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塔の麓にて 2

「おや」


不意にロゼが首を巡らせる。


「これはよろしくない、僕は少々離れよう、けれどいつでも君たちを見守っているよ、リュゲル、ハルルーフェ、ではまた後ほど」


そう言って翼を広げると、次の瞬間にはもういなくなっていた。

辺りを覆うロゼの魔力も消える。


―――向こうから誰か来た。


「そこで何をしている」

「ッツ、兄上!」


セレスが大きく目を見開く。

現れたのはランペーテ様だ。


「如何なされたのですか、何故このような場所へ」

「私が訊いている、答えよ」


表情も言葉も冷たい、この方はやっぱり怖い。

セレスも小さく息を呑んで「皆を案内しておりました」と緊張した声で話す。


「ほう」

「ハルルーフェもリュゲルも昨日城へ到着したばかりです、慣れない環境で戸惑っているだろうと」

「気遣いは結構だが、案内など不要、行きたいところへは使用人に申し付けよ、それで事足りる」

「そ、それからオリーネ姉上に」

「姉上は面会謝絶、たとえご子息であろうとも陛下のご意向に背くことはならぬ」

「何故です!」

「私に陛下のご心中は測りかねる」


やっぱり陛下は母さんを恨んでいるのかな。

それで閉じ込めて独りにしているんだろうか。これも八つ当たり?


「ランペーテ叔父上」


不意にリューが一歩前へ進み出る。


「では、宰相である貴方から、母と会わせていただけるよう、陛下に取り成して頂けませんか」


ランペーテ様はリューをじっと見つめ返す。

どこか探るような目つきだ。


「その話、請けかねる」

「何故ですか」

「必要性を感じられない」

「子が母を求め、母が子を求める、そこにどのような理由が必要と?」

「貴殿は既に成人していよう」

「妹はまだ未成年です」


睨み合うように視線を交わして、リューもランペーテ様も引かない。

見ているだけでなんだか胃が痛くなりそうだ。


「フン」


不意にランペーテ様が鼻を鳴らした。


「貴殿はやはり姉上の子だな、恐れを知らぬ」


リューは答えない。

黙ってランペーテ様の様子を窺っている。


「よかろう、ではハルルーフェのみ母と会えるよう、陛下に進言致そう」


わ、わあ! すごい、やった!

ランペーテ様が要求を呑んだ、流石だよ兄さん!


「しかし決断されるのは陛下だ、結果がどうあれ、私を恨むな」

「叔父上は約束を果たされる方だと信じております」

「ふざけた物言いをする、所詮この場のみの口約束と、私が今の話を反故にするとでも言いたいのか」

「いいえ、陛下のよき返事を期待しております」

「勝手にするがいい」


暗い青色の瞳がリューから私へ移る。

本当に綺麗な方だ。

だけどすごく怖い。

真冬の夜の空気よりも冴え冴えとして凍り付きそうな気配をまとっているように感じる。


暫く無言で私を見ていたランペーテ様は、不意に背中を向けて歩き出した。

そのまま来た方へ戻っていく。

背中にかかる銀色の長い髪が緩やかに揺れるたび、陽の光を受けてキラキラ輝いていた。


お姿が見えなくなると同時に、セレスとティーネがほーっと息を吐く。

私も急に力が抜けた。

緊張しすぎて疲れたよ。


「兄上はここへ何をしに来られたんだろう」

「俺たちの気配が消えたからだろうな、様子を見に来たに違いない」

「えっ」


リューの言葉に、私もセレスと一緒に驚く。


「恐らくだが、彼は俺とハルの魔力を探知して位置の特定を行っているのだろう、あの魔力量ならそれくらいは出来て当然だ」

「出来ないよ!」


私が言うと、セレスが「出来ないのか?」って訊いてくる。


「出来ないよ、対象を特定する魔力探知はすごく難しいんだよ、しかも二人同時だなんて、そんなの無理だよ」

「無理じゃない、何故なら俺もできる」

「えッ!」


兄さん、初耳だよ!


