想いのかたち
「ティーネにはいつも助けられているよ」
小さな頃からずっと。
きっとティーネがいなかったら、私は今の私じゃなかった。
「ええ」
ティーネは微笑んで頷き返してくれる。
「私もよ」
「うん、だからいつも有難う」
「こちらこそ、今後も頼りにして欲しいわ」
「それは私もだよ」
「ではお互い様ね」
一緒に笑い合う。
気持ちが通じ合っているって分かる。なんだか幸せだな。
「ぼくも! いっしょ!」
わっ、いきなりモコが寄り掛かってくる。
頭を撫でて「モコもよろしく」って答えると嬉しそうにした。
「そうね、貴方もよろしくね、モコ」
「はーい!」
ティーネもクスクス笑う。
こうして二人が傍にいてくれると、本当に心強いよ。
「あ、そうだ、ねえティーネ」
「どうかしたの、ハル」
「さっきのことを訊きたいんだけど」
「何かしら?」
「シフォノだよ、ティーネが好きなのかな?」
「まあ」
ティーネは赤い目を丸くする。
「ハルったら」
「ねえ、どう思う?」
「さあ、どうかしら」
「シフォノはきっとティーネが好きだよ、思ったんだけど、一目惚れしたんじゃないかな」
「あらあら、仕方ないわねえ」
「ティーネはシフォノをどう思う?」
「嫌いではないわ」
「好き?」
「どんな方かも分からないのに、答えられないわ」
「それは確かにそうだね」
きっと面白い人だとは思う。
礼儀正しいし、真面目そうだった。声が大きくてハキハキしていた。
だけど恥ずかしがり屋かもしれない。
私の感想を伝えると、ティーネはおかしそうに笑う。
「もっと話してみないとね、仲良くなれそうな気がするよ」
「ええ、同感よ」
そうだ! 明日の昼食に誘ってみよう。
朝は慌ただしいし、夜は会食だから、気楽に話をするなら昼がいいよね。
「ハルこそどうなの?」
不意にティーネが訊く。
「なにが?」
「セレス王子とのご婚約の件、王子から詳しく伺ったけれど、貴方の気持ちも知っておきたいわ」
気持ち、って。
「セレスは、大切な友達の一人だよ」
一緒にいる理由が要らなくなるから、そのためにした形だけの婚約だ。
セレスからも聞いているはず。
「本当にそれだけなの?」
「なんで?」
それだけだよ。
うん―――それだけだと思う。
「では王子をどう思っているか具体的に聞かせてちょうだい」
「ええっ、具体的にって、ええと」
どうしてそんなこと知りたがるんだろう。
うーん。
「セレスは、格好良くて、優しくて、頼もしくて強くて、あ、あとすごく努力家で真面目なんだ」
昔はちょっと色々あったみたいだけど、それはもういい。
気にしても仕方ないし、セレスがまた泣くかもしれないから。
「あ、あと、これはティーネだから教える秘密だけど、結構泣き虫だよ」
「まあ!」
「気持ちが昂るとすぐ泣いちゃうんだ、可愛いよね」
「ふふ、そうね」
微笑んでいたティーネが「ハル」と姿勢を正す。
「例えば、婚約のことだけど、私が同じ理由で貴方に婚約しようと言って、貴方はその話を受けてくれるかしら」
「え、うん」
でも私は継承権を持っているから、王になったら跡継ぎを作らないとだよね。
そういう理由で周りは認めないかもしれないけれど、ティーネならいいよ。
「表向き、私とはそういう関係だと扱われることになるけれど、構わないのね?」
「今とそんなに変わらないだろうから、ティーネは親友だし」
「そうね」
ティーネは頷いて、一口お茶を飲む。
「では、改めて私と婚約しましょうか、ハル」
「え?」
「どちらでも構わないのなら、セレス王子にご迷惑をおかけすることもないわ」
「迷惑だなんてセレスは思わないよ」
「何故?」
「何故って、それは」
婚約のことはセレスが言い出したから。
セレスは兄さん達から私のことを頼まれているから。
傍にいるためには婚約しているってことにするのが一番手っ取り早いから。
―――でも、どうしてだろう。
そういう全部をセレスが迷惑に思わないって、どうして言い切れるんだろう。
考えもしなかった。
だってセレスは、私に『好きだ』って言ってくれるから、だから。
急に混乱して訳が分からなくなる。
どうして私、どうして?
