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承認の儀 2

今の声は誰?

知っている気がするのに、誰も思い浮かばない。

もしかして―――エノア様かな。

可能性はありそう。

だけど違う気がする、どうしてかは説明できない。


塔の中は話を聞いて想像していたよりずっと広い。

奥の方に階段が見える。

あれを昇って辿り着く塔の最上階に、何かが祀られているんだよね。

それって何だろう?

少しだけ気になる。


そして、広々とした床の中央に光の輪が浮かんでいる。

丁度影みたいに、平面的に、上から投射されているのかと思って見上げても、それらしき光源は見当たらない。


あれが『座』だ。

本当に見たら分かった、間違いない。


よし、誰もいないけど練習の成果を見せよう。

歩幅は肩幅程度、重心移動は美しく、利き足からしなやかに前へ。

座に着いたら円の中で膝を折って、首を垂れ、陛下が見届け人を伴いお越しになられるのを待つ。


歌声?

誰か、歌っている?

急に胸がざわついて落ち着かない、何だろうこの気分。


ふっと気配を感じた。

背後から近づく足音が二つ、陛下と宰相だ。


承認の儀は、まず見届け人である宰相が、儀式の正当性と、エノア様の託宣に偽りがないことを宣言する。

そして控える私の前に立たれた陛下が手を翳し、この者が次期王である、とエノア様へ告げられる。

陛下の発言をエノア様が承認なさると、私にエノア様から託宣が下って、光の宝冠が現れる。

その宝冠が私に宿ったことを見届け人が認めたら、儀式は終了だ。


床にドレスの裾が視えた。

陛下のドレスだ。

傍には多分、見届け人役のランペーテ様が控えている。


「これより、承認の儀を行う」


厳かな声が響く。

ランペーテ様の声、今でも聞くと不安になる。

―――あの時のことを思い出しそうになるから。


「偉大なるエルグラート連合王国、その国と民を見守りし、我らが始祖、女神エノアよ」


余計なことを考えるな。

今は儀式に集中するんだ。


「我はここに宣言する」


カチャリと金属音が聞こえた。


「汝が定めしくだらぬ頚木を今こそ外し、新たなる体制を打ち立てんことを!」

「ッあ!」


物音、それと、陛下の呻き声。

ハッと顔を上げた。

同時に陛下が私の方へ倒れ込んでくる。


え?

なに?


受け止めて見上げると、陛下の向こうにランペーテ様の姿がある。

その手には血まみれの剣。


「あッ、な、に?」

「お、叔母様?」

「ラン、ペーテ、にい、さまッ、どう、して」


ランペーテ様は剣を振り、刃についた血を払う。

そして改めて剣を振りかぶって、ああッ!


「あああああッ!」

「叔母様!」


腕が、そんな。

やめて、もうやめて、だめッ!


「ッああああああ!」

「叔母様、叔母様ッ」

「ぱ、ぱなーし」

「パナーシア!」


叔母様を抱きしめて叫ぶ。

あの剣で最初に胸を一突き、そして両腕を切り落とした。

どうしてこんな酷いことを。

ここはエノア様の墓所で、今は私達だけなのに、どうして。


「ほう、お前もか、流石だな」


返り血を浴びてランペーテ様は笑っている。

怖い。


「我々しか居らぬ状況で、まさか私が仕掛けまいと考えていたのだろう、愚かな」


フン、と鼻を鳴らす。

暗い青色の瞳が蔑むように私と叔母様を見下ろしている。


「では筋書きを教えてやろう、ハルルーフェよ、お前は今、ここで死ぬ」

「ッツ!」

「頼みの綱のラタミルも塔には入れておらぬよ、お前が扉を通り抜けたところでアレは遮られ、外へ置き去りにされた」


そんな。

それじゃ、今、モコは傍にいない?


