狂乱の舞踏 7
セレスと一緒に叔母様のところへ向かう。
大広間の奥の壇上に設えた席に掛けて、来賓の謁見を受けていた叔母様は、私に気付くとニッコリ微笑まれた。
綺麗だな。
やっぱり母さんに似ている、目の辺りが特にそう感じるよ。
「ハルルーフェ、それに、セレス」
「陛下」
「陛下、今宵はご機嫌麗しく」
「畏まらなくてもよろしいわ、貴方がたは、私の可愛い姪と弟ですもの」
「もっと近くへいらして」と呼ばれて、恐れながら壇のすぐ傍まで寄らせていただく。
叔母様は私達を、目を細くして御覧になられている。
「本日は、皆様へ貴方のお披露目が叶い、とても喜ばしく存じております」
「はい、有難うございます」
「これから王族として、いずれは王として、エルグラートとこの地で暮らす民を導くため、貴方は多くの方の力を借りる必要があります」
「はい」
「そのためにも、今宵の舞踏会は貴方によき縁をもたらすものであるよう、願っております」
「私も、努めてまいります」
「立派ですね、ハルルーフェ、流石は姉さまの御子です」
「恐れ入ります」
こうして向かい合っていると改めて圧倒される。
叔母様は母さんの代わりなんかじゃない。
紛れもない国王陛下でいらっしゃる。
初めてお会いした時以上にそう感じるよ。本当にご立派で、素敵な方だ。
「セレス」
「はい、陛下」
「貴方はそのハルルーフェを支える立場にあるのです、今後は一層の覚悟をもって精進なさい」
「はい」
「近く行う承認の儀にて、二人の婚約を正式なものと認めましょう」
「えっ」
「今しばらくお待ちなさいね、私も、皆も、貴方とハルルーフェを祝福いたしましょう」
セレスがこっちを見る。
顔が赤い。
正式にってことは、婚約が建前じゃなくなるってことだよね。
それは、どうしよう。
―――兄さん達にも話して、よく考えないと。
「まあセレス、随分と嬉しそうだこと」
「えっ、あ、あの」
「ふふ」
叔母様が笑う。
傍に控えるヴィクターも何だかニコニコしてる。
「今宵の舞踏会はきっと、思い出に残るものとなるでしょう」
「はい」
「私も、初めての舞踏会は、今も忘れ得ぬ記憶です」
笑っていたヴィクターが不意にハッとして叔母様を見る。
「二人とも、存分に楽しんでいらして、私はここから貴方がたを見守っております」
「はい、有難うございます、殿下」
「ハルルーフェ、セレス」
お幸せに、と微笑んだ叔母様はどこか寂しげだ。
どうされたんだろう。
会釈をするセレスと一緒に私もご挨拶をして、御前を下がらせていただく。
「ねえ、さっきの何だったんだろう」
「うーん、分からないが、そういえば前に聞いたことがある」
「何を?」
「シェーロ姉上は、今日の君みたいにお披露目のために開かれた舞踏会で、初めてのダンスを―――」
不意にラッパが鳴り響いた。
驚いてそっちを向くと、来賓の方々もざわつきながら道を開けていく。
先導する兵の後から現れたのは、サネウ叔父様だ!
「やあやあ! 諸侯にご婦人方、ご子息にご令嬢、どなたも一堂に会しておられる、今宵は実に華々しき舞台であられるな!」
楽隊が音楽を止めた。
踊っていた方々も大広間の両側へ不審げに移動していく。
サネウ叔父様はズンズン進んで、丁度大広間の真ん中辺りで立ち止まった。
「おお、そこにおられるのは本日の主役、ハルルーフェ殿下ではないか!」
呼ばれてビクッとした。
セレスに肩を抱き寄せられる。
「何故そのような場所におられる、さあ、こちらへ来られよ! 皆へそのご尊顔を見せて差し上げるとよろしい!」
「兄上!」
戸惑っていると、代わりにセレスが答えてくれる。
「お気遣い感謝いたします、ですが、そのように仰々しく殿下を呼ばれるのは些か不躾ではございませんか?」
「フン、セレスよ、この兄に物申すか、どうやら殿下の寵を受け、随分と気が大きくなっているようだな」
セレスはサネウ様を睨む。
サネウ様もセレスに鋭い目を向けている。
よくない雰囲気だ。
周りも二人の様子を窺っている。
「まあ、よい」
サネウ様がニヤリと笑う。
「さて! この場におわす皆様方へ申し上げたきことがございます! 然らば暫しのご拝聴を賜りたく! どうぞお聞きください!」
何を話すつもりだろう。
怖いよ、セレス。
「次期王となられる権利を持つハルルーフェ殿下が王城へ戻られたこと、私もまこと喜ばしく存じております、ですが!」
樫色のサネウ様の目が、奥の壇上におられる叔母様へゆっくりと向けられる。
「そもそも陛下は何故いまだに配偶者を持たれないのでしょうか? 本来ならば、直系となる陛下の御子こそが王位を継ぐべきはず」
それは、表向きは叔母様の体調がすぐれないため、ってことになっているはず。
縁談の類を全てランペーテ叔父様が断られているんだ。
でも実際の理由は何だろう、それはまだ分かっていない。
それにそもそも、直系でも継承権の条件を満たさなければ、王位は継げないよ?
「だがしかし、いまだ陛下が御子を成されないせいで、既に王家を去って久しいオリーネ姉上の忘れ形見がこうして城へ戻る羽目になった」
周りがざわつき始める。
サネウ様は一体何が言いたいんだろう。
「それは何故だと思われるか? 皆様! 姑息な企てにより国家の転覆を図る悪辣なる宰相! かの者が全ての元凶なのです!」
えっ?
