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狂乱の舞踏 1

今回は少し長めなので、お時間のある時にでもどうぞ。

いよいよ面倒臭い内容になってきて、書く方も神経をゴリゴリ削られております。

―――夢?

息が上がってる。

寝汗もすごい。

何だったんだろう、あれ。


「はる、だいじょぶ?」


空色の瞳が覗き込んでくる。


「うん」

「くるしそだったよ、こわいゆめ、みた?」

「見た、大勢襲われて、それに火が」

「ハル」

「誰か叫んでいた、それにあれは」


魔人。

ゾッと鳥肌が立つ。


起き上がると、まだモコが心配そうに見上げてくる。

有難う、大丈夫だよ。

フワフワの髪を撫でていたら、扉を叩いてティーネとセレスが部屋に入ってきた。


「おはよう、ハル、モコ」

「やあ、おはよう! 外はいい天気―――あれ、ハルちゃん?」


二人も私の様子に気付いて、ベッドの傍に集まってくる。


「どうしたんだ?」

「顔色が悪いわ、それに随分汗を掻いて」

「うん、あのね」


怖い夢を見たんだ。

覚えている内容を話すと、急にセレスが真面目な顔で「リュゲルさんにお伝えしなければ」って言う。


「それは恐らくいつもの予知夢だ、やはり何か起きてしまうんだな、失火を伴うとなるとかなりの被害になるのか、くそッ」

「セレス、どうしよう」

「大丈夫だ、すぐに手を打つ、ヴィクターに警備の強化を命じよう、軍に関してはサネウ兄上の管轄だから難しいが、特例措置ということであれば私でもどうにかできる」

「わ、私も! 私にも何か手伝えることってある?」

「勿論、君は一筆認めてくれ、今夜の舞踏会が素晴らしいものになるよう力を貸して欲しいって、君の言葉があれば兵達は一層やる気を増すだろう」

「分かった、すぐ書くよ!」


傍で話を聞いていたティーネが、紙とペンを用意してくれる。


「君の書状を持って私はリュゲルさんとヴィクターに会ってくる、二人はこのまま部屋にいてくれ」

「うん」

「承知いたしました」

「きっとリュゲルさんはすぐこちらへおいでになる、私も急ぐから、戻ったら改めて話し合おう」


急いでベッドを出て、卓で書状を書くと、受け取ったセレスはそのまま部屋を出て行く。


「ハル、貴方は今の内に支度を済ませてしまいましょう」

「うん」

「軽く汗を流さないとね、タオルと下着を用意しておくわ」

「有難う」


モコもついてくる。

隣の部屋で湯を浴びて、着替えも済ませて。

―――あんな夢を見るなんて。

まだ余韻が消えない、胸でずっと不安がわだかまってる。

やっぱり何か起きてしまうんだ。

それも、とてもよくないことが。


「はる、だいじょぶ、ぼくいるよ」

「うん」

「あまり思い詰めるものではないわ、今夜の舞踏会は貴方のお披露目なのだし、形だけでも笑顔よ、ハル」

「そうだね、大丈夫」


狼狽えても仕方ない、か。

それに前から分かっていたことだ。

改めて―――覚悟しよう。

誰も傷つけさせない。


「やあ! おはよう、僕の愛しいハルルーフェ!」


バサバサッと翼の音がして、いきなり目の前にロゼが現れた!

わっ、久しぶりだね!


「兄さん!」

「可哀想に、またよくない夢を見てしまったのか」

「うん、ねえ、どこにいたの?」

「君の傍にずっといたよ、だけどこうして君に触れて言葉を交わしたかった、可愛いハルルーフェ、怖がらなくてもいい、君の頼れるお兄ちゃんが来たからね、もう安心さ」


抱きしめられた腕の中は温かくて落ち着く。

ああ、ロゼだ。

会いたかったよ兄さん、怖かった。


「ねえ兄さん、あの夢、どうしよう、皆が」

「ハルルーフェ」

「セレスがいつもの予知夢だって、本当にあんなことが起きるの?」

「落ち着きなさい、もうすぐリュゲルが来る」


そ、そうか。

セレスも戻ってくるかな。


「僕らが揃ったら、改めて君の夢の話を聞かせておくれ」

「うん」

「よしよし、予知だろうが何だろうが所詮は夢さ、恐れるに足らないよ、君ならば乗り越えられる」


それは、やっぱり夢が現実になるってこと?