「そして、無垢なる姪御を手に掛けた下手人は、お前だ、シェーロ」

「兄、さま」

「お前は玉座を捨てた姉上を恨み、その娘に対し復讐を遂げようとした」

「いいえ、兄さま、そんなこと私はしない」

「私は止めようとした、だが一歩及ばず、ハルルーフェの命は無残に散らされてしまった」

「兄さま」

「そしてお前は塔を出て、皆に自らの罪を明かし、命を絶つのだ」


そんなこと出来るわけがない。

たった今叔母様を殺そうとしたのはランペーテ叔父様で、筋書きも勝手に言っているだけだ。


「今の話を、ただの狂言と思っているな?」


ランペーテ叔父様は私の考えを見透かすように嗤う。


「だがハルルーフェよ、お前はここで死に、そして塔を出た瞬間にシェーロは魔人にその身を奪われる」

「ッツ!」

「魔人はお前を、お前以上に上手く演じるだろう、そして気狂いの女王としての最期を華々しく散らせる」

「そんな」

「だが案ずること無い、新たなる王は既に見出されている」


また振り上げられた剣が、止める間もなく振り下ろされた。


「あああああッ」

「叔母様!」


深く切りつけられた背中の傷に、急いでパナーシアを唱える。

どうして?

それに次の王って一体?


「お前達がおらずともエルグラートは安泰、いや、新たなる体制により、更なる発展と繁栄を遂げるだろう」

「兄さま」

「その栄えある石末となるのだ、喜んで命を差し出せ」

「やめてください、もう、やめて」

「シェーロよ、愚かなる我が妹、お前は王の器ではなかった」

「兄さま」

「分かっていただろう、これは兄からの最後の慈悲だ」

「いや」

「―――やめてください!」


叫んで、セレスが貸してくれた短剣を引き抜く!

叔母様を抱えて剣を構えると、叔父様はおかしそうに喉をクツクツと鳴らす。


「必死だな、いじましいことだ」

「貴方は逆賊です、叔父であっても容赦はしない」

「ほう? であらば如何する?」


命を、奪う。

そうするしか叔母様を守ることも、私が生き延びる方法もない。

唇を噛んで、エレメントを唱えようとした。

その瞬間―――あ、れ?

どうして、急に、力が抜け、ッツ!


「シェーロを斬ったこの剣、王家の蔵の奥にて厳重に封じられていた、我らが血に仇成す魔剣だ」

「ま、けん?」

「そう、この剣にはかつて王となる器を備えていながら、エノアが定めたくだらぬ掟により栄光の座を閉ざされた者達の無念が宿っている」


そんな剣が、どうして王家の蔵に?


「お前はシェーロをパナーシアで癒したな? その折に呪いの一部を受けてしまったのだ」

「呪い」

「ああ、命を奪うまでには至らぬが、精神を大層すり減らす、シェーロはこの剣で胸を穿たれ、両腕を落とされ、背に傷を負った」


そしてそれを私が全部パナーシアで癒した。

欠損も再生させた。


「ハルルーフェ、シェーロを癒した折に費やした体力は、呪いが消えぬ限り回復しない」


だからこんなに体が重たくて、頭もなんだかぼうっとする?

あの剣の呪いのせいで。

傍にモコもいない。

―――どうしよう。


「さあ死ね、ハルルーフェ、そしてシェーロよ、その罪を負ってお前も死ぬのだ」


嫌だ。

死にたくない、叔母様だけでも助けたい。


「なりません、兄さま!」


うわっ!

いきなり叔母様に抱え込まれる。


「奪うなら私の命だけにして、この子は、ハルルーフェだけは、どうかッ」

「ならぬ」

「ハルはオリーネ姉さまの大切な御子です、お願い兄さま、ハルだけは許して!」

「ならぬと申している、お前はほとほと愚鈍で頭が足りぬ」

「兄さま!」


叔母様、震えている。

ダメだしっかりしろ、私も叔母様を守るんだ。


構えられた剣がまた振り下ろされた!

必死に腕を伸ばして、その剣を短剣の刃で受け止める!


バキンッと音がして、短剣が砕けた。


「むっ」


同時に叔父様も剣を引く。


「それは、ふむ、小賢しい」


あの魔剣の刃、少しヒビが入った?

