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アサフィロスとリーフィリオ

「は?」


セレスが目を丸くする。

私も、驚いて言葉が出てこない。


「ランペーテ兄上が、無性?」

「あら」


レイは「いけない」と口元に手をやった。

リーフィリオ?

先天的な無性って、どういうこと?


「リーフィリオ」


リューが話し始める。


「今、彼が言ったとおり、生まれつき性別を持たない体質の者のことだ、アサフィロス同様に王族にしか生まれない」

「えっ、あの」

「そしてリーフィリオもまた、君と同じく足りないものを補って余りある祝福を授かっている」


リューに見つめられてセレスが息を呑む。

アサフィロス。

セレスのことだ、性別を男女自由に変えられる体質で、魔力を全然持たない代わりのように、運動能力が高くて肉体的に優れている。

力が強い、足も速い、バランス感覚だって優れているし、体力があって怪我の治りも早い。

それに落ち込みやすいけど、セレスはいつだって自分で前を向ける。精神的にも強いんだ。

頭の回転も速くて、記憶力もよくて、五感が優れているうえに、大声を出さなくてもよく通る声は聞こえもいい。

それに綺麗で―――ずっと一緒にいるのに、今も時々見惚れることがある。これは内緒だけどね。

前にロゼから(生物的に最も優れた存在)って聞いた。それがアサフィロスなんだって。


「それは神の眷属にも匹敵するほどの魔力だ、リーフィリオが持つ魔力はおよそヒトの領域ではない、ほぼ全てを可能にするほどの絶大な力だ」


リューの言葉にハッとした。

―――今も城内を満たしている魔力の気配、これは魔人と、そしてやっぱりランペーテ様のものだったんだ。

魔力探知で私とリューの居場所を把握していること、気配を感じさせず現れるのも、きっとその魔力で可能にしている。

私のことも、さっき魔力で自由を奪おうとした。

扉が開かなかったのだって、認識できないほど高度な結界を張り巡らされていたんだと思う。

モコが、ラタミルの力があったから逃げ出せたんだ。


今更改めて、本当に危なかったんだと気付く。

また体が震えると、リューが大きな手で優しく肩を撫でてくれる。

寄り添って少しだけ目を瞑った。

兄さん、やっぱりまだ怖いよ。


「だが、その力に肉体の方が耐えられず、リーフィリオは例外なく病弱で短命の定めだ」

「えッ!」

「とある奴の見立てでは、あの宰相も残り数年の命らしい」

「そんな、まさか!」


セレスが唖然とする。

だけどレイは「やっぱり、そうなのですねぇン」って神妙に頷いた。


「お洋服を仕立てさせていただく際、採寸と同時に健康状態も確認するのですわぁン、衣服は直接身に触れるもの、快適に過ごして頂くために様々な側面からの気遣いが必要なんですのぉン、ですが―――ここのところランペーテ様のお加減は、少々気になるところが多くて」

「幼い頃から体が弱かったと聞いている、専属の薬師が健康維持のための薬を調合して、それを毎日服用しているそうだな」

「そうですのョ、忙しくして飲み忘れた日など倒れてしまわれることもあると伺っておりますわぁン」

「辛いだろうな、そこだけは同情する」


あのランペーテ様が?

リーフィリオ―――無性で、しかもあと数年しか生きられないの?


