表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
436/555

訪問準備

―――その日の夕食が済んで、セレスとティーネも自分の部屋へ戻った後。

寝る少し前にロゼが来た。


「やあ、ハル、夜分にすまないね」

「兄さん」

「早速だが昼にリュゲルから頼まれた薬だ、使うといい」

「有難う!」


本当にすぐだ。

モコも「ししょー、すごい!」って目をキラキラさせている。


「ねえ、兄さん」

「うん?」

「他の人達の分は?」

「そちらはリュゲルに預けたよ、どう配布するか僕は知らないからね、頼まれたら手伝う用意はあるが」

「そう、本当に有難う、兄さんは凄いね」

「フフ」


ロゼは嬉しそうに「もっと褒めてくれていいよ」ってニコニコする。

だから―――たーくさん! お礼を言った。

ロゼはホクホクで私をギュッと抱きしめながら「充分過ぎる報酬だ」なんて声を弾ませる。


「うんうん、とても満たされたよ、僕は非常に満足した、さあハル、君はそろそろ休むといい」

「うん、おやすみ兄さん」

「おやすみ、僕の可愛いハルルーフェ、君によい夢を」

「ししょー、おやすみなさい」

「ではまた」


ふっとロゼの姿が消える。

改めて受け取った薬を見ながら、これをどうやって陛下に召し上がっていただこうか。

何かいい方法はあるかな、明日セレスとティーネに相談してみよう。


「モコ、寝よ」

「うん!」


モコと一緒にベッドへ潜り込んで目を瞑る。

いよいよ、来週末には舞踏会だ。

それまでに陛下とお会いして、さっきの薬を召し上がっていただこう。

ついでに少しでも話せるといいな。


昔は―――母さんが大好きで、よく母さんの後を追いかけていたってヴィクターが教えてくれた。

きっと優しい方だろうってセレスも言っていた。

私も、そうだといいなって期待込みで、そう思うよ。

今はどうされているだろう、お加減は大丈夫なのかな。

心配だよ。

母さんのことも。


――――――――――

―――――

―――


ここではないどこか、遠い、遠い場所で。


君は花を咲かせる。

それは約束の証。


貴方は私を待っていた。

交わした誓いを果たすために。


私も、ずっと貴方を待っていた。


ねえ、花が咲くと、どうなるか知っている?

ふふっ、それはね―――


どこまでも広がる空に果てはなくて。

彼方へ続く海にも果てはなくて。


そして、この大地も果てしない。

神々が造り給うた、数多の命芽吹く尊き世界。


私はこの世界が好き。

居場所のない私にも、皆が、貴方が、教えてくれた。

愛というものを。

遍く満ちる果てない想いを。


この花の。


一つは、愛。

一つは、声。

一つは、温もり。

一つは―――。

一つは―――。


さあ、もうすぐだよ。

君はきっととても辛い思いをするだろう、私も君と同じくらい辛い。


でも、君なら大丈夫。

だって君は知っているから。

そして君は持っているから。


その両腕を広げても抱えきれないほど、たくさんの―――


――――――――――

―――――

―――


「ん、ん?」


空色だ。

よく晴れた空の青より綺麗な透ける青。

ニッコリ笑って「はる、おはよ!」って、ああそうか、モコの目だ。


「おはよ」

「まだねむい?」

「うーん」

「眠くても起きなくてはダメよ、モコもハルの上から退いて頂戴、ほらハル、早くベッドから出て」


うう、ティーネ、今朝も早いね。

ズルズルとベッドから抜け出して、モコと一緒に隣の部屋の洗面台へ向かう。

顔を洗って、着替えて、髪を梳かしてもらってもまだ眠い。


「今朝は随分と眠そうね、もしかして昨日、二人で夜更かしでもしていたの?」

「違うけど、ねえ、ティーネ」

「何かしら」

「花が咲くとさ、どうなるか知ってる?」

「え?」


夢で何だかそんなことを訊かれたような。

切ないような、寂しいような、でも明るい夢だった。

花が咲くとどうなるんだろう。

うーん。


「おかしなことを言ってないで、しゃんとして頂戴」

「はい」


不意に部屋の扉が叩かれて、ティーネが返事すると、「おはよう!」ってセレスが入ってくる。

私の支度も済んだし、全員揃ったから、昨日ロゼから受け取った薬のことを伝えないとだね。

ん、よし。

四人でそれぞれ長椅子に掛けて、セレスとティーネに薬の入った小瓶を見せながら事情を説明した。


「す、すごい、師匠! すごい! 本当にたった一日で薬を用意してくださった、師匠!」

「呆れた仕事の早さねえ、村にいた頃は毎日寝てるか歌っているかだったのに」


うん。

ロゼって暇な時は大抵どこか高い場所にいて、寝てるか歌ってるか、そうじゃなければリューの傍にいるかのどれかだったよね。


「そ、そうなのか?」

「ええ、勤勉とは程遠い姿でしたわ、ですから王子、改めて申し上げますけれど、ロゼを師と仰ぐのは感心致しません」

「うッ! で、でも、私はあの方の美しさや強さに感銘を受けたんだ、気高きお姿は我が師以外の何者でもない」

「まあお好きになさればよろしいけれど、事実としてロゼは物臭でしてよ」

「そんな風に言わないでくれよ」


でもセレス、気持ちは分かるけど、ティーネが言ってることって事実なんだ。

ロゼの面倒臭がりは家族公認だから。

村ではしょっちゅうリューに「お前も働け!」なんて叱られていた。

旅の間も、思い出すとやっぱりロゼは面倒臭がりだった気がする。


「王子がどなたを師と仰がれるかは王子の自由ですわね、差し出がましいことを申し上げましたわ」

「君、そうやって私を突き放すよな」

「何のことでしょう?」


セレスは小さく溜息を吐いて、改めてロゼが作ってくれた薬の小瓶を手に取って眺める。


「しかし、この師匠から賜った薬を、どうやって姉上に召し上がっていただくか」

「そのことですけれど、私によい案が御座います」


ティーネがニコッと笑う。

本当?

