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試着 1

オルムの竜たちと、サクヤ、キョウ、カイが城に着いた翌日から、他の招待客も続々と到着し始めた。

―――その殆どの人達が舞踏会の前に私に挨拶したいと言ってきて、毎日クタクタだ。

これが社交。

大変だぁ。

朝起きて、食事を取って、午前は家庭教師の授業だけれど、午後はずーっと挨拶、挨拶、挨拶。

これならまだティーネが言っていたとおり、午後も授業を受ける方がマシだったよ。

あんまり大勢いてどれが誰で、どこの何だかさっぱり覚えられない。

でも、その辺りの補助はティーネとセレスが傍についてしてくれる。

本当に助かるよ、二人がいなかったらきっと訳が分からなくなってた。大感謝だ。


ティーネが教えてくれたけど、リューもずっと挨拶で忙しいらしい。

全然会えないのはそういう理由だったのか。

だけど今日は、仕上がった礼装を試着するためにラスターの作業部屋に集まることになっている。

楽しみだな。

私のドレスも気になるけど、それより兄さん達の礼服や、リューに会えることの方が嬉しい。


午前の授業が済んで、いつも通り私とティーネ、セレスとシフォノも一緒に、王宮仕立て師ラスターの作業部屋へ向かう。


「疲れたよ~」

「まあ殿下、いけませんわ、たとえ思っていてもそのような言葉を口に出されてはなりません」

「勘弁してやってくれ、最近は普段以上に気を遣うことが多いんだ」

「無論、存じております、ですがならぬことはなりません」

「ティーネ嬢は規律正しいな、その凛とした様が実に魅力て、きだなんてッ、お、お、思っていないからな!」


シフォノは相変わらず大変だね。

セレスと顔を見合わせて苦笑いする。

でも、本当に疲れたよ。

舞踏会当日はもっと大変だなんて思いたくない。

取り敢えず来賓の中でも有力者の顔と名前を一致させて覚える、これが今ティーネに出されている宿題だ。


「以前も話したことがあるが、王族の主な仕事は外交だからな、人脈作りも職務の一環だ」

「分かってるけど、まだ半分も覚えられていないよ」

「心配ないさ、私が全て覚えているから」

「私も把握しておりますが、それはそれです、よく努められますよう」

「うう、ティーネが厳しい」

「で、殿下、これは恐らくあ、愛の、鞭ッ、というものです! 羨ま、ではなく! 頑張りましょう!」

「シフォノも覚えていないのか」


セレスに訊かれて、シフォノは慌てて「恐らく七割、いえ、は、半分と少々程、です」って答える。

私よりは覚えてるよね?

それにティーネとセレスは別だよ、なんでそんなに覚えられるの?

確かリューも、城内にいる人と獣人の顔と名前はほぼ把握してるって言ってたよね。

多分、挨拶で忙しくしている間に来賓の顔と名前だって片っ端から覚えたと思う。

千人単位で記憶するなんて無理だよ。

何かコツとかあるの? 教えて欲しい。


気付いたらラスターの作業部屋の前だ。

扉を叩いて部屋に入る。


「んんんんんんんん! これはこれはッ、麗しの~バラの如きぃ~セレス様ぁ! そしてそしてッ、可憐な~雛菊のごと~きぃ~ハルルーフェ様ぁ!」

「な、なんでお前がここに!」

「はい! お久しぶりにございます! 美の結晶の如きお二方に再び見えることが叶い恐悦至極、天にも昇る心地とはこのこと!」

「レイ」

「左様にございます! 貴方様の僕、貴方様の熱烈なるファン、貴方様に尽くす忠義の犬! エロール大劇場の大支配人こと~ッ、レイ・グロウにございます!」


わあ、レイだ。

相変わらず勢いが凄い、でもまた会えて嬉しい!