「何故」


セレスが呟く。

私も知りたい、分からないよ。

残りの時間が少ないって自分でも気付いているから、私を襲ったのかな。


「それに関しては後ほど説明しよう、適任者がいる」


多分ロゼのことだ。

リューに肩をポンポンと叩かれて「そろそろ行こう」と促された。


「あら、まだ居られてもワタクシは全然構いませんワョ? 殿下、もう大丈夫? 甘いものでも召し上がられる?」

「平気だよ、有難う」

「まァ、お強いのネ、流石だワ、だけど無理しちゃダメよぉン?」


リューと一緒に席を立つと、セレスもついてくる。

部屋の扉までレイも見送りに来てくれた。


「それでは殿下、またお困りになられたらいつでも頼って頂戴ネ、ワタクシはいつだってアナタの味方よぉン」

「うん、レイ、さっきは助けてくれたのに、怖がったりしてごめん」

「まっ! いいのョもう! そんなことはもういいノ! それよりさっきのことは早く忘れておしまいなさいな、またいつでも遊びにいらしてネ、待ってるわぁン」


レイと、足元で見送ってくれるヘビたちにもお礼を言って、部屋を出る。

肩をリューに抱かれて、反対側からセレスも寄り添ってくれて、二人に庇われながらリューの部屋へ向かう。


時々すれ違う使用人が、こっちを見ないけれど、気にしているように感じる。

でも、それはそうだよね。

今の状況はどう見たって様子がおかしいし、私もたくさん泣いて顔が腫れていて、服だって乱れている。

恥ずかしいよ。

顔を伏せながら、リューにくっついて歩く。

首筋にフワフワした羽の感触が擦れてる。モコも気にしてくれて有難う。


やっとリューの部屋について、長椅子に倒れ込んだ。

なんだか眠い。

ぼんやりしていると、不意にフワッと抱きしめられる。


「ハル、僕のハル」

「ロゼ兄さん?」


暖かいロゼの腕の中だ。落ち着く。

目を瞑ったロゼが頬を摺り寄せてくる。


「ああ、なんてことだ、恐ろしい思いをしたね、助けられずにすまない、ハル、僕の大切なハルルーフェ、可哀想に、アレは僕が必ず壊そう」

「よせ、ロゼ」

「リュゲル、君が滅多な真似をするなと言うから、僕は堪えたぞ、それこそ必死に我慢したさ、だが僕は怒っている、今も怒りでこの身が焼けそうだ」


ロゼから激しい魔力の昂ぶりを感じる。

目の色も真っ赤だ。

不意に「はるぅ」ってモコも姿を現した。


「ごめんね、ぼく、がんばったけど、はるなかせた、はる、こわかったよね?」

「もう平気だよ、ロゼ兄さんも落ち着いて、大丈夫だから」

「ハル」

「はるぅ」


心配させてごめん。

そっと背中を撫でると、ロゼの魔力が少しだけ落ち着く。

目の色も赤から深い紫へとゆっくり色が変わった。


「モコ、あの時ランペーテ様に何をしたの?」

「はねかえした」

「跳ね?」

「うん、はるをね、ぎゅってしたから、ぼく、ばちんってやった! でも、らんぺーてつよいから、それしかできなかった」


俯くモコの頭を指で撫でる。

モコは喉をクルクル鳴らして私の指に擦り寄ってきた。


「へやも、とじてたから、がんばってこわした」

「やっぱり結界が張られていたの?」

「ああ、そうさ」


モコに代わってロゼが教えてくれる。


「君は気付かず踏み込んでしまっただろう、巧妙かつ精緻で強固な結界だった、正直、結界そのものは実に美しかったよ」

「そうなんだ」

「しかし、その目的を思えば醜悪さに吐き気をもよおす、アレは我欲の塊のような術だ、実に忌まわしい」

「その結界をモコは壊してくれたの?」

「そーだよ!」


翼をパタパタさせて、モコが胸を張る。

でも「まあ及第点だな」ってロゼの評価は辛口だ。


「被害を未然に防いだことに関しては評価しよう、だがあれしきの結界ならばもっと手早く破壊しろ、それに術者の腕の一本程度も吹き飛ばせないとは情けない」

「うぅ、ごめんなさい、ししょー」

「ロゼ、そもそもリーフィリオに抵抗できただけで十分だろう、モコがラタミルとして育っていたからハルは無事でいられたんだ」

「何を言う、奴があれ以上の行為に及んでいたら、それこそ僕がこの手で欠片も残さず破壊していたさ」


兄さん達が睨み合う。

怖がったモコが体を寄せてきた。向こうでセレスも固唾を飲んでいる。


「リュゲル、繰り返すが僕は怒っている」


不意にロゼがフワッと翼を広げて私を包み込む。


「あの愚か者は僕のハルルーフェに手を出した、僕には制裁を加える権利がある」

「そうだな、だが今はまだ耐えてくれ」

「何故だ」

「それくらい分かるだろ、安易に殺していい奴じゃないんだ、俺だってあいつはもう叔父とは思わない、必ず報いを受けさせる」


ランペーテ様は宰相だ。

確かに何かあれば大騒ぎになる。

今は魔人や、サネウ様のことだってあるから、それをリューは心配しているんだろう。

最悪は私達だけじゃなく、陛下や、母さんまで危険に晒されるような状況に陥るかもしれない。


「ロゼ兄さん、リュー兄さん」


二人を呼ぶと、振り返った兄さん達は私を見て、ふっと肩の力を抜いた。


「大丈夫だよ、ハル、気遣いは無用さ、これは喧嘩ではないよ」

「ああ、心配させてすまないな、ロゼもすまない」

「いいさ、僕からも君達へ謝罪しよう、今の言動はお兄ちゃんらしからぬものだったね」


ロゼが翼を消す。

私の肩で縮こまっていたモコが、体をプルプルッと震わせた。


「しかし、先ほどこの未熟者の魔力を掴まれてしまった以上、奴に認識阻害は通用しなくなった」

「ぼく?」

「そうだ、やむを得ないとはいえハルの守りが一つ欠けた、しかし応急処置程度だが手を打っておくとしよう」


そう言ってロゼはモコの頭を指でぐっと押す。

モコは「あわわっ」って足元をふらつかせた。


「ししょー、なにしたの?」

「お前に僕の魔力を少々混ぜた、幾らかの目くらましにはなる」

「ふ、ふらふらする~」

「慣れろ、ハルのためだ」

「わかった、がんばる~」


大丈夫かな。

まだフラフラしているモコを掌で受け止めて、胸の辺りに抱えた。

モコはそのまま目を瞑ってうずくまる。


「ロゼ、モコはラタミルだ、ランペーテが何かしてくると思うか?」

「いいや、神の眷属に手を出すほど愚か者ではなかろうよ、まあ、その時はその時だが」

「無責任だな、師匠だろ」

「僕は弟子など取った覚えはないよ、それにこれは未熟とはいえ眷属だ、ハルの傍にいるだけで、アレに限らず魔人に対しても抑止力となる」

「そうか、だが少し重責を負わせ過ぎじゃないか?」

「これの見目に惑わされてはいけない、そちらの半端者に関してもだが、君達を安心させるための姿だ、それに僕は出来ないことなど言わないよ」


半端者って、セレス?

思わず視線を向けると、セレスも戸惑ったように見つめ返してくる。

女の子の姿でいるのが私とリューのためってこと?

モコも、小鳥の姿の方が安心できるから?

確かに怖くはないけど、でも、どんな姿でも二人は大切な友達だよ。


「ハル」


リューに呼ばれる。


「母さんに会ってきたんだろう? セレスとモコと一緒に」

「うん」

「その話を聞かせてくれ」

「分かった」


体を起こすと、隣にロゼが座りなおす。

モコはポンッと人の姿になって、反対側の隣にちょこんと腰掛けた。

卓を挟んで向かいにある長椅子をセレスに勧めて、リューは「少し待っていろ」って部屋を出て行く。

暫くして戻ると、座っているセレスの隣に腰を下ろした。


「さあ、始めてくれ」


母さんが話していたこと。

離れでどうしていたかも含めて、兄さん達に聞いてもらおう。

きっと重要なことだから。

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