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儀式前夜

例によって例の如くまた長いので、お時間のある時にでもどうぞ。

「完璧です! 殿下、大変結構です!」


儀式担当官が拍手をくれる。

振り返って「有難う」ってお礼を言った。


今日まで本当に―――大変だった。

サクヤも言っていたけど、儀式ってどうしてやる事や気をつけないといけない事が多いんだろうね。

それも、実際の儀式には私と叔母様、そして見届け人のランペーテ様しか立ち会わないのに。


無駄かも、なんて気持ちが込み上げるたびに、どうにか堪えてやり切った。

熱心に指導してくれた担当官には申し訳ないけれど、母さんが適当に手を抜けなんて言ったのも分かるよ。

もっと他の方法で参加すればいいのにね。

例えば儀式の後で誕生会を盛大に開くとか、承認の儀は必ず誰かの十六歳の誕生日なんだから、そっちの方がいいと思うけど。


「殿下、明日はいよいよ儀式当日です、今日までに身につけたことを忘れず、無事にやり遂げてください」

「はい」

「それでは健闘をお祈りいたしております」

「有難うございました」


深々とお辞儀する担当官にお礼を言って、ティーネと一緒に部屋を出る。

また笑ってるよ、もう。

ティーネは殆ど傍で見ているだけだったのに。


「笑わないでってば」

「ごめんなさい、けれど陛下、堂に入った素晴らしい立ち振る舞いでしたよ」

「有難う」

「明日は頑張ってくださいませ」

「うん」


改めて別の意味で憂鬱だ。

王位を継がないって、いつ言えばいいんだろう。

母さんは承認の儀を受けた後で継承権を放棄したんだよね?

それなら私もそれでいいのかな。

明日の儀式はしっかりこなして、後日改めて陛下へ申し上げる、とか。


継承権の放棄もそうだけど、魔人と、それからランペーテ様。

兄さん達や皆は、明日の承認の儀で何か起こる可能性が高いって言っていた。

私もそう思う。

まあ、流石に儀式の最中は何も無いだろうけど、儀式の前後や、とにかく明日一日は警戒して過ごさないと。

今日からもう気を付けた方がいいかもしれない。

心配なこと、不安なことばかりで、正直滅入るよ。


「ハル、浮かない顔ね」


私の部屋に戻って、ティーネがお茶を淹れながら気を遣ってくれる。


「明日のことが心配?」

「うん」

「立派ね」

「え?」

「投げ出してもいいのに、貴方は王族だけど、責任を負うかどうかは貴方が決めていいことなのよ」

「そういうわけにはいかないよ」

「どうして?」

「だって、リュー兄さんもセレスも、シフォノだって王族として自覚をもっているのに、私だけ無責任でいられないよ」

「それなら王位を継ぐの?」

「それは」

「意地悪を言ったわね、ごめんなさい、だけどやっぱり貴方は立派よ、私は貴方が王に向いていると思う」


私のことを買ってくれるのは嬉しいけれど、エルグラートの全国民に責任を負うなんて、やっぱり無理だよ。

王になるなら、例えばリューやセレスが向いているんだ。

だけど兄さんは男の人だし、セレスはアサフィロスで半分男の人。

どっちもエノア様が定めた王になる条件に当てはまらない。


「ねえ、ティーネ」

「なあに、ハル」

「エノア様はどうして王になる条件を定められたんだろうね」

「さあ?」


今更だけど謎だ。

『パナーシアを唱えて欠損を再生できる』って条件の理由は何となく分かる気がする。

そもそもパナーシアを唱えられるのはエノア様の血を引く王族のみ、そして欠損を再生できるだけの力を持つって証明は、王に相応しいかを判断する基準になると思う。

考えたこともなかったけどね。

パナーシアを唱えれば誰でも欠損再生ができると思っていた。だからこの条件に関しては納得できる。

だけどどうして『女性』でないといけないの?