「流石に距離が開き過ぎると無理だけどな、お前の居場所くらいなら分かるぞ」

「そ、そうなの?」

「そうだ、そしてロゼは俺とお前がどこにいても分かる」

「ロゼ兄さんは別でしょ、もう」


うう、私も訓練しよう。

そういえば母さんも、私が村のどこにいてもすぐ見つけたけど、あれも魔力探知だったのかな。

思いがけず知ってしまった衝撃の事実に打ちのめされそうだ。

いや、今はそっちに気を取られている場合じゃない。


「叔父様、どうして私と兄さんの居場所を探ってるんだろう」

「信用されていない、まあ、これまであったことを考えれば妥当だな、俺たちが何か行動を起こせば城内がひっくり返る」


それってサネウ様と粉の件、だよね。

確かに王族の、しかも親族が声を上げたら、無視はできないだろう。

そうなることを警戒しているのか。

現王陛下がご即位されてまだ二年も経っていないのに、国の基盤が揺らぐような事態は避けたいのかもしれない。


「だから俺たちもこれまで以上に慎重に動かなければ」

「はい」

「だが余計に警戒や不安を抱いたりする必要はないからな、いざとなればその辺で見ているだろうあいつがどうにかしてくれる」


言いながらリューが空を仰ぐと、また羽根が落ちてきた。

先だけ赤い真っ白な羽根。

手を伸ばして掴むと、リューはセレスに「お守りだ」って渡す。


「よ、よろしいのですか!?」

「ああ」

「有難うございます!」


セレスは羽を大切そうに服の中へ仕舞う。

ふふ、よかったね。


「さて、用も済んだことだ、俺は部屋へ戻って資料の続きを読むとしよう」


そう言ってリューは私達に「お前たちはどうするんだ?」と訊いてくる。

うーん、何も決めてないな。

まだ日は高いし、どうしよう。


「ハルちゃん、よければ母上と父上に会いに行かないか?」

「えっ」

「あ、すまない、君からするとお婆様とお爺様だな、昨晩はお二人とも君とリュゲルさんに会えてとても嬉しそうだったから、君も話したいかと思って、どうかな?」

「うん!」


私もお話ししたい!

