『らしく』終了のお知らせ
そろそろ戻ってもいいかな?
部屋の方を窺いながら迷う。
呼びに来るまで待った方がいいかな、それなりに時間も経ったと思うけど。
「ッくしゅ!」
すっかり日が暮れて、辺りは暗い。
少し寒くなってきた。
「はる、さむい?」
モコがこっちを見上げながら翼を―――わっ、ダメ! 流石にそれはダメ!
「しまってしまって! 出しちゃダメ!」
「でも、はるさむい」
「平気だよこれくらい」
不意にフワッと暖かくなる。
大きな鳥が肩にとまった。
―――わっ、ロゼだ! 来てくれたんだね兄さん。
「まったく、僕のハルを追い出して、あれらは何をしている」
「追い出されてないよ、二人で話したいんだって」
「可哀想に、寒いだろう、僕が温めてあげよう」
「ふふ! やっぱりその姿だとフカフカだね」
「そうとも、リューも君も僕がこの姿になると喜ぶね、好きに堪能していいよ」
ロゼをモフモフしていたら、ポンッと小鳥の姿になったモコが肩にとまる。
羽を摺り寄せて「ぼくもふわふわだよ」って、ふふ、そうだね。
「モコはもっと大きな鳥になれないの?」
「なれるよ、なる?」
「ううん、今のままでいいよ、可愛いから」
「えへへ!」
「ハル、僕も可愛いだろう、翼で君を包むことも出来る」
「兄さんも素敵だよ、羽がたっぷりしていてすごくいい、兄さんもモコも美しいよ」
「ふむ、そうか」
「わーい! ありがと、はる!」
二人のおかげで寒くなくなった。
今の私をリューが見たらすごく羨ましがりそうだ。
「そういえばリュー兄さんはどうしてるの?」
「諸々読み疲れて休んでいるよ」
「そう、私もそういうの読んでおくべきかな」
「君には君のするべきことがあり、リュゲルは君の不足を補おうとしている、勤勉さは美徳だが、君が僕らを頼りにしてくれると、僕もリューもとても嬉しい」
「うん、いつも頼りにしてるよ、ロゼ兄さんも、リュー兄さんも」
兄さん達がいてくれるから、どれだけ不安になっても前を向いていられるんだ。
勿論、モコやセレスも頼もしいけどね。
でも兄さん達は特別。
誰も代わりにはなれない、兄さん達の存在は私の根っこの部分の支えになっている。
「さて、名残惜しいが僕はひとまず行くとしよう」
「あ、うん」
「また会いに来るよ、ハル、温かくしておやすみ」
「有難う兄さん」
「ああ、ではまた、僕の可愛いハルルーフェ」
翼を一度羽ばたかせてロゼの姿が消えると、そのすぐ後でガラス扉が開いてティーネが展望台へ出てきた。
「ハル、待たせてごめんなさい、寒かったでしょう?」
「ううん、平気だよ」
「あら、モコはまた小鳥の姿になったのね、ハルを温めてくれていたの?」
「うん」
ロゼもいたことは伝えなくていいか。
部屋へ戻ると長椅子に掛けていたセレスが「ハルちゃん!」って立ち上がって近付いてきた。
「体は冷えていないか? こちらへ来て温まるといい、飲み物を用意させよう」
「では、それは私が」
「有難うティーネ」
「二人とも、話は済んだの?」
尋ねたらティーネはニッコリ笑って、セレスは「うッ」と呻いて固まった。
大丈夫?