建国の租であるエノア様が女性だったからかなあ。

だけどこの条件を巡っては過去に何度も酷い出来事が起きているし、せめて性別の縛りだけでも無くせばいいのに。


「それよりハル、休憩が済んだら明日の儀式で着るドレスを試着するわよ」

「またラスターのところに行くの?」

「いいえ、私がここで着付けるわ、それと今夜の食事は儀式のための禊だから、今の内に少し食べておいた方がいいかもしれないわね」

「禊?」

「ええ、エノア様に供えた御酒と、紫、青、赤、黄、白、それぞれの色の果実を一口分だけ」

「それが今日の夕食?」

「儀式の前夜はそう決まっているの、御酒は王家に受け継がれるエノア様の血、五色の果実はそれぞれエルグラート連合王国の国と民を現わしている」

「ええと、じゃあ明日の朝食は?」

「夜明けから儀式の準備に取り掛かるから、食べる暇なんて無いわ」

「ええーっ」


誕生日なのに!

去年の誕生日はご馳走とリューのケーキがあったよ?

リンゴのジャムや、チョコレートだってあったのに!


「あ」


そうだ、ティーネからベリュメアを貰ったんだ。


「どうしたの?」

「うん、ティーネから素敵な贈り物をして貰ったなぁって」


そう言った途端にティーネは真っ赤になる。


「あ、あれは別に、貴方は大切な友達だから、それに旅に出るって聞いて、私」

「うん」

「持っていてくれたら、その、いつでも私のことを思い出してくれるって思ったの、だから」

「そうだね」

「もう、意地悪しないで、さっきの仕返しかしら」

「違うよ、あのベリュメアと一緒に旅をしたから、ティーネがずっと傍にいてくれたようなものだなって」

「ハル」


改めて素敵な贈り物を有難う、ティーネ。

離れて寂しかったのは私も同じだ。

だから、またこうして君と一緒にいられて嬉しく思うよ。


「そうね、旅の話もたくさん聞かせてもらったし、私も貴方とずっと一緒だったような気がするわ」

「気がするんじゃなくて、一緒だったでしょ?」

「ええ、私が贈ったベリュメア、大切にしてくれて有難う」

「どういたしまして!」


二人でフフッて笑い合う。

少しだけ憂鬱な気分が晴れたよ、やっぱり君は私の親友だね。


「それじゃハル、ドレスを試しましょう」

「うん、その後で軽く食べてもいいかな?」

「用意してあげる、だけど、明日ドレスが着られなくなるほど食べてはダメよ?」

「う、はい、節度を守ります」


早速ティーネが儀式用のドレスを持ってきて、試着させてもらう。

薄くて裾の長い白いドレスで、あちこちに金や銀の糸で細かな刺繍が施されている。

胸元には植物の意匠と、五つの赤いバラの刺繍だ。


「ここにもバラがある」

「貴方の花紋ですもの、このドレスは貴方専用ですから、当然よ」

「やっぱりちょっと恥ずかしいね」

「今更だわ、セレス様もきっとお喜びになられますわよ」


うう、照れる。

舞踏会の時もすごく嬉しそうだったな。

セレスが喜んでくれるのは私も嬉しいけど、流石に主張し過ぎる気がするよ。

なんだかセレスのものになったみたい―――な、なんて! それはそのっ、意味が違うというか!


「殿下、お顔が赤くていらっしゃいますわよ」

「うっ!」

「明日の儀式の折には、そのように愛らしいご様子をされず、凛となさってくださいませね」

「分かってるよ、もう!」


さてはさっきの仕返しだな?

傍でずっと見ていたモコが「はる、うつくし!」ってピョンピョン跳ねる。


「どれす、えのあのかご、あるね」

「あら?」

「そうなの?」

「うん、ぼくね、なんかしってるきがするの、なんで?」


首を傾げるモコと一緒に何でだろう、ってしていたら、部屋の扉が叩かれた。


「ハル~、今日も来たよ!」

「失礼いたします、ハルルーフェさん」

「よう」


サクヤとキョウ、それにカイも、また来てくれたんだ!


「ってわぁ~ッ! エルグラートの巫女装束だぁ!」

「え?」

「それって文献で見たことあるよ、凄い、本物だッ、綺麗!」

「実によく似合っておられます」


サクヤとキョウが褒めてくれる。

だけど巫女装束? って何?