お婆様とお爺様は優しそうな方々だった。

母さんの昔話を聞かせて頂けるかもしれないし、もしかしたら写真もお持ちかもしれない。


「では行こう、ティーネ嬢も一緒にどうだろうか」

「私は構いませんけれど、よろしいのかしら」

「無論だよ、君はハルちゃんの大切な人だ、そして私の友人でもある、同席を許されない由なんてないだろう?」

「まあ、では御心のままに、有難うございます王子」


ティーネも一緒に三人で、あ、モコも一緒だから四人でお婆様とお爺様に会うんだね。

そういえばいつの間にかモコがいない。

肩の辺りを探ると、指先にフワッと柔らかくて温かな感触があたる。


「お前達、ハルをよろしく頼む」


そう言ってリューはセレスとティーネの肩を叩くと、私の頭を撫でてから、城の方へ歩いていった。

兄さん、また後で会いに行くよ。


「ここからだとお二人が日中過ごされている部屋は向こうだ、正午の日当たりと見晴らしが一番いい部屋だよ」

「それは素敵ね」


セレスの言葉に、ティーネがにっこり笑う。


「兄上はああ仰っていたが、何かあった時に困るだろうから今日から数日かけて城内をある程度案内しておく、君達の面通しも兼ねてだ、後々役立つだろうからな」

「はい、よろしくお願い致しますわ、王子」

「有難うセレス、ええと、叔父様?」

「だからそれはやめてくれって言ってるだろう、せめてセレス様と呼んでくれよ、頼むから」


しょぼんとするセレスに、思わずティーネと顔を見合わせた。

そのままティーネがクスクス肩を揺らすから、私もつい口元に手を当てる。

ごめんね? もう『叔父様』なんて呼ばないよ。だから落ち込まないで。


「笑わないでくれ、君とは三つしか歳が違わないんだぞ」

「あら、では王子は今十八歳ですの?」

「いや、少し前に誕生日を迎えた、今は十九だ」


そうか、ティーネはもう世間的には大人なんだよね。

私ももうすぐ十六になる。

実感湧かないけれど、大人になるってどういうことなんだろう。


またセレスに案内してもらって城内を移動する。

ここは本当に広い。それに部屋数も多いから、方角を意識して歩かないとすぐに自分の居場所を見失いそうだ。


「こちらだ」


辿り着いた扉を見上げる。

脇に控えていた使用人が丁寧に礼をした。

扉を叩いて中へ用件を伝えると、開いて「どうぞ、お入りください」と通してくれる。


「やあやあ! よく来てくれたねハルルーフェ!」

「いらっしゃいハルルーフェ、それとセレス、そちらの貴方はハルルーフェの世話役ね、貴方もよくいらしてくれたわ」


長椅子に並んで腰かけられているお婆様とお爺様。

昨日の晩にお会いした時と同じように、温かく親しげな雰囲気だ。


「あの、お婆様とお爺様とお話がしたくて来ました」

「嬉しいことを言ってくれる、私達も君ともっと話がしたくて仕方なかったんだ、なあ、クラリス」

「ええホーン、さあ皆さん、そちらへおかけになって、美味しいお茶とお菓子を用意しましょう」


勧められてお二人の向かいの長椅子に掛ける。

真ん中が私で、左右にセレスとティーネだ。

お二人は嬉しそうに私を見つめてくる。

その視線がちょっとむず痒いというか、なんとなく気恥しい。


「本当に愛らしいこと、娘の頃のオリーネそっくり」

「ああ、だが目の色は違うね」

「美しい新緑の緑、貴方のお父様から譲り受けたものかしら、リュゲルの目もとても美しかったわ」

「あの子は深い緑色をしていた、生い茂る夏の葉の色だ、精悍で聡しい面立ちをしていたね」

「貴方にも、貴方の兄のリュゲルにも、お会いできて本当によかった、これほど喜ばしいことはありません」

「私もだハルルーフェ、君の存在を知った時は、それはもう心躍ったものさ!」


先代の国王であられたお婆様は凛とした雰囲気、お爺様は明るく朗らかな方みたいだ。

どちらかっていうと母さんはお爺様似なのかな。

目の色が深く澄んだ青色をしている。

お婆様の目は柔らかな茶色だ。


「あの」


話を切り出そうとすると、お二人は「何かしら」「なんだい?」って身を乗り出してくる。

やっぱり少しドキドキするな。


「母さん、ええと、お母様の幼い頃の話をお聞かせいただけないでしょうか」

「ウフフ、いいのよハルルーフェ、いいえハル、私達だけの時はお互い気を遣わないことにしましょう」

「そうだよハル、私とクラリスは君の祖父と祖母だ、気安くして構わない、普段の口調のまま話すといい」

「は、はい」


本当にいいのかな。

でも、お許しいただいたから、いいよね。


「では、あの、お婆様、お爺様、母さんの話を聞かせてください」

「いいとも、喜んで話そう、それなら写真も見たいんじゃないかな?」

「えっ!」

「あら、見たそうね、持ってこさせましょう」


お婆様が「誰か」と使用人を呼んで、母さんの写真が入ったアルバムを持ってくるよう言う。

まさかこんな形で写真を見られるなんて、嬉しい!

ここへ来てよかった。

誘ってくれて有難う、セレス。


待っている間にお茶とお菓子が運ばれてきた。

美味しそうな紅茶と薄く切ったリンゴの砂糖漬けだ!


「これは献上された夏摘みの一番茶だよ、ノイクスの茶園で穫れたものだから、君も味を知っているかもしれないね」

「リンゴは貴方の好物なのでしょう? ベティアスから届いた中でも蜜の多い美味しいものを選んで丁寧に仕込んだそうよ、さあ、召し上がれ」


まず紅茶から頂こう。

ノイクスで穫れた美味しい茶葉か、確かに家でもよく紅茶を飲んだけれど、こんなにいいものは頂いたことがないよ。

だけどこの香り、知っているような。

味も―――あれ? 家で飲んでいた紅茶に似ている、というか風味が同じ? うーん?


「あら、これはお父様が所有している茶園の茶葉ですわ」


一口飲んだティーネが目をぱちくりさせる。

こっちを向いて「毎年届いておりましたから、ハルルーフェ様も味をご存じなのでは?」って訊かれた。

やっぱり!

だけどレブナント様が送ってくださっていたことは今知った、そうだったのか。


「おや、そうか、君はレブナント公のご息女だったね」

「ご挨拶が遅くなり申し訳ございません、私はティリーア・レブナントと申します」

「ハルが幼い頃よりよく尽くしてくれたと聞いております、有難うティリーア、孫はよき友を得ました」

「恐れ多くございます」

「レブナント公のご息女ならば、父上、母上と同じく、公私共にハルに寄り添ってくれたのだろう、改めて感謝するよ、有難う」

「はい、今後も心身を捧げ、お傍に控え、ハルルーフェ様に尽くす所存にございます」


深く頭を下げるティーネに、お婆様とお爺様はうんうんと頷く。

確かにお互いの立場はあるけれど、友達からこんな風に畏まった態度を取られるのは微妙だ。

傍に控えるとか、尽くすとか、そんなことはしなくていいんだけどな。

ただ一緒にいて笑ってくれたらいい、それだけで十分だよ。

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