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屋台のオイル

お風呂から戻っても、隣の部屋にリューとロゼの気配はまだ無かった。


「リュゲルさんって酒は強いの?」

「多分、村の会合で飲むと介抱役にされるってぼやいていたから」


ロゼのことは訊かないのかな?

ロゼはいくら飲んでも酔わないらしい。二人とも家では自家製のワインを食事と一緒に楽しむ程度だったから、本当のところは分からない。

私も一杯までって飲ませてもらっていたけど、果物によって飲み口が違って美味しかったなあ。


「それなら心配いらないか、リュゲルさんにも言われたし、少し早いけどベッドに入ろう」

「一緒に寝る?」

「え、いや、ええと、そうしたいのはやまやまなんだけど」


またか、何か事情があるのかな?

よくティーネと同じベッドで眠くなるまで話し込んだから、セレスとも喋りたかったんだけど、明日眠い顔していたらリューに叱られそうだもんね。


「それじゃ、こっちのベッドで寝るね」


セレスはホッと息を吐くけど、なんだか残念そうにも見える。思い過ごしかな。

ランプの明かりを消して、窓にカーテンを引いた。


「じゃあおやすみ、ハルちゃん」

「おやすみ、セレス」


小鳥の姿のモコが枕元で羽に嘴をうずめる。そっと撫でると小さく鳴いて、体を摺り寄せてきた。

明日はいよいよネイドア湖へ向けて出発だ、楽しみだね、モコ。


――――――――――

―――――

―――


「おはよう」


今朝のリューはなんだか機嫌が悪い。

ロゼはいつも通りなのに、どうしてだろう。昨日酒場で何かあったのかな。


「おはようリュー兄さん」

「リュゲルさん、おはようございます!」

「ああ」

「ハル、おはよう」

「ロゼ兄さんもおはよう」

「師匠、おはようございます!」


元気に挨拶したセレスをじっと見て、今度は私を見て、ロゼまで微妙に不機嫌な顔をする。

二人ともどうしたの?


「おい、昨夜だが」

「はい! 何も見ていませんし、指一本たりとも触れていません!」

「本当か?」

「神に誓って」

「そんなものに誓っても意味はない、まあ僕の目は誤魔化せないからな、お前の言葉に偽りはないと認めよう」

「有難うございます!」


ロゼとセレスは何の話をしているんだろう。

さっきから私だけ蚊帳の外だ。肩でモコも不思議そうに首を傾げている。


「そうだハル、昨日預かっていた服と道具だが、全て修繕と手入れが済んでいるよ」

「有難うロゼ!」


本当にいつも感謝だ。

実はこっそりセレスの荷物を混ぜて渡しておいたけど、全部ちゃんと繕って、手入れしてあった。

ロゼは多分気付いただろうし、同じことを思ったらしいセレスも感激してロゼを見つめている。

でも、お礼を言いたいんだろうけど、内緒ってことにしてあるから、一生懸命我慢しているみたい。

察したらしいリューも苦笑している。


「さて、朝飯が済んだらさっそく出発しよう」

「昨日は酒場でどんな話が聞けたの?」

「ああ、そうだな」


あれ、またちょっと機嫌が悪くなった?

やっぱり酒場で何かあったの?

リューは軽く首を振ってから、私とセレスに「宿の食堂を借りに行くぞ」と声を掛けて歩き出した。


今朝の献立は、砂糖をたっぷり混ぜた溶き卵にパンを浸して焼いた甘いトースト、目玉焼き、ソーセージ、たっぷりの蒸し野菜と搾りたての果汁。

太いソーセージは嚙むと肉汁があふれ出して、目玉焼きは黄身がぷくっと膨らんでいる。蒸し野菜は旨味がギュッと詰まってほくほく美味しい。

甘いトーストをおかわりする私とセレス、ソーセージをモリモリ食べるロゼとモコに、リューは呆れながら追加を作りつつ、酒場で聞いた話を教えてくれた。


「南海の魚の姫君かあ、ピンクのイルカって可愛い、見てみたい!」

「ベティアスはいいところだよ、暖かな気候の国らしい、大らかな獣人や人ばかりだった」


そうか、セレスは南方のベティアスに行ったことがあるんだよね。

いいなあ、私もいつかベティアスで海が見たい。

ノイクスにも海があるけれど、ベティアスの海は一大観光地になっているそうだし、魚の姫君とピンクのイルカがすごく気になる。


「そうだな、立ち寄ってみるか」

「えっ」

「行きたいんだろう? お前が望むなら連れていくさ、なあ?」

「無論だとも、可愛い妹の願いを叶えるのはお兄ちゃんの特権だからな」

「やったぁ!」


セレスも「よかったねハルちゃん」ってニッコリ笑う。

楽しみだなあ、ベティアスの海。

だけどその前にネイドア湖だ、咲き乱れるエピリュームの花、どこまでも広がる大きな湖。

泳げないのは残念だけど、景色をたっぷり楽しんで、エピリュームから芳香成分をたくさん採取するぞ!