「あのね、例えば私やキョウみたいに、お仕えする神の御前を伺うのにふさわしい格好があるんだ」

「ちなみにアキツの巫女装束はこんな感じです」


キョウが記録水晶をサッと取り出して映像で見せてくれる。

サクヤだ。

見たことのない服を着て舞っている。これがアキツの巫女装束?


「白と赤の対比が美しいわね」

「でしょ?」

「羽織っている薄い着物と、頭の冠も綺麗!」

「さくや、うつくし!」

「まあね~! これは豊年祭の舞を舞っている所だよ、神前で行われる儀式ではこんな風に正装する決まりなんだ」


なるほど。

承認の儀も、エノア様に次期王として認めてもらうための儀式だ。

だからこのドレスを、エルグラートの巫女装束を着るんだね。


「まあ、エルグラートでは巫女装束って呼ばないかもだけど、目的は同じだよ」

「よく分かったよ、有難う」

「どういたしまして」

「それにしてもお美しいですね、実に神秘的です」

「うんうん、ねえ、カイはどう思う?」


振り返ったサクヤに訊かれて、カイは腕組みしながらフンって鼻を鳴らす。


「まあ、悪くないんじゃねえか」

「ちょっとぉ、褒めるならちゃんと褒めなよ」

「ああ?」

「セレスはそれこそベタ褒めすると思うんだけどな~っ」


チッて舌打ちしたカイは「奴と比べるんじゃねえよ」なんて呟きつつ、私の傍まで来る。


「おいハル」

「何?」

「綺麗だ」

「えっ」

「よく似合ってる、お前、エノアじゃなくてオルト様に仕えるべきだ、オルト様もきっとお喜びになられる」

「ちょっとちょっと! それは流石に大胆過ぎ!」


騒ぐサクヤを振り返って「うるせえな、いちいちゴチャゴチャ言うんじゃねえよ」なんて、なんだか普段のカイらしくないね?

どうしたんだろう。


「あー、その、似合ってるっていうのは本当だ、まあ精々頑張れよ、明日は俺達も儀式に参列する予定だ」

「見に来てくれるの?」

「お前の晴れ姿だし、その、誕生日だからな」


改まって「おめでとう」って言ってくれるカイに、なんだか胸が熱くなる。


「そうだね、ハル、誕生日おめでとう!」

「一日早いですが、前祝いということで」

「勿論明日も言うからね? 儀式の後で一緒にたくさんお祝いしようね!」

「記録もたくさん撮りますよ、準備は万全です」


―――去年の誕生日は、兄さん達とティーネ、モコと、村の皆から祝ってもらった。

今年はこんなに友達が増えて、村の皆はいないけれど、でも充分過ぎるくらい嬉しいよ!


「みんな、有難う!」


お礼を言うと、サクヤとキョウ、カイはちょっと照れ臭そうにする。

ふふ!