―――セレスは複雑そうだな。

ティーネとシフォノは、あれ、固まってる? 今ので圧倒されたのかな。


「あらぁン、いけないわン兄さん、シフォノ王子とティーネ嬢がビックリされておられるじゃないのぉン」


ラスターもいるね。

そうか、二人は兄弟だから、ラスターがレイを招いたのかも。


「おっと、いや? おやおやおやおやおやおやおやおやおやおや?」

「どうしたの兄さン」

「こ、これはぁッ、まさかッ、またもや新たなる原石の予感ッ!」

「まァ、やっぱり兄さんもそう思うのねぇン!」


レイとラスターがティーネを見てる。

ニコニコしながら近づくレイに気付いて、ティーネは慌てて私の後ろに隠れた。

あからさまに警戒してる。

大丈夫だよティーネ、この人は前に話した、商業連合でお世話になった劇場の支配人だよ。


「おやおや、申し訳ない、怖がらせてしまいましたかな、レディ」

「ど、どなたかしら」

「これは失敬! 申し遅れました、白百合の如き麗しきレディ、何卒ご容赦を、ワタクシめは世に遍く綺羅星の信奉者にして僭越ながら守護者を自負させていただいております、西国は首都ドニッシスにございます芸能の歴史と伝統、そして革新を担う大劇場、エロール大劇場の大支配人、レイ・グロウと申します! 以後何卒お見知りおきを、貴方様の記憶の片隅にでも残して頂ければ幸いにございます」

「はあ、そうですのね」

「時にレディ、おお麗しのレディ! たった今ワタクシめは貴方様の虜になってしまいました、何卒その麗しきお名前をお聞かせ願えますでしょうか?」

「ティリーア・レブナントと申します」

「レブナント!」

「はい、東国の現代表、十一代レブナントの娘にございます、こちらにおられるハルルーフェ殿下の世話役を務めさせていただいておりますわ」

「おお! 麗しの白百合! なんという高貴な御身分! やはりそうでいらしたのですね! 貴方様からは深紅のバラの如きセレス様と、穢れなき可憐なヒナゲシの如きハルルーフェ様同様に洗練された淑女の香りがいたします、なんと芳しき、おお、麗しの乙女! その白雪の如く真白き長き髪、すらりと伸びる水連の如き長い耳、そして赤く深く煌めく紅玉の如き瞳、アナタ様も万民が焦がれ熱狂する綺羅星の原石! まさかッ、まさか斯様な場所で巡り合えるとはッ、なんたる僥倖ッ、くうッ、素晴らしい! 我が身は歓喜に耐えませぬ!」


セレスが見かねて「いい加減にしろ」ってレイを止めてくれる。

もう、ティーネがすっかり怖がってるよ。

シフォノも混乱してるし、それくらいにして。


「せ、セレス様ッ、しかし!」

「黙れ、お前もこいつの弟だろう、煩い兄をどうにかしろ」

「あらン、ですが王子、兄も美の虜囚なんですのぉン、ですから何卒ご容赦なさってぇン」

「するか! 兄弟揃って鬱陶しい、主義主張を持つのは結構だが多少は弁えるよう努めろ!」

「無理にございますッ! 貴方がたのような綺羅星を前に溢れいずるこの歓喜を、狂乱を、興奮を、如何に昇華しましょうや! 無理に抑え込めば暴発してしまうぅンッ!」

「それはダメよ兄さンッ、暴発はいけないわぁンッ」

「おお、ラスター、我が弟よ! それではお前が私のこの迸る熱きエナジーのパトスから皆様方をお守りしておくれ!」

「兄さァんッ!」


エナジーとかパトスって何だろう。

考えている間に、セレスがその辺にあった紐を使ってレイをグルグル巻きに縛り上げた。

ついでに猿ぐつわまで噛ませて喋れないようにする。


「兄さァンッ!」

「な、何の騒ぎだ?」


あ、リュー。

作業部屋に入ってきたリューは、紐でグルグル巻きにされたレイを見てビックリする。


「支配人じゃないか、どうしたんだ」

「ワタクシがお招きいたしましたのぉン、だって国中の美が結集する舞踏会に兄さんを呼ばないなんてありえませんものぉン」

「そうか、で、なんで縛られているんだ?」

「煩いからです」

「そ、そうか」


面と向かって答えるセレスに、リューの腰が若干引けてる。

私も流石に縛るのはやり過ぎだと思うけど、でもレイ、全然辛そうじゃない。

むしろニコニコしてるよ。

ちょっと怖い。


「ねえハル、貴方に聞いていたよりずっと怖いわ」

「え、怖いなんて言った? 言ってないと思うよ?」

「熱心だったとは聞いたけれど、あの方はむしろ狂信的よ、宗教にでも入信なさっているようだわ」

「フゴゴ、フゴーッ!」


ティーネの言葉にレイが満面の笑みで頷く。

それを見てティーネはますます怖がって私の腕にしがみついてくる。

ううん、どうしよう。


「ま、まあ、とにかく着替えよう、俺達はそのために集まったんだろ?」


リューに言われてハッと我に返った。

そうだよ、試着だ!