「勿論よ、王子の率直なお気持ちが聞けて良かったわ」
「そ、そうか、ハハッ」
「あら王子、お顔が引きつっていらしてよ?」
「そんなことはないさ! 何も問題ない、心配いらないよハルちゃん、ハハハッ!」
変なセレス。
どんな話をしたか気になるけれど、訊けそうもない雰囲気だ。
そっとしておこう。
長椅子に掛けるとティーネがお茶を淹れてくれる。
四人で寛いでいたら、使用人が来て晩餐の用意が整ったと伝えてくれた。
「では本日はこれにて失礼させて頂きます、ハル、王子、また明日」
「うん、また明日、おやすみティーネ」
「明日もよろしく頼む」
「ええ、お二人とも、よい夜をお過ごしください」
ティーネは自分の部屋へ戻っていった。
私はセレスと一緒に、使用人に案内されて晩餐へ向かう。
今夜も叔父様方や叔母様と一緒に食事を取るんだろうか。
「ハル」
「あ、兄さん!」
廊下の途中にリューがいた。
「待っていてくれたの?」
「ああ」
「そっか、有難う」
えへへ、嬉しい。
ちょっと疲れた顔してるね、お疲れさま。
「ねえ兄さん、あの後でお婆様とお爺様から、母さんの話を伺ったよ」
「そうか」
「母さん、全然姫じゃなかった、だから私も姫らしくするのはやめた」
「なるほど、根を上げるのが少し早いんじゃないか?」
「いいの、兄さんだって王子らしくなんて気にしていないでしょ」
「バレたか」
「もう!」
隣でセレスがクスクス笑う。
振り返ると「ああ、ごめん」って謝ってから「でもその方が君らしいよ」ってニッコリされた。
なんか、ちょっと照れる。
「やれやれ、早々にメッキが剥がれたか、情けない」
リューは意地悪だ。
脇腹の辺りをえいっと押したら、こらって頭をポンポンと叩かれた。
「淑やかにしろ、姫だろう」
「姫かもしれないけれど、姫はもうおしまい」
「俺を『お兄様』なんて呼ぶお前は悪くなかったんだけどな」
「あの呼び方、ちょっとムズムズするんだよね、慣れなくてつっかえそうになるし」
「確かにぎこちなかったな」
「でしょ?」
「でもそれがよかった」
「変なの、知らないよ」
「分かります」ってセレスまで頷いてる。
もう、叔父様って呼ぶからね。
「セレス叔父様」
「うぐッ、は、ハルルーフェ、それは勘弁してくれと」
「叔父上」
「リュ、リュゲルさ、うッげふんげふん!」
咳払いして誤魔化すセレスに、リューと一緒に笑う。
昨日ほど緊張していない。
少しはここに慣れてきたのかな。
晩餐をいただく広間へ着くと、お婆様とお爺様だけいらして、他の方の姿は見えない。
それぞれ別に食事を取られるそうだ。
こう思うのは失礼だけど、今日は食事を楽しめそうでホッとしたよ。
「リュゲルや、今日はハルルーフェがセレスとティーネ嬢を伴って私達を訪ってくれたのだよ、今度は君も是非来ておくれ、話を聞かせて欲しい」
「はいお爺様、いずれ必ず」
「待っていますよリュゲル、楽しみだわ」
「畏まりました、お婆様、近々伺わせていただきます」
お二人とも嬉しそうに頷かれる。
食卓の雰囲気は和やかだ、料理も何を食べているか分かるし美味しい。
「ハル、君は明日からセレスとティーネ嬢と共に、家庭教師に教えを乞うそうだね」
「はい」
「多く学ばれますよう、知識は力となります、セレスもハルをしっかり支えるのですよ」
「はい、母上」
「リュゲルにも師が付くそうじゃないか」
「ええ、国政に関する座学と、武術をそれぞれご師事いたします」
「貴方もいずれはハルと共にこの国を導いていくことになるのです、よく励むように」
「承知いたしました」
「おお! そうだ、リュゲルよ、君のこともハルのように愛称で呼ばせて欲しいのだが、普段は何と呼ばれているのかな?」
「リューと」
「では私達もこれから君をリューと呼ぼう、構わないかい?」
「無論です」
「ふふ、ハル、そしてリュー、私達の可愛い孫、貴方がたともっと仲良くなりたいわ」
「私もです、お婆様、お爺様」
「嬉しいことを言ってくれる、なあクラリス?」
「ええ、そうねホーン」
えへへ、嬉しい。
私もお婆様とお爺様のことをもっとよく知りたい。
―――でも、そうか。
リューにも先生が付くんだ、家庭教師とは違うのかな。
明日から習うのは基礎的な算術と国文学、歴史、政治に関わる色々なこと、それからええと、経済学に外国語、礼儀作法、あとダンス、だっけ?
