表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
473/555

不遇の王子 前編 リュゲル視点

今回もハチャメチャに長いので前後編です。

お時間のある時にお楽しみください。

サネウが死んだ。

これで遂に、一連の『粉』が絡む騒動に終止符が打たれた。


―――そんなわけがあるか。


何故ならまだあいつが、薬師がいる。

尋問の後に獄中で服毒死?

用意周到なことに遺書まであったらしいが、魔人が死ぬほどの毒なんてこの世にあってたまるか。

明らかに時間稼ぎのための偽装だ。

しかし、ロゼにも魔人が今どこにいるか、場所を特定できないらしい。


魔人と、そして恐らく宰相も、ハルの承認の儀で何かしら仕掛けてくるだろう。

結局サネウの騒動は前座に過ぎなかった。

最後まで利用されて、哀れと言えばそうだが、安っぽい同情を掛けられるほど奴の罪は軽くない。


しかし、魔人と宰相の目的はなんだ?

いまだにそれが分からない。


以前、ロゼが薬師交代の真相を持論も交えて聞かせてくれた。

前任の薬師は自身が陛下のために調薬した薬のことで、宰相に詰め寄ったらしい。

服用の前に何者かが別の薬とすり替えている可能性がある、と。

そして、消された。

一瞬で燃え上がり灰も残らなかったそうだ。

だから今も『行方不明』として扱われている。何とも惨い話だ。

以後の顛末は知っての通り、魔人は薬師として王室へ入り込み、サネウに接触して奴を駒として使い潰した。


その目的は、魔人なのだから自己満足のため、と安直に考えることもできる。

魔人は自己の背景に由来が何もない。

だから存在の証を立てたがる、しかし哀しいかな、奴らは破壊や破滅的な方法でしかやり方を知らない。


これらの前提と、今まで遭遇してきた魔人達を奴と比較して考えると、薬師はやり方がやけに回りくどい。

そもそも何故『粉』が必要だった?

人々を意図的に狂化させ、もしくは身体の構造から変質させ、操り、混乱を引き起こす理由は何だ?

他者に従わず、ともすれば争うことさえある魔人達をも利用していた。

奴らが協力するようどんな話を持ち掛けたんだ。

考えても分からない。


そして、それらを利用しているらしき宰相の考えもまた分からない。

あいつはハルを襲ったが、その目的も謎だ。

サネウが語った通り次期国王となる予定のハルを手籠めにして、自身に都合よく利用しようとでもしたか。

まさかハルに懸想したなんてことは、まあ、あり得ると言えばあり得るが。


額を押さえて溜息を吐く俺に、世話役のソフィアが茶を淹れてくれる。


「リュゲル様、お疲れ様です」

「ああ、有難う」


サネウが起こした惨事の後始末で、今は誰も余裕がない。

これこそが宰相と薬師の狙いだったかと思うと、見過ごした自身の甘さをつくづく思い知らされる。

そしてまた、相手方の一手を待っている状態だ。

歯がゆいことこの上ない。

いっそこちらから仕掛けた方が、まだ被害を押さえられるんじゃないか?


