狂乱の舞踏 2
今回も少し長めなので、お時間のある時にでもどうぞ。
この半分の量で済ませたいのですが、何故か長くなる……ドウシテ……
「では、私はひとまずヴィクターに会ってきます」
立ち上がったセレスは、私とティーネにすぐ戻るって告げて部屋を出て行く。
「俺もそろそろ行く、おいロゼ」
「なんだい?」
「付き合え」
「いいとも」
私の隣に座っているロゼが、大きな白い鳥に姿を変えた。
やっぱり翼の先の方だけ赤くて綺麗だね。
背中をそっと撫でると、ロゼは目を細くしてフワフワの体を摺り寄せてくる。
「ああ、すまないリュゲル、僕はこのままハルに愛でられていたい」
「おい―――ハル、そいつをこっちへ持ってきてくれ」
「うん」
そっと抱えたロゼをリューへ渡しに行く。
受け取ったリューは私の頭を撫でてから、ロゼを小脇に抱えて立ち上がると、部屋の扉の方へ向かった。
「じゃあ、また後で」
「うん」
「ダンスの練習、頑張れよ」
「え、あ、はい」
「ティーネもまた後ほど、モコと一緒にハルを頼む」
「畏まりました」
「はーい」
リューに声を掛けられて、ティーネとモコが返事した。
そのまま部屋を出て行こうとするリューの腕の中から「まったく」って呟いて、ロゼの姿がふっと消える。
扉の向こうにリューの背中が見えなくなるまで見送ると、モコもポンッと小鳥の姿になって私の肩へパタパタ飛んできた。
「はる、ぼくもししょーとおんなじ、みえないけどいるよ、ずっといっしょ!」
「うん、今日も傍にいてね」
「はーい」
フワッと羽を摺り寄せてきたモコの姿が見えなくなる。
気配も感じられない。やっぱりラタミルって凄いな。
「ハル、セレス様が戻られたら、まずは朝食をいただきましょう」
「うん」
そういえばお腹が減った。
ティーネも朝食まだだよね、朝から疲れたから甘いものが食べたいよ。
「その後は予定通り、ダンスの練習を致します」
「やっぱりするんだ」
「当然よ、社交のおさらいもするから、そのつもりでいるように」
「えぇ、そっちも?」
「王家と関わりの深い方々のお名前と爵位を把握しきれていないでしょう? そんなことでは侮られてしまいます、舞踏会が始まるまでにしっかり覚えていただきますからね」
「はーい」
別の意味で憂鬱だ。
ティーネに淹れなおしてもらったお茶を飲んでいると、セレスが戻ってきた。
リューの言葉を無事ヴィクターに伝えられたらしい。
それから、三人で部屋を出て、いつも朝食をいただいている広間へ向かうことにした。
すっかり遅くなってシフォノを待ち惚けさせたかもしれない。
お腹空かせていないかなあ。
「あれ、いない」
広間にシフォノはいなかった。
先に食事を済ませたんだろうか、うーん。
私達も朝食をいただいて、軽く食休みを挟んでから、ダンスを練習する部屋へ向かう。
―――そこにシフォノがいた。
こっちで待っていたんだ。
練習室の片隅に置いた椅子に掛けて、どことなく塞ぎ込んで見える。
どうしたんだろう。
セレスが近付いて声を掛けると、シフォノはゆっくり顔を上げる。
そして、苦しそうに「叔父上」と呼んだ。
「どうした」
「話を、聞いていただきたく存じます」
何かあったの?