「落ち着いてハル、冗談よ」
気付くとティーネがお茶を淹れなおしてくれた。
一口飲んで、ほっと息を吐く。
「貴方はもう少し自分の気持ちとちゃんと向き合うべきね」
「え?」
「ふふッ、でもハルは鈍いから、まだ時間が掛かりそう」
「な、なんでそんなこと言うの?」
「何故かしら、自分の胸に手を当てて、本音に耳を傾けるといいわ」
はぐらかされた。
本音ってどういう意味?
―――何も分からないよ、もう。
それからは、授業で出された宿題を片付けながら過ごした。
作文って結構難しい、ティーネから助言を貰いつつ書いて、添削してもらう。
「文章の組み立て方を身に着けることで、口頭での説明も上達する、作文を書くことにはそういった学習効果も期待できるの」
「感想文って思わぬ役に立つんだね」
「ええ、言葉に説得力を持たせられるようになれば、それは大きな強みになる―――はい、結構よ、問題なく書けていると思うわ」
「有難う、ティーネ!」
添削が済んだ辺りで、部屋の外から夕食の支度が出来たと声を掛けられた。
「丁度いい頃合いね、それでは私はこれで、また明日の朝起こしに来てあげるわ、お寝坊さん」
「明日はちゃんと自分で起きるよ」
「あら、では期待しようかしら、今夜も夜更かしはダメよ?」
「ちゃんと寝る」
「よろしい、それではまた明日、おやすみなさい、ハル、モコ」
「うん! おやすみてぃーね!」
「おやすみ、また明日」
部屋を出て行くティーネを見送ってから、宿題を片付けて、私も部屋を出る。
肩に小鳥の姿になったモコがちょこんと乗って、気配を消した。
部屋の外で待っていた使用人に案内されて広間へ向かう。
―――その途中で、昨日と同じようにリューが待っていてくれた。
「ハル」
「兄さん! また待っていてくれたんだ」
「ああ、行こうか」
使用人は礼をして歩いていって、今度はリューと二人で広間へ向かう。
広くて長い廊下に私達の足音だけ響いている。
「あ、兄さん、あのね、昼に従弟のシフォノと会ったよ」
「俺のところへも挨拶に来たよ」
「そっか」
「弟がいるそうだな」
「うん、オデオっていう名前で、六歳だって」
「気になるのか?」
「なるよ! だって従弟だよ!」
「そうだな」
「仲良くなりたいなあ」
リューが笑って私の頭を撫でる。
「あ、ねえ、明日食事に誘おうと思ってるんだ、お昼を一緒にどうかなって」
「いいんじゃないか」
「兄さんも来てよ」
「都合がつけばな」
「分かった」
話しながら歩いているうちに広間に着いた。
今夜も叔母様や叔父様方はいらっしゃらない。
だけどお婆様とお爺様、セレスに、シフォノも食卓にいる!
「ハル」
呼ばれてセレスの隣の席に座った。
リューはなんだか硬い表情を浮かべているシフォノの向かいの席に座る。
ぎこちなく頭を下げるシフォノに、リューも軽く会釈を返す。
「今夜は可愛い孫が一人増えた、シフォノ、久方ぶりに会えて嬉しいよ、元気だったかい?」
「はい、お爺様もお変わりなく」
「母君の加減はどうかね」
「腹にいる弟妹共々、健やかに過ごしております」
思わず「えっ」と声が出る。
「シフォノのお母様は妊娠なさっているの?」
「はい、性別はまだ不明ですが」
「娘でしたら王家はなお安泰ですわね」
ニコニコと仰せられたお婆様に、お爺様も頷き返す。
「そうだね、ハルが戻って世継ぎの問題は解決しているが、それでも女の子であれば心強い、だが男であっても喜ばしい限りだ」
「本当に、また孫が増えますわ」
「楽しみなことだ」
もしもシフォノの母君が女の子を生んだら、その子もパナーシアを唱えられたら、王位継承権が発生する?