不安だらけだったけど、急に明日が待ち遠しくなったよ。


私も、明日で十六。

いよいよ世間的には大人だ。

だけど大人になったら何かが変わるかと思っていたけれど、そんなことはなさそうだ。

今も私で、明日も私。

この先もずっと私のまま続いていく、その節目を誕生日ごとに重ねていくんだね。

何だか今年は今までになく感慨深いよ。


「そうだハル、せっかく儀式のドレスを着たのだし、予行演習もしましょうか?」

「い、嫌! 今日はもうしないよ、絶対にしない!」

「あらあら」

「大変そうだねハル、頑張って!」

「儀式の最中を拝見できないことだけが惜しくて仕方ありません、せめて録画だけでも叶えば、くッ」


皆で騒いでいたら、メアリがお茶と軽食を運んで来てくれた。

そうだ、今のうちに食べておかないと。

今夜の食事は禊でほんのちょっとらしいから、明日の儀式が終わるまで持たないよ。


食事の前に、カイとキョウだけ隣の部屋へ行ってもらって、ドレスから部屋着に着替えた。

改めて皆で集まって、お茶を飲んだり軽食をいただいたり、少し早い誕生日パーティーみたいで楽しい。


明日はどうなるんだろう。

考えると不安な気持ちが付きまとう。

皆も同じなのかな。

だからこうして会いに来てくれたのかもしれない。


そのうち窓の外は日が暮れて、皆もそれぞれ部屋に戻っていった。

暫くすると晩餐の用意ができたって使用人が呼びに来てくれる。

今夜はティーネと、こっそりモコも一緒。

最近はお婆様やお爺様も同席なされない、少し寂しい食卓だ。


禊の料理は本当に少しだけだった。

グラスに半分だけ注がれた果実酒。

そして大きな皿の上に置かれた五つの匙には、一口で食べられる大きさに切られた五色の果実。

紫はブドウ、青はベリー、赤はイチゴで、黄はオレンジ、そして白はリンゴ。

リンゴが出たのは嬉しかったけど、やっぱり量が少ない。全然足りない。

軽食をいただいておいてよかったよ、明日の儀式の最中にお腹が鳴るところだった。


食事が済んで、部屋に戻ってきた。

ティーネから「明日は早いので、夜更かしをしないように」って釘を刺される。


「今夜はもう休まれてくださいませ」

「うん」

「では明朝、陽が昇る頃にまた伺いますわ」

「おやすみ、ティーネ」

「ええ、おやすみなさい、ハル」


部屋を出て行く姿を見送って、モコと二人きりだ。

さて、それじゃ湯を使おうかな。


「モコ、浴室に行こう?」


声を掛けるけど、モコは私をじっと見つめたままだ。


「はる」

「どうしたの?」

「なかないで」

「えっ」


泣いてないよ?


「ええと、モコ?」

「なかないではる、だいじょぶ、だいじょぶだよ」

「う、うん」

「ぼく、がんばる」

「何を?」

「ぼくはるのだから、がんばる」

「モコ」

「だからなかないで、はる、だいすき、なかないで」


言いながらモコが涙をポロポロ流して私にしがみついてくる。

どうしたんだろう。

―――もしかして、天眼で何か視えたの?

急に不安が湧いてモコをギュッと抱きしめる。


「モコ、大丈夫だよ、モコこそ泣かないで」

「ぼくね、ずっと、ずーっと、はるのだよ」

「うん」

「はる、だいじょぶ、はるはね、まもられてるの、だから、だいじょぶ」

「そうだね、皆に大切にしてもらっているよ」

「うん」

「だから君のことも大切だよ、モコ、大丈夫、私もいつだって君を想っている」

「ほんとう?」

「勿論」


モコの涙を拭ってあげる。

それでもまだ涙が零れて落ちたけど、モコはニッコリ笑い返してくれた。


「ぼくね、はるのためなら、なんだってできるよ、だってぼく、はるのだから」

「うん」

「わすれないでね、はる、ぼくをよんで」

「分かった」

「はるがよんでくれたら、ぼく、はーいっておへんじする、はるがいるところに、すぐいくよ」


モコは何を視たんだろう。

気になるけれど、訊いてもきっと教えてくれない。

それは天眼を持つ者の義務と責任だって、前にロゼが言っていたから。

視えたものはあくまで可能性の一つ、それを口外することは事象を意図的に歪めることで、許されざる醜い所業だって。


「はるすき、だいすき、ぼく、はるの」

「うん」

「おなまえもらった、うれしかった、だからね、ぼく、はるのだよ」

「そうだね、モコ」


また目に涙を浮かべながら笑うモコを、もう一度ギュッと抱きしめた。

私も大好きだよ、モコ。

出会ってから今日でちょうど一年だね、君はとっくに私の家族の一人だ。


このまま離れたくない。

いずれモコをルーミルの大神殿があるエウス・カルメルへ連れていったとしても。

君が私のものなら、私にとっても君は特別だから。


大丈夫だよ、モコ。

泣かないで。

明日何が起きたとしても、一緒に乗り越えていこう。

だからきっと大丈夫、そう信じて前を向こう。

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