狂乱の舞踏 3(後)
部屋について、扉を開けてもらって中へ入ると、リューとセレスがいる。
「は、ハルちゃん!」
セレスが座っていた椅子から立ち上がった。
リューも目をまん丸くして「これは、驚いたな」ってニッコリ笑う。
「二人とも綺麗じゃないか、よく似合っている」
「うん」
「お褒め頂き光栄に存じますわ」
「ティーネは堂々としているな、ハル、お前は見違えたぞ」
「そうかな?」
「ああ、母さん驚くぞ、俺が驚いたんだ、間違いない」
えへへ。
ロゼもどこかで見てくれているかな。
褒めて欲しいな、来てくれるかな。
それにしても、リューとセレスも凄く格好いい。
リューの正装は深い緑色の上着とベスト、その下に白いシャツを着ている。
ズボンの色は黒。
上着の肩には飾りがあって、濃い緑色の地に模様を縫い取りした丈の短いマントを片側だけ掛けている。
模様はリューの御紋獣、羽の先だけ赤く染まった白い大きな鳥だ。
髪も整えて、仄かに薫るいい香り。
兄さんは大抵いい匂いがするけど、これは香木や麝香をベースに、花と緑の香りでまとめた香水だ。
男性らしさの中に艶っぽさを感じる大人な香り、んん、詳しい素材と配分が知りたい。
そして、セレスはまさしく王子様!
赤い上着とベスト、下から覗くシャツは淡いオレンジ色。
胸元にヒラヒラしたタイをつけて、濃いオレンジ色の石が嵌ったブローチでそのタイを留めている。
ズボンの色は白。
上着の肩には飾りと、淡い緑色の糸で刺しゅうを施した丈の短いマントをリューと同じように片方にだけ掛けている。
マントの色は白。
あの刺繍って、セレスの御紋獣のハヤブサだよね。
髪はいつもと同じように高い位置で一つに括っているけど、いつもと違ってなんだかお洒落だ。
―――あ、この香り。
「セレスもその香水つけてくれたんだね」
「え?」
「有難う、お揃いだね」
少し照れるけど、でも、嬉しい。
「ねえどうかな?」
「えっ」
「ドレス、似合ってるかな?」
私の御紋花の、五本の赤いバラ。
商業連合でセレスが贈ってくれたバラ。
今つけている香水の素材にもさせてもらった。
淡い緑色したこのドレスにちりばめられている。
不意にセレスはすとんと椅子に腰を下ろす。
そのままボーッと私を見てる。
なんだか顔が赤い?
大丈夫? まさか、熱でもあるとか。
「あの、セレス?」
返事がない。
「セレス?」
「ハルちゃん」
あ、よかった、反応した。
「どうかした? もしかして具合が悪いとか」
「結婚しよう」
「え?」
リューが「おい、セレス」って声を掛ける。
途端にセレスはビクンッと震えて椅子から飛びあがった!
な、何? どうしたの、本当に大丈夫?
「あッ! すすすッ、すみません! 出来心です! お許しください!」
「いやまあ、君はハルの婚約者だから問題ないが、その、大丈夫か?」
「ははははははいッ! あまっ、あまりのことにッ、言葉もなくッ」
「うん、まあ分かった、落ち着け」
「はい!」
「いや落ち着いてくれ、頼むから、そんな調子じゃハルも困る」
「申し訳ありません!」
セレスの様子が大分おかしい。
心配だ、もうすぐ舞踏会が始まるけど、行けるのかな。
「す、すまないハルちゃん」
何度か深呼吸してやっと落ち着いたみたいだ。
改めて椅子から立ち上がると、セレスは私の傍まで歩いてくる。
「その、あまりに綺麗で、我を忘れた」
「えっ」
「本当に綺麗だ、今日の君は、その、最早例える術もない、あまりに美しくて胸が苦しいよ」
「セレス、あの」
「ハルルーフェ、最愛の君、この世に存在してくれて有難う、貴方と出会えたことが俺の人生で最高の奇跡だ」
「ええと、私」
「愛してる」
そ、そんなに見詰められると、どうしていいか分からなくなる。
何だろうこれ。
変な感じ、落ち着かないような、逃げ出したいような。
セレスの目、綺麗だ。
ドキドキするよ、私も胸が苦しい。
セレス。
どうしよう、セレス。
コホン、コホンって咳払いが聞こえた。
ハッとして振り返るとティーネと目が合う。
ええと、ええっと!
「殿下、セレス様、盛り上がるのはそれくらいになさいませ」
「ち、違うよティーネ、これは」
「ハルルーフェ」
「セレス!」
ちょ、ちょっと、手を握らないで。
セレス、やっぱりまだ落ち着いてないよね?
「はあ、そろそろ参りますわよ、王子もしっかりなさってください、殿下に見惚れてしまうお気持ちはよく分かりますが」
「綺麗だ」
「セレスってば!」
「ハル」
呆れながら傍に来たリューが「こら」ってセレスを叱る。
途端にセレスはまたハッとなって、慌ててリューに謝りながら目をしょぼしょぼさせた。
「すみません、ハルちゃんを前にするとどうしても我を保てず」
「そこまでなのか、まあ分からなくもないが」
「すみません」
「それならハル、セレスが正気を保てるように、何か言葉を掛けてやれ」
えっ! ええと。
そうだな、それなら、こんな感じでどうだろう。
「セレス」
「ハルちゃん」
「あ、貴方は私の婚約者なのですから、しっかりエスコートしていただかなくては、その、困ります」
「ッツ!」
どうかな?
セレス、大丈夫?
「すまない、ハルルーフェ」
あ、大丈夫そうだ。
前髪をかき上げながらフッと笑って、セレスは「そうだね、その通りだ」って頷く。
「俺としたことが、婚約者の君のあまりの美しさに我を忘れてしまった、しかしもう大丈夫だ」
「うん」
「俺は君の婚約者だからな、君が恥をかかないよう振舞わなければならない」
「そうだね」
「君の婚約者だからな、俺は」
うーん?
まだちょっと様子がおかしい気もするけれど、まあいいか。
そろそろ大広間に向かわないと舞踏会に遅刻する。
一応これでも主役だからね。
最初から格好付かないと、締まらなくなるよ。
私はセレスに、ティーネはリューに、それぞれエスコートされて大広間へ向かう。
腕に軽く捕まるようにしながら一緒に歩いていると、すっかり姫の気分だ。
まあ、実際姫なんだけど。
セレスとリューは王子だし、本当に王族なんだな。改めて実感する。
大広間に近付くにつれて周りに人が増え始めた。
皆が私を見てる。
―――緊張する。
セレスの腕をギュッと握ると、オレンジ色の瞳が私の方を向いて、柔らかく緩んだ。
「大丈夫」
「セレス」
「皆、君に興味津々なだけさ、堂々としていればいい」
「うん」
「あんなものは所詮ガラス玉だ、誰一人として真実を映していない、本当の君は俺が知っている」
「えっ」
「だから構わなくていい、君は前だけ向いていればいい」
うん。
なんだか勇気が湧いてきた。
有難う、セレス。
大広間に着くと、不意に「ハルルーフェ殿下、セレス王子のお成り!」と大きな声が上がった。
辺りにいる人たち全員が振り返って、私とセレスの前に自然と道が開けていく。
大勢の来賓と、眩しい照明。
緊張と不安で竦みそう。
でも、隣に立つセレスがゆっくり歩きだす。
私も一緒に進んでいく。
「さあ、ハル」
大広間の真ん中あたりまで来て、セレスが足を止めた。
「振り返って皆へ挨拶をしよう」
「う、うん」
「俺の真似をすればいい、いくぞ」
笑顔を作って、手を振る。
―――周りからわあッともの凄い歓声が上がった!
あちこちから聞こえてくる私を呼ぶ声。
すごい迫力だ。
商業連合でライブをやった時以上かもしれない。少し、怖い。
でも分かるよ。
今ここにいる皆から、私は測られているんだ。
好意と好奇の目、含みのある笑顔、様子を窺う気配。
単純に歓迎なんてされていない。
そんな空気が伝わってくる。
来賓の何人かが早速話しかけてきた。
この方は法務の長を務めている苑公、こっちは財務担当の碧爵、王家の遠縁、政務に深く関わられている苑公、碧爵、こちらの方はお婆様と古くから親交のある苑公。
昼の間に外交のおさらいをしておいてよかった、どうにか名前と肩書を組み合わせて思い出せる。
でも後から後から声を掛けられて、段々混乱してきた。
ど、どうしよう。
「殿下」
ティーネ!
リューもいる!
二人とセレスがさり気なく助け舟を出してくれる。
おかげでどうにか乗り越えられそうだよ、本当に有難う!
「しかし、あのオリーネ様にご息女がおられたとは」
「まったく驚きですな、実によく似ておられる」
「殿下、オリーネ様は今もご息災であられますかな?」
「つかぬことをお伺いいたしますが、御父上はご存命であられるのか」
え、っと。
すかさずリューが間に入って話を切り上げてくれた。
こんなことまで訊かれるなんて、やっぱり怖いな。
母さんはともかく、父さんのことは私もよく知らない。
でもそうは答えられないし、なるべく話題を振られないよう気をつけないと。
「皆様ご静粛に!」
大広間に声が響く。
「国王陛下のお出ましにございます!」




