頷いた。

不意に道の両側に広がる森がざわめく。

叫び声を上げて飛び出してきたのは黒い翼と強靭な足を持つ巨鳥、そして人の顔をした首長のカメみたいな魔獣だ!


「イグズーとアガラゴンが出たぞ!」

「複数体確認! 総員戦闘開始! 殿下と皆様をお守りしろ!」


武器を構えて戦い始める近衛兵団の中へ、セレスとカイもクロの鞍から飛び降りると、紛れて一緒に魔物を相手する!


「ティーネ、私、クロの鞍へ移るね!」

「分かったわ、気をつけて、ハル!」


誰も手綱を握らず騎獣を放置するのは危険だ。

クロを呼んで、落ちないように気を付けて―――っと!

一瞬危なかったけれど、クロが体を寄せて受け止めてくれた。有難う!


「行くよ、クロ!」


嘶くクロの手綱を繰りながらエレメントを唱える!

詠唱の間、クロは襲い掛かってくる魔獣を強靭な四肢で蹴散らしてくれる!


「風の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよ!」


まずはこの場にいる全員の守りを固めよう。


「ディクチャー・ヴェンティ・レガート・ストウム!」


風の精霊ヴェンティの守りがセレスとカイ、ティーネ、そして王庭近衛兵団の方々を包む!

よし、次は攻撃、森の中だから石の精霊ルッビスの力を借りる!


「石の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよ、ルッビス・レミューイ・ラングス!」


無数の礫が魔獣を撃つ!

そこ部屋が次々と射ち込まれた、ティーネだ!


「ストレングス! スナイプ・アイ!」


腕力強化と視力を向上させるマテリアル!

ティーネは自分に重ね掛けして、引き絞った矢で狙い定めた魔獣を次々射っていく!


「おいおいお嬢! やるじゃねえか!」

「流石は師匠直伝の腕前!」


カイとセレスも戦いながら感心している。

そうだよ、ティーネの狩りの腕は村にいた頃から凄いんだ!

今はもっと難しい状況なのにほぼ外さず魔獣に矢を撃ち込んでいく、格好いいよティーネ!


「関心なさっていないで、目の前の敵に集中なさいませ!」


あッ、ティーネの背後に何かすごい速さで!


「おらぁッ!」


カイが水の槍を投げつけてそれを貫き落す。

ウィラーだ! 鋭い嘴と刃のような翼を持つ鳥型の魔獣、まだたくさん飛んでくる!


「水の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよ、ディクチャー・アクエ・アグ・レパ!」


急いで水の精霊アクエの加護で皆を包むけど、ウィラーの攻撃をいなしきれないッ。

飛んでくるウィラーを相手にする脇からイグズーとアガラゴンも襲ってくる!


「痛ッ!」

「ティーネ!」


っつぅ! 私も切られた、これじゃ埒が明かない!

ポケットを探って取り出した香炉の、熱石に魔力を通して揺らす。

召喚用のオイルは練り香にしたものを受け皿に塗っておいた。辺りにフワッと甘い匂いが漂う。


「フルーベリーソ、咲いて広がれ、おいで、おいで、私の声に応えておくれ!」


誰が来てくれるだろう。

傍に精霊が集まってきた。


「ラーバにソロウ、それと、ベヌーラ?」


緑の精霊ラーバ、土の精霊ソロウ、霧の精霊ベヌーラ。

ラーバとソロウはともかく、ベヌーラが来てくれるなんて!

でも―――それなら!


「ラーバ、ツタで魔獣を絡め取って!」


頼むとラーバは辺りに無数のツタを生やして、イグズーとアガラゴンの脚に絡みつかせる。

よし、動きが鈍くなった!


「ソロウ、魔獣たちの足元の土を柔らかくして!」


今度はその足元の土を柔らかくして更に動きを止める。

もがく魔獣たちに近衛兵団の方々やセレス、カイが攻撃を繰り出す!


「ベヌーラ、辺りを霧で包んで!」


視界が悪くなるけれど、霧のおかげでウィラーの軌道が見えるようになった!

イグズーとアガラゴンの動きは止めてあるからこっちに不利はない!


「氷の精霊よ、我が希う声に応じて来たれ、汝の力をもって我が欲する望みを叶えよ、ディクチャー・ガラシエ・ヴェーレ・コンペトラ!」


氷の精霊ガラシエの守りで、飛んできたウィラーは私達にぶつかる手前で一瞬凍り付く。

そこを短剣でどうにか払い除けながら、クロまでツタやぬかるんだ地面に足を取られないよう手綱を繰る。


「皆さん、伏せてください!」


どこかで声が叫んだ。

魔法の気配、これは、雷のエレメント!


「ティーネ! すぐミドリの目を塞いで、君も目を瞑って体勢を低くして!」


叫びながら私も手綱を放り出してクロの目を塞ぎ、体を伏せる!


「トートス・スクレプキオ・イクル!」


バチッと光の炸裂する音と気配がした。

嘶いて前脚を振り上げるクロをいなす、どう、どう、落ち着いて!

ティーネは大丈夫かな?

ミドリはさっきのショックを耐えたみたいだ、起き上がったティーネがこっちを伺っている。

私もッ、クロ、どうにか落ち着いてくれた。よかった。


辺りを飛び回っていたウィラーは地面に落ちてヒクヒクと震えている。

それをクロが、ミドリが、もがく魔獣たちも次々踏み潰していく。


「畳みかけるぞ!」


近衛兵団の誰かが上げた声に全員がおおッと応えて、まだ息のある魔獣を一気に倒していく。

セレスとカイも加勢して、あっという間に決着がついた。


「とんでもない数だな、王都周辺にこれほどの魔獣が出るとは」

「この前の騒動で犠牲になった奴らが流した血の臭い、魔人が残した魔力の残滓なんかに中てられたんだろ、もたついてるとすぐまた襲われるぞ」


セレスとカイが話している。

私はクロの鞍を飛び降りて、怪我人は出ていないか訊いて回る。


「これくらい大したことでは、殿下を煩わせるほどでも」

「どうかお気遣いなく」


そう言われても片っ端から治癒魔法で治して回った。

セレスとカイも大怪我はしてないけれどあちこち傷だらけだ、まとめてリール・エレクサ! えい!


「無茶するなって言っただろ、俺も治癒魔法くらい唱えられんだよ」

「ハルちゃん、近衛兵団にも術師はいる、君は体力を温存するべきだ」

「だけど私達についてきてくれたんだ、これくらいしないと」


元々体力はある方だし、現に全然疲れていない。

クロとミドリの傷も癒して、最後にミドリの鞍に跨ってティーネの傷も癒す。


「まとめて治せたら簡単なのに、どうにかならないかな」

「ハル」

「大丈夫、早く行こう」


セレスとカイにも声を掛ける。

また魔物の集団に襲われたら大変だ、急ごう。

皆で移動の速度を上げて、街道への道を辿っていく。


それから暫く、何度か魔物の群れに襲われた。

片付けながら進み続けると、少しずつ緑の風景が開けて、やがて街が見え始める。

よかった、あれが街道の起点の街だね。


「あと少しだ、気を抜くな」

「はッ」


近衛兵団の方々についてきてもらってよかった。

私達だけだったらもっと大変だったよ。

でも―――あの街から街道を辿って、エウス・カルメルまでは四人で向かうことになる。

気を引き締め直さないと。

近衛兵団の方々には陛下や母さんを守って貰うんだ。

そのために、この先も頼りにすることはできないから。

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