前夜祭 4
「あっ、ハルちゃん!」
皆のところに戻ると、セレスが一番に気付いて駆け寄ってくる。
「どうして」
「あ、ええと、カイと話してたんだ」
「おう」
セレスは私とカイが繋いでいる手をじっと見る。
なんだかショックを受けてるみたいだ。
「何を話していたんだ?」
「色々だよ、初めて会った時のこととか、ね?」
「まあな」
「ッツ!」
ええと、様子がおかしい?
どうしたんだろう。
「とにかく、ハルちゃん、こっちへ」
「あ、うん」
セレスの傍に行こうとすると、繋いだままの手をグッと引かれた。
カイ?
「おい」
セレスがカイを怖い顔で睨む。
カイも同じようにセレスを睨み返す。
「放せ」
「嫌だ、と言ったら?」
「手首から切り落としてもいいんだぞ」
「おいおい、こんな所で傷害沙汰か? 随分と余裕がねぇんだな、王子様」
「ああ、特にお前だけは」
ま、待ってよ、二人とも落ち着いて!
傍にリューが来て「こら」って叱ってくれる。
だけどどっちも睨むのをやめようとしない。
「ねえやめて、どうして喧嘩するの?」
「君を譲れないからだ、ハルちゃん」
「そうだな、俺も譲らねえ」
「いい度胸だな、カイ、この際はっきりさせておこうか」
「ああいいぜ、ヒト如きがこの俺に挑む無謀を思い知らせてやる」
「お前がたとえ何者であろうと、この想いに懸けて私はッ」
「いい加減にしろ!」ってリューが!
セレスとカイに思いきりゲンコツを落とす!
「ぐあッ!」
「おぐッ! お、あ、おぉ」
す、すごい音がしたよ。
今のって、いつもロゼにするゲンコツだ。
私は経験無いから分からないけれど、あのゲンコツをされたロゼは暫く動かなくなる。
二人もゲンコツされた場所を押さえてうずくまった。
大丈夫? まさか頭が凹んだりしてないよね?
「ハル、放っておけ」
「だけど兄さん」
「自業自得だ、そもそもお前達、兄の俺の前で妹を理由に諍うなんて、それこそいい度胸じゃないか」
リューに叱られて、セレスがどうにか顔だけ上げながら「す、すみません」って謝る。
カイは頭を押さえたまま唸り続けてる。
二人とも本当に痛そうだ、せめてリール・エレクサだけでも唱えておこう。
「おお! 見事なナックルメテオ! まさしく鉄槌と呼ぶにふさわしい、お見逸れいたしました!」
「あぁン、やっぱり逞しい御方ねぇン、その麗しい腕力にときめいちゃうわぁン」
レイとラスターがリューに感心してる。
ずっと傍で見ていたティーネはなんだか呆れた雰囲気で、シフォノはずっと動揺しっぱなしだ。
うーん。
今の状況をサクヤ達が見たらどう思うだろう。
「みんなぁ!」
あ、考えたら戻ってきたよ。
ニコニコと駆けてくるサクヤの後ろで、キョウも満足そうな顔をしながらゆっくりこっちへ向かってくる。
「どうだった? 突発屋外ライブ! 楽しんでもらえたかな?」
「こんなこともあろうかと簡易音響装置を携帯しておいて正解でした」
簡易音響装置?
もしかして、ライブの前にキョウが取り出していたノートみたいな道具のことかな。
あれって何だったんだろう。
多分、前にくれた記録水晶と同じでキョウ独自の謎技術だ。
「お帰りサクヤ、ライブ、すっごく良かったよ!」
「本当?」
「ええ、素晴らしかったわ」
「やったぁ! キョウ、大成功だね!」
「ああ、そうだねサクヤ、皆さんの歓声がとても心地よかった、流石は鈴音の歌姫だ」
「えへへッ、キョウもサポートありがと!」
「どういたしまして」
ティーネと一緒に、嬉しそうなサクヤとキョウを見詰める。
最高の時間を有難う。
辺りもすっかり浄化されて、そこらじゅうから精霊の気配を感じるよ。
来賓の方々も興奮冷めやらぬって雰囲気だ。
「ところでセレスとカイはどうしたの?」
「ええと」
まだうずくまっている二人を見て不思議そうなサクヤに、ティーネが「喧嘩してリュゲル様からお叱りを受けましたの」って答える。
そうだね、ものすごーく痛い『お叱り』だったよね。
「また喧嘩したんだ、二人ってある意味仲がいいよね」
「はぁ、こんな事ではどなたにもハルを任せられそうにないわ」
「あ、それじゃさ、ティーネと私でハルを貰っちゃおうよ」
「そうね、それがいいわね、そう致しましょう」
頷き合うサクヤとティーネに、リューが苦笑する。
貰うってどういうこと?
「ふむ、これはいけませんな」
不意にレイが呟く。
「皆様、ご歓談中大変失礼ですが、早急に場所を変えられた方がよろしいかと存じます」
「どうしたんだ」
「先ほどの我らが綺羅星、鈴音の歌姫の輝きに魅了された方々が、どうやら再び姫の紡がれる甘美なる調べにて耳目を潤したいご様子」
え?