「それにしても、連日城下へ行かれては炊き出しの手伝いや被災者の世話ばかり焼いて、よくやりますねえ」


悪気はないんだろうが、この言い方だよな。

俺は今日も城下で被害に遭った者達の世話を焼き、さっき部屋へ戻ってきたところだ。

疲れている所に追い打ちをかけないで欲しい。


「今やすっかり街の人々の人気者だって話じゃないですか」

「そんなことはない、王家は何をやっていると叱責を受けることも多い」

「でも必ず誰かが止めに入ってくれますでしょ? 聞いてますよ、やっぱり人徳ですかねえ?」

「だといいが」


まあ、俺が骨を折れば王家への非難や不満が幾らか解消される。

それはつまり、ハルのためになるということだ。

だからたいした苦ではない。

今の俺が王族としてあいつにしてやれる数少ないことだからな。


「そういえば、君は里へ帰らないのか?」

「あっ! そうですリュゲル様、聞いてください!」

「何だ?」

「お父様が『戻ってくるな』って、わざわざ早馬を飛ばして伝書を持ってこさせたんです!」

「は?」

「今こそ王家に恩を売っておけ、なんて酷くないですか! 可愛い娘の命に係わる事態だっていうのに、何考えているんですかね!」


憤慨するソフィアの勢いに若干圧倒される。

確かに同情するが、個人の命より家名を優先するのは貴族として妥当な感性だ。

その辺りの認識が年若い彼女には些か欠けている。


「なので、こうなったらヤケですよ、ヤケ! 心配になって帰ってこいって言うまで絶対に帰ってやらないんです! なのでリュゲル様もお気遣いなく!」

「あ、ああ、分かった」


まあ、父親からすれば思惑通りだろう。

事態が収拾したらソフィアの実家に手紙と粗品でも届けさせるか。

当人はこんな調子だが、一応の頑張りは伝えておいてやらないとな。


「それにしても~っ、舞踏会の殿下とセレス様、素敵でしたねぇ」


うっとりと語り出すソフィアの最近お気に入りの話題だ。

もう何度も聞かされているが、兄としては悪い気はしない。


「あの煌めくドレス姿! 五輪のバラは婚約者であるセレス様からの贈り物だって話じゃないですか、それをご自身の花にされるなんてロマンティック~」

「そうだな」

「セレス様も以前はよくない噂ばかり聞きましたけど、結局噂なんて所詮は噂でしかないんですね、舞踏会の時の殿下をエスコートされていたお姿! もーっ、好きって気持ちがダダ洩れで! あんな顔で婚約者を見詰める方が女癖悪いわけないじゃないですか! 私だってそれくらい知ってますよ、浮気男はね、上辺だけ取り繕うものなんです、ええ!」

「そうか」

「はあ、それにあの騒動の最中の凛々しくも頼もしいお姿! 殿下も魔法を自在に操っていらして、あーもう格好良かった! 思い出すだけで大興奮です!」


ソフィアも花爵令嬢として舞踏会に参加していたから、当然あの状況を見ているが、そんな余裕があったとは見上げたものだ。

亡くなった参加客もいるんだぞ。

結局のところ、自身の身に降りかかる以外の災厄は娯楽の一環に収着するのか。


「さてと」


カップを置いて長椅子から立ち上がった俺に、ソフィアが「どこへ行かれるんですか?」と尋ねてくる。


「おい、世話役なら把握しておいてくれ、これから近衛兵団長と打ち合わせだ」

「あ、そうそう、そうでした、いってらっしゃいませ!」

「まったく」

「まあまあ、おやすみのお支度だけは済ませておきますので、頑張ってきてくださーい」


それで自分はこのまま俺の部屋で茶を飲んで過ごすつもりか、やれやれ。

まあ最低限の仕事はしてくれるし、元より期待していない。

だが俺もティーネの様に有能な世話役が欲しかった、ハルが羨ましいな。


部屋を出て廊下を歩いていると、向かいの廊下に宰相の姿を見つけた。

自然と力みそうになってしまうのを意図的に抑える。

奴に付け入る隙を見せるわけにはいかない。


「リュゲル」

「宰相殿下、ご機嫌麗しく」

「くだらない世辞など無用だ、何処へ行こうとしている」

「王庭近衛兵団の詰め所です、団長のヴィクターと城下の復旧について話し合いを」

「では時間があるな」

「は?」


宰相は「ついてこい」と俺に促して歩き出す。

どういうつもりだ?

今、俺は用があると言ったんだが、聞こえなかったのか?


「リュゲル」

「叔父上、あの」

「ここでお前と問答する気はない、来い」


俺を一瞥して進む姿に苛立ちを覚える。

何様のつもりだ。

だが―――丁度いい。

ヴィクターには悪いが暫く待ち惚けてもらおう。

宰相、お前の腹を探れるだけ探ってやる。


こちらも覚悟を決めてついていくと、客間の一つへ招き入れられた。

遮音性の高い部屋だ。

つまり密談などに向いている。

ここで一体、俺と何の話をするつもりなんだ。


「座れ」


言われるがまま長椅子に腰を下ろした。

部屋のものより座面が少し硬くて、寛ぐよりも長時間掛けるのに向いている。


「ひとまず飲み物でも用意させよう」

「いえ、ご用件をお話しください」

「お前の口が滑りやすくするよう、私が茶に何か仕込むとでも?」


向かいの長椅子に宰相が掛けると、間もなく給仕が茶を運んできた。

俺と宰相の前にカップを用意して茶を注ぐと、一礼してすぐ部屋を後にする。

閉じた扉へ宰相はおもむろに腕を伸ばし、魔力による遠隔操作で施錠した。

まあ、あの程度ならいざとなればこじ開けられないこともない。


「さて、リュゲルよ、お前と語らう機会がなかなか取れず、私はずっと待ち侘びていた」

「その前によろしいでしょうか」

「何だ」

「妹への仕打ちについて、貴方からまだ謝罪の一つも受けておりません、そのことはどうお考えなのでしょうか」


睨む俺に、ランペーテはフッと鼻を鳴らす。


「あれは気の迷いだ、すまないと思っている」

「気の迷い?」

「ああ」

「では妹に謝罪してください、そして二度と近付かないで頂きたい」

「それは立場上不可能というもの、賢明なお前であれば理解できよう」

「些かも承服いたしかねます」

「フン、いじましい兄妹愛だ、なるほどお前は姉上の息子だけあって実に情が深い」


同じ兄弟のいる身でも、お前に俺は理解できないだろうけどな。

俺がそうであるように。

この冷血な男は恐らく身内であっても手駒の一つ程度にしか捉えられないのだろう、哀れだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