どうしよう。

でも今できることは限られている。


「ハル、ロゼとモコも、お茶を淹れたわ、少し落ち着きましょう」


有難うティーネ。

長椅子に掛けると、隣にロゼも座った。反対側の隣にはモコだ。

ティーネは私の向かいに座ってゆっくりお茶を飲む。

私もいただこう。

ふう―――美味しい。


「ねえ、兄さん」

「なんだい」


昨日はどうしていたか訊くと、ロゼはニッコリ笑う。


「母さんと君達の話をしていた、今日の催しに母さんも途中から参加するそうだ」

「そうなの?」

「離れに母さんを閉じ込めておく必要がなくなったようでね、警備も手薄になっていたから、この際全て壊しておいた」

「壊す」

「ああ、術や装置の類さ、ヒトは壊していないよ、まあ、多少精神を弄りはしたが」

「え!」

「大丈夫、認知の書き換えをした程度だ、本来の人格には何ら影響を及ぼさない」

「認知の書き換え?」

「警備の理由を、母さんを守る為としたのさ、だから母さんが命じれば素直に従う、ほら、問題ないだろう?」


あるんじゃないかな、多分。

本当にロゼって何をどこまで出来るんだろう。

たまにちょっと怖いよ。


不意に部屋の扉が叩かれて、リューが入ってきた。


「ハル! ってお前もいたのか」

「やあリュゲル、おはよう」

「おはよう、それで? ハル、どんな夢を見たんだ」

「あの」

「いや待て、セレスが戻ってからにしよう、すまないがティーネ、俺にも一杯頼む」

「ええ、座っていらして」


立ち上がったティーネと入れ替わりでリューは向かいの長椅子に腰掛ける。


「さっきセレスから手短に聞いたが、警備に関してはヴィクターを通じて、各部隊長へ通達するそうだ」

「うん、私が書いた手紙を持っていったよ」

「読ませてもらった、悪くない文面だったよ、お前は人を鼓舞するのが上手いな」

「そうかな」


思いがけず褒められた。

ちょっと照れる。


お茶を淹れたティーネがリューの隣に腰を落ち着ける。


「ここで話した内容を、後ほどサクヤ達やカイにも伝えよう、それは俺が請け負う」

「うん」

「お前は今夜の舞踏会に集中しておけ、ティーネとモコもハルを頼む」

「ええ」

「わかった、ぼく、はるとてぃーねまもる!」


ラタミルのモコがいてくれると心強いよ。

城へ来てからも何度も助けられた、またよろしく。君の力を貸して。


暫くするとセレスも戻ってきた。

交渉の結果を私達に報告してくれる。


「ヴィクターが近衛兵団長の権限をもって、軍の方へも特例措置として警備強化を命じることになりました」

「そうか」

「特に火災に気を付けるよう忠告しておきました、ハルちゃん、君の手紙が役に立ったぞ」

「そう、よかった」

「あの手紙があれば管轄が異なる軍の方へも話を通しやすくなると感謝された、ヴィクターから君へ伝言だ」

「何?」

「必ずご期待に沿ってみせます、だってさ」


セレスはリューの隣に腰掛ける。ティーネの反対側だ。

全員揃ったし、早速夢の内容を話そう。

―――本当に怖い夢だった。

だけど夢だからどうしても説明が曖昧になる。

夢で聞こえた声だって、一人のような、大勢で同時に喋っているような感じで、誰だったかさえはっきりしない。


でも一つだけ確実なことがある。

燃え盛る景色の奥で笑っていた影。

あれは、魔人だ。


「薬師だったのか?」

「違う気がする、でもそう感じたんだ」

「つまり、君の夢に干渉したのか」


リューと一緒にロゼを見る。

怖い顔してる。


「僕のハルに手を出したな」


振り返ったロゼから、額にチュッとキスされた。

向かいの長椅子でセレスが口を半開きにして固まる。


「兄さん?」

「君の精神を保護したよ、その代わり、僕は君の心を覗けるようになってしまうが、けっして見ないと誓うから、暫く辛抱しておくれ」

「う、うん、平気だよ」

「信頼してくれて有難う、僕の可愛いハルルーフェ」


ロゼなら心を覗かれても困りは―――するかもしれない。

でも兄さんは必ず約束を守ってくれる。

だからやっぱり平気だ。


「しかし、随分と姑息な真似だ、余興のつもりか? まるで面白くもない」

「やはり今夜は魔人も関わってくるってことか」

「そうだね、まあ予想通りだが、魔人はヒトの不安や恐れから力を得てしまう、目的のために利用する気でいるのだろう」

「サネウが起こす騒動を余すとこなく使うつもりか、まったく、いよいよ駒扱いだな」


セレスが兄さん達に「魔人の目的は一体何でしょうか」って訊ねる。


「ふむ、そうだな、どう思うロゼ?」

「君達はハルをしっかり守るべきだ、僕も無論そうする」

「それはその通りだが、具体的な理由を言えよ」

「最大の障害になり得るからさ、あのツクモノにも気を配っておくといい、それからリュゲル、君も」

「俺?」

「そう、君も危ない、理由は僕が言うまでもなく、君ならば分かるはずだよ」


どういうこと?