レイの言葉に周りを伺うと、笑顔で近付いてこようとする姿が何人もいる。
「ささ、どうぞ! この場は姫のプロモーション及びマネージメント担当のワタクシにお任せを、皆様は引き続きパーティーを楽しまれてください」
「んっフ、実はそのためにも来たのよぉン、だからお気遣いなさらずいってらしてぇン」
もしかして二人って。
サクヤがライブするって聞いて、こうなると見越して来てくれたの?
「大支配人さん、弟さんも、ご迷惑をおかけしてごめんなさい」
「おお、麗しのマイレディ、至高の星サクヤよ! 鈴音の歌姫が斯様に些細なことをお気になさらずともよいのです、今宵は魅惑の突発ライブをまことに有難うございます、いちファンとして感謝感激雨アラレ、このワタクシめが煌めく星であられる貴方様に恩返しできることなど斯様な程度しかございません、ですのでどうぞ! どうぞ何卒! この場はワタクシ共にお任せください、そして貴方様は久方ぶりの星々の邂逅を存分にご堪能なさるのがよろしいかと! ああっ尊い!」
「はい、そうしますね、有難うございます!」
「んん~よきお返事! 満足! 大満足にございます! ささっ、どうぞお早く!」
レイに促されて、サクヤが「行こう」って私の手を取る。
歩き出すと皆もついてきた。
セレスとカイもどうにか立って一緒に来るけど、二人ともまだ足元がふらついている。
「では皆様、こちらへ」
ティーネの案内で、庭の特設会場から、桂宮の客室へ移動した。
来賓の部屋は正宮にだけ用意されている。
だからこっちはいつもより人が少ないくらい、落ち着いて過ごせそうだ。
長椅子に腰を下ろして一段落。
隣にサクヤも腰掛ける。
向かいの長椅子にはリューとシフォノ、キョウが座って、中央の卓の左右に置かれた椅子にそれぞれセレスとカイが座った。
「お茶を淹れますわね」
有難う、ティーネ。
お茶を用意したティーネは私の隣、サクヤと反対側に座る。
「し、しかし、素晴らしかったよサクヤちゃん、まさか君の生歌を城で聴くことが叶うなんて」
「ありがと、セレス!」
「そうですね、叔父上が仰っていたとおりでした、鈴音の歌姫、君は素晴らしい歌手だ、称賛に値する」
「やったあ、喜んでもらえてよかったよ!」
サクヤ、嬉しそうだね。
私もなんだか嬉しい。
「しかし神楽とは」
呟くリューに、サクヤが「あ、気付いたんだね、流石!」ってウィンクする。
「この前も神楽を舞ったけどあれは気休め、今回は割と本気だったから、効果も恐らく一週間は続くと思うよ」
「凄いな」
「当然でしょ、なんたって私とトキワ姉さんは、アキツの豊穣神様にお仕えする巫なんだから」
「しかし油断はなりません、この城内には不浄の存在が紛れ込んでいますからね」
「そうだね、すぐ空気が濁ってくるよね、ヤな感じだよ」
サクヤとキョウが言っているのは魔人のことだ。
もしかすると、ランペーテ叔父様も含まれているかもしれない。
「ねえ、そういえばさ、明日の舞踏会だけど!」
なんとなく重くなった雰囲気をかき消すように、サクヤが目をキラキラさせてドレスのことを訊いてくる。
それはまだ内緒だよ。
でも楽しみにして欲しい、凄く素敵なドレスだから。
―――それから暫く、皆で楽しい話だけして過ごした。
会えなかった間は何をして過ごしていたとか、最近の出来事や食べたもの、そういった話。
ティーネが淹れてくれたお茶を三杯飲んだところで、リューがお開きにしようって皆に切り出す。
「もういい時間だ、そろそろ明日に備えて寝た方がいい」
「そうね、確かに」
「夜更かしは美容の敵! リュゲルさんの言うとおりだよ、それじゃ、今日はこれで解散!」
サクヤは女の子としての意識が高い。
私ももう少し気を遣うべきかな。
「明日か」
セレスがぽつりと呟く。
不意にまた部屋の空気が少し沈んだ。
やっぱり、何か起きてしまうのかな。
誰もその話をしないようにしていたけれど、同じ不安を感じているはず。
「叶うなら、楽しく過ごせるといいな」
「ええ」
「そうだね、あっ、それじゃ私、明日もまた歌っちゃおうかな?」
「それはいい、君の美声を舞踏会でも堪能させてもらえるなんて、ファン冥利に尽きる」
「期待されてこっちも歌姫冥利に尽きるよ、よーし、張り切っちゃうぞ!」
「僕も支援するよサクヤ」
「よろしくね、キョウ」
それぞれが明日へ想いを抱いている。
私も、あまり身構え過ぎないようにしたいけれど、不安だよ。
―――お願いですエノア様。
どうか、貴方の墓所でもある王城を、そして王都を、ここにいる全ての命をお守りください。
「では参りましょうか」
ティーネが立ち上がって、皆も腰を上げる。
今夜は楽しい夜だったな。
またこんな風に皆で一緒に過ごしたい。
きっと叶うよね?
ううん、叶えてみせる、絶対に。