どういう、こと?
「私は真実を突き止めました、そして、皆様の前で真の悪を断罪すべき時を伺っていたのです」
お聞きください! とサネウ様は続ける。
「宰相は自らの野心のため、身重であられたオリーネ姉上から王位継承権をはく奪した上で追放し、妹のシェーロを玉座に就かせ、更にその威でもって脅して自らの傀儡に貶め、王の権限を恣にしている! 何という非道! 何たる卑劣! 我が兄ながら恐ろしきことこの上ない!」
それは、ある意味では本当のことだけど、殆ど言いがかりだ。
サネウ様はこんなやり方で、自分の発言が認められるって思っているのかな。
「現に宰相は、お戻りになられたハルルーフェ殿下を凌辱し、自らのものと成そうとされた、どうやら未遂に終わったようですが、こちらへ報告が上がっておりますぞ、兄上」
思いがけず息を呑む。
―――あの時のことはもう思い出したくないのに。
セレスが強く抱き寄せてくれる。
しがみついて目を瞑った。
サネウ様の声が「おお、あのように怯えて、お可哀想に!」なんて言う。
やめて、その話はしないで!
「サネウ兄上!」
「お前も危ういところであったな、まあ、女たらしのお前に誑かされている今の状況も、殿下にとってはどうかと思うが」
「なに、を」
「目を覚まされるがよろしい、殿下、その者もまた貴方を自ら成り上がる為の道具程度に見ているやもしれませんぞ!」
違う。
セレスはそんな人じゃない。
目を開いてサネウ様をじっと見る。
「お気分を害されましたなら失礼を、ですが、その賢明なる双眼で何が真実かをしかと見極められるがよろしかろう」
貴方のような方に、言われることじゃない。
「さて、斯様に計略を張り巡らせし宰相が何を望むか、皆様興味はございませんか? それは実に恐ろしきこと、このエルグラートにおける現体制の崩壊に他ならない!」
「サネウ様!」
御前に控えていたヴィクターが声を上げてサネウ様の元へ向かっていく。
多分、叔母様が止めるよう指示されたんだ。
その叔母様は戸惑った表情でサネウ様をご覧になられている。
「陛下より、お下がりになられますようお達しがございました、どうぞ控えられてください」
「お飾りの王ふぜいが何を申す、国も民もろくに顧みず、何もかも宰相の言うなりで、全てを明け渡した愚王が、皆へ真実を語る私を止めようというのか」
「不敬であられます、お慎みください」
「お前もよく吠える犬だ、王庭近衛兵団長ヴィクター! 貴殿こそ弁えられよ、俺はお前の主なるぞ!」
サネウ様の勢いは止まりそうにない。
不意に「父上!」って声が響いて、周りで様子を窺っている来賓の中から飛び出したシフォノがサネウ様の元へ駆け寄っていく。
「どうかもうおやめください! 何を根拠にそのようなことを申されているのです!」
「シフォノか、根拠ならある、それは宰相が懇意にしている薬師だ、現在我が配下が捕えて話を聞きだしておる」
「薬師、とは、もしや」
「そうだ、私も一杯食わされた奴のことだ、商業連合の武器商人を紹介され、おかげで国家に対する重大な反逆行為の片棒を担がされるところであった」
「それは」
「あ奴は手八丁口八丁で人心を誑かす外道よ、しかしそれもまた宰相の謀であった、軍部を統括する立場にあるこの私を嵌めようとしたのだ」
もっと声を大きくしてサネウ様は語り出す。
最初は南のベティアスにある獣人特区で。
その次はディシメアー、そして商業連合、次々と発生した『粉』の被害は、何もかも薬師とランペーテ叔父様が結託して起こしたことだって。
自分は巻き込まれただけの被害者で、ただ国益になるからと紹介された方々と懇意にしただけなのに、今は疑惑を掛けられている。
それも全部ランペーテ様と薬師のせい。
真実を見抜く目を持った自分を疎んで陥れようとした。
―――そんな話を本気で訴えている。
「おお、げに恐ろしきは宰相! そして身の丈に合わぬ野心を抱いた薬師も同罪にありますれば! かの者達を何故見過ごせましょう!」
「い、いい加減になさってください父上! そのような世迷いごとッ」
「世迷いごとではない! 愚凡な貴様は口を挟むなッ、シフォノ!」
サネウ様に怒鳴りつけられたシフォノはビクッと体を竦ませる。
「さあ、皆様方、昨今の宰相の尊大なる振る舞いを鑑みれば、たった今私が語った全てが真実であるとご理解いただけることでしょう」
そう言ってサネウ様はゆっくり腕を上げて、振り下ろした。
「兵共よ、かの不遜なる咎人を捕らえよ!」
「はっ」
サネウ様の周りにいた兵達がランペーテ叔父様へと向かっていく。
けれど、その手前に別の兵が現れて行く手を塞いだ。
「不敬である」
ランペーテ叔父様の声が大広間に響き渡る。
「サネウよ、よもやお前がそこまで浅はかな愚弟であったとは、ついぞ存じえなかった」
「なにッ」
「殿下のご帰還を祝う晴れの場を踏み荒らし、妄言を垂れ流して方々の不安を煽った罪、軽く済むと思うな」
「貴様こそッ、この期に及んで誤魔化すつもりか、宰相!」
「誤魔化すも何も、そもそもお前が今語った話、主語を私とすり替えているだろう」
「は?」
「薬師と結託し、この国を傾けようとしているのは―――サネウ、お前に他ならない」
「ふざけるな!」とサネウ様が怒鳴る!
「お前こそがこの国の癌ッ、お前こそが国賊に他ならない!」
「その言葉、そっくり返す」
「ランペーテぇッ!」