どんなオーダーのオイルが調合できるだろう。ワクワクが止められないよ。


「リュー兄さん、リアックを出る前に、書いた絵ハガキを出してもいい?」

「ああ、構わない」


昨日、買い出しの途中で郵便局に寄って、絵ハガキを買ってもらったんだ。

私がこれからネイドア湖へ行くって知ったら、母さんとティーネ、驚くかな。


「ここからネイドア湖までどれくらいかかるの?」

「クロとミドリの脚なら数日ってところだが、道中は野宿になる」

「平気だよ、外で寝るのも楽しいよね」

「お前なあ」


リューが呆れた顔をして、ロゼはクスクス笑ってる。

私、何かおかしなこと言った?

隣に座っているセレスまで「さすがハルちゃん」なんてしきりに頷くから、急に恥ずかしくなる。

もしかして、外で寝るのが楽しいのは、女の子らしくないとか?


「可愛い妹が逞しく育ってくれて何よりだ」

「年頃なのにどうかと思うぞ、たまにはティーネを思い出せ」

「いつも思い出しているけど」

「そういう意味じゃない」


ため息を吐くリューに、ハハハッと笑い出すロゼ。

セレスはずっとニコニコしてる。うーん。

―――まあ、いいか。


食事が済んで、部屋に戻って私とセレスが荷物をまとめている間に、ロゼが預り所からクロとミドリを引き取り戻ってきた。

二頭も元気そう、近付くと私に気付いて鼻先を摺り寄せてくる。よしよし、これからネイドア湖へ行くよ、よろしくね。


「郵便局に寄るついでに、道すがら市を覗くか」


昨日は買い出しに時間を取られて殆ど寄り道できなかったからって、リューが私とセレスを気にかけてくれた。

やったね、ありがとう兄さん!

ミューエン側の門へ至る大通りの道なりに、商品を並べたテントがいくつも並ぶ。

ミドリの手綱をリューが、クロの手綱をロゼが持って、私とセレスは目移りしながら二人より少し前を進んでいく。


「あっ、オーダーのオイルがあるよ!」

「へえ?」


店先の台に敷かれた布の上に琥珀色の小瓶が幾つも置いてあって、ラベルには調合に使った芳香成分の名前だけ書かれている。

店主に尋ねたら、試作品を安価で販売しているんだって。何が起こるか分からない、ちょっと博打のオイル。

精霊を呼べるかもしれないし、それ以外の効果があるかもしれない。使ってみないと分からないって店主も肩をすくめて笑う。


「それ以外の効果って?」

「精神や身体に影響を及ぼす系統の効果かな」

「えっ」


ギョッとするセレスに説明する。

オーダーの基本は香りを対価に精霊を使役する魔法だけど、それ以外の使い方もある。

例えば、森で使ったコール。

あれはオイルに微量の血液を混ぜることで魔物を操るオーダーだ。

香りは記憶や感情と密接な関係があって、身体にも影響を及ぼすことがあるから、そういう目的で用いられたりもする。

対象を興奮させたり、落ち着かせたり、錯乱させることも、幻覚を見せることだってできる。そういう用途はオーダーとしては邪道なんだけどね。

もっとも、精霊だって選んで呼ぶことはできないし、精神系の効果も思い通りにいくとは限らない。

ある程度は絞れるけど、最終的には運頼りだ。

それもオーダーの醍醐味ではあるんだけどね。


「運か、精霊はともかく、心や体への影響なら相手の鼻さえ詰まってなければ確実な気がするけどなあ」

「香りだからね、屋外だと範囲が定まらないし、別の匂いがあれば混ざって効果が変わっちゃう、対象の感受性にも左右されるし」

「なるほど」

「何も起こらず、ただいい匂いがするだけってこともあるよ」

「ハハッ、それは私だな」


あ、しまった。

私がそう思ったことにセレスも気付いて、気にしてないからいいよと言ってくれた。


「うん」

「ハルちゃんにそういう顔される方がよっぽど傷つくんだけどなあ」

「えっ、ごめんね?」

「ウソウソ、私こそごめん、ハルちゃんって本当に優しいね」


そうやって私を気遣ってくれるセレスの方が優しいよ。

リューに頼んで、小瓶をいくつか買ってもらった。

中身はラベルに書いてあるから、これを使ってオーダーのオイルを新しく調合してみよう。どの精霊が来てくれるかなあ。

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