様子を窺っていると、ティーネに腕を引かれて部屋の真ん中辺りへ連れていかれる。
「殿下はこちらで、私とダンスの練習を始めましょう」
「うん、でも」
「今はお二人にしてさしあげるべきですわ」
「そう、だね、分かった、練習しよう」
この部屋はダンスを練習するための専用室だ。
床材が他の部屋と違って、壁には大きな姿見が並んでいる。
商業連合の大劇場にあった練習室とよく似ていて、ちょっと懐かしいんだよね。
舞踏会で踊るダンスは大まかに内容が決まっている。
でもそれが絶対ではないから、奏でられる音楽が何拍子か、どういう系統かで、どう躍るか見極める必要がある。
適当に踊るのはよくない。
理由は、単純に見栄えがしないからと、周りの迷惑になるかもしれないから。
楽しく交流するのが目的でも、それだけで済まないから、結構気を遣うんだよね。
暫くティーネとおさらいしていたら、セレスが相手をしに来てくれた。
あ、男の人になってる。
―――シフォノはどうしたのかな。
「ねえセレス、シフォノは」
「ん? ああ大丈夫、それより待たせてすまない、早速練習を始めよう」
本当に大丈夫なの?
姿を探すと、またさっきの椅子に座っている。
だけど大分顔色がよくなったかな。
セレスと何を話したのかな、聞いてもいいなら教えて欲しい。
私も、シフォノの力になりたいから。
「この姿だと君と体格差があるから、動作の基準は君に合わせるよ」
「うん、よろしくお願いします」
「こちらこそ、では姫、お相手願います」
凄く王子様だ、セレス、格好いい。
ちょっとドキドキする。
男の人になったセレスの身長は、大体リューと同じくらいだ。
でも、リューと踊る時と勝手が違う気がする。なんだろうこれ、どうして?
「うん、やっぱり上手じゃないか、ハルちゃん、しっかり踊れているよ」
「そうかな、ついていくだけで必死だよ」
「あれ、もしかして体勢が辛いか? もう少し屈もうか」
「へ、平気、楽しい!」
「そうか、俺も君と踊っているとすごく楽しいよ!」
笑うと男の人の姿でも可愛いね。
セレスが眩しい。
君って本当に陽の光みたいな人だ。
暫く踊り続けたら、ティーネが「少し休憩に致しましょう」って手を叩く。
ふう、疲れた。
でもなんだか気持ちがいい。
ティーネが水の入ったグラスを手渡してくれる。美味しい、ほんのりレモンの風味がするね。
そういえばシフォノはどうしたかな。
今なら話せるだろうか。
空のグラスをティーネに預かってもらって、シフォノの傍へ行く。
「シフォノ」
椅子に掛けたまま、シフォノはぎこちなく笑う。
「すみません殿下、私だけ参加せず、このような体たらくで」
「それは別にいいけど、何かあった?」
「いえ、その、たいしたことでは」
「シフォノ、殿下にもお話すべきだ」
いつの間にかセレスとティーネも傍に来ていた。
「叔父上」
「お前の気持ちは分かるが、それが誠意というものだ」
「ですが」
「シフォノ」
「は、はい」
シフォノは手をギュッと握って、まだ何か迷っていることを吹っ切る様に私を見詰める。
「殿下、ご報告いたします、今朝がた我が父サネウとお会いしたのですが、その時、父が気になることを申しておりました」
「何?」
「―――今宵、城内の勢力図がひっくり返る、と」
鼓動が跳ねた。
それは、あの、反乱の事?