立場的には私と同じ、ううん、母さんは王族から離れているから、生まれてくる子の方が権利は私より上だ。
女の子だったら、だけど。
―――なんだか少しホッとした。
でもまだ分からないことを期待するのはよくない、違っていたらガッカリする。
それは生まれてくる子にとても失礼なことだ、今は気にしないようにしよう。
夕食をいただきながら、お婆様方やセレス、リューと、会話が弾む。
でもシフォノはあまり喋ろうとしない。
やっぱり緊張しているみたいだ。
食事が済んで、お婆様方が退室なさってから、私達も席を立った。
「ああ、そうだハル、シフォノは舞踏会までこのまま城に滞在するそうだ」
セレスが教えてくれる。
隣に来たシフォノが頭を下げた。
「暫し殿下のお側にて、なさり様を学ばせて頂きたく存じます、父からもそうせよと命ぜられました、よしなに願います」
そうか、だったら丁度いいや。
「シフォノ、明日の昼を一緒にどうかな」
「はっ! 畏れながら、お誘いいただき望外の喜び、無論、謹んでお受けいたします!」
「ティーネも一緒だよ」
「はぅあッ!」
急に額に手を当てて仰け反った、やっぱりシフォノは面白い人だ。
「おい、シフォノ」
セレスは呆れてる。
「そそッ、そッ、そそそそそそれはそのッ、な、何故にッ!」
「ティーネもシフォノと話がしてみたいって、どんな人か知りたいみたいだよ」
「うおおおおおおおおおおおおおおッ!」
今度は叫んでうずくまったシフォノに、セレスが「おい」と声を掛けて肩に手を置く。
「落ち着けシフォノ、殿下の御前だ」
「は! 醜態を晒し誠に申し訳なくッ、でッですが僕は! うぐッ、まさか興味を持たれている、だと? うわあああああああッ!」
「すまないハルルーフェ、リュゲルも、騒がしくして」
「平気だよ、シフォノって愉快な人だね」
「はあ、シフォノ、殿下の寛大な御心に感謝しろ」
セレスがどうにか立ち上がらせると、シフォノはフラフラしながら「大変、失礼いたしました」とまた腰を直角に曲げて謝る。
「殿下のお心遣い、心底痛み入ります、このご恩は決して忘れません」
「うん、たくさん話せるといいね」
「は、はい! でででででではッ、わ、私はこれにて失礼を、また明日、昼に必ずッ」
「また明日」
「はい!」
クルッと体の向きを変えて歩き出したシフォノは、また左右の手足を同時に動かしている。
何だかカクカクした動きだ。
見送っていたら、セレスが「やれやれ」とぼやいた。
「彼はティーネを好いているのか」
リューに訊かれる。
「うん」
「なるほど」
「だがあの調子だからな、ティーネ嬢の迷惑にならなければいいんだが」
腕組みして唸るセレスに、リューが笑う。
「大丈夫だろう」って、私もそう思うよ。
ティーネには弟がいるし、私の面倒だって見てくれているから。きっと平気だよ。
明日は少しでもたくさん話して、もっと打ち解けられるといいよね。
「ではハル、セレス殿、俺もこれで失礼させていただく」
そう言ってリューは私の頭をポンと叩く。
「セレス殿、妹をよろしくお願いする」
「ああ、わかっ、はい」
セレスは小声で「畏まりました、リュゲルさん」と言いなおした。
「おやすみ、二人共」
また笑ってリューは歩いていく。
三人だけになると、セレスから「部屋へ戻る前に少し寄り道をしないか?」って誘われた。
「どこに?」
「それは行ってのお楽しみさ」
不意に手を取られる。
セレスの手、あったかい。
そのはずみにさっきティーネと話したことを思い出して―――何となく鼓動が騒がしい。
セレスをどう思っているかなんて、そんなのうまく説明できないよ。
もう殆ど家族みたいな存在だ。
だけどやっぱり少し違う、もっと別の、友達でもない何か。
分からないよ。
繋いだ手を握り返すと、振り返ったセレスがはにかんで笑う。
いつか、この気持ちに名前を付けられるのかな。