ラスターもハンカチで涙を拭いながら「そうですわね、早速私が手塩にかけた至高の礼装を皆さまにお試しいただきますわン」って話を切り替える。


「では、殿下の着付けはティーネ嬢にお願いいたしますわぁン」

「はい、畏まりました」

「あ、そうそう、先日ご到着なさったベティアス代表から貴方のドレスもお預かりして、ワタクシが少々手を加えさせていただいたわぁン、そちらもお召しになってねぇン」

「私も、ですの?」

「ええ! より美しく! より華麗に! より煌びやかに! ティーネ嬢の魅力を一層引き立てるよう美しさを極めておきましたわぁン、きっと気に入りますわよぉン」


ティーネのドレスはスノウさんが用意するって話だったよね。

そのドレスにラスターが手を加えてくれたのか。

すごい、早く見たい!


「お二人はそちらの別室にて試着をどうゾ、殿方はこの部屋でお着替え致しますわよぉン、セレス様も男性の姿におなりになッテ、試着後に微調整を致しますわぁン」

「では、私はこちらで見学を」

「シフォノ様もお着替えなさってぇン、御母堂よりお預かりした礼服を手直しいたしましてよぉン」

「なっ! 私の分もあるのか!」

「もっちろんですわぁン、王族の方々、皆様のお洋服を手掛ける栄誉を賜っているのがこのワタクシ、王宮仕立て師ラスター・グロウですモ・ノ!」


ラスターがシフォノにパチンとウィンクする。

シフォノは体をブルッと震わせて「そ、そうか」って微妙な笑みを浮かべた。


部屋の隅では、グルグルに縛り上げられたレイがずっと何か言っているけど、猿ぐつわのせいで聞き取れない。

それでも喋るのをやめようとしなくて怖い。

ティーネがもっと不安になりそうだから早く別室へ行こう。

作業部屋に来た目的は試着だからね、うん。


「ねえハル」

「ん、何?」

「貴方がしたっていうアイドルって、もしかしてとても恐ろしいことではないのかしら?」

「違うよ、アイドルは楽しいよ」

「そう、でも」

「レイは、その、凄く熱心なんだよ、でも悪い人じゃないから怖がらなくていいよ、大丈夫だから、ね?」

「本当に?」

「勿論」


少なくとも嘘は吐いてない。

慣れるかどうかは別として、だけど。


別室にはドレスが二着飾られていた。

どっちがどっちかは一目瞭然だ。

こっちの淡い緑のドレスが私で、白銀のドレスはティーネ。

二着ともすごく綺麗。


「まあ」


ティーネも怖がるのをやめて、目をキラキラ輝かせている。


「なんて美しいの」

「うん」

「ねえハル、この花って、貴方の花紋よね」

「そう、だね」


改めて、その、すごく恥ずかしいかもしれない。

こんな大胆にあしらわれているなんて、セレスが見たらどう思うだろう。


「あらハル、顔が赤いわよ」

「えっ!」


ティーネがクスクス笑う。

もう、やめてよ。


「さあ、早速着替えましょうか」

「うん」

「補正下着、今日はいつもよりしっかり着けさせていただきますからね」

「ううッ!」


そ、そうだった。

ドレスを着るために補正下着をつけるんだ。

あれ苦しいから苦手だよ。

だけど仕方ない、早速ティーネに着けられて―――ううっ、うーッ!


「ハル、これは最新の補正下着よ、体への負担は従来品よりずっと少ないわ」

「く、苦しい」

「頑張りなさい、美しさは気合、舞踏会ではこれを着けて、ドレスを着て、更にダンスを踊るのよ」

「無理ぃ」


舞踏会は楽しみだけど、乗り越えられる気がしない。

何が起こるか分からないし、補正下着も苦しい。

やっぱり、私は姫ってガラじゃないよ。

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