うーっ、改めて頭が痛い。
武術も少しだけ教わるらしい。
でも武器を使って戦うのは苦手なんだよな、旅の間にオーダーやエレメントは得意になったから、そっちならどんとこいなんだけど。
大丈夫かな、家庭教師から呆れられたりしないだろうか。
楽しい晩餐はあっという間に過ぎて、お婆様方が退室なさるのを見届けてから、私も自分の部屋へ戻る。
途中でリューと別れて、セレスが部屋までついてきてくれた。
夜の城は昼以上に静かだ。
廊下には私とセレスの足音しか聞こえない。
「ねえセレス」
「ん?」
「明日から一緒に色々と習うんだよね」
「ああ」
「私、大丈夫かな」
セレスはフフっと笑って、私の手を取る。
「大丈夫、そのための私とティーネ嬢だ、困った時はいつでも頼ってくれ」
「うん」
「なあハル、ええとその、ハルちゃん」
周りに誰もいないことを確認してから、セレスは立ち止まってじっと私を見つめる。
燭台の明かりがセレスのオレンジ色の瞳をキラキラ輝かせて、綺麗だ。
「いつか私が君に相応しくなったら、その時は」
その時は?
―――セレスの緊張や、それ以外の気持ちも、まっすぐな視線から伝わってくる。
なんだか胸がドキドキしてきた。
「今吐いている嘘を本当にさせて欲しい」
「えっ」
「だから、励むよ、君のために」
「う、うん」
「それまでは誰のものにもならないでくれ、誰よりも早く、誰よりも君に相応しくなるから」
掴んでいる私の手を少し持ち上げて、手の甲に額を押し当ててから、セレスは上目遣いでこっちを見る。
思いがけず息を呑んだ。
ええと、どうしよう、なんて答えたらいいんだろう。
「ふふ」
ゆっくり手を下ろしながら姿勢を戻したセレスは、首を傾げるみたいにしてニッコリ笑う。
後ろで一つに括っているオレンジ色の髪がさらりと揺れた。
「さて、もうすぐ君の部屋だ、行こう」
「うん」
「ハル、君の傍にいられて幸せだよ」
「ありがと」
「ふふふ」
セレスのことは好きだけど、この好きがどういう好きなのか、まだよく分からない。
友達と恋人は何が違うんだろう。
兄さん達やモコが好きな気持ちと、セレスを好きな気持ちは、何となく違うような気がする。
だけどどう違うかは自分でも説明できない。
なんだか、もどかしいな。
部屋の前でセレスから「おやすみ」って額にキスされた。
ポカンとしたら笑って、扉を開けて私を押し込むと、パタンと閉じて「また明日」の声の後で、足音がゆっくり遠くなっていく。
なんだか熱い。
長椅子に掛けてぼんやりしていたら、使用人が着替えを手伝いに来てくれた。
湯を使うのも手伝うって言われたけれど、それは断って、用意だけしてもらう。
そのうち使用人が出て行って、まだ何となくフワフワした気分のまま隣に部屋へ湯を使いに行く。
「はるだいじょーぶ?」
あ、モコ。
肩から羽ばたいて、ポンッと人の姿に変わる。
「うん、大丈夫」
「はるぅ」
「ねえモコ、私、顔、赤い?」
「まっかだよ」
「そっか」
どうしよう。
早く体を綺麗にして寝よう。
明日から朝早いってティーネに言われてるんだ。
やることがたくさんある。
それに、サネウ様や魔人のこと。
ふっと冷静になる。
王都の水はもう大丈夫だ、エノア様の花が浄化してくれた。
あとは、母さんに会うこと。
ランペーテ様は約束を守ってくださると信じるしかない。
母さんに会って訊きたいこと、話したいことがたくさんある。
でもそれだけじゃなくて、ただ母さんに会いたいよ。
王都へ来たのは私が姫だからとか、王位継承権を持っているからだとか、そんなのは後付けの理由でしかない。
私は母さんに会うためにここへ来たんだ。




