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狂乱の舞踏 6

音楽が終わって、リューとワルツを踊り終えた。

楽しかったな。

できればロゼとも踊りたいけど、この大広間のどこかにいるのかな。

少しくらい姿を見せてくれてもいいのに。


そうだ、母さんもまだ来ていない。

いつ舞踏会に来るんだろう。


少し疲れたから、飲み物と軽食をいただきに行く。

会場の一角に色々な料理が用意されていて、給仕に取ってもらう立食形式だ。

受け取ってその場で食べてもいいし、近くに用意されている卓で食べてもいい。

飲み物はそこでも貰えるけれど、給仕がトレイに乗せて配って回っている。

呼んで持ってきてもらうこともできる。

改めて贅沢だよね、何もかも人任せだ。


「王室って便利過ぎていまだに慣れないよ」


ぽつんと呟くと、傍に来ていたカイが「そうだな」って頷いた。


「こういう狭っ苦しい場所に大勢いるのは俺も性に合わねえ、空ほどじゃねえが、陸も制約が多過ぎる」

「ふふ、カイはそうだよね」


海神オルトの眷属ハーヴィー

もしかするとカイは、あの青い海が懐かしいのかもしれない。


「だがまあ、飯は美味いな」

「うん」

「お前の兄貴が作る料理には負けるが」

「そうだね」

「言うな? けどお前、その格好じゃたいして食えねえだろ、腹減ってんじゃねえか?」

「それがね、凄いんだよカイ」

「何が?」

「王室仕立て師のラスターって方がいるんだけどね、苦しくない補正下着を」

「ハルちゃん」


後ろでセレスがコホン、コホンって咳払いする。

あ、流石にここでする話題じゃないか。

カイも微妙な顔をしている。


「お前なあ、今更だが恥じらいを持てよ」

「う、うん、すいません」

「そんな調子だから、そこにいる恥知らずにいいようにされちまうんだぜ」

「おい今なんて言った」

「ハルがそういうのに疎いからってウマウマと図に乗りやがって、この破廉恥野郎」

「なんだと!」


ちょっと、こら!

すぐ喧嘩するんだから、ダメだよ。

二人こそ周りを気にしてよ、見られているんだからね。


間に入って宥めていると、二拍子の曲が聴こえてくる。


「ハル、踊ろう、もう一曲だ!」

「えっ」


セレスに手を引かれる。

カイはそのまま見送っている。

―――カイとも踊ってみたいんだけどな。


大勢に混ざって、またセレスとワルツを踊った。

楽しい。

でも、今夜はそれだけじゃいられない。

足元にずっと不安が澱むように絡みついている。


舞踏会の始まりからサネウ様の姿は見えない。

どこにいるんだろう。

叔母さま、ランペーテ様、お婆様とお爺様もいらっしゃるのに。


母さんも心配だ。

でも、できればこのまま何も起こらずに済んで欲しい。

私達の不安が、警戒が、全部ただの取り越し苦労で済みますように。


三曲も踊ると流石に疲れた。

会場はまだまだ盛り上がりの最中で、皆楽しそうだ。


「殿下、よろしいですかな?」


ダンスが終わると早速また来賓の方々が話しかけてくる。

傍にティーネはいないけど、セレスがいてくれるから安心だ。

婚約者だから一緒にいても誰も何も言わないし、誰かがダンスに誘ってくることもない。

本当に助かってるよ、全部セレスのおかげだね。


そのティーネだけど、向こうで誰かと話している。

あれは確かノイクスの領主の方だ。

エルグラートとの国境付近が所領で、防衛絡みの外交を兼ねていらっしゃっている、んだよね。

傍にシフォノもいる。

他も何人か話している方々は全員がそれぞれノイクスの各領主、のはずだ。

もしかして現ノイクス代表の名代の仕事をしているのかな?


サクヤは向こうで目をキラキラさせた来賓の方々に囲まれている。

傍にキョウ、レイとラスターもいて、三人で場を仕切っているみたいだ。

あれは昨日の前夜祭の屋外ライブで新たにサクヤのファンになった方々かもしれない。

どことなく見覚えのある光景だよ。

コノハナソルジャーの皆は元気にしているかな。


ラーヴァとエレ、スノウさんは見当たらない。

場所を変えて話しているんだろう、サネウ様の件は誰かに聞かれるとよくないからね。

もしかするとランペーテ様や魔人についても情報を共有しているのかもしれない。

今はもうスノウさんも知っておいた方がいいことだ。

何か起きた時を考えたら、分からないままだと混乱するだろうし。


あれ、リューが女の子たちに囲まれている?

やっぱり格好いいからかな。

でもリューは困っているみたい、頑張れ兄さん。

だって仕方ないよ、今夜の兄さんっていつもより特別に素敵だから。

なんたって私の自慢の兄さんだし、うん!