でも短剣は完全に壊れてしまった。

もうエレメントしか対抗手段がない。


「何故お前がその剣を持っている」


答えずにいると、叔父様は「まあいい」と言って剣を構え直す。


「さあ、あまり時間を掛けても無意味だ、そろそろ始末をつけさせてもらおう」


叔母様が私をギュウッと強く抱き締める。


「ハルルーフェ、大丈夫です、貴方だけは必ず助けます」

「叔母様?」

「私の命に換えても」


そのまま振り返った叔母様は、叔父様を強く見据えた。


「兄さま、貴方を傷つけたくはなかったけれど」

「抗うかシェーロ、愚かな、お前如きに何ができる」

「姉さまの娘を守るためなら、私は、何だってしてみせます!」


立ち上がろうとして、ふらついて、そこへ叔父様が斬りかかってくる!


「ヴェンティ・レガート・ストウム!」


咄嗟にエレメントを唱えた瞬間、振り下ろされた剣がもうひと振りの剣で防がれた!


「ッツ!」

「ランペーテ!」


母さん?

―――どうして母さんがここにいるの?


「姉上? 何故ここに」

「そんな事よりランペーテ、これは一体どういうこと?」

「まさか、そんな、鍵は娘に譲られただろう、貴方がこの場へ踏み込めるわけが」

「答えなさいランペーテ!」

「ッあ!」


剣を引いた叔父様が、一歩、二歩と、後退りする。


「母さん」


背中に呼び掛けたら、母さんはこっちを少しだけ見て笑ってくれる。

ああ、本当に母さんだ。

私と叔母様を助けに来てくれたんだ。


「あ、姉上」

「ランペーテ、その姿とこの状況を見れば、貴方が何をしたかは分かります、そのことについて釈明の必要もありません」

「貴方は」

「しかし、何故こんな真似をしたかは聞かせてもらいます」

「やはり、貴方はッ」


叔父様の手から剣が滑り落ちる。

そのまま両手で顔を覆っておかしそうに笑いだした。

まるで発狂しているみたいだ。

―――いいや、叔母様を斬った地点で、この方は完全に狂っている。


「やはり貴方だったのだ! 真に玉座を継ぐべきは! 私が王として仕えるべきは、貴方だったのだ、姉上!」

「ランペーテ」

「私は貴方が王になるならばと全てを受け入れた、けれど貴方は私を裏切った!」

「いいえ、そんな覚えはないわ」

「裏切ったのですよ姉上! 何年もお姿を眩まされて、戻られたと思えばどこぞやの者と子を成し、玉座を捨て、私の前から去った!」


母さんは剣を構えたまま、何も言わず叔父様を見詰める。

険しいその横顔は、だけどどこか辛そうだ。


「貴方は私の全てだった」


笑うのをやめて、叔父様は呟く。


「故に、この惨状を招いたのも貴方だ、オリーネ」

「ランペーテ」

「私は貴方を愛していた、けれど今は、貴方を許せない」


懐の辺りへ手を入れて、取り出した何かを叔父様は口に含み、飲み込む。

直後にゾワッと怖気が走った。

なに?

この気配は、魔人?


「私の爪跡を貴方に残す、最愛の姉上、二度と貴方が私を忘れぬよう」


そう呟いた叔父様の両目から、赤い涙が伝い落ちる。


「さようなら、姉上」

「何をしたのランペーテ」

「いいえ、今からするのですよ、貴方が最も愛する者を壊して、貴方にも知っていただくのです」


私の絶望と、怒りを。

そう言って翳した手を私に向ける。


「リィヤ・ハヴァハ・ラヴォ」


ッあ!

なに、これ。

いきが、でき、ないッ。


「ハルルーフェ!」

「貴方を愛していた、けれど私の全てを裏切った貴方が憎い」

「ハル!」


かあさん?

みえない、さむい。

こわい。

いしきが、とおくなる。


たすけて。

だれか。


にい、さん。

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