伝わる想い
セレスとティーネと、暫く母さんから聞いたことについて話をした。
まず、私には生まれた時から役割が与えられていた。
それは『虚』を完全に封じること。
かつて起きた『大災害』
それは創作の物語でなく、実際にあった出来事だった。
エノア様は『虚』を封じようとしたけれど、完全に封印できず、エルグラートの国と代々の王で封印を維持する役割を担い続けてきた。
その事実を継承するために行われていたのが『承認の儀』
エノア様の託宣によって伝えられた国と王の意義を、歴代の王と継承者たちは人々を混乱させないため、封印を悪用する者に知られないため、ずっと隠していた。
でも、時が来たから母さんは私達に真実を打ち明けた。
私で『実った』からだって。
その母さんは、エノア様の生まれ変わりだった。
そして私と兄さん達の父さんは、大地神ヤクサ様。
二人は遠い約束を果たして巡り合い、結ばれて、私達が生まれた。
「君がエノア様から種子を授かった理由は、そういうことだったんだな」
セレスが呟く。
そうだね、今は私もそう思うよ。
きっとこの種子は虚を封じるために必要なものだ。
でも、どうすれば虚を完全に封じられるんだろう。
やり方なんて当然知らない、思いつきもしない。
五つの種子が全て集まった時に、封印のやり方も分かるのかな。
「種子はあと二つ授からなければならないのよね?」
「うん」
「一つはルーミル教の特別自治区、エウス・カルメルだ、恐らくそこの大神殿にあるだろう、まず間違いないと思う」
「確かに、エノア様とも縁があるでしょうし」
エウス・カルメル。
空から落ちてきたモコを連れていくはずだった場所だ。
ラタミルの領域へ還すために。
「あっ」
不意に思い出す。
どうして忘れていたんだろう。
「約束」
「どうしたんだハルちゃん」
「モコと約束したんだ、君をラタミルの領域へ還すって、そのためにルーミルの大神殿へ行くはずだった」
今、モコはいないけど。
あの時穴へ飛び込む前、私に『約束』って言った。
それから『待っている』とも。
「モコも、エウス・カルメルにいるかもしれない」
「えっ」
「そうなの?」
「分からない、でも、そんな気がする」
確証なんてないし、あては外れるかもしれないけれど。
「君が言うならそうなんだろう」
「ええ、行きましょう、エウス・カルメルへ」
有難う、セレス、ティーネ。
少しでも可能性があるなら手繰り寄せたい、それがもしかすると次の可能性に繋がっているかもしれないから。
「それから、あと一つの種子はファルモベルにあるそうだ」
「存じておりましてよ、確か女王に謁見されるよう、オリーネ様から告げられたと仰っておられましたわね」
「ああ、だがそっちは少々厄介だ、ファルモベルへの入国は王族でも手続きに時間が取られる、更に言えば今のファルモベルに女王はいない」
「女王に関してはオリーネ様が何かご存じかも知れませんわね」
「姉上に詳しく聞いてみるべきか」
さっき母さんはあまり時間が無いって言っていた。
どういう意味だろう。
ずっと引っかかっている、その期限までに私は間に合えるのかな。
「あとは魔人か」
思いがけず体がビクリと震えて、セレスとティーネが心配そうにこっちを見る。
「大丈夫か、ハルちゃん」
「ハル、平気かしら?」
「うん、二人とも有難う、気にしないで」
笑顔を作って答えながら、頭の中にあの時の光景が蘇ってくる。
空間を割いて穴を開けた魔人。
その穴は『虚』だった。
魔人ってあんなことまでやれるんだ、だけどこれまで遭った魔人達は同じことをしてこなかった。
単にやらなかっただけ?
それとも、あの魔人だけは虚を開けるの?
「今、こんなことを言うのは気が引けるんだが」
セレスが控えめに話す。
「あの魔人は、既にある程度エノア様の封印を解除して、虚を一部自在に操れるのかもしれない」
それが事実なら恐ろしいことだ。
同時に母さんが『あまり時間が無い』と言っていた理由にも繋がってしまう。
「ただ、この事と魔人の存在意義が同にも繋がらない」
「それは、どういう意味ですの?」
「魔人の存在意義って分かるよな、ハルちゃん」
うん、分かるよ。
発生の由来が曖昧で自己を肯定する背景を持たない魔人は、常に承認欲求を抱えているんだ。
でも、そのやり方を破壊や殺戮しか知らない。
だから何もかもを壊して、何もかもを殺し、時には魔人同士でさえ殺し合って、自分が存在していることを主張しようとする。
「だが『虚』なんて利用すれば、その主張したい対象である世界を消してしまうだろう?」
「魔人にとって破壊と同義なのでは?」
「いいやティーネ嬢、奴らが欲しているのは『壊す』という実感だ、無いものは壊せない、だから虚なんてものに手を出せば、それ自体が自己の否定に繋がりかねない」
「そこまで考えが至っていない可能性もありますわよ」
「確かにそうだが、狡猾な奴にしては短慮が過ぎるというか、やはり結びつかないんだ」
セレスは考え込んでいる。
確かに妙だ、魔人と『虚』は近いようで根本的に異なっているし、やっていることも矛盾している。
あの魔人。
レパトーラって名乗っていた。
一体何がしたいんだろう。
「姉上から伺った話で考察できるのはこの辺りまでか」
「まだ情報が足りませんわね」
「そうだな、先ほど『また世界が失われる』と仰られていたことも気になる、またってどういう意味だ?」
「既にこの世界が一度失われているような表現ですけれど、そのような記録は存じ上げませんし」
「記録も何も、世界が失われていたら私達だってこうして生きていないだろ」
そう言ってから、セレスはハッと私を振り返って「ごめん」と項垂れる。
気にしないで。
知らなかった色々なことを聞いて、たくさん頭を働かせたから、大分気持ちが落ち着いてきたんだ。
それに諦めないって決めた。
だからもう俯いたり泣いたりしない。
「とにかく、後ほど姉上の話を伺ったら、なるべく早くエウス・カルメルへ出発しよう」
「そうですわね」
「もし想定が違っていたとしても、何かしら得られるものがあるはずだ」
うん。
今はいないけど、モコとした約束を果たすためにも、行こう。
エウス・カルメルにあるルーミルの大神殿へ。
「私もご一緒致します」
ティーネが真っ直ぐ私を見詰める。
君も?