カイはあっちで一人のままだ。

なんだかつまらなさそう。

傍に行きたいけれど、こっちはこっちで話しかけられて抜け出せそうにない。

困ったな。


「ハル」


そっと腰を抱かれる。

見上げるとセレスがニッコリ笑いかけてくる。


「失礼、殿下はまだこうした場に不慣れでおいでだ、少々お疲れのご様子なので、お話はまた後ほど」

「おお、そうでしたな、これは大変失礼を」

「気が利かず申し訳ない、では我々も下がらせていただきます、殿下、また後ほど」

「失敬」


立ち去る来賓の方々とは逆のカイがいる方へ、セレスと一緒に向かう。

はあ、疲れた。


「戻ってきたな、人気者」

「うん、そうみたい」

「すっかり疲れてるな、ハルちゃ、ハル、大丈夫か?」

「セレスが殆ど対応してくれたから、どうにか平気」

「お前もたまには役に立つな」

「黙れ、俺はこれでも王子だ、外交くらい当然こなせるんだよ」


いつもならまた喧嘩? って思うけど、今はホッとする。

カイはセレスにも気を遣ってくれているみたいだ。


「しかしここは煩くてやってられねえぜ」

「まあ社交の場だからな、舞踏会とは言っても、主な目的はダンスではなく親睦を深めることだ」

「違う」

「え?」

「誰かの噂話、ねたみ、嫉み、やっかみ、悪口、そういうのが飛び交ってんだよ、ったく気に入らねえ」

「それも、まあ、あるだろうな」

「お前らはしがらみが多くて大変だな、同情するぜ」

「そっちだってそれなりにあるんだろ?」

「あるにはあるが、俺達はある意味で同一の思想を持って存在している、場所が違えばその限りじゃねえが、少なくとも派閥や利権絡みの諍いなんてもんはねえぜ」


それはハーヴィーがオルト様の眷属だからだろう。

等しく海神にお仕えする存在で、個人同士の思惑とかはあるかもしれないけれど、政治的な利益の追求は多分意味が無い。

だって、きっとオルト様自身がそんなものに興味がないから。

眷属なら主である神に倣うと思う。


「ヒトってのはめんどくせえな」


呟きながらカイは胸元のタイを緩ませる。

それを見てセレスが「行儀が悪いぞ」って顔を顰めた。


「はン、こんな服俺の趣味じゃねえよ、お前こそ今日はやたらと派手だな、南海の魚かよ」

「この装いの良さが分からないとは、やれやれ、普段から質素に慣れ過ぎているのも考えものだな」

「うるせえ、どいつこもいつも熱帯魚やサンゴみたいな恰好しやがって、くだらねえ」

「今の言葉にはハルも含まれているのか?」

「あぁ? ンなわけねえだろ、こいつは別だ」


そうなんだ。

ちょっと照れる。


「ったく、嫌な雰囲気だぜ」


カイはぐるっと大広間を見渡す。


「こっちは何が起こるかって警戒してるってのによ、どいつもこいつもアホ面晒して能天気に」

「だが、若干妙な気配がしないか?」

「ん? 何だ気付いていやがったか、やるじゃねえか」


感心するようにセレスに答えたカイは、声を潜めた。


「そうだな、このくだらねえ騒ぎが始まってから、少しずつだが妙な気配が増している」

「ああ」

「お前、獲物はどこにある?」

「ヴィクターに預けた、あいつが下げている二本のうち、一本が俺のそれだ」


それって砂漠の民から貰ったあの魔剣、ナウブ・ファムラウだよね?

相手の魔力に応じて切れ味が増すっていう、魔力結晶の嵌った特殊な剣だ。

陛下の傍に控えるヴィクターは、確かに腰に剣を二本下げている。


「なるほど、考えたじゃねえか」

「そういうお前は?」

「前に拉致された時に思い知ったからな、いつものはルルに預けてきた」

「丸腰なのか?」

「バカ言え、持ってるよ、だが使うのはいざって時だけだ、素性が割れちまう可能性があるから、なるべく出したくない」


いつものは、前に持っていた先が三又に分かれている槍だね。

今持っている武器は使うと素性が割れる?

つまりハーヴィー専用の武器ってことかな、やっぱり槍?


「ハル、お前は」


二人が私を見る。


「あ、うん、持ってるよ、ほら」


腰の辺りに下げた細い鎖に通した飾り。

これは実は香炉で、こっちの容器にはオーダー用のオイルが入っている。

前にロゼが作ってくれたものだけど、お洒落な半面、実用性はいまいちだから、ずっと使っていなかったんだ。


「私といえばオーダーだから、それに香炉を持っていないとなんだか落ち着かないんだ」

「なんだそりゃ」

「君のそういう学者気質なところ、素敵だよ」

「有難う」

「アホか、ったく大した執着だぜ」


執着というより、これは私と母さんを繋ぐものだから。

小さな頃から傍にいつも香りがあって、たくさんの精霊と触れ合ってきた。だから手放せない。

オーダーは私の一部なんだ。


「さて、と」


カイがふらっと歩き出す。


「会場内を見てくる、どうにも落ち着かねえ、何かあったら教えてやるよ」

「分かった、気を付けて」

「おう」

「こっちも備えておく、油断するなよ」

「お前もな」


来賓に紛れていく姿を見送っていると、セレスが私の肩にそっと手を置いた。


「ハル、よければ改めて姉上、いや、閣下にご挨拶に伺わないか?」

「そうだね」


奥の壇上におられるシェーロ叔母様。

今は傍にランペーテ叔父様もいらっしゃらない。

―――お話するには丁度いい機会だ。

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