セレスも目を丸くして「なんだって、聞かせてくれないか?」とティーネの方へ体を乗り出す。


「ハル、貴方、コーディアルを作れたわよね?」

「えっ、あ、うん」


コーディアルっていうのは、食用や薬になる植物、果物の類を砂糖水に漬け込んだものだ。

作り方は色々だけど、材料を水に入れて煮立たせてから、砂糖やかんきつの果汁を加えてまた煮込むのが代表的かな。

冷ましたものを水や炭酸水で割って飲むとすごく美味しい。

村にいた時は、たまにオーダー用のオイルを作るついでに作って飲んだりしていた。


「では、そのコーディアルに薬を混ぜて、陛下に召し上がっていただきましょう」

「えっ」

「それは、いや、そうだな!」


セレスがハッとした様子で相槌を打つ。

だけど、私の手作りなんて召し上がっていただけるのかな?


「ハルちゃんの手作りであれば確実だ」

「ええ」

「ハルちゃん、君が陛下のために作った、この前提が重要なんだ、そのために必要な条件も、オーダーが得意な君は既に満たしている」

「どういうこと?」

「つまり、植物に関して知識を持つ君が、お加減を崩されている陛下のため、自ら労して滋養強壮を促進する飲み物を用意した、薬ではないところもいい、実に現実的な策だ」

「薬であれば警戒されてしまいますからね、けれどコーディアルは単なる飲み物、ジュースですもの」

「陛下を案じて見舞いに来たハルちゃんが自作のコーディアルを振舞う、何ら疑わしい点はないどころか、疑えばむしろ不敬だ、君に対する叛意有りと捉えられかねない」

「私が言うのもなんだけれど、恐らく最も可能性が高い作戦よ、ハル、どうかしら?」

「凄いぞティーネ嬢! 流石ハルちゃんの親友だ!」


うん、やっと理由が分かった。

凄いよティーネ、その作戦でいこう!


「有難う、それなら出来る、大丈夫だよ」

「ですが殿下を厨房などに立ち入らせるわけにはまいりません」

「だったら庭師小屋だ、あそこには竈がある、爺に、いや、庭師長に言えば借りられるぞ!」

「よろしいですわね、では私は必要な道具や材料を揃えておきます」


コーディアルに使う薬草の採取は私に任された。

あの庭なら色々取れるだろうし、こっちも問題ないと思う。


「コーディアルを作るの久々だよ、美味しくできたら皆で飲もうね」

「あら、ハル、本来の目的を忘れてはダメよ?」

「それは大丈夫、ちゃんとやるよ」


陛下に召し上がっていただくんだ。

最高に美味しいコーディアルを作るぞ。


話の流れで、ティーネは今日の授業に参加しないことになった。

昼に庭師小屋で合流するために、授業の前に私とセレスで庭師小屋へ向かい、庭師長に理由を説明して協力をお願いする。

庭師長は「よろしいですとも」って快諾してくれた。


「後はシフォノだな、巻き込むわけにはいかないから、またあいつを仲間外れにしないと」

「ちょっと可哀想だよね」

「仕方ないさ、いずれは関わることだが、今は知らない方がいいだろう」


朝食の席でいつも通り待っていたシフォノは、ティーネがいないと知って凄く落ち込んだ。

授業もうわの空で少し心配になるくらい。

シフォノ、すっかりティーネに夢中だよね。

でもティーネはあまりシフォノを気にしていなくて複雑だ。

そういうの私はよく分からないから、どう気を遣えばいいかさえ思いつかない。


「落ち込むなシフォノ、後で授業の内容をティーネ嬢に教えて差し上げるといいんじゃないか? 時間を取って二人きりで」

「ふ、二人きり!?」

「ああ、だから今日は常以上にしっかり学べ」

「はい!」


セレスが声を掛けたら急にやる気を出した。

流石だな、励ますのが上手だね。


昼になって、シフォノにどう話を切り出そうか考えていたら、シフォノの方から私とセレスを二人にしてくれた。

シフォノはこれから今日習ったところのおさらいをするらしい。


「午後の授業は無いそうですので、私は自習に努めます、ティッ、ティーネ嬢のためにも」

「立派だぞシフォノ、彼女もきっと感心するだろう」

「は、はい!」


いいのかな。

意気込むシフォノにセレスはうんうん頷いてるし、いいってことにしておこう。


セレスと、肩にこっそりいるモコと一緒に庭師小屋へ行くと、ティーネが庭師長と一緒に迎えてくれる。

今日は他の庭師達もいる。

何だかソワソワして見えるけど、何かな?


「で、殿下だ! 本当にお越しになられた!」

「なんて愛らしい」

「セレス様もご一緒だぞ、ううッ、目の保養ッ」

「なあ、なんかいい匂いがしないか?」

「こんなに近くでお姿を拝見できるなんて」


ええと、噂されてる?

不意に庭師長がゴホン! と咳払いすると、庭師達は黙って視線を逸らす。

すごい。

統率が取れているんだ、流石、庭師の『長』だね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