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儀式の手順とウォーキング

また何日か経った。

周りは相変わらず忙しそうだけれど、私は今日も部屋でモコと二人きりだ。


「モコ、今日はね、昼過ぎに承認の儀式について説明があるんだよ」

「うん」


昨日の夜、儀式の担当官から連絡があった。

承認の儀は誕生日に行うと決められているから、こんな状況でも延期はできない。

だから内容の説明と、儀式の手順を覚えるために今日から練習もしていくそうだ。

残り日数は一週間程度。

覚えられるかな、頑張らないと。


「昼食をいただいたらティーネが迎えに来てくれるから、一緒に行くんだ」

「ぼくもいっしょ、ぼくもはるのそばにいる」

「うん」


有難うモコ、心強いよ。


それから昼頃になって、部屋に食事が運ばれてきた。

美味しいけれど、モコと二人は少し味気ない。

また皆で一緒に食卓を囲んで、楽しく食事できるようになるのかな。


食べ終えて食休みをしていると、ティーネが迎えに来てくれた。


「用意はよろしくて?」

「うん」

「はーい」

「ふふ、それでは参りましょう」


モコは小鳥になって、私の肩にとまると認識阻害でスウッと姿を消す。

部屋を出て、廊下を進んで、辿り着いたのは桂宮の奥にある部屋だ。

扉を開けると正面の窓の向こうに聳え立つ静謐の塔が見える。


「お待ちいたしておりました、殿下」


部屋にいた承認の儀を担当する官が深々と頭を下げる。


「早速ですが、これよりまず儀式の内容についてお伝えいたします」

「はい、よろしくお願いします」

「こちらこそ、説明が終わりましたら、儀式の練習へと移る予定ですが、よろしいでしょうか?」

「分かりました」

「畏まりました、それでは始めさせていただきます」


用意されていた椅子を勧められて、ティーネとそれぞれ腰掛けて担当官の話を聞く。


承認の儀は、あの窓の外に見える静謐の塔で行われる。

塔へ入るためには鍵が必要で、それがこの魔力水晶のネックレスだ。

去年の誕生日に母さんから贈られた宝物、母さんはこれをお婆様から授かっているらしい。

どうしてかと言うと、本来、次期王が受け取るこのネックレスは、今の王が用意するのが習わしだから。

シェーロ叔母様も同じものを持っている。

そっちも前王であられるお婆様が用意されたものだ。


そして静謐の塔には、このネックレスを持つ者しか入ることはできない。

ネックレスを鍵として使用できるのは正当な所持者だけだそうだ。

だから儀式には私と叔母様、二人で臨む。


「しかし見届け人が一名、同伴を許されております」

「はい」

「それは宰相が担われることが通例となっております」


ランペーテ叔父様か。

三人だけの儀式、少し落ち着かないような気がする。

それに私は王位を継がない。

いつ言おう、儀式の最中に伝えてもいいのかな。それとも儀式の後?

今の状況を考えると言いづらいのは山々だけど、それでも私は王なんてやれないよ。

無理やり即位して国を傾けるくらいなら、無責任だと言われたって、断る方がきっとマシだ。


「塔の内部は外観よりもずっと広く、中央に宣誓を行う座があると伝わっております」

「座、ですか?」

「ええ、具体的な形状などは不明ですが、見れば分かるそうです」

「なるほど」

「その更に奥には階段があり、塔の上階へと続いているそうです」


前に聞いたことがある。

あの塔の最上階には部屋があって、何かを奉っているって。


「ですが承認の儀ではそちらへはまいりません、入ってすぐの広間にて儀式は行われます」


担当官は大きな板を用意すると、そこに絵を描き始めた。

口頭で聞くより分かりやすい。


塔へは私が先に入って、座で陛下のお越しを待つそうだ。

そして宰相を伴った陛下が来られて、座にいる私の前に立つ。

見届け人である宰相が、この儀式が正当なものであること、儀によって下される託宣に偽りがないことを宣言する。

陛下は私の頭へ手を翳し、次の王はこの者である、と告げられる。

そうすると、私にエノア様から託宣が下るらしい。


「託宣を授かった証として、殿下の頭上に光の宝冠が現れるそうです」


担当官は絵を描く手を止めて話だけ続ける。


「その宝冠が殿下に宿ったことを見届け人が認めて、承認の儀は終了となります」


後は、皆で塔を出るだけ。

聞いた限りだとそんなに大変でもなさそうだ。


「これは次期王をエルグラートの守護者であられるエノア様に認めていただくための神聖な儀式、故に殿下にもそのおつもりで望んで頂かなくてはなりません」

「分かりました」

「では早速、儀式の練習に移りましょう、まずは座への歩みからです」


歩み?