シフォノに知られないよう気をつけていたのに、まさかサネウ様から直接伝わるなんて。
「殿下もあまり驚かれませんね」
シフォノは目を伏せて「流石、慧眼であられる」って呟く。
「え、違うよ、私は」
「いえ、お気遣いいただいていたのならお恥ずかしい、父は既に国家への重大な反逆行為に関して疑惑を持たれております、私が父のことで殊更気を病まないよう、配慮してくださったのでしょう」
「シフォノ」
小さく息を吐いたシフォノは、顔を上げてまた私を見詰める。
真っ直ぐ澄んだ目だ。
「殿下、我が父は、王家に属する軍を束ねる立場にあり、その責を負っております」
「うん」
「もし疑惑の通りであれば、母上は嘆かれるでしょう、弟も悲しむことでしょう」
「そう、だね」
「何よりも、近く生まれてくる兄弟に至っては、生まれながらにして罪人の子という汚名を背負うことになる」
こんなに辛そうなシフォノは見たことがない。
どうすればいいんだろう。
なんて声を掛けたらいいか分からない。
「ですが、私は王子として国と民に責任を負っております、それが王族として生まれた者が果たすべき務めなのです」
「それは」
「私は叔父上の背中を見て育ちました、叔父上を尊敬し、幼い頃よりセレス叔父上に倣ってまいりました」
シフォノがセレスを見る。
セレスは複雑そうにシフォノを見つめ返す。
「何故なら、その、叔父上同様に、私も周囲より冷遇されておりますので」
「え?」
「殿下、エルグラート王家において王子とはそのような立場なのです、優秀でなければ、せめて直系でなければ、存在意義がない」
「そんなことはないよ!」
「いいえ、しかし叔父上は非凡でいらっしゃる、だが私はこのように凡人、ですからせめて気概だけは高くと、自らに課してまいりました」
そんな。
それは、どう受け止めたらいいんだろう。
「父は合理的な方です、しかし父もまた私や叔父上同様に、そうならざるを得なかったのかもしれません」
「どういう意味?」
「あの方も凡夫ですので、今ならばお気持ちが分かる気がすると、自惚れかも知れませんが」
シフォノは笑う。
悲しそうに。
「ですが、殿下が既にご存じということは、やはり父は国への反逆行為に加担し、今宵まさに何かしら事を起こそうとしていると、そういうことなのですね?」
「あの、ええと」
「今朝は事に及び気が大きくなって口を滑らせたのでしょう、あの方は私を軽んじておられるから」
「シフォノ、待って、あの」
「殿下、いざとなれば息子の私が必ずや始末をつけます、ですが」
「な、何?」
「何卒、今暫くの猶予を、父を止めてみせますので、どうか」
噛みしめるように頼むシフォノを見詰める。
シフォノは戸惑っているんだ。
受け入れたくない気持ちもあるんだろう、だってサネウ様はシフォノの父さんだから。
「うん」
君の気持ちを尊重するよ。
だけど。
「シフォノ、思い詰めないで」
「殿下」
「君の、その、考えは多分その通りだよ、私達もずっと警戒して、様子を窺い続けていたんだ」
「はい」
「話さなくてごめんね」
「いいえ、私は息子です、ともすれば父につく可能性もあるでしょうから」
「それは」
「賢明なご判断と存じます、懸念を抱かせてしまい申し訳なく存じます、私が至らぬばかりに」
「違う、そうじゃなくて」
どう言えばいいんだろう。
なんて言葉を掛けたらシフォノに届くんだろう。
「殿下へ恨み言や父を救って欲しいと嘆願したいわけではないのです」
シフォノがぽつりと呟く。
「ただ、それでもあの方は我が父なので」
「うん」
「すみません、私もまだ迷っております、この期に及んで情けない」
「いいんだ、それは当たり前のことだよ」
「はい」
俯くシフォノを見詰めて思う。
―――そうだったんだね。
君もセレスと同じだったから、セレスを慕っていたんだ。
でも、セレスと同じように諦めきれなくて、今も苦しんでいる。
私はどうすればいいんだろう。
君に何ができるだろう。
「シフォノ様」
不意に横からティーネがハンカチを差し出した。
シフォノはギョッとして、ティーネを見て、鼻を啜ってちょっと笑うと、受け取ったハンカチを目に押し当てる。
「すまない」
「いいえ、お覚悟お見逸れいたしました、ご立派ですわ」
「はは、君にも少しは認めてもらえただろうか」
「存分に」
ハッとティーネを見たシフォノは、ポロっと涙を溢す。
慌ててまた目にハンカチを押し当てながら「ここっ、これは洗って返す!」ってティーネに言う。
「差し上げましてよ」
「なら新しいものを贈らせてもらう! 本当に、すまない」
「いいえ」
シフォノの傍にセレスが寄り添って、背中を優しく叩いた。
辛いよね。
でも、話してくれて有難う。
私を信用してくれたんだ、その想いに私も応えたい。
何ができるかなんて分からないけれど、
どうにか、頑張ってみよう。
サネウ様を止めて、シフォノがこれ以上悲しまず済むように。
個人的に鳥の姿のロゼが気に入ってます。
小脇に抱えられる長兄、どうです?(何が?)




