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狂乱の舞踏 3(前)

今回は長くなり過ぎたので、前後編でお送りいたします。

シフォノは暫く一人で考えたいって、練習室を出て行った。

見送って、私達はまたダンスの練習と、社交のおさらい。

全然気が乗らなかったけれど、ティーネに「しっかりなさい」って叱られたから。


「シフォノ様はご自身の立場と務めをご理解なさっておられました、なのに貴方がそんな調子でどうするの、ハル」

「でも」

「少なくとも、今、貴方は責任を負うべき立場なのです、そのことを忘れず、何があっても前を向きなさい」

「ティーネ」

「甘えは許しません、もし辛いというのなら、私が傍にいることを思い出して」

「うん」

「俺も君の傍にいるよ、ハルちゃん」


セレスまで慰めてくれて、泣き言なんて言ってられない。

二人もきっと辛いんだ。

特にセレスは、可愛がっている甥のシフォノが苦しんでいるのを見て、やりきれなかったと思う。

同時にずっと認めて欲しかったサネウ叔父様の事だって、もしかしたらまだ諦めきれない気持ちがあるかもしれない。

だって兄弟だから。

家族だから。

簡単に割り切れるわけがない。

当たり前のことだよ。


気付くと時間が経って、外は日が暮れていた。

ティーネからそろそろ支度をしに行こうって言われて正宮へ向かう。


「舞踏会が始まるのはもっと遅い時刻だよね?」

「ええ、ですが本日は支度にお時間が掛かりますので、今から始めなければ間に合いません」

「そうなの?」

「正式な社交の場に参りますのよ? 相応の装いというものが必要ですわ」

「そ、それは分かるけど」

「ふふ、不慣れな君も可愛いよ、ハルちゃん、君達二人の装った姿が今から楽しみだ」


ニコッと笑うセレスを、ティーネが見上げる。


「王子、私のことも楽しみにして頂けますのね」

「勿論!」

「その調子で、今夜の舞踏会で殿下以外の方へ調子のいいお言葉を掛けないでくださいましね」

「え? ま、まさか! そんなことするわけないだろ、ハハ、ハハハ!」


どうしたんだろう。

セレス、急にすごい汗だ。ティーネも何だかツンツンしてる。


「そろそろ少しは信用してくれないか?」

「言葉だけでは何とでも申せますので」

「ううッ」

「是非態度で示して頂きたいですわ、不実な殿方に殿下を任せられませんから」


二人とも、何だか大変そうだね。


―――ところで、舞踏会が開かれるのは正宮で一番広い大広間だ。

この間覗きに行ったけれど、多分、村で住んでいた家が丸々収まるくらい広い。もっとあるかもしれない。

その大広間の近くに控えの間があって、今はそこへ向かっている。


「セレス様、待ち合わせはどういたしましょう」

「舞踏会が始まる少し前に、使いをよこすよ」

「はい、ではそのように」

「待ち合わせ?」


ティーネが説明してくれる。

控えの間は身支度を整える場所で、そこから別室へ移動して、セレスやリューと一緒に大広間へ向かうらしい。


「殿下と私は同じ部屋で支度致しますので、そちらへご連絡ください」

「分かった、君は、リュゲルさんはどうされるんだろう」

「こちらからご連絡差し上げようと思っております」

「そうだな、なら同じ部屋で待ち合わせよう、手配を頼む」

「畏まりました」


途中でセレスと別れて、ティーネと二人で控えの間へ行く。

出入口の扉の脇に使用人が立っていて、扉を開いてくれると、中にも大勢の使用人がずらっと並んで立っていた。

まさか、私達が来るのをここで待っていた、とか?


「皆さん、お待たせいたしました、本日はよろしくお願い致します」


ティーネが声を掛けると、全員が「よろしくお願い致します」とお辞儀する。


「殿下、細かな指示などは私がいたします、この者達がお支度をお手伝いいたしますので、どうぞお任せください」

「え、あ、うん、はい」

「お待ちいたしておりました、殿下、ティリーア様!」


使用人の一人、この人はメイド長だ、ニコニコしながら近づいてくる。


「本日はお支度をさせていただく栄誉にあやかれたこと、光栄に存じます」

「はい、よろしくお願いします」

「ええ、お任せください、さあ皆さん、早速始めますよ!」


はい、とまた返事が重なって、全員がワッと押し寄せてきた!


「殿下、まずはお召し物を脱がせていただきますね」

「まあなんて艶やかな肌、瑞々しく潤っていらっしゃる」

「御髪もなんて綺麗、まるで金の糸のよう」

「ああ殿下、可愛らしい、いえ、失礼いたしました、お美しいですわ」

「殿下、とても良い香りがしますわね、それになんて柔らか」

「はあ殿下、殿下」


う、うわ、ええと、うわあ。

なんていうか圧倒される。

向こうでティーネが使用人たちへ色々言っているけれど、それどころじゃない。

あっちこっちから手が伸びてくる、うわあああ!


あ、そうだ、香水!


「ティ、ティーネ、ティーネ!」

「はい、何でしょう殿下」

「あのっ、あのあのっ、香水、香水を」

「まあ、大丈夫ですわ、ご心配には及びません」


ティーネが声を掛けると、使用人の一人がサッと何か持ってきてくれる。

綺麗なバラの意匠の小瓶だ。


「セレス様よりお分けいただいております、そちらでよろしいのですわよね?」

「これ、私が作った香水?」

「勿論」

「そっか、有難うティーネ」


この前こっそり話したこと、憶えていてくれたんだ。

ドレスと合わせて、セレス、喜ぶかな。


「さあ殿下、こちらの下着をお付けいたしますわね」

「本日ラスター様より届いた、最新の補正下着ですわよ」


え? あっ!