担当官は私の前でしずしずと歩き始めた。

普通に歩いているように見えるけど、何かあるんだろうか。


「この様に、歩幅はおおよそ肩幅程度でございます」

「え」

「そして歩き方ですが」


そんなことまで決まっているの?

歩幅? 歩き方?

担当官は歩く時の姿勢や、手の位置まで説明する。


「―――と、一通り行って御覧にいれましたが、把握していただけましたでしょうか?」

「ええと、多分」

「それでは実践してみましょう、どうぞこちらへ」

「はい」

「最初に踏み出すのは利き足からです、始められてください」


うっ、意識すると足元がふらつく。

担当官からも「いけません、やり直してください」って言われる。

ええと、利き足から、肩幅程度の歩幅で、重心を移動させつつ足はつま先から下ろす―――


「もう一度、始めからお願いします」

「は、はい」

「―――殿下、もう一度です」

「はい」

「もう一度」

「はいぃ」


うーっ!

こんなの想定外だよ、本当に儀式に必要なことなの?


それから、何度も何度も何度も歩いて、やり直して、歩いて、延々と繰り返してクタクタになった。

担当官がやっと「本日はこれまでに致しましょう」って言ってくれる。


「それでは殿下、また明日、よろしくお願いいたします」

「はい、お願いします」


ティーネに付き添われて部屋を出る。

今から挫けそうだ。


「殿下、まるで小鹿のような足取りでしたわね」

「やめてよ、これでも一生懸命やったよ」

「ええ、拝見しておりましたわ」

「意識すると逆に上手く歩けなくなるんだ」

「そのようですわね、とても可愛らしゅうございました」

「もう、ティーネ!」


この練習、完璧にこなせるまで続くんだろうな。

もしかしたら承認の儀まで指導を受けることになるかもしれない。憂鬱だ。


部屋に戻ってぐったりしていると、セレスが様子を見に来てくれた。

あれ、サクヤとキョウ、それにカイも一緒だ!


「お疲れ~ハル、ありゃ、本当に疲れてる、どうしたの?」

「歩く練習をね、ずっとさせられていた」

「ははあ、魅せるウォーキングってやつだね、あれって結構難しいんだよね」

「サクヤもしたことあるの?」

「当然、アイドルですから」


そうか、偉いねサクヤは。

私も一度はアイドルだったから、明日からはそのつもりで練習頑張ろうかな。


ティーネがお茶を淹れながら、皆へ承認の儀について簡単に説明してくれる。

作法についてはカイだけが「なんだそりゃ」って呆れていた。

君は私の味方だよ、カイ。


「託宣を授かってエノアに認めてもらうだけの儀式なんだろ? 作法だの何だのくだらねえ、どうでもいいじゃねえか」

「長く続けられている儀式の所作には意味があるものだ、一概に否定はできない」

「セレスの言うとおりだよ、所作って結構大事なんだ、それそのものが儀式の一部だったりするし」

「ええ、アキツにも色々とありまして、サクヤはその全てをトキワ様より叩き込まれております」

「だからハルが大変なのも分かる、アレって面倒臭いよね、もっと簡単でいいのにって思うよ」


サクヤ、君も私の味方だ。

心の底から同意しかない。


「しかし託宣ですか、エルグラートの守護神より一体どんな啓示を与えられるのでしょう?」

「それは承認の儀を受けた者しか知り得ないんだ、他言無用で文献でも伝わっていない」

「なるほど、秘匿されし託宣というわけですね、実に興味深い」


セレスの話を聞いて、キョウが眼鏡の奥で目をキラリと光らせる。

つまりエノア様の託宣を、お婆様や叔母様だけじゃなく、母さんも知っているってことか。

かつては母さんが次期王位継承者だったからね。


「ねえハル、明日もウォーキングのレッスン?」

「そうだよ」

「それじゃ、私が疲れた足によーく効くマッサージを教えてあげる!」

「有難う、サクヤ」


サクヤに足を揉んでもらってほうっと息を吐く。

過去の王位継承者も全員これを体験しているんだよね、大変だ。

王ってやっぱり私向きじゃないよ。

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