リューは少し考えこんで「そうだな」って頷く。


「あの、リュゲルさん、今の師匠のお言葉はどういう意味なのでしょう?」

「そのうち分かる、君はハルだけ気にかけてくれ」

「はい」

「他はこっちでどうにかする、魔人が絡んでくるとなると総力戦になるだろう、だから君にはハルを任せたい」

「わッ、分かりました! 必ずご期待に応えてみせます!」

「頼もしいよ、よろしく、セレス」


リューは目をキラキラさせるセレスの肩を叩く。

反対側の隣からティーネが「リュゲル」って呼んだ。


「私は最初から話が見えてこないのだけど、貴方達だけで完結させないでいただけるかしら」

「まだ話せないことの方が多いんだ、不明な点に関してはひとまず保留とさせてくれ」

「それでハルが危険に晒される可能性はないの?」

「ない」

「―――分かりました、では結構です」


軽く息を吐いてリューは話を続ける。


「お前達、優先順位を決めておけ」

「え?」

「事に及んで迷ったその時に隙が生じる、その隙を突かれて大切なものを奪われないよう、迷いの元は無くしておくんだ」


それは、分かるけど。

でも全部大切で、どれも選べない時は、どうすればいいんだろう。


「兄さんは順位を決めているの?」

「ああ」

「だけど、いざとなったら迷うかもしれないって思わない?」

「思わない、俺はとっくに腹を括っている」


リューは強いね。

妹の私も兄さんに倣おう。


「そうだ、リュゲルさん」

「どうした」

「ヴィクターから兄上方と薬師に関して報告を受けました、この場で共有させてください」

「そうか、こちらこそ頼む」


セレスの話を一緒に聞く。

その間に、ティーネがお茶を淹れなおしてくれる。


「兄上方と薬師に目立った動きはありません、ですが、王都周辺に配備された軍へ今朝がた通達がなされたそうです」

「内容は?」

「サネウ兄上より勅命で、王都周辺に配備された各隊の部隊長へ、警戒は市中に重きを置け、と」

「市中? そうか」

「はい」

「この期に及んでサネウはまだ何も知らないのか、呆れるな、それでよく反乱を起こそうなどと」


ため息交じりに呟いたリューは、はたとセレスを見て「すまない」って謝る。

セレスは苦笑して首を振った。


「いえ、私も、我が兄ながら情けないと思っております」

「やめるんだ、君が身内を貶してはいけない」

「お気遣い感謝いたします、ですが既に割り切っておりますので」


何も言わず目を瞑るリューに、ティーネがまた説明して欲しいって声を掛ける。


「そうだな、恐らくサネウは件の粉で発症した者達を、商業連合で培った遠隔操作を用いて操り、城下で騒動を起こすつもりだろう」

「まあ、そんな」

「だがサネウは既に事態が収拾されていることを知らない、故に奴の目論見は外れる」

「何か手を打たれたの?」

「とっくさ、ロゼから報告を受けた地点で解毒薬の服用率は八割だ、それが数日前のことだから、今はほぼ完了しているだろう」


舞踏会の開催は城下にも広く知れ渡っていて、最近の情勢や生活の不安から溜まっていたガス抜きに、街も祭りの賑わいになっているらしい。

そこで売られている記念品の酒に混ぜて、国が交易で取り寄せた特効薬として、ロゼの解毒薬は色々な形でウーラルオミット中に行きわたった。

でも、私達が陛下のお見舞いに伺ったのって、ほんの一週間前のことだ。

あれからリューが色々と手を尽くしたとしても、この成果は凄い。私には絶対にできないよ。


「さ、流石です、リュゲルさん」


セレスも唖然としている。

リューは「たいしたことじゃない」って答えて、話を続ける。


「だがサネウが作り出すだろう状況は魔人にとって都合がいい、宰相も恐らく利用を考えている」

「つまり、それは?」

「今までは憶測の範疇だった危機が現実になろうとしている、ハルが夢に見たからな、騒動は恐らく起きてしまう、だがどういう形で起こるかは不明だ」

「既に解毒薬は行きわたっていますからね」

「そう、発症者も潜在的に可能性を秘めている者もいない、だから遠隔操作は使えない、はずだ」

「では一体?」

「分からない、だが、そうだな、セレス」

「はい」

「ヴィクターにもう一度使いを頼めるか? 王都周辺に配備された軍の兵達を見張るよう、彼の配下へ内密に命じて欲しい」

「それは構いませんが、何故です?」


セレスに訊かれたリューは黙り込む。


「―――俺の杞憂で済めばそれでいい、だから理由は舞踏会の後で答える」

「は、はい」

「すまないな」

「いえ、きっと何かしらお考えあってのことと存じます、承りましょう」

「頼む」


今はまだ朝で、舞踏会は夜から始まるのに、気分はすっかり憂鬱だ。

このまま半日過ごさないといけないなんて。


でも、しっかりしないと。

私にも何かできることってないのかな。

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