これ、苦しくない!

全然苦しくないよ、凄い!


向こうでティーネも驚いてる。

これならダンスだって踊れるし、食事もとれる。

よかった、有難うラスター! 今度会った時にお礼を言わないとだね。


他にも色々と小物を着けられて、いよいよドレスに袖を通す。

やっぱり―――綺麗だな。

私でも姫って雰囲気だ。

兄さん達褒めてくれるかな。

セレスも喜んでくれるかな、早く見せたいけど、少しだけ恥ずかしい。


化粧をして、髪を梳かしてもらって。

両側の髪を編みこんで、後ろで留める髪型にするみたいだ。

「こちらをお使い致しますわね」って髪留めを見せられる。

キラキラ光る赤いバラのついた髪留め、これって宝石?


「とある方からの贈り物です」

「え、誰ですか?」

「それは言えません、秘密に、と申し使っておりますので」


誰だろう?

こんな素敵な贈り物、お礼を言いたいんだけどな。


髪を整えたら、耳と指にも宝飾品を着けられた。

派手じゃないけど光があたるとチカッと強く輝く。

首には、母さんから貰ったネックレス。

七色に輝く魔力結晶が下がっている。

これが王族の証で、静謐の塔へ入る鍵だなんて、受け取った時は思いもしなかったよ。


母さん。

まだこのネックレスのことを詳しく訊けていない。

私の旅の話もできていないし、父さんのことだって教えて欲しい。


舞踏会で会えるんだよね?

そうしたら、今度こそたくさん話せるよね?


今夜の舞踏会で、私は『次期国王』として大勢に紹介される。

でも、承認の儀でその権利を放棄しようと思っているのに、いいんだろうか。

今更だけど迷う。

セレスも、シフォノも、リューだって、それぞれ王族として自分の立場と責任をしっかり理解して、背負っているのに。


「さあ殿下、仕上げです」


シュッと香水を吹きかけられた。

甘く華やかなバラの香り、時間が経って熟成されたんだ、深みが増している。

あれ?

何か、キラキラしたものが降ってきたよ、何?


「まあ!」

「なんてことでしょう!」


周りもザワザワし始める。

見上げたら、あれは! 黄金の精霊グルチェ!


「精霊までもが殿下に祝福を授けに現れたわ」

「まあ、まあまあ! 素晴らしいですわ殿下!」

「やはり殿下こそがこのエルグラートに必要とされている御方」

「殿下! 殿下!」

「なんてことでしょう、私、私ッ、ああッ!」


お、大騒ぎになった、どうしよう。

それにしてもグルチェ、よっぽどこの香りが気に入ったんだ。

いいこと知ったな、じゃなくて、取り敢えずどう収拾をつけよう。

あと私、頭から金粉を被ってキラキラなんだけど、これどうすればいいの?


「まあ、流石に華美が過ぎますわね、皆さん、殿下の金粉を払って差し上げて」


有難うティーネ。

使用人たちが慌てて、フワフワの羽箒で私の髪や体をパタパタ叩いてくれる。

それなりに落ちたけど、まだ全然キラキラだ。

動くと金粉が落ちる。

うう、黄金の像にでもなった気分だよ。


「これは、流石にどうしようもありませんわね」

「ティーネぇ」

「致し方ありませんわ、今から支度をやり直す時間もございませんし、諦めてくださいませ」

「嫌だよ、こんなキラキラで、目立つよ」

「一応は問題ありませんわ、若干やり過ぎのような気も致しますけれど、下品ではございませんし」

「でも、動くとほら、金粉が落ちるんだよ?」

「文字通り箔が付いたというものですわね」

「ティーネぇ!」


周りを見るけど、使用人たちは何だか満足そうな顔をしてる。

なんで?


「殿下、使いの者がまいりましてよ」

「え?」

「私も支度が済みましたし、セレス様とリュゲル様との待ち合わせ部屋へまいりましょう」

「う、うん、もう?」

「もう、ですわ」


ええと、今の時間って、うわ! こんなに経っていたの?

どうりで、なんだか疲れたわけだ。

本当に支度に時間が掛かった。

でも、最終的にこんなことになって、本当どうすれば。


「まいりますわよ殿下」

「え、あ、はい」


仕方ない、行こう。

それにしても―――ティーネ、綺麗だな。

長い髪を結い上げて、その下に覗くすらっとしたうなじが綺麗だ。

白銀のドレスもよく似合ってる。


「どうかなさいまして、殿下?」

「あ、うん、君に見惚れていた」

「まあ」


ティーネはなんだか赤くなって、広げた扇で目から下を隠す。


「いやですわ、セレス様のような事を仰って」

「あ、ええと」

「ふふ、けれど有難うございます、殿下にお褒めいただいて、何より嬉しく存じます」

「うん」

「殿下もとてもお綺麗でしてよ、遍く花も恥じらうが如く麗しいお姿でいらっしゃいますわ」

「え、そうかな、有難う」


すごく褒められた! ちょっと照れる。


連絡をしに来た使用人に案内されて、ティーネと二人で部屋を移動した。

やっぱり歩いても金粉が落ちる。

セレスは大丈夫かな、あの香水、使ってくれたかな。

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