その気持ちは嬉しいけれど、でも。
「いや、君は」
「いいえご一緒します、レブナント家の跡取りとして戦闘の訓練は受けておりますので、ご心配なく」
「え?」
セレスが目を見張る。
私も驚いた、そうなの?
でも、そうか。
思い返せば兄さん達と、ティーネと一緒に狩りに行ったりしたね。
「セレス、ティーネは弓が得意だよ」
「そ、そうなのか?」
「ロゼ仕込みの腕前だよ」
「師匠が!」
それなら、と考えこむセレスを見て、ティーネが私を見る。
肩を竦めてクスッと笑うから、笑い返した。
「あとは剣と、多少ですがマテリアルも唱えられます」
「それは、凄いな」
「王族にお仕えする者の嗜みとして、それにレブナントは武勲により今の地位を得た家柄、戦えなければ跡目は継げません」
「た、頼もしい」
そうなんだよね。
ティーネは本当に頼もしい。
今、君が傍にいてくれてよかったって心から思うよ。
セレスも有難う。
お陰で私はどうにか立っていられる。
一人ならきっと今頃、哀しみに押し潰されてまだ泣いているばかりだった。
不意に部屋の扉がコンコンと叩かれる。
食事の用意を乗せたワゴンを押して、世話役のメアリが部屋に入ってきた。
「オリーネ様の申しつけでお食事を」
そう言いかけて私と目が合うと、急に瞳を潤ませて立ち尽くしてしまう。
「で、殿下」
「メアリ」
名前を呼んだらその場に泣き崩れた。
慌てて傍へ行って声を掛けると、顔を上げたメアリは顔じゅう涙でぐしゃぐしゃにしながら言う。
「ご心痛は、如何ばかりかとッ、で、ですが、またお声を聞けて、嬉しッ、ううッ、ぞ、存じますッ」
「うん、心配かけたね、ごめん」
「いえッ、いいんですそんなこと! 殿下がお元気になってくださいましたら、それだけでもうッ」
「有難う」
「殿下ッ」
申し訳ありませんって一生懸命ハンカチで顔を拭っても拭っても、涙が溢れて止まらない。
そんなメアリの肩をティーネが抱いて「大丈夫よ」って囁きながら立ち上がらせる。
「殿下、御前を少々失礼いたしますわね」
「うん」
「その間にお食事を召し上がってくださいませ、メアリが温かいうちにと運んで来てくれたのです、冷める前に、どうぞ」
「いただくよ」
はい、と頷くメアリを連れてティーネが部屋を出て行く。
ワゴンに乗っているのはスープの入った容器と皿、そして柔らかいパンだ。
あと、剝いたリンゴもある。
まずはスープを温かいうちに、皿に注いで、パンも一緒に、セレスといただく。
「美味しい」
「ああ、そうだな」
今朝食べたケーキより味を感じられるようになった。
それに温かくてホッとする。
「皆が私を想ってくれているんだね」
「そうだよ、ハルちゃん」
嬉しい。
今朝からティーネも、セレスも、母さんも、メアリだって、私のために泣いてくれた。
きっとサクヤ達やカイ、お婆様、お爺様、殿下にシフォノ、オルムの二人と、スノウさんだって同じに違いない。
城へ来て親しくなった皆にも心配をかけただろう。
私も皆の想いに応えたい。
前と同じにはまだ戻れそうにないけれど、せめてもう、独りにはならない。
「ハルちゃん」
セレスが剥いたリンゴの乗った皿を私の前の卓に置く。
「さあ、もっと食べよう」
「うん」
「無理はしなくていいけれど、君が元気になってくれたら、私も、皆も、嬉しいんだ」
鼻の奥がツンとして、だけどぐっと堪えた。
今はもう泣かない。
齧ったリンゴは甘酸っぱくて瑞々しい。
今まで食べたリンゴの中で一番美味しい気がした。
―――でも、もっとちゃんと味を感じられたらよかったんだけどな。
気持ちは伝わったよ。
皆、本当に